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【別冊】『レストラン船ブルートーンへようこそ』  作者: マサ


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第26話:『波の上のレイディオ・セッション』

いつも『ホテル・ブルートーン』を応援していただき、本当にありがとうございます!


前回、スピンオフで慎太郎とバロンの熱い原点が明かされ、

最強の結束を誇るようになったレストラン船『ブルートーン号』。

今回お届けする第23話は、なんと船の上からの「ラジオ生放送(公開生中継)」が舞台です!


やってきたのは、関西のラジオ界で知らない人はいない超人気FMディージェイのリサさん。

いつも完璧で格好いい彼女ですが、実は「重度の船酔い体質」という、

この船にとって致命的な弱点を抱えて超ナーバスモードになっていました。


野内(マサ)

「……最悪。なんで私が、動く船の上から3時間生放送なんて企画を通しちゃったのよ……」


神戸の港に停泊する『ブルートーン号』のタラップの手前。

サングラスをかけ、スタイリッシュな私服に身を包んだ女性が、

青ざめた顔で自分の胃のあたりを押さえていた。

彼女の名はリサ。FMラジオ局の看板番組を持つ、カリスマ的な人気DJだった。

リスナーの前では常に完璧で、エネルギッシュで、格好いい憧れの女性。

しかし彼女には、スタッフにも隠している致命的な弱点があった。

――筋金入りの「船酔い体質」なのだ。


タラップの上では、白い制服を着た村田船長と、弾ける笑顔のチャンが両手を広げて待っていた。

「ようこそブルートーン号へ、リサさん! 今日は船の上から世界一熱いラジオを届けてください!」

チャンが元気に声をかけるが、リサは「ええ、よろしく」と、サングラスの奥の目をそらし、

2人のお迎えを軽くあしらうようにして、足早に船内へと入っていった。

挨拶の余裕すらないほど、彼女のナーバスな心は限界を迎えていた。

◇

「……食事? 無理よ。温かいスープだけ、一杯持ってきて。それ以外は何もいらないわ」


Bデッキのメインダイニングの片隅。生放送の機材セッティングを見つめながら、

リサはバロンにそう冷たく言い放った。

「かしこまりました、マダム」

バロンは彼女の尋常ではない顔色の悪さを一瞬で見抜き、静かに厨房へとインカムを飛ばした。


数分後、リサの前に運ばれてきたのは、黄金色に透き通った、湯気立つシンプルなスープだった。

リサはため息をつきながら、スプーンで一口、そのスープを口に含んだ。


「……っ!?」


その瞬間、リサの目がハッと見開かれた。

ただのコンソメスープではない。口の中に広がったのは、どこか懐かしく、

そして身体の芯からじんわりと五臓六腑を温めてくれるような、

圧倒的に深い和風の出汁(ダシ)の旨味だった。

驚くほど胃がスッと軽くなり、張り詰めていた頭の痛みが引いていく。


「お口に合いましたでしょうか」

いつの間にかテーブルの横に立っていたのは、腕を組んだ亮太シェフだった。

「これ、ただのフレンチのスープじゃないわね……? なんだか、体の中がすごく楽になる……」

「大島にいた頃、体調を崩した仲間のためによく作った出汁スープの応用だ。

あんた、これから3時間喋り倒すんだろ。これ飲んで、シャキッとしな」

亮太はぶっきらぼうにそう言うと、ふいっと厨房へ戻っていった。

料理人の無骨な優しさに、リサの凍りついていた心が、少しだけ解きほぐされていくのを感じた。

◇

ディナータイムが始まり、船がゆっくりと出航すると、リサは生放送までの待機場所として、

Bデッキ後方のシーサイドバーのソファに深く腰掛けていた。

船の細かな揺れが、再び彼女の不安を煽る。


「もし……もし本番中に、船酔いで喋れなくなったら……。

リスナーのみんなに、どんな顔をすればいいのよ……」

膝の上でマイクを握る手が、小刻みに震えていた。


「プロだからこそ、完璧でありたい。そのお気持ち、実(まこと)に美しいと思います」

