6. 『そして世界の終わる日に・前』
そして目覚めると、間もなく自分が何をすべきかを理解していた。
過去に残る自分が今に向けて叫んでいる。
止めなければ。
そのたった一言を。
私は義体がかけられているハンガーから起き出すと、虫の予感を意味する波動に導かれ、その白いドームを訪れていた。
人類種生体永劫安寧保管室"プラネタリウム"。
毎日のように来ていてもアンドロイドの門番が、キーの提出を求めて、寄ってくる。私は逸る気持ちを抑えて手をかざし、IDを照合すると、門番は首を垂れて私を招いた。
施設の一番奥、扇状に広がる、大きなモニタールームの中央に、彼はいた。
私の見たことのない姿をしている。
これまで一度も使ったことのない義体のはずである。
記憶で見たままそれは——。
水瀬 織姫の姿をして、彼は振り返った。
私は松原 千歳の姿をしている。
白上 結斗の方がもしかしたら効果的であったかもしれないが、他方で彼の変性意識にどんな爆発的な異常を来すか予測ができない、そのための判断であった。
私が拳銃型の義体捕縛器"十拳封魂器"を突きつけると、彼はゆっくりと両手を挙げた。
けれど、私たちの肉体はもはや変幻自在の生ける機械そのもの、身体が一つ、腕が二本とは限らないし、現代においてそんな行為に意味はないから、人生を遡るうちに身につけた彼の戯れである。
そんな背景を容易に感じさせるような、不敵な笑みを、彼は浮かべていた。
「一足、遅かったね。もう入力は済んだところだよ、バオト」
「ウルゴス……」
織姫の姿をしたウルゴスに銃口を向けながら、厳しく見据える。初めてだった。
こんな目で、彼を見るのは。
「いつから? あなたは、いつから気付いていたの? 私たちの関係性に」
「初めて会った時……いや、予感としては、僕がNo.0653として呼ばれた時。僕がデミウルゴスなら、ヤルダバオト——"もう一人の僕"が必ずどこかにいるはずだと思った。そして、君に会って確信した。僕らはあるべくして産まれ、出会ったのだとね」
「それは……?」
私は顎でウルゴスの手元を指して言う。
宙に浮くように拡張された透明のモニターは私の知らない文字列で構成されていた。聞くまでもない、この宇宙の存続を揺るがしかねないナニカであろう、が話を続ける必要がある。
ウルゴスはご自慢のギャラリーを披露するような得意げな表情で微笑んで続けた。
「簡単なスクリプトだよ。ウィルスですらない。全宇宙の"プラネタリウム"の機能を停止させる。関連する記録は全て、アンドロイドの手で、クローン再生もできないよう、細胞の一つまで残らず滅却、破棄される。マスターの名において命じる。それだけ」
「権限があるわけがない」
「バオト。マスターとは何だと思う? 僕はずっと考えていた。その薄いカーテンの向こうにいる人が誰なのか。決して姿は見せず、僕らの脳にだけ、あるいは人伝に命令を下してくる彼ら、"ペアレント"とは、何者なのか。あれは、単なるボットだよ。彼らはこの世紀に入る直前に仕組まれたプログラムに過ぎない。システムの導入を促すためだけのね。バオト、人なんかもういないんだ。この世界に起きてる人なんか、どこにもいない。誰もかれもがこの"プラネタリウム"という終末装置に囚われて、生まれ変わるべき魂を義体に掴まれ、永遠を眠り続けている……でもさ、そんな世界、いる?」
ウルゴスは諸手を掲げたままの体勢で、背後にそびえる五十億のカプセルルームを見通しながら続ける。
「明日突然、ビックバンが起き始めたり、あるいは有り体に惑星に隕石が落下してきて、そこにいる生物が確実に絶滅するとして、君は何をする?」
「何って……もう助からないなら、好きな人と一緒にいたり、思い思いの最後を迎えようとするんじゃない?」
