5. 『イマ、重なるカコ』
人類の墓標を巡り、様々な人生を辿り、芸術と共にあって、どれだけの時間が経っただろう。
初めて義体に魂を転送した時のことがもう、前々前々前々前々前々前世くらいのことに思えてくる。
徐々に片鱗が見え始めたのは、彼が過去の他人の人生を覗き見始めて、千年を過ぎた頃。彼は唐突に自傷行為に走った。
青白い手首から鮮血が溢れて、しかしそれは義体だから、決して死に至ることはなく、義体が活動不能になったとしても、自宅に置かれた元の"アニマの器"に還るだけ。
しかし、人生で見る時のように生臭く、痛々しかった。
「痛いって感じてみたかったんだ。痛いってどういうことなんだろう。人生の中では、いろんな人たちが痛がってるように見えた。苦しがってるようだった。楽しいときもあったけど。その痛いや苦しいは——、けれど、痛覚を遮断されてしまっている僕らには感じることはできないから。無修正のものを感じてみたかったんだ」
「でも、想像してたよりずっと……なんか……」
私は彼の自宅であの凄惨なシーンを思い返してみる。
目の前で卵型のカプセルの殻に座るウルゴスは、今はもう平然としているが、その時は真っ青で血の気が感じられなかった。
まるで魂のない蝋人形に戻ったかのようで、それをみていると胸騒ぎがした。
そう、それは、久方ぶりに感じた、あの感情だ。
「なんか……そう。怖いよ」
「ごめん。もうしないよ」
ウルゴスはそう言ったが、同時に私は不安で堪らなくなる。この時代にも、まだ苦痛はある。確かに残っている。
人が、それを遠ざけているだけで——、あるいは目の前で起きてるのに、機械で感じられなくなっているだけだと、この時、はっきり気付いた。
無機物にも魂は宿る。
蝋人形に宿るはずのない魂を宿らせて、動かしているだけだとしても、それでもまだ、私たちは生き物であることを捨てられていない。
寿命が実質的になくなっているだけで、魂を消滅させてしまう方法ももちろんある。
きっと私は、ウルゴスを失うことを恐れた。
この永遠の緊縛にも似た現実も、彼がいるから耐え忍べている。これが初めから一人だったら……? 彼がいなくなることは、想像するだに"怖い"。
消えないで。
行かないで。
留まっていて。
お願い。
忘れさせないで。
"怖い"。この気持ちはきっと——、
私たちがきっと失ってはいけないものだから。
忘れたくないものだから。
だけど皮肉にも、それは失うからこそ、感じられることでもあるのだ。いつか必ず失われると理解しているからこそ、失いたくないと切に願うことはできる。その理解に至っていないものには、その儚さを想うことはできない。
この世は奇跡に満ちている、けれど一方で、実に意地が悪い。
日に日に。日に日にというよりは、時を重ねるごとに、十年単位、あるいは百年単位。
そうしてウルゴスは変わっていった。
ある時、実体を伴って散歩に行くと、市街地を一望できる公園のテラスで、彼は虫ケラを見下ろすような覇気のない眼差しをして切り出した。
「——逆説だ」
ウルゴスはもうしばらく女性の義体を経ていなかった。そのときも大人の男の姿をしている。
しかし、口調までも変わったのは、ここ数十年の周期のうちであった。
「自分には叶わないものだから、それがさも明媚であるかのように思われるのだ。しかし、いざそれを手にしてもみろ。この有様だ。かつて抱いていたはずの無垢なるその光はとたんに失墜して、己をただ縛り付けるだけの重力になる。ただの生きる糧。パンと変わらぬものに成り果てる。夢の数だけ、この世は無念にひしめいているということでもある。一見煌びやかに見えて、その背後に転がる敗者の姿を数えてみろ。夢とは、虚しい、群体のように中心的な頭脳に群がらざるを得ない、ヒトの正体を表した、哀れなる逆説そのものだ」
「ウルゴス……もう人生は見ない方がいい」
「そうとも。いくら見てもキリがない。終着地点は決まっているんだ。誰も逃れられはしない」
明らかに異常を来している。いや、むしろ、これが正常なのかもしれない。悠久に続く時間を体感してしまえば、如何にその虚しいかということは身に沁みて(義体ジョーク)分かるというもの。
私とてそうならなかったわけではない。
けど、その度、ウルゴスを想う気持ちで覆い隠してきたのである。
私は数千年前のウルゴスの言葉が今になって腑に落ちた。
私がまだ生体であった最後の瞬間。震える私に、ウルゴスは"欠陥ではない……むしろ——"と、確かにつぶやいた。それが今になってわかった。
ウルゴスはあのとき既に悟っていたのだ。
死に恐怖を感じない自分の異常性を。
この永遠に思われる永い時の中で、その答えを求め続けて、そして辿り着いた。
自分は死にたがっていたのだ。
いなくなりたかった。
この永遠から。
やがて痛むだけの生に苦痛を見出し、彼は永遠の消滅を望むようになっていた。
しかし、輪廻の果てで辿り着いたここは、さらなる時間の牢獄である。
その彼の絶望たるや、計り知れない。
彼の異常性は既に"ペアレント"と呼ばれる、旧来の生体を保持したまま生存し続けている始祖の一族も感知している。
もしかしたら、それだけが彼を救いうるのかもしれない。
死による解放。
完全なる魂の滅却のみが。
ニルヴァーナ。仏教用語でいう、解脱と同じ意味になるだろうか。
私に、彼の監視という仕事が加わって数十年、想像以上に早く、彼は動き出した。
彼は数多の人生を覗き見るうち、遂に自分の祖となる人の人生を見つけたのである。
そして辿り始めた。
時間を逆行し、昔へ、昔へと。
己が記憶を蘇らせるように。
それまでの数多ある人生をしらみ潰しにしていく過程からすれば、これは実に容易く、また好奇心にも満ちてくる。
私は彼の監視のため、あるいはその好奇心ゆえに、その後を追い、途中で自分の祖をも発見する。松原 千歳もその一人である。
既に彼の手が暴走しかかっているのは、その松原 千歳の人生に対する干渉からも目に見えた。彼は通りすがり様、あまりにも強引な手段を用いて彼女の発言をかき消し、本来結ばれるべき柴田との縁を無いものにしようとしたのである。その結果、本来であれば、そのまますんなりいくところを、千歳は一度、猿彦に依存して心中する未来を辿っている。
私はその修正のために二年も前に舞い戻り、彼女の思考へ直接ダイブすることで、犬飼というその場にいた人物と引き合わせ、後に柴田との関係を修復できるように計らった。
その因果律の変化で、今度は、千歳の心中相手が柴田に移り変わることになったが、私はもう破れかぶれでその辺の雑草を伸ばして、彼らを助け、未来を修復した。幸い、その事実はその地方のみごく少数の話題に上がるだけで、大規模な改変には至らず、私という未来の消滅は免れた。破れかぶれでといったが、その時使用した雑草、白詰草は彼女らに深い縁のある種で、その助力があったればこその奇跡でもある。
さて、それから更に世代を遡ること、数十世代。私たちは遂に、現代も現代、私たちの魂のルーツを垣間見る人物に行き当たる。
それが白上 結斗。
そして、水瀬 織姫であった。
その二人のことはおそらく、私は兼ねてより知っていた——、
というよりも、そこで初めて、知っていたという事実に気付かされた。
私の記憶には確かに二人の顔がはっきりと残っている。
私は未知の期待に胸を躍らせて、二人の人生をたどった。