静かな声と共に、リサの前にトールグラスが置かれた。

バーテンダーの須賀だった。グラスの中には、クラッシュアイスの隙間で、

鮮やかなミントの緑がシュワシュワと弾ける、ノンアルコールの炭酸カクテルが入っていた。


「ペパーミントと生姜、そしてライムを合わせた特製カクテルです。

古くから船乗りの間で、船酔いの胃を和らげる特効薬とされてきた素材だけでお作りしました。

……リサさん、もしよろしければ、このグラスを持って、上のAデッキへ上がってみてください。

少し夜の潮風に当たりながら気分を変えるのも、悪くない演出ですよ」


須賀の穏やかな微笑みに背中を押され、リサはグラスを手に、

最上層のAデッキへと階段を上がっていった。

◇

夜風が吹き抜けるオープンエアのAデッキ。

そこでは、本番前のリハーサルとして、カイト、ジョージ、ベンの3人がステージに立っていた。

リサが近づくと、テナーサックスを持った長身の黒人青年――ジョージが、

頭を押さえながら「ううう……」と情けない声を上げていた。


「カイトぉ……ベンぉ……俺、昨日日本の居酒屋が楽しすぎて日本酒飲みすぎた……。

二日酔いプラス、この船の揺れ、マジでクレイジーだぜぇ……

コンディション最悪、ゲロ吐きそうだ……!」

ジョージが情けなく笑うと、カイトが「自業自得だろ! ほら、本番始まるぞ!」

と呆れ顔でサックスを小突いた。


リサは絶句した。世界を湧かせたジャズメンが、本番前に二日酔いと船酔いで

ボロボロになっているなんて。


しかし、カイトがカウントを取り、3人が楽器を口に当てた瞬間

――リサの全身に、凄まじい衝撃が走った。


「――――ッ!!!?」


ジョージのテナーサックスから放たれたのは、ボロボロのコンディションなど微塵も感じさせない、

むしろその荒々しさが唯一無二の「エッジ」となった、爆発するようなアグレッシブな重低音だった。

ベンが涼しい顔でフルートで支え、カイトのアルトが超絶技巧のメロディでジョージの音を

完璧にフォローしていく。

3人は、お互いの弱点すらも笑い飛ばし、瞬時に最高のエンターテインメントへと昇華させていたのだ。


演奏を終え、ジョージが「ヒゥー! 酔っ払った頭にジャズは最高だぜ!」

と豪快に笑う姿を見て、リサの胸の奥で、何かがパチンと弾けた。


(格好悪いところを隠すのが、プロじゃない。

……どんなに格好悪くても、今この瞬間をお客様と一緒に全力で楽しむのが、

本当のプロのエンターテイナーじゃないの!)


リサの瞳から、完全にナーバスな曇りが消え去った。

◇

『――時刻は8時を回りました! FM神戸特別番組「レイディオ・ブルートーン・ライブ」、

DJのリサです! リスナーのみなさん! 正直に言います!

私、今、めちゃくちゃ船酔いしながらお届けしていまーーーす!!』


マイクに向かって叫んだリサの第一声に、ミキサーブースのスタッフたちが「ええっ!?」

とひっくり返った。しかし、リサの顔は、かつてないほど生き生きとした、最高のプロの笑顔だった。


『でもね、この船、本当に凄いの! 胃がひっくり返りそうな私を、

シェフが魔法のスープで救ってくれて、バーテンダーさんが特効薬のカクテルを作ってくれた!

そして今、私の目の前では、二日酔いで目が回っているサックスプレイヤーが、

世界一格好いい爆音を鳴らしています! 動く三層デッキ、レストラン船ブルートーン号!

ここは、どんな弱点も最高のハッピーに変えてしまう、奇跡の船よ!!』


リサの爆発的なエネルギーの乗ったトークは、電波に乗って関西中に広がっていった。

リサはハンディマイクを握りしめ、船内を次々と走り回った。

インタビューを受ける佐々木支配人の極上の紳士な語り口、厨房からの中継、

そして船内の興奮をそのまま、ノンストップでリスナーへと届けていく。


そして、放送終了の10分前。船が再び神戸の港へと近づく中、

リサはAデッキのステージへとマイクを向けた。

『番組のラストを飾るのは、この船が誇る最強の3人組!

