第23話:『響け大海原のセッション』―― 動き出す三層デッキの奇跡
いつも『ホテル・ブルートーン』を応援していただき、本当にありがとうございます!
お待たせいたしました。
ついに、ロンドンでイギリス王室を震撼させた成人とチャン、
そしてニューオリンズのジャズの聖地をぶち破り、最強の仲間を引き連れて帰ってきたカイトが
日本へと帰国します!
関西国際空港での感動の合流、そして賑やかなお土産話に花を咲かせながら一行が向かったのは、
新たなる戦いの舞台――『レストラン船ブルートーン号』。
そこには、船長となった村田さん、慎太郎、そして新星バロンが首を長くして待っていました。
いよいよ迎える初航海の日。マサが設計した「三層デッキ」の素晴らしいギミックがフル稼働します。
タラップ前でのお客様のお迎え、支配人の出航の銅鑼、
すべてのピースが揃った新生ブルートーンの、
最高に熱くて泣ける航海をどうぞ最後までお楽しみください!
関西国際空港、国際線到着ゲート。
平日の昼下がり、大勢の旅人が行き交う到着ロビーに、ひときわオーラを放つ3人の男たちが
立っていた。佐々木支配人、バーテンダーの須賀、そしてシェフの亮太だ。
3人はゲートの電光掲示板を見上げながら、その時を今か今かと待ちわびていた。
その時、自動扉が静かに開き、大勢の乗客の隙間から、
聞き覚えのある鈴を転がしたような声が響き渡った。
「ただいま帰りましたぁぁぁーーーっ!!」
声の主はチャンだった。両手に大きなスーツケースを引きながら、
トレードマークの太陽のような笑顔を輝かせてロビーへと飛び出してきた。
その後ろからは、どこか洗練された職人の風格を漂わせた成人が、
照れくさそうに笑いながら続いてくる。ロンドン発の直行便が、無事に到着したのだ。
「長旅ご苦労様。2人とも、楽しかったかい?」
佐々木支配人がいつも通りの極上の笑みを浮かべ、優しく声をかける。
「はい! もう、ものすごーーーく濃い2週間でした!
あのですね、支配人、須賀さん、亮太シェフ! ロンドンのお客様ったら、
最初はチャンの英語にビックリしてたんですけど……!」
チャンは荷物を置くのも忘れて、身ぶり手ぶりを交えながらイギリスでのエピソードを
猛烈な勢いで話し始めた。厨房の基礎を貫いてロイヤルレシピを認めさせた成人の報告に、
普段は厳しい亮太の顔も嬉しそうに、そして少し誇らしげに綻んでいる。
5人がゆっくりと移動し始めても、チャンの弾丸お土産話は止まらない。
その時だった。少し離れた別路線の到着ゲートから、
これまた異様な熱気を帯びた男たちの声が響いてきた。
「WAO! カイト、ついに来たぜ! ここがニッポンか!
ワールドツアー・ファースト・ジャパン、最高だぜベイビー!!」
長身でスタイリッシュな黒人青年――ジョージが、テナーサックスのケースを肩に担ぎながら、
すでに最高潮のハイテンションで飛行機を降りてきた。
その横には、寡黙にフルートのケースを持つ小柄な青年、ベン。
そして、2人の真ん中で「お前、静かにしろよ」と苦笑いしながら歩いてくる、
アルトサックスのカイトの姿があった。
「あ……! カイトさーーーんっ!!」
遠くからカイトたちの姿を見つけたチャンが、ロビー中に響き渡る声で叫び、
手を振りながら脱兎のごとく走っていく。
走ってくるチャンに、カイトも驚きながらも嬉しそうに大きく手を振り返した。
「カイトさん! お帰りなさい! ……あれ? そちらは、カイトさんのお友達ですか?」
息を切らせて立ち止まったチャンが、ジョージとベンを交互に見つめる。
ジョージはチャンの前に一歩出ると、まるで古い映画の紳士のように、
胸に手を当ててニカッと白い歯を見せた。
「初めまして、ミス・チャン。俺はジョージ、こっちはベンさ。
君の噂は、ニューオリンズでカイトからたっぷり聞いてたよ。
世界一キュートなフロントクラークがいるってね!」
「まぁ! 嬉しいです! ジョージさん、ベンさん、ようこそ日本へ!」
チャンの気さくな明るさに、ジョージのテンションはさらに跳ね上がる。
そこに佐々木支配人たちも合流し、ロビーはまるで同窓会のような賑やかさに包まれた。
カイトが「支配人、こいつら俺のニューオリンズの戦友です。
アンさんの命令で、一緒にレストラン船に行くことになりました」と紹介すると、
佐々木は深く頷き、全員を見渡した。
「皆さん、本当に素晴らしい旅を終えての帰国、心から歓迎します。
……さぁ、全員が揃ったことですし、まずは景気づけに、
ランチは日本の美味しいお寿司にしましょうか」
佐々木がそう提案した瞬間、チャンとジョージの目が同時にキラーンと輝いた。
「「やったぁぁぁーーーっ!!」」
2人は言葉を交わすまでもなく、息ぴったりにバチンッ!!
