第28話:『迷子のトレインと海の上の足跡』
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前回、成人の青いチョコ『ブルートーン』が大絶賛され、まさかの英国王室御用達(候補)
&最強の伝道師を得たブルートーン号。
今回お届けする第28話は、少し目線を優しく変えて、船内で起きた「とある小さな大事件」
をめぐる、ハートウォーミングな大捜索劇です!
クスッと笑えて、最後はホロリと温かくなる物語です。どうぞお楽しみください!
昼下がりの爽やかな風が吹く神戸の港。
『ブルートーン号』のタラップの前に、一人の上品なおばあちゃんが、
大切そうに小さな藤籠を抱えて立っていた。
「わぁぁ、可愛い……!!」
お迎えしていたフロントのチャンが、籠の隙間から覗く、美しいサファイアブルーの瞳と
気品ある焦げ茶色の毛並みを見つけて、目を輝かせて大はしゃぎした。
籠の中にいたのは、一匹の美しいシャム猫だった。
「おばあちゃん、とっても可愛い猫ちゃんですね! お名前はなんていうんですか?」
チャンがしゃがみ込んで尋ねると、老婆は愛おしそうに籠を撫でながら、優しく微笑んだ。
「この子は『トレイン』っていうの。亡くなった主人がね、
この子の毛色がまるで煙を上げて走る列車のようだからって、
いつもそう呼んでいたのよ。主人が大好きだったこの船を、
今日はこの子と一緒に見せてあげたくてねぇ」
「トレインちゃん、ですか! 素敵なお名前! 今日は特等席をご用意していますからね」
チャンと村田船長に温かく迎えられ、おばあちゃんとトレインは、
窓際の素晴らしいテーブル席へと案内された。
◇
『ゴォォォォォンンンンン…………』
佐々木支配人の鳴らす銅鑼の音が響き、ブルートーン号がゆっくりと出航した。
ダイニングでは、セカンドシェフの慎太郎が腕を振るった、
地元の食材を活かした温かいスープが運ばれていた。
おばあちゃんは「なんて美味しいスープかしら……」と、その深い味わいを心から堪能していた。
しかし、事件はその直後に起きた。
「……す、すみません。どなたか、どなたか来てください……!」
スープを飲み終えたおばあちゃんが、突然、真っ青な顔をして慎太郎を呼び止めた。
その声は小さく震えている。
「いかがいたしましたか、奥様」
慎太郎がすぐに駆け寄ると、おばあちゃんは開いたままになっている藤籠を指差した。
「籠の中にいたはずのトレインが……いつの間にか居なくなってしまって……!
扉のロックが甘かったのかしら、どうしましょう、どこへ行ってしまったの……!」
「な、何ですって!?」
連絡を受けたチャンは、すぐさまインカムを飛ばし、フロアのクルーたちへ聞き込みを開始した。
乗船中のお客様に気づかれないよう、スマートに、かつ迅速に。
これぞフロントクラークの腕の見せ所だ。
フロアですれ違った給仕長のバロンが、チャンの焦った顔を見て、そっと耳元で囁いた。
「チャン、猫を探しているのかい? さっき厨房の横を通ったとき、
亮太シェフが『猫がどうとか』不機嫌そうに話しているのが聞こえたよ」
「亮太シェフが!? ありがとうございます、バロンさん!」
チャンはすぐさま、Bデッキ後方の厨房へと急行した。
◇
「亮太シェフ! シャム猫を見かけませんでしたか!?
