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【別冊】『レストラン船ブルートーンへようこそ』  作者: マサ


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2/17

第22話:『ニューオリンズの熱い風 ―ストリートのジョージと聖地の戦場―』

いつも応援していただき、本当にありがとうございます!


成人とチャンがロンドンの王室を震撼させていたその頃、もう一人のブルートーンの若き才能・カイト

もまた、己のサックス一本を背負って、ジャズの聖地であり悪魔の棲む街、

アメリカ・ニューオリンズの地に降り立っていました。


公園からも、交差点のストリートからも、息をするように自然と音楽が溢れ出てくる街。

カイトのワクワク感は最高潮に達していました。


しかし、そこは世界中から一攫千金を狙う天才ミュージシャンたちが集まる、

容赦のない「戦場」でもありました。

美由紀さんの紹介を頼りに訪れた伝説のクラブ。そこで出会ったテナーサックス吹きの

黒人青年・ジョージとの出会い、そして冷徹なプロデューサー・アン。


カイトのサックスが、本場のうねるようなグルーヴの中でどう響くのか。

熱いジャズの魂がぶつかり合う新シリーズの開幕です!

どこからともなく、湿った風に乗って乾いたスネアの音と、咽び泣くようなトランペットの

メロディが聞こえてくる。


公園の木陰でも、うらぶれた路地裏のストリートでも、それが当たり前であるかのように

生演奏の音が街に溶け込んでいる。

ルイジアナ州、ニューオリンズ。ついに、カイトはこのジャズの聖地へとやって来たのだ。


「すっげえ……街全体が鳴ってやがる……!」


背中に愛用のアルトサックスのケースを背負ったカイトは、溢れんばかりのワクワク感で

胸をいっぱいにしながら、五感を鋭く尖らせて歩いていた。

大島の海風とは違う、どこか熱を帯びたディープな空気が、

カイトの音楽への衝動を激しく駆り立てる。


目的地は、その先にある。

かつて若き日の美由紀が、ピアニストとしてその鍵盤を血に染めるほどの熱量で

叩いていたという、伝説のジャズクラブ。

歴史を感じさせるネオン看板を見上げ、カイトが息を呑んで足を進めようとした、その時だった。


「Hi! その背中に背負っているのは、ひょっとしてサックスかい?」


陽気で、しかし低く響くような声がカイトの鼓膜を叩いた。

振り返ると、そこにはカイトと同年代とおぼしき、スタイリッシュな身なりの

黒人青年が立っていた。その鋭い眼光とは裏腹に、白い歯を見せてニカッと笑っている。


カイトが黙って頷くと、青年は自分の背中にある一回り大きなケースを叩いて見せた。

「俺はテナー(サックス)をやってるんだ。今から、まさにこの先にあるクラブの門を

叩きに行くところさ。……で、君はどこへ行くんだい?」


カイトが、美由紀の紹介状にあるそのクラブの名前を口にすると、青年は目を丸くして大声をあげた。


「WAO! マジかよ、俺と同じじゃねえか!」


青年は豪快に笑うと、初対面とは思えない自然さでカイトの肩にガシッと腕を回してきた。

「俺の名はジョージ。この街のストリートをのし上がって、ようやくここのオーディション枠を

勝ち取ったのさ。君の名前は?」


「……カイトだ。よろしく」

少し圧倒されながらも、カイトの心にもパッと青い火花が散る。

同世代。そして同じサックス吹き。負けるわけにはいかない。


「カイトだな! OK、いい名前だ。いつか、どっちが本物のサックス吹きかセッションしようぜ」

ジョージはそう言って拳を突き出し、カイトも自分の拳をそこにぶつけた。

◇

クラブの重い扉を開けると、そこは昼間だというのに夜の残り香が漂う、

ひんやりとした大人の空間だった。

ステージの灯りの下に、一人の女性が腕を組んで立っていた。この店の新人担当プロデューサー、

アンだ。その鋭い眼差しは、数々の天才を見出してきたプロの凄みを湛えている。


「ようこそ、ニューオリンズへ、カイト」

アンはカイトの姿を認めると、小さく微笑んだ。

「美由紀から話はすべて聞いているわ。あなたのアルトサックスの音色、

後でじっくり聴かせてもらうわね」


アンは一言そう告げると、すぐに表情を仕事のプロの顔へと戻し、ステージへと合図を送った。

「それじゃあ……早速だけどジョージ、あなたのテナーのオーディションから始めましょうか」


