第33話『マドモアゼルは、突然に』
いつも『レストラン船ブルートーン号の航海日誌』を応援していただき、本当にありがとうございます!
前回は、船内の緊迫したトラブルをクルーたちの見事なチームワークで解決する、
手に汗握るエピソードをお届けしました。
さて、今回の第33話は、ブルートーン号の歴史始まって以来の「最強のお客様」が襲来します!
トレードマークは派手な服装と、弾丸のような関西弁。乗船するやいなや、
村田船長やチャンと昔馴染みのように大盛り上がりする謎の「関西弁のおばちゃん」。
素性が分からず困惑する佐々木支配人を尻目に、おばちゃんは慎太郎やバロン、
果ては厨房の亮太シェフまで巻き込んでフロアを自分の色に染めていきます。
しかし、上機嫌で騒ぐその目の奥で、おばちゃんはどうやら「ある人物」を探しているようで……?
ブルートーン号の洗練された空気を一瞬で爆笑と人情の渦に巻き込む、
異色のコメディ&ハートフル回です。どうぞお楽しみください!
「いやいや船長! えらい男前なヒゲやな! チャンちゃんも相変わらずベッピンさんやわ〜!」
夕暮れの神戸港。レストラン船『ブルートーン号』のタラップを上がってきたのは、
ひと目でそれと分かる、ド派手なヒョウ柄のストールを巻いた
「こてこての関西弁のおばちゃん」だった。
おばちゃんは、初対面のはずの村田船長やチャンと、
まるで近所の井戸端会議かという勢いで爆笑しながら盛り上がっている。
「……チャン、あの方はいったいどこのVIPなのだ?」
エントランスで迎えた佐々木支配人が、困惑の表情でチャンに耳打ちする。
「さあ? 私も船長も、今日初めてお会いしたんですけど
……なんか気付いたら、もう10年来の友達みたいになってました!」
チャンの答えに、佐々木は目眩を覚えながらも、「い、いらっしゃいませ。どうぞ中へ……」と、
ひとまず丁重にウェルカムするしかなかった。
ダイニングに進んだおばちゃんは、席に着くやいなやフロアを自分のペースに巻き込んでいく。
「お兄ちゃん、これ何ちゅうスープ? えらいダシ効いてて美味しいわぁ!」
若きサービスリーダーの慎太郎が料理を運べば、その腕をペシッと叩いて褒めちぎる。
「ありがとうございます。毎朝僕が仕込んでいる出汁なんです」と慎太郎が照れると、
今度は横を通りかかったバロンを見上げて目を輝かせた。
「うわ、何この銀髪の男前! モデルさん? 姉ちゃん(自分)にちょっとワイン注いでぇな!」
あの完璧なバロンをして、一瞬だけピクッと眉を動かさせ、苦笑い混じりの優雅な一礼で
ワインを注がせる。それほどおばちゃんのパワーは圧倒的だった。
しかし、賑やかに絡みながらも、おばちゃんは料理が運ばれてくるたび、
フロアの奥や他のテーブルをキョロキョロと見渡していた。
どこか、誰かを探しているような素振り。
その様子を、厨房の小窓から覗いていた亮太シェフが、腕を組んで低く唸る。
「おい、あのオバハン……ただ食いに来たんじゃねえな。誰かの知り合いか?」
◇
ディナーを終え、Bデッキのシーサイドバーへと進んだおばちゃんは、相変わらず上機嫌だった。
「マスター! とびきり美味しいお酒飲ましてーな!」
カウンターにどっかりと腰掛けたおばちゃんに、バーテンダーの須賀は、
大人の包容力を滲ませた微笑みを向けた。
「畏まりました。お口に合うものを」
地元の名酒をベースにした極上のカクテルを差し出すと、おばちゃんは「んん〜! 染みるわぁ!」
と一気にグラスを傾ける。そして、須賀と話しているうちに、ふと目の奥を優しく和らげて漏らした。
「……実はな、今日はちょっと様子を見に来ただけなんよ。
あの子らが、ちゃんとやってるんか気になってなぁ」
須賀はその言葉と、おばちゃんが時折耳を澄ませている「音」の方向に気づき、
うっすらとすべてを察した。だが、そこは一流のバーテンダー。
あえて知らないふりをして、大人の笑みを浮かべる。
「なるほど。では、あちらのAデッキへ進まれてはいかがでしょう。
今夜は特に、素晴らしいデザートと『音』が楽しめますよ」
◇
促されるまま、最上階のAデッキへとやってきたおばちゃん。
成人が作った、芸術品のような瑞々しいフルーツのデセールを堪能しながらも、
やはりどこか落ち着きがない様子で周囲を見つめている。
そこへ、今夜のミニライブを担当する音楽隊――カイト、ジョージ、ベンの3人が、
楽器を抱えてステージに登場した。
その瞬間だった。
「――あぁーーーーっっっ!!!」
サックスを構えようとしたジョージと、フルートを持ったベンが、
同時に大声を上げて客席の一角を指差した。
その指の先には、フォークを口に咥えたままフリーズしている、ヒョウ柄のおばちゃんの姿。
おばちゃんはニカッと悪戯っぽく笑い、手をひらひらと振った。
「よぉ、あんたら。元気にしとったか?」
ジョージがサックスを放り出さんばかりの勢いで笑い出し、ベンが頭を抱えながら叫ぶ。
「おいおいおい! 『マドモアゼル』! 一体全体、何しにこんな高級船までやってきたんだい!?」
「何しにって、決まってるやんか!」
おばちゃんは立ち上がり、腰に手を当てて胸を張った。
「あんたら二人が、家賃も払わんと毎日毎日ジャムセッションばっかりして!
