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『そして世界が終わるまで 〜繰り返される恋の、その先へ〜』  作者: 白雛
未来編

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3. 『夢と過去の記録』




 なってしまえばどうということもなく、私の生体は無事冷凍保管され、そこから魂だけを抽出して別の物体に乗り移らせることができていた。


 初めて選んだ義体はやはり女性のもののほうがしっくり来そうだったので、そうした。


 私は自分自身に抱く理知的なイメージままの、細いメガネをかけた女性の姿となり、見た目はそれで既に大人だった。


 さっそく"プラネタリウム"に赴くと、門番を務めるアンドロイドが立ち塞がる。


 私は手首に埋め込まれたチップを読み取らせて、中に入り、そのままアンドロイド・スタッフによるチュートリアルを受けている最中に、遅れて、ウルゴスがやって来た。


 ウルゴスもまた生体の時の姿がそのまま大きくなったような形をしていた。ただし、髪の色が金色になっている。


 私は笑った。


「それ、似合わないよ」

「えぇー。そう? 前のは重かったから、軽いイメージにしたかったんだけど」

「えー。軽いのより、前のがいい。そっちのがウルゴスには合ってると思う。今のは軽すぎて、なんかなぁ。ホストみたい」

「え、ピアスしたいのに」

「藍色でも似合うピアスすればいいよ」

「あ、それはアリなんだ」

「ん?」

「ううん。ちょっと待って。義体を交換する」


 ウルゴスが手首から直接呼び出したコンソールを操作すると、空間が湾曲して、瞬く間に変身を遂げた。しかし、今度は顔面の至るところにピアスがついていて、私はまた笑った。


「多すぎ。それじゃインディアンみたいだよ」

「加減が難しいな。口は? 舌は?」

「うーん。そこまでバチバチにつけなくていいんじゃない? さりげなく見える感じで」

「つまらなくない?」

「過ぎたるは及ばざるが如しっていうでしょ。ほどほどなのが、たまにチラッと見えるくらいなのがいいんだよ」


 何度かの試行錯誤の末、ウルゴスはそうして紺碧のオカッパに、横髪が揺れると耳元のそれなりの数のピアスが、前髪が揺れると眉毛の上に突き刺さったピアスが、それぞれ見える程度の風貌に成り代わった。


「うん。そんくらいがいいよ。まだ多いくらい」

「チラ見せなー?」


 ウルゴス自身はしかし、付け足りないというような顔色で、前髪をいたりしつつ、


「よく分かんないけど、いいか」


 そう言うと満足したように笑った。


 そうして果てしなきアンドロイド生活初日は過ぎていった。


 ◯


 ウルゴスと"プラネタリウム"施設内を見て回る生活は充足して、まさしく夢のように楽しい時間だった。


 しかし、それも十年、二十年と過ぎていくと無感情になる。


 初めは楽しかった仮想空間の冒険も、義体を乗り換えての実在で起こす乱痴気らんちき騒ぎも、意識からはどちらも同じ認識であり、終いに仮想空間に引きこもる先人たちの所業の理由が早くも判明する。


 それはさながら、学業から就業に入ったときに初めて感じる虚無感に似ているかもしれない。


 勉強やら授業やらには定期的な変化がある。卒業、入学、試験。区切りをつけ、ある程度したら、半ば強制的に変わらさせられるもの。


 しかし仕事にそれはない。


 初めの一日が、迎える二日目が、続く三日目が、自分が辞めるまで(または死ぬまで)、それから先、延々と続く。一つ終わっても、次がある。なければ自分で探す。その中で違いを見出すとしたら、その日の内にいくつ終わるか、その日の内に終わらせられず次に持ち越すか、出来なければ残ることを考えねばならないか、というくらいだろう。


 私たちの業務とて、毎日というわけではないにしろ、一棟の"プラネタリウム"で五千万、それが百棟あって、カプセル自体の総数は五十億にもなる。それらを順に見ていくというもの。これは惑星単位で見るとまだ少ない方で、多いと百億を超える星も当たり前にあるという。


 その数のカプセルを保護、監察する機器のチェックをして(それ自体は義体に仕組まれたCPUが高速で行ってくれるにしろ)施設を周り、異常が見られれば正常値に戻るまで機器を操作したり、機器自体に異常が認められれば義体内部に備わる工具を用いて、適宜てきぎ、点検する必要がある。


 時折、人々の夢を覗き見ることも業務の一部。

 危険分子、あるいはその成長を見せる思考が漏れ出ないようにし、察知されたら、妨害したり、駆除することもまた我々の業務である。マニュアルは十全に備わっており、どれも初めてでもこなせる簡単なものだ。基本的に転勤はないが、時々交換留学みたいに別の惑星の"プラネタリウム"を見てきたり、開発中の新型モデル見学会に行ったり、そんな行事はある。