「うん。でも、いつだってそうだろ。確実に生きられる明日の保証なんかどこにもない。隕石じゃなくたって、誰かがいつだって命の危険に晒されてる。そう思ってさ、その時僅かに残った一日を、隕石を回避するために足掻くのでないのなら、いつ死んだって同じことじゃない? 隕石が他の誰でもない、自分めがけて落ちてきて、自分が必ず死ぬ明日は、いつか必ず来るんだから。誰もが他人事意識だ。自分には関係ない。関係ないだろって、馬鹿の一つ覚えみたいに、都合良くね。でも、そう思うなら、そいつの命だって、周りからしたら同じことだろう? 自分の存在を示さない、己の顔を持たずに、生きているふりをしているオバケ共。そいつらがいくら死のうが、世界には何の影響もないだろう。きっとそんな奴らが何百億人死のうが、その次の日にも世界では電車に乗り、車を走らせて、オフィスで仕事をやってるよ。そんな存在が、それでも糧を喰らい、生き続けていくことになんか意味ってあるの? そんな存在を養いつづける意味って何? そして築かれた、そんなルサンチマンのための社会、そのシステム、人の文明を続けていく理由ってなんですか? ただ延命をしてるだけだろ」
「それが、人類を滅ぼしたい理由?」
「そう。無関係を装うオバケなら、こちらから冥土に送ってあげようと思って。どうせずっと夢見てんだし、コイツらがいなくなれば、僕らは無駄に仕事をしないで済むし、それだけ消費も減る。良いことづくめだろ。どうせ自分が死んだことにも気付かないよ、コイツら。もういいじゃん。そんなのの世話なんか。そんな奴らに合わせることなんかない。そしてこの世界は、ごく少数の、残った極めてごく一部の者だけの永遠であればいい。二人につき一つの惑星。そのくらいがいい。生きてたって他は背景だよ。"私たち"だけが生きていればいい。そうでしょ——結斗」
ウルゴスは話しながら、織姫の口調に切り替えた。私の魂に呼びかけるみたいに。
けれど、今の私は松原 千歳であって、結斗ではなく、また転送機能も使えない。義体はここにある、これ一つのみだった。
ウルゴスは尚も続けた。それは完全に水瀬 織姫ままの姿だった。
「この人たちね、ずっと夢を見続けてる。何百年、何千年と、外のことは全てアンドロイドに任せて、自分たちはこの中で皆、子供のまま、好きな夢を見続けてるの。無垢な夢もそりゃあるよ。けど、中には口に出してはいえないような如何わしいものだって、残酷な夢だってある。もはや彼らを規制するものなど、どこにもないからね。今日は学校のマドンナになって全ての男子からちやほやされる夢、明日はイケメンになってハーレムを堪能し、明後日は剣と魔法の世界で冒険に明け暮れ、明々後日はナニニシヨウカナ……ってさっ!! "私たち"が叶えようとして、終ぞ阻み続けた夢をっ!! 自分たちはこの中で満喫してやがるんだ。はぁ? なんだよ……結局、皆、子供でいたかったんじゃん……夢を見ていたかったんじゃん!! 好きに生きていたかったんじゃんっ!! 煩わしいって思ってたんでしょ?! 時代錯誤の慣習、右に倣えの同調圧力、厚かましい正論厨、気狂いの異性嫌悪者共の言うことが!! ——だから、好きに生きようとする私たちが羨ましかったんでしょ?! 自分には出来ないから、出来なかったから、眩しくて、妬ましくて、ソイツも不幸に引き摺り込んでやろうって、足を引っ張りたくてしょうがなかっただけじゃねーか!! 自分たち大人がそうだったから、子供のお前も同じように、つまんなさそうな顔して生きろ、それが人生なんだってさ!! ……わがままなのはどっちだよ……なら初めから、てめえもそうしてればよかったじゃん!! 一人一人が一瞬に、てめえの命一つ張って、死ぬつもりで生きてみればそれだけで良かったはずじゃん!! 十年でとっとと死のうが、百年かけて生きようが、大事にしてることに変わりはない……結局、最後には、誰だって死ぬんだから!! "私たち"は既に全部——全部分かってたんだ!! だから、その瞬間に生きようとした!! なのに……それを……!! できねえ自分は棚に上げて、自由に楽しく生きようとする"私たち"の方がさもおかしいみたいに、社会の奴隷になることが正義みたいに、束縛して、決めつけて、押さえつけて——散々、あれだけ……あれだけ!! 私たちの夢は邪魔しといて、踏み躙っておいて、阻害して、矯正させといて……てめえらは!! 自分が夢を手にしたとたんこれかよっ!! ふざけんなよ!! ふざけんなって……っ!! こんなんさー、ほんともう……当時の報われなかった子供たちがさー、見たら……こんなん、許せるわけねーだろうが……!!」
白上 結斗、水瀬 織姫の悲恋は、見るも無惨だった。