『ウチらはプロのミュージシャンや!』って大口叩くからな、本当にこんな立派な船で、
ちゃんとした音楽家やってるんかどうか、この目で確かめに来たんよ!」
「ガハハハ! 疑ってたのかい! よし、それなら俺たちの本物の音ってやつを、
特等席で聴かせてやるよ!」
「マドモアゼル、今夜の演奏はいつもより高くなるよ。
なんたって家賃の代わりにハートを奪っちゃうからね!」
大笑いしながらステージの上と下で掛け合いを始める、ジョージ、ベン、そしておばちゃんの3人。
その、あまりにもファンキーで身内感全開の光景を前にして、リーダーのカイト、パティシエの成人、
そして案内したチャンは、完全に言葉を失って唖然と立ち尽くしていたのだった。
◇
「よっしゃ、それじゃあマドモアゼルに捧げるよ。カイト、あのアレ、いこうか」
ジョージがニヤリと笑い、カイトに目配せをする。カイトが深く頷き、静かにサックスに指を触れた。
流れてきたのは、どこか哀愁を帯びながらも、圧倒的に情熱的なあのメロディ
――『エトピリカ』のジャズバージョンだった。
「あぁっ! これ、ウチのめちゃくちゃ好きな曲やんか!」
おばちゃんはパッと顔を輝かせ、少女のように嬉しそうに手を叩いて喜んだ。
しかし、曲が展開するにつれて、Aデッキの空気は一変した。
ベンのフルートが、まるで夜の海を飛び交う鳥のように軽やかに、かつ極上の艶っぽさを持って宙を舞う。そこにジョージのテナーサックスが、ハスキーで、震えるほどソウルフルな低音を重ねていく。
カイトの吹く変拍子のアルトサックスが、2人の音を完璧にエスコートし、
波の音と美しく融合していく。
それは、下宿の部屋で騒いでいた「冴えない2人組」の音では決してなかった。
紛れもない、聴く者の魂を揺さぶるプロフェッショナル・アーティストの競演だった。
「……えっ?」
そのあまりにも優雅で、美しすぎる演奏を目の当たりにして、チャンと成人は息を呑み、
驚愕の表情で見つめ合っていた。
(いつの間に……いつの間にこの3人は、こんなに上手くなっていたんだろう……!)
毎日一緒にいるはずなのに、彼らの音楽は、ブルートーン号の航海と共に想像を絶するスピードで
進化を遂げていたのだ。2人はその鳥肌が立つほどの格好よさに、ただただ圧倒されていた。
そんな周囲の驚きやつゆ知らず、おばちゃんは「いやぁ、最高やわ! カッコええやん!」と、
体を左右に揺らしながら最後までノリノリで演奏を楽しんでいた。
家賃の督促を口実に、本当はあの子たちが大好きな音楽でちゃんと生きていけているのか、
ずっと心配でたまらなかったおばちゃんの温かい愛。
そんな優しくて、ちょっぴり騒がしいおばちゃんを乗せて、
ブルートーン号は心地よい夜の波に気持ちよく揺られながら、
ゆっくりと神戸の海を航行していくのだった。
【第33話:マドモアゼルは、突然に 完】
第33話を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!
普段は洗練されていて格好いいブルートーン号の空間に、突如として現れた
こてこての関西弁のおばちゃん。完璧なバロンや慎太郎が完全にペースを乱されて
タジタジになっている前半は、書いていて本当にニヤニヤが止まりませんでした(笑)。
そして今回のハイライトは、なんと言ってもオチの「ジョージとベンの下宿屋のおばちゃん」
という関係性と、そこからの演奏シーンです!
私の大好きな名曲『エトピリカ』を、この音楽隊なら最高のジャズアレンジで魅せてくれると
確信していました。
普段は家賃を滞納して怒られている冴えない2人組が、
楽器を持った瞬間に「本物のプロ」の顔に変貌するあのギャップ。
それを見たチャンや成人が「いつの間にこんなに……!」と鳥肌を立てて驚愕するシーンは、
彼らがブルートーン号の航海を通じて、日々どれだけ進化しているかを
証明する最高の瞬間になりました。
口では家賃の督促を言い訳にしながらも、本当は不器用な2人が大好きな音楽でちゃんと
生きていけているのか心配でたまらなかったおばちゃん。
そんなおばちゃんの温かい愛が、極上の音楽によって報われる、
最高にハッピーな人情ジャズドラマに仕上がったと自負しています。
最高の音楽を夜の海に響かせながら、ブルートーン号の絆はさらに一枚岩になりました。
さあ、次回の第34話。この船はまた、どんな素晴らしい出会いと奇跡を運んでくるのでしょうか。
どうぞ、今後のブルートーン号の航海も楽しみにお待ちください!
野内