と大きな音を立ててハイタッチを交わした。そのあまりの馴染みぶりの早さに、
カイトや成人、亮太は思わずドッと吹き出して笑ってしまう。
そんな大爆笑のメンバーの輪から、一歩下がったところで、
「やれやれ」といった風に顔を見合わせ、静かに微笑みを交わし合っている須賀とベン。
言葉はなくても、2人の「大人の男」の間には、すでに通じ合うものが生まれていた。
◇
関空での最高のランチ、そして帰り道中の車内でもお土産話が止まらず、
一行を乗せた車は賑やかな笑い声と共に、ついに目的地である神戸の港へと到着した。
目の前に広がっていたのは、青い海に堂々と浮かぶ、純白の豪華レストラン船『ブルートーン号』。
タラップの前に立つと、白いパリッとした船長服に身を包んだ村田船長、サービスクルーリーダーの
慎太郎、そして、フランス仕込みのエレガントな立ち姿で一礼する新星バロンの3人が、
最高の笑顔で彼らを迎えた。
「お帰り、若き天才たち。首を長くして待っていたよ」
村田船長の太く温かい声が、神戸の心地よい潮風に乗って響き渡る。
◇
そして、いよいよ迎えたレストランクルーズの初日。
3層デッキの中央、船のメインエントランスとなる「Bデッキ」へと繋がるタラップの前では、
村田船長とチャンが並んでお客様をお迎えしていた。
そこへ、少し緊張した面持ちの一組の若いカップルがやってきた。
タラップに足をかけた彼女が、目の前に立つ渋い老船長を見て、思わず目を輝かせて声を漏らした。
「わぁ……格好いい。本物の、お髭の船長さんだ……!」
その微笑ましい様子に、チャンはすぐさま最高のタイミングで2人に歩み寄り、声をかけた。
「ようこそ、ブルートーン号へ! よろしければ、出航の記念に船長と一緒に一枚、
お写真はいかがですか?」
「えっ、いいんですか!? ぜひお願いします!」
大喜びする2人を、村田船長は優しく微笑みながらカメラの真ん中に迎え入れ、
ビシッと敬礼のポーズを決めた。シャッターを切った後、チャンは2人を船内へと案内しながら、
さりげなく尋ねた。
「ディナーのスタートまで、まだ少しお時間がございます。
食事までお時間がありますから、デッキ後方のバーへどうぞ。
……ちなみに、今日はお2人の特別な記念日か何かなのですか?」
チャンの温かい言葉に、彼氏の方が少し寂しげに、しかし意を決したようにポツリと話し始めた。
「実は……本当は今月、結婚式を挙げる予定だったんです。
でも、急に彼女の母親が亡くなってしまって……式は中止にしたんです。
だけど、どうしても思い出を残したくて、祈念にこのレストラン船に食事に来たのです」
「……そうでございましたか。大切なお時間に、私たちの船を選んでいただきありがとうございます」
チャンは深く一礼し、2人をBデッキ後方のバーへと送り出した。
そして2人の姿が見えなくなった瞬間、インカムへと手を伸ばし、
全セクションのメンバーへ向けて、熱い情熱に満ちた声を飛ばした。
「――全セクションへ連絡! Bデッキに乗船された若いお2人、
お母様が亡くなられて結婚式を諦めたお客様です。
私たちの手で、最高の思い出をプレゼントしましょう!」
インカムの向こうで、支配人、厨房、バー、そしてステージのメンバーたちの空気が、
一瞬で「プロの顔」へと切り替わった。
◇
ゴーーーーン……。
ロビーに響き渡ったのは、佐々木支配人が鳴らす重厚な出航の銅鑼の音だった。
純白の船体がゆっくりと神戸の港を離れ、大海原へと滑り出していく。
その頃、Bデッキ後方のシーサイドバーでは、バーテンダーの須賀が、
静かに2人の前にカクテルグラスを差し出していた。グラスの中で美しく揺れているのは、淡いピンク色の液体だった。「当店からのウェルカムカクテルでございます。
名前は『インポッシブル・ドリーム』。
……諦めきれない美しい夢を、いつか必ず叶えるためのカクテルです」
須賀が優しく語りかける。すると、その言葉に合わせるかのように、バーの特設ステージから、
信じられないほど優しく、心に染み渡るようなメロディが流れ始めた。
カイトのアルトサックス、ジョージのテナー、ベンのフルート。