大人のわがままに押しつぶされた子供のわがまま。
結局はそうだ。この世界でわがままを通しているのは、いつだってそう、大人の方だ。
なぜ子供が外で元気よく駆け回っていてはいけない? 危ないからと言いながら、でこぼこだった道を平坦なものにし、舗装して、そこに車を走らせているのは大人である。
危険な高層マンションを立て、そこに住むことで、転落死させる要因を産んでいるのは大人たちである。
子供たちが大きな声で快活に喋ることを封じたのは、地域の住民たちの心無いクレームである。
そして外で遊ばなくなれば、今度は最近の子供たちは覇気がないだの、それを内向的だなんだと問題にして、ではどうすればいいのか。
このような大人たちの言うことを統合するとつまり、"自分たちの顔色を窺って、いつも自分たちを立てて生きろ"。ということに他ならない。
誰も、社会の効率化なんて望んでいなかった。
目の前のあるべき街の風景を眺め、あるがまま素朴であれば良かったものを。自分たちの空虚な利益のために理屈をつけて都市を開発し、むやみに外国から人を招き入れて、それらの名目で街を危険なもので満たしていくのはいつだって大人の意見である。
街から子供たちの声が聞こえなくなったのは、大人のそんなわがままのせいだ。
自分ができなかったから、他人にもできない、してはいけないと決めつけ、あるいはそうして自分の歩いてきた道を超えていかれることを恐れる、未完成で未熟で、未発達な、あるべき時期にそれらを経験できずに成人を迎え、大人になってしまった、子供のままの、無能で哀れで幼稚な大人たち。
子供をいじめる、いじめっ子の大人たち。
それが子供たちのやる気をなくさせ、ルサンチマンを生み出す社会の源であり、いつだって子供の根源的な発想の邪魔をしている。
そんな大人たちに産み落とされ、蝕まれた全ての子供たちの憎しみや哀しみを背負って、織姫はこんなところまで来てしまった。
その姿はあまりにも居た堪れない。
大袈裟な身振りで全身を以て訴えかけるその様は、踊りながら、まるで身のうちに巣食う怒りが痛みを発して、悶え苦しんでいるようにも見えた。
「そして皆いなくなる!! 永遠の、本当の死が手に入る。むしろ、感謝する人だっていると思う。いいや賢い人なら、皆、分かってくれるよ。いよいよ終われるってことの意味を。それにそもそも、どうせそこまで生きたいわけでもねーんだろ、コイツらは……」
私にも身に覚えがないわけではないから、反論もできない。彼女は正しい。
死への渇望は生への渇望と同義だ。
無残な運命を前にした時、あるいは既に辛酸を味わい、疲れ果ててしまって、もう立ち上がれないと悟った時、それならば安楽死は勧められるべきかもしれない。そして無に還ることだけが、救いとなりうるのかもしれない。
でも。
「"私たち"は生きたかったよ……!! 自分の好きな人と、自分の好きなように!! でもあの狂った世界じゃそれができないから、自ら死ぬしかなかったんだ!! 狂ってどうしようもなくなって、周りを殺してから死ぬよりはまだマシでしょ? だからそうなる前に、自分に刃を向けただけのこと。自殺って、殺人に比べたら、よっぽど理性的な行為なんだよ。"私たち"は、周りに比べたら、誰よりも理性的だった!! それなのに……それなのにっ——!! コイツらはっ!!」
でもそれでは、自分たちの出会ってきた大人たちと変わらない。
安楽死? 安楽死だって?
先人たちの手垢のついた教えに散々弄ばれ、蝕まれたあげくに迎える末路が、自ら望む安楽死?! それこそ、ふざけんなだろ——!!
それでは、軽薄なルサンチマンの存続のために傷付けられてきた孤独な心は、何一つ救われないままではないか。
寂しいその心は、死してなお、ずっと寂しいままではないか。
「今こそ一緒にグチャグチョにしてやろうよ。クソ老害共の笑っちゃうような、夢見る世界、こき下ろして、バカにしてやって、皆、まとめてぶっ壊してさ!! 今度は"私たち"が邪魔する番だ!! 今こそ、"私たち"が等しく夢見た、そして世界の終わる日だ!!」
それは解釈か? 私は事実だと思う。いや、それが解釈か……しかし、ともかく、問題はそしてどうしたいか、それだけだ。