「イエス、マダム。最高の魂(ソウル)をくれてやるよ」

ジョージはステージに上がると、ケースから鈍く光るテナーサックスを取り出した。


カイトは客席の最前線に腰掛け、じっとその様子を見つめていた。

ここは、毎日のように世界中から名もなき演奏者たちが命を懸けて訪ねてくる聖地。

しかし、どれほど技術があろうとも、観客の心を震わせる「一握りの本物」にしか

スポットライトが約束されない、容赦なき戦場。


ステージの中央で、ジョージがテナーサックスを口にくわえ、深く息を吸い込んだ。

ジャズの怪物たちが棲む街で、カイトの本当の武者修行の幕が、いま切って落とされようとしていた。


ステージの中央でジョージがテナーサックスを構え、最初のひと吹きを鳴らした瞬間、

クラブの空気が一変した。


地を這うような太く低い低音。それがうねりを上げ、まるで生き物のように夜の空間を支配していく。

カイトは客席で、息をすることさえ忘れてその演奏に聴き入っていた。

ストリートで揉まれてきたからこその、粗削りで、しかし圧倒的な説得力を持つ本場のグルーヴ。


(……上手いな。とんでもねえ腕前だ……!)


カイトの背中に冷たい汗が流れる。大島で誰よりもサックスを愛し、腕を磨いてきた自負があった。

けれど、目の前のジョージの音は、ジャズの歴史そのものを吸い込んで吐き出されたような、

分厚い魂(ソウル)の音がしていた。


演奏が終わり、深い静寂ののち、アンが小さく拍手をした。

「OK、ジョージ。よかったわ。――また明日、ここに来て」


「……イエス、マダム」

ジョージはそれだけ答えると、悔しさを押し殺したように静かにサックスをケースに収め、

そのままステージを降りてクラブを出て行った。

あれほどの演奏をしておきながら、アンの評価は「また明日」。

合格の切符は決して手渡されない。


「さぁ、カイト。お待たせ」

アンの鋭い眼差しが、カイトを射抜く。

「あなたの得意な曲を聴かせて。美由紀の愛したアルトサックスの音を」


カイトはステージに上がり、深く息を吸い込んだ。

大島の青い海、ホテルの仲間たちの顔、そして今まで自分が信じてきた音楽。

カイトはアルトサックスを咥えると、大島で吹いていた時と同じ、

自由奔放で情熱的な音色を鳴り響かせた。

野生の獣が吠えるような、カイトにしか出せない剥き出しのパッション。


アンは静かに目をつぶって、その音をじっと聴いていた。

やがてカイトが最後のロングトーンを吹き終えると、アンはゆっくりと目を開けた。


「OK。美由紀がわざわざ紹介状を書いてよこしただけのことはあるわね。

……ただ、長旅で疲れたでしょうから、今日はここまで。休んで、明日また聴かせて」


「……っ」

カイトの拳が、サックスのキーを強く握りしめた。

ジョージと同じだ。褒められはした。拒絶もされていない。

けれど、アンの「鉄壁の扉」は、カイトの全力の演奏を以てしても、ほんの1ミリも動かなかった。

この扉を開けなければ、この街で先へ進むことはできない。

カイトは初めて、このオーディションという名の「戦場」の本当の恐ろしさを知った。

◇

重い足取りでクラブを出ると、驚いたことに、入り口の階段のふちに腰をかけて、

ジョージがじっと座り込んで待っていた。


ジョージはカイトの顔を見ると、フッと切なげに笑った。

「どうだった?」

「……同じさ」

カイトが短く返すと、ジョージは「そうか」と軽く頷き、立ち上がった。

その瞳には、仲間を見つけたような温かい光が宿っていた。


「この先の公園でさ、俺の友人のベンがフルートを吹いてるんだ。よかったら、一緒に行かないかい?」

断る理由もなかった。2人は肩を並べ、夕暮れのニューオリンズの街を公園へと進んでいった。


公園の広場に近づくと、小鳥のさえずりのように軽やかで、しかしどこか哀愁を帯びた、

不思議なほど美しいフルートの旋律が聞こえてきた。


演奏していたのは、カイトと同年代の、小柄な黒人青年だった。彼の名前はベン。

しかし、その小さな体格からはおよそ想像もつかないほど、ベンの吹くフルートの音色は力強く、

そして圧倒的な技術に満ちていた。空気を震わせ、聴く者の心を一瞬で

ロマンチックな別世界へと連れていくような音。


(今日出会ったジョージとベン……この2人だけでも、こんなに恐ろしい実力なのに……。

この街には、一体どれだけ化け物みたいな奴らがゴロゴロいるんだ……!?)