3本の楽器が、プレスリーの『好きにならずにいられない』を、
祈るような極上のバラードで奏でているのだ。
揺れる波飛沫とカクテル、そして最高の音楽。カップルの目はみるみるうちに涙で潤んでいく。
「さぁ、素晴らしい航海の始まりです。この後はメインダイニングで、
素敵なディナーをお楽しみください」
須賀はそっと声を掛け、2人をレストランへと送り出した。
◇
Bデッキ前方のメインダイニング。大きな窓から神戸の美しい夜景が広がる中、
亮太シェフが腕を振るった極上フレンチのコースが運ばれていく。
そして中盤、メインの魚料理がテーブルに置かれたとき、サービスリーダーの慎太郎が
恭しく料理の説明を始めた。
「こちらは、本日特別にご用意させていただいたお料理でございます。
新鮮な鯛を、特製の和風出汁とフレンチの技法で繊細に仕上げました」
「えっ……コースのメニューと違いますよね?」
驚く2人に、慎太郎は微笑みながら優しく言葉を添えた。
「はい。実は先ほど、バーのカウンターで須賀が、お亡くなりになったお母様の
一番大好きな食べ物が『鯛の料理』だったと伺いまして……。
亮太シェフが厨房にある最高の鯛を使って、特別にサービスとして仕込みました」
2人が息を呑む。その絶妙なタイミングで、横からバロンがフランス仕込みの流れるような所作で、
クリスタルのグラスに黄金色の白ワインを注いだ。
「この温かい鯛料理には、こちらの白ワインが完璧なマリアージュを奏でます。
お母様との思い出に、乾杯を」
バロンの完璧なサービスに、2人はボロポロと涙を流しながら、
「美味しい、お母さんも喜んでるよ」と、何度も何度も料理を口に運んだ。
◇
「さぁ、デザートからは、上のAデッキへ移動しましょう!」
チャンの案内に導かれ、2人が階段を上がってオープンエアのAデッキへと
一歩足を踏み入れた瞬間、目の前の景色に2人は完全に言葉を失った。
チーク材の床の上、満天の星空の下に用意されていたのは、
ロンドン帰りのパティシエ・成人が、この短時間で魂を込めて作り上げた、
純白で美しい「小さなウェディングケーキ」だった。
「うそ……ウェディングケーキ……!?」
彼女が顔を覆い、感激のあまり涙を流す。
そんな彼女の横で、成人、チャン、バロンたちが拍手で迎える。
しかし、成人は優しく首を振って微笑んだ。
「まだ終わりではございませんよ」
成人の合図と共に、フロアの奥から佐々木支配人と、タラップで出迎えた村田船長が、
ゆっくりと歩み出てきた。村田船長の手には、額縁に入った立派な書状と
、一本の美しい飾りロープが握られていた。
「お2人、ここへ。これは私と佐々木支配人、そして船の仲間たち全員で即席で作成した
『船上結婚証明書』です。そしてこのロープは、一度結ばれたら決して解けない、
お2人の結び目を表しています。お母様も、空から必ずお2人の幸せを見守っていますよ」
村田船長の太く温かい声が、夜の海風に溶けていく。
カイト、ジョージ、ベンの3人が、今度は2人の未来を祝うように、
世界一ハッピーなデキシーランド・ミュージックを鳴り響かせた。
星空の下、2人は証明書とロープを抱きしめ、一生忘れることのできない、
海の上の最高の結婚式を挙げたのだった。
やがて船が港に戻り、カップルが何度も何度も振り返り、手を振りながら下船していった後も。
純白のブルートーン号のデッキからは、2人の旅路をいつまでも、
いつまでも祝福するように、陽気で温かいデキシーの音色が夜の海へと響き渡っていた。
【第23話:『響け大海原のセッション』 完】
第23話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
チャンがタラップ前でキャッチしたお客様の『想い』が、インカムを通じてバーの須賀さん、
カイトたちの音楽、厨房の亮太シェフ、バロンのエレガントなサービス、
そして成人のウェディングケーキ、最後の村田船長の結婚証明書へと、
見事なバトンリレーで繋がっていく展開!
これぞ僕たちの『ホテル・ブルートーン』の真骨頂ですね。
船の上で始まる、新しいおもてなしの航海。
次回もどうぞ楽しみにお待ちください!
野内