カイト、ジョージ、ベン! 鳴り響け、大海原のブルートーン!!』


3人の演奏が始まった瞬間、ラジオの電波は、船内の熱気をそのまま関西中の夜空へと爆発させた。

完璧な生放送の幕が、最高の形で閉じられた。

◇

「ON AIR」のランプが消え、放送時間が終了した。

リサはふぅ、と大きなため息をつき、Aデッキのフェンスに寄りかかって、

ゆっくりと近づいてくる岸壁を見つめていた。達成感と、同時に

「あんなめちゃくちゃな放送で、本当によかったのかしら……」

という、少しのあきらめと感傷が混ざった複雑な気持ちが胸をよぎる。


「リサさん、本当にお疲れ様でした。見事なエンターテインメントでしたよ」

横から、慎太郎が温かいおしぼりと、冷たいお水を用意して声をかけた。

「ありがとう、でも、私、自分の船酔いをバラしちゃって……格好悪いDJになっちゃったかも」


リサが苦笑いした、その時だった。


「リサさん! リサさん、大変です! 早く、下を見てください!!」


チャンがドタドタと足音を立てて階段を駆け上がってきて、

興奮で顔を真っ赤にしながら岸壁を指差した。


「え……?」

リサがフェンスから身を乗り出して、接岸する港の岸壁を見下ろした瞬間、

彼女は「うそ……」と両手で口を覆った。


そこには、夜の港を埋め尽くさんばかりの、あふれんばかりの大群衆が押し寄せていたのだ。

車のハザードランプがキラキラと輝き、集まった何百人、何千人ものリスナーたちが、

スマートフォンのライトを振りながら、ブルートーン号に向かって大歓声を上げていた。


「リサお姉ちゃーーーん!!」

「ラジオ聴いて、すっ飛んできたぞーーー!!」

「ブルートーン号、最高ーーーー!!」


リサの「嘘偽りのない、本気のおもてなしに感動した生中継」が、

ラジオの前の何万人のリスナーの魂を激しく揺さぶり、彼らをこの港へと突き動かしたのだ。


「うそ……みんな、私のラジオを聴いて……」

リサの目から、大粒の涙がポロポロと溢れ落ちた。


その時、彼女の背後から、ドンッ!と胸を突くような力強いドラムのカウントが響いた。

振り返ると、カイト、ジョージ、ベンの3人が、ニカッと最高の笑みを浮かべて楽器を構えていた。


始まった曲は、ビートルズの『キャント・バイ・ミー・ラブ(Can't Buy Me Love)』。


疾走感あふれる最高にハッピーなジャズアレンジのメロディが、夜の神戸の港へと解き放たれる。

岸壁を埋め尽くす大観衆の地鳴りりのような大歓声の海に向かって、

カイトたちのサックスの爆音が、どこまでも、どこまでも爽快に鳴り響いていた。


【第26話):波の上のレイディオ・セッション 完】

第23話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


今回の『波の上のレイディオ・セッション』、めちゃくちゃ格好よくて爽快な回になりましたね!

自分で書いておきながら、ラストの岸壁にリスナーが押し寄せているシーンは、

胸が熱くなって鳥肌がブワッと立ってしまいました。


何と言っても、前回スピンオフで村田船長が言った「常にエンターテイナーであれ」

という言葉のスピリットが、今回のリサさんの覚悟に見事に受け継がれているのが熱いです。

完璧を装って弱点を隠すのではなく、船酔いしている自分すらも

「今、めちゃくちゃ船酔いしてまーす!」と最高のエンタメに変えて、

船全体の魅力を120%伝えたリサさんのプロ根性、本当に格好よかった!


前半の亮太シェフの大島仕込みの出汁スープ、須賀さんの船乗りのカクテルというおもてなしの

プロの技が、彼女の体をしっかりと支えたからこその大逆転劇でしたね。


さあ、ラジオの生放送で関西中にその名が知れ渡り、

港にあふれるほどのファンが押し寄せたブルートーン号。

次回第24話は、この大反響を受けて、一体どんな大騒ぎ、

そして新しい展開が待っているのでしょうか。どうぞ楽しみにお待ちください!

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