カイトは強烈な驚愕と畏怖の念に打たれ、その場に立ちすくんでいた。

演奏を終えたベンに、ジョージが親しげに声をかけて手招きする。

「ヘイ、ベン! 紹介するよ。今日から俺の友人になった、日本人のサックス吹き、カイトさ」


ベンは、陽気なジョージとは対照的に、物静かで寡黙な男だった。

しかし、カイトを真っ直ぐに見つめるその目は、確かなプロの光を宿している。

「カイト、ようこそニューオリンズへ」

ベンは静かに微笑むと、少し肩をすくめて言った。

「……俺も、今朝アンに『また明日』って言われたよ」


「アハハ! ほら見ろ、俺たち3人揃って、あの鬼マダムの保留組ってわけだ!」

ジョージが豪快に笑い飛ばす。その笑顔に、カイトの心の中にあった「恐怖」や「焦り」が、

不思議とすーっと消えていくのが分かった。言葉も、生まれ育った国も違う。

けれど、同じ音楽の深淵に挑み、同じ壁にぶつかっている、最高の「戦友」がここにいた。


「よし、今日の素晴らしい出会いを記念して、今からここでいっちょ吹こうぜ!」

ジョージがケースからテナーサックスを取り出す。ベンも嬉しそうにフルートを構えた。

カイトの心にも、大島にいた頃以上の、熱く激しい音楽への衝動が爆発していた。


「おう。やろうぜ!」


カイトもアルトサックスを取り出し、口に咥える。

カウントもなく、誰からともなく始まった3人の即席セッション。


ジョージの太いうねるようなテナーが土台を作り、ベンの流麗なフルートが風のように駆け巡り、

その真ん中をカイトの鋭く情熱的なアルトが突き抜けていく。楽譜なんていらない。

お互いの音を聴けば、相手が何を考えているのか、

どれだけ音楽を愛しているのかがすべて理解できた。


夜の帳が下りた公園で、3人の音色はいつまでも、いつまでも響き渡っていた。


セッションが終わる頃には、3人はすっかり魂の深いところで意気投合していた。

芝生の上に寝転がり、見上げる星空の下。

「俺はいつか、あのクラブでメインを張って、世界中の人間を俺のテナーで泣かせてやるんだ」

とジョージが言えば、

「私は、誰も聴いたことのない、静かで美しいジャズをフルートで完成させたい」

とベンが静かに闘志を燃やす。


カイトもまた、拳を握りしめながら夜空に向かって誓っていた。

「俺は、日本にある最高のホテルで待ってる仲間たちがいる。あいつらに、

世界一のサックスを響かせるために、何が何でもここで一皮剥けてみせる」


一晩中、お互いの夢を熱く、泥臭く語り合った3人。

ジャズの聖地で出会った若き3本の楽器が、いま、新しい奇跡のメロディを紡ぐために、

お互いの火花を散らしながら高め合おうとしていた。


「昨日より良かったわ。……また明日、来て頂戴」


その日も、アンの口から出たのは同じ言葉だった。

ジャズクラブのステージを降りたカイト、ジョージ、ベンの3人は、無言のまま機材を片付けた。


2週間が過ぎても、アンの「鉄壁の扉」はビクともしない。

悪くない、上手くなっている、そう言われるのに何かが決定的に足りないのだ。

カイトの帰国予定日は刻一刻と迫っており、心の中の焦りはとうに限界を超えていた。

「何が足りねえんだ……!」と呟くカイトの横で、ジョージもベンも、

同じ暗闇の中でもがくように拳を握りしめていた。


気づけば、最初はあんなに溢れていたオーディション志望の若者たちも、

アンの冷徹な審査に挫折して次々と街を去っていき、今や残されているのはこの3人だけになっていた。


その日の夕方、いつもの公園の片隅で、3人が憂さ晴らしをするようにカルテット

(即席のアンサンブル)を演奏していた時だった。

「君たち、毎日ここで熱い演奏をしてるのを、俺はいつも聴いているよ」


しゃががんだ声に振り返ると、古い自転車にまたがった一人の実直そうな老人が、

3人を見つめて微笑んでいた。

「今夜、俺の店のステージに立ってみないか?」


3人は顔を見合わせ、言葉を交わすまでもなく、弾かれたように即答した。

「イエス!」

「ああ、喜んで!」

「それでは、夜の7時に待ってるよ」

老人はそう言って、一枚の古びた名刺をカイトの手元に置くと、

キコキコと自転車を漕いで去っていった。

◇

夜7時。名刺の住所を頼りに3人が店の扉を開けると、そこはカイトたちの想像を絶する、

狂気と熱気に満ちた空間だった。


「おい! 早く音を鳴らせ!」

「酒が進むような、ゴキゲンなやつを頼むぜ!」


店内にひしめき合っていたのは、海兵隊基地からやってきた、筋骨隆々の荒くれ者たちだった。

彼らはビール瓶をラッパ飲みしながら、タバコの煙が立ち込める中で今か今かと演奏を待っている。

一歩間違えればヤジとボトルが飛んできそうな、容赦のない現場だった。


その瞬間、カイトの脳裏に、強烈なフラッシュバックが起こった。


(……あぁ、これと同じだ。知ってる。俺は、この空気を知ってるぞ……!)