 完全自律型のアンドロイドもいるが、彼らは私たちのフェイルセーフである。いや、どちらもがそうだ。私たちは彼らの、彼らは私たちの、それぞれの仕事に不備がないかを点検して回り、二重に見張る役目である。AIでも人の手でも信用できない慎重さゆえの措置そちだった。


 私たちは"プラネタリウム"の管理者であるが、もちろん他の施設には別の管理者がいて、それらを一つ所に統合した上位の管理者のグループがあり、たまに特殊な事例があると、その上の方(まったく具体的ではないが)から実しやかに命令が順々に下ってきて、その件に注力する場合もある。


 その頂点に位置する統合意識:マスタークラスのヒトたちは、"ペアレント"と呼び名されている。


 システム上の全ての権限は彼らにあり、実質的なこの未来の統治者と言える。けれど、私たちは一度も会ったことがなかった。年末年始の慣例行事ですら、見かけない。彼らは常に姿を見せないが、伝え聞くところによると、未だに生体を保持したまま生存し続ける古代人の末裔まつえいだとかいう話であった。


 姿を見たことがある人がいるのか? と聞くと、噂だという。それはつまり、いない、というのと同義であり、ならば、いないのになぜ分かるのか? と思ったが、それで害になることがなければ、したる興味も湧かないものだ。私は深く詮索することはなかった。


 そうして夢の管理を続ける。

 来る日も来る日も。


 その数十年の間に、ウルゴスはさっさと性転換して、主に女性の義体を用いるようになっていた。聞くところによると、こっちのがしっくりくるとのこと。


「常々思ってたんだけど、女の見た目は努力次第で必ず美しくも格好良くもなれる。はっきり言ってズルい、羨ましい。僕は僕だけど、女性の色香を振りきたい。麗しくありたい」


 口調こそそのままだけど、見た目は様変わりして、声色も高くなって、どこからどうみても女性になっている。というか、義体自体は女性のものだから、女性そのものだ。


「男でも綺麗な人はいるよ」

「——まるで女の人みたいに。だろう? なら女でいいじゃないか。とどのつまり見た目の綺麗さや魅力では本来の女にはどうしたって敵わない。僕だって筋肉は嫌いじゃないけれど、それでプロレスラーみたいに大きくなるのは趣味じゃないな。バオトも違うだろ?」

「まぁ……大きすぎるとちょっと怖いな」

「だろ? よって、女性の麗しさに男の野生味を備えたフタナリタイプが最強。義体ってそのために出来たんだよ、きっと」


 私は想像してみて吹き出した。しかし、あえて疑義ぎぎを返すなら、ちょっと迫力に欠けるのではないだろうか。あと臨場感。


 同人誌みたいにあえて小汚いおっさんを好む背徳感だってある。ゲイだっている。

 要はケースバイケースではないか。


「それは……どうかな?」


 それを何百年続けた頃だろうか。

 ふいにまたウルゴスが漏らした。


「最近は夢ばかりじゃない。過去の記憶を追ってみてる」

「過去の?」

「そう。一つで何十年とあるから、暇つぶしになるよ。リアルそのものだし、有名な人のであればアクシデントにも事欠かない。退屈がまぎれる」


 全人類の記録が保管されたデータベースが"プラネタリウム"とは別にある。それは一つ一つ、アーカイブ化されて、自宅の転送用カプセルから閲覧えつらんできる。


 一部、マスタークラスの特権がないと見れないものもあるが、私は霊魂の類を気にしたことはない一方、血生臭いのはどうも苦手なので、別に見れなくてもいい。


「大体さ、夢というのはつまらない。都合が良すぎることが多くてさ。大抵、本人の良いように事が運んでくだらない」

「でも、それが夢だし」

「うん。だから、過去の人の記憶は面白いんだ。波乱に満ちている。上がったと思ったら下がって、ひょんなことから登り始める人生だってあった。先の展開が読めない。あれがきっと、本当の生きるってことなんだろう」

「生きる……」

「試しに、バオトもやってみなよ。久しぶりに生きた心地がするよ」


 一つの人生を見るのに、およそ40〜70年ほどの時間を使う。


 それは動画を倍速や文字情報で受け取るように感覚の中で終わらせてもいいが、実時間の中で連続ドラマのように見れば、確かにこの悠久の時間の良い暇つぶしに転じることだろう。


 それに倍速再生のような行いは性に合わず、私は好きじゃなかった。情報を得ることが目的ではない。その感情に寄り添い、理解し、味わうことが本懐ほんかいであり、誠意である。


 これが頭の固い人には通じない。

 時と場合にもよるが、胃に詰め込めれば何食べたって同じだという人と並んで料理したって、食事したって面白くもなんともないものであろう。もっと深く言えば、そうしたディテールが既に前戯ぜんぎみたいなもの。


 そこで流れる時間と心の機微きびを味わうことが、言ってしまえば生きていることの妙味みょうみだと私は思う。無駄こそが趣味であり、私だ。


 私はその誘いに乗って、人々の過去を漁り始めた。




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