おばあちゃんの大切なトレインちゃんがいなくなっちゃったんです!」
調理台の前に立つ亮太シェフにチャンが詰め寄ると、
亮太はピクリと眉を動かし、フンと鼻を鳴らした。
「チッ、あのすばしっこいガキか。さっき俺が仕込みスープの味を見てるときに、
足元でミャーミャーうるさく鳴きやがってな。
……調理場に毛が落ちたら困るから、余ってた鯛の端切れを湯通しして、一匹分けてやったよ」
「えっ、お魚あげたんですか!?」
「腹が減ってただけだろ。美味そうに食ったあとは、満足した顔してどっかへ消えちまったよ。
あっちのドアの方へ走っていったぜ」
ぶっきらぼうながら、ちゃっかり最高級の鯛を分けてあげていた亮太の優しさに驚きつつも、
チャンは亮太が指差した方向を確認して厨房を飛び出した。
その先にあるのは――Bデッキのシーサイドバーだ。
◇
「須賀さん! シャム猫のトレインちゃん、ここに来ませんでしたか!?」
カウンターの中にいるバーテンダーの須賀に息を切らせて尋ねると、
須賀はいつもと変わらない穏やかな微笑みで、カウンターの下の足元を指差した。
「ええ、チャン。さっき、そのあたりにやってきて、私のズボンの裾を引っ張って鳴いていましたよ。
とても喉が渇いているようでしたから、カクテル用の新鮮なミルクを小皿に入れて、
少し温めてあげました」
「須賀さんまで! ミルクあげたんですか!」
「ええ。実に美味しそうに飲み干したあとは、
またトコトコと、上へ続く階段の方へ歩いていきましたよ」
亮太の極上スープ用の鯛に続き、須賀の特製ホットミルクまで堪能したトレイン。
「おばあちゃんが心配してるのに、トレインちゃん、完全にこの船のグルメツアーを
楽しんでるじゃない……!」
チャンは呆れつつも、須賀にお礼を言うと、トレインが向かったという上の階
――カイトたちがいるAデッキへと、急いで階段を駆け上がっていくのだった。
階段を息を切らせて駆け上がり、チャンは最上層のAデッキへと飛び出した。
「トレインちゃん! どこにいるの――!?」
広々としたAデッキを見渡す。しかし、そこは美しいチーク材の床の上に、
白いテーブルと椅子が整然と並んでいるだけの、遮るもののない空間だった。
隠れられるような場所はどこにもない。視界のどこにも、あの焦げ茶色の小さな姿は見当たらなかった。
「うそ……お手上げだよぉ……」
チャンはガックリと肩を落とし、フェンスに寄りかかって、青く広がる神戸の海を見つめた。
あんなにすばしっこいトレインのことだ、もしかしたらチャンの気づかないうちに、
また下の階のどこかへ隠れてしまったのかもしれない。
どうやって探せばいいんだろう。チャンが途方に暮れ、
海の景色を見渡しながら黄昏れていた、その時だった。
脳裏に、タラップの前で交わしたおばあちゃんとの会話が、鮮やかによみがえってきた。
『この子はね、亡くなった主人がいつも部屋で流していたジャズを、
一緒に聴くのが本当に大好きだったのよ。主人のコーヒーと、
あの子のミルクをいつも用意してね、並んで聴いていたわ……』
「――あッ!」
チャンはポンと手を叩いた。
亮太シェフの魚でお腹を満たし、須賀さんのミルクで喉を潤したトレインが、
次に求めるもの。それは、おじいちゃんとの思い出の「音」に違いない。
チャンは猛ダッシュで、デッキのステージで楽器の調整をしていたカイト、ジョージ、ベンの
3人のもとへと駆け寄った。
「みんな、お願い! 今すぐここで、最高にゴキゲンなジャズナンバーを演奏して!」
息を切らせて叫ぶチャンに、アルトサックスを抱えたカイトが目を丸くする。
「おいおい、チャン、どうしたんだよ急に。本番の時間はまだ先だぜ?」
「いいから、お願い! おばあちゃんの大切な猫ちゃんが迷子になっちゃったの。
ジャズが大好きな子だから、音を鳴らせばきっと出てきてくれるはずだから!」
必死に手を合わせるチャン。すると、その横でテナーサックスを磨いていた長身のジョージが、
白い歯を見せてニカッと笑い、低い声で囁いた。
「――その必要はないぜ、BABY」
「え……? ベイビーって何!? 意味がわからないよ、ジョージ!」
チャンが目を白黒させていると、ジョージはパチンとウィンクをして、
足元に置いてあった大きなテナーサックスのハードケースを指差した。
「さっきから、その可愛いお嬢さんは、俺のテナーの音色に首ったけさ」
ジョージがゆっくりとケースの蓋を開けると、チャンは「ああっ!」
と小さな悲鳴のような歓声を上げた。