それはかつて日本で、あの赤井さんに無理やり連れていかれた、

米軍基地近くのライブバーの夜の記憶だった。

あの夜、自分は罵声と煙草の煙に巻かれながら、必死にサックスを鳴らした。

譜面通りでもない、誰かのコピーでもない。自分を否定する連中に「俺の音を聴け!!」と、

ただ己の魂をぶつけるような演奏をした、あの瞬間の自分。


綺麗なジャズを吹こうとしていたから、アンの扉が開かなかったんだ。

本場の形式に合わせようとして、一番大切な「剥き出しの命」を閉じ込めていた。


カイトの瞳に、野生の獣のような青い炎が宿った。

カイトはサックスをきつく握りしめ、背後のジョージとベンを振り返った。


「お前ら、俺のリードに黙ってついて来い。――最高の夜にしてやる」


カイトがアルトサックスを口に咥え、最初の強烈な一音を吹き鳴らした。


ドンッ!とフロアを揺らすような、圧倒的なブルートーン。

それは小綺麗なジャズなんかじゃない。地鳴りのようなパッションの塊だった。

その音の圧力に、ヤジを飛ばしていた海兵たちが一瞬で静まり返り、

全員の視線がカイトに釘付けになった。


「カマせ、カイト!!」

ジョージが雄叫びをあげるようにテナーサックスで猛烈に追いかけ、

ベンのフルートがその上を神業のようなスピードで駆け巡る。

3人の音が混ざり合い、ぶつかり合い、店内の温度を限界突破で押し上げていく。


演奏が終わった瞬間、一瞬の静寂の後、荒くれ者たちの海兵隊員たちから、

地鳴りのような拍手と狂気じみた歓声が巻き起こった。

ビール瓶が打ち鳴らされ、アンコールを求める声が店を揺らす。


カイトはニカッと笑うと、首から流れる汗を拭いもせず、

即興で海兵たちへのアンコールソングとして、ニューオリンズの伝統である

「デキシーランド・ミュージック(ハッピーな集団即興ジャズ)」のイントロを吹き始めた。

ジョージとベンが驚いたように顔を見合わせ、次の瞬間、

最高にニヒルで楽しそうな笑顔を浮かべて、カイトの音に飛び乗ってきた。


今宵、間違いなく世界で一番熱い、最高のステージがそこにあった。

◇

深夜。演奏を終えていつもの公園に戻ってきた3人は、芝生の上に大の字に寝転がっていた。

全身はクタクタだったが、その顔には言葉にできないほどの充実感と満足感が溢れていた。


「なぁ……」

静かに夜空を見上げていたジョージが、ぽつりと言った。

「明日さ、アンの前で、3人で今日の演奏をしようぜ」


「……3人で?」

カイトが聞き返すと、ジョージは起き上がり、カイトの目を真っ直ぐに見つめた。

「ああ。ソロじゃねえ。俺たちのジャズは、この3人で完成したんだ。

アンの鉄壁の扉を、3人の音でぶち破るんだよ」


カイトは胸の奥が熱くなるのを感じながら、フッと笑った。

「おう。最後は3人で終わりたい。俺もそう思ってた」


その言葉に、それまで静かに聞いていたベンが、親指を立てて短く答えた。

「決まったな」

◇

翌日。ジャズクラブのステージに、カイト、ジョージ、ベンの3人が並んで立った。

ソロのオーディション枠に、3人で乗り込んできた彼らを見て、プロデューサーのアンは、

黙って腕を組みながら冷徹な目で彼らを見つめていた。


3人は視線を交わし、同時に息を吸い込んだ。


鳴り響いたのは、昨夜のバーで海兵たちを狂喜乱舞させた、あの泥臭くてハッピーで、

魂が剥き出しになったデキシーランド・ミュージックだった。

お互いの技術を誇示するのではない。お互いの命を讃え合い、

聴く者すべてを巻き込むような圧倒的な一体感。


