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『そして世界が終わるまで 〜繰り返される恋の、その先へ〜』  作者: 白雛
未来編

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2. 『人類種生体永劫安寧保管室安置式』




 人類の叡智えいちは極まっていた。


 宇宙の探索はさりとて完全ではない。


 宇宙とはそもそも無限に広がりつづけるアメーバのようなものであるから