高級なベルベットが敷き詰められたケースの隅、ジョージの愛用するテナーサックスのすぐ横で、
シャム猫のトレインが、あつらえたような特等席で丸くなり、幸せそうに「フニャァ……」
と寝息を立てて眠っていたのだ。
「見つけたぁ……! トレインちゃん、こんなところにいたんだね……!」
チャンは安堵のあまり、その場にへたり込んでしまった。
カイトとベンも「おいおい、最高のファンだな」
「ジョージのケースをベッドにするなんて、大物だね」と顔を見合わせて笑い合った。
◇
数分後。
Aデッキのパラソル付きのテーブル席には、連絡を受けて上がってきたおばあちゃんの姿があった。
目の前には、成人がこの日のために特別に仕立てた、
目にも鮮やかな季節のフルーツのスイーツが並んでいる。
「よかった……本当に、本当によかったわ……」
腕の中にしっかりと戻ってきたトレインの温もりを感じながら、
おばあちゃんはポロポロと涙を流し、何度も胸をなでおろした。
トレインはおばあちゃんの胸に顔を埋め、喉をゴロゴロと鳴らしている。
「チャンさん、それにスタッフの皆さん……本当にありがとうございました。
この子が海に落ちてしまったんじゃないかと、生きた心地がしなくて……」
「いいえ、おばあちゃん! トレインちゃん、亮太シェフから最高級の鯛をもらって、
須賀さんから特製ミルクをもらって、最後はジョージのサックスの横で特等席の特等席で
お昼寝してたんですから。この船で一番の贅沢なお客様ですよ!」
チャンの弾けるような笑顔と言葉に、おばあちゃんは「まぁまぁ」と涙を拭い、
心からの幸せそうな笑顔を咲かせた。
その時、ステージの上が、パッと華やかな空気に包まれた。
マイクの前に立ったジョージが、おばあちゃんとトレインに向けて、格好よく片手を挙げた。
「本日の、ブルートーン号で最もスペシャルなゲストに、この曲を捧げます」
カイトの弾むようなアルトのカウントから、ベンのフルートが軽快に跳ねる。
そして、ジョージのテナーサックスが、これ以上ないほどスウィートで陽気なメロディを、
午後のきらめく海へと解き放った。
始まった曲は、ジャズの超名曲――『A列車で行こう(Take the 'A' Train)』。
おじいちゃんが名前の付けた、愛猫「トレイン(列車)」の航海を祝う、最高のプレゼントだった。
おばあちゃんは驚き、そして「あなた、聴こえる? 私たちのトレインの曲よ……」と、
空を見上げてそっと微笑んだ。
クルー全員の、ぶっきらぼうで、スタイリッシュで、どこまでも温かい優しさに包まれて。
トレインは、おばあちゃんがそっと閉じた藤籠の中で、ジャズの心地よいリズムに揺られながら、
今度こそ本当に気持ちよさそうに、すやすやと眠りについていくのだった。
【第28話:迷子のトレインと海の上の足跡 完】
第25話を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!
まずは我らが名探偵(?)のチャン! インカムを飛ばして必死に船内を大捜索する
一生懸命な姿が本当に健気で可愛かったですよね。
亮太シェフや須賀さんにツッコミを入れつつ、「完全にグルメツアーを楽しんでるじゃない!」
と呆れるコメディエンヌっぷり、最高にイキイキしていました。
そして、今回のMVPは何と言ってもジョージです!
あの「その必要はないぜ、BABY」からの不敵なウィンク、
そしてテナーケースを開けたらトレインが丸くなって寝ているシーン
……格好よすぎてずるいの一言に尽きます(笑)。
自分の大切な楽器のケースをベッドにされても、「俺の音色に首ったけさ」
と笑い飛ばす器の大きさ、男も惚れる大人の色気と遊び心が大爆発していました。
亮太シェフの湯通しした鯛、須賀さんの特製ミルク、そしてジョージのサックス――。
おばあちゃんが言っていた「主人がジャズを流して、ミルクを用意していた」という思い出の景色が、
ブルートーン号のメンバーの優しさによって船の上で見事に再現されていく流れは、
書いていて胸が熱くなりました。ラストの『A列車で行こう(Take the 'A' Train)』
の選曲も含めて、最高のハッピーエンドになったと確信しています!
小さな迷子のお客様をも完璧なエンターテインメントで幸せにしたブルートーン号。
さあ、次回の第29話は、一体どんな新しい大航海、そして新しいお客様が待っているのでしょうか。
どうぞ楽しみにお待ちください!
野内