アンは、身じろぎもせずその演奏を聴いていた。

やがて、3人が最高のロングトーンを吹き終えた瞬間。


パチ……パチ……パチ……。


静かな、けれど力強い拍手の音がクラブに響いた。アンが、満面の笑みを浮かべて

拍手を送っていたのだ。あの鉄壁の扉が、音を立てて完全に崩れ去った瞬間だった。


「素晴らしいわ、あなた達! 私がずっと待っていた音は、これなのよ!

個人の技術じゃない、魂が共鳴して爆発するグルーヴ!

――決まりよ。この3人で、プロとしてデビューしましょう!」


「やったぁぁぁーーーっ!!」

ジョージとベンが抱き合って歓喜の声をあげる。

しかし、カイトだけは嬉しさの反面、切なそうに視線を落とした。

「アンさん、俺……もう日本に帰らなきゃいけないんだ。帰国の日が、明日なんだよ」


「カイト、お前……」と絶句するジョージ。

「これからどうすれば……」と言いかけたベンの前に、アンが歩み寄り、

一冊のファイルを差し出した。そこから覗いていたのは、3枚の航空チケットだった。


「これからどうするかも何も、決まっているわ。カイト、美由紀にはもう連絡してあるわよ」

アンは悪戯っぽくウィンクしてみせた。


「あなた達3人のファースト・ワールドツアーの始まりは、日本からよ。

――まずは、日本の関西にある『レストラン船ブルートーン』に行きなさい。

そこで大暴れしてきなさい。日本ツアーが終わって帰ってきたら、

このクラブの最高のメインステージを用意して待ってるわ」


「え……!?」

カイトの目が、驚きでこれ以上ないほど丸くなった。


海の向こう、佐々木支配人や亮太シェフ、そして新しい仲間たちが戦っているあのレストラン船に、

ジョージとベンを連れて、3人のサックスとフルートを持って殴り込める。


「日本か! 悪くねえ! カイトの故郷、案内してもらうぜ!」

「レストラン船……楽しそうだね」

ジョージとベンがカイトの肩を叩く。カイトは溢れそうになる熱い涙をグッと堪え、

ニューオリンズの青い空に向かって、思いきり拳を突き上げた。


「待ってろよ、ブルートーン!!」


ジャズの聖地で生まれた若き3匹の怪物の咆哮が、いま、新しい海の上のステージへ向かって、

大音量で鳴り響こうとしていた。


【第22話:ニューオリンズの熱い風 完】

カイトのニューオリンズ武者修行編、これにて堂々の完結です!

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


カイトがかつて赤井さんに連れていかれたあの泥臭いライブバーの経験を思い出し、

「綺麗に吹くこと」を捨てて魂の音(ブルートーン)を取り戻すシーンは、

書いていて手の震えが止まりませんでした。


そして何より、アンからの最高のサプライズ!

「ワールドツアーは日本から。レストラン船ブルートーンに行きなさい!」というセリフ。

これでロンドンでハクをつけた成人とチャン、そしてニューオリンズで最強の仲間(ジョージ・ベン)

を連れて帰ってくるカイトという、若手組の超絶パワーアップ合流の御膳立てが完璧に整いました!


さあ、ロンドンとニューオリンズ、二つの聖地で奇跡を起こした若手たちが、

ついに佐々木支配人たちの待つ「レストラン船ブルートーン」へと集結します。

次回から始まる本編第二章、船の上のステージでどんな大騒ぎが始まるのか、

どうぞ楽しみにお待ちください!


野内(マサ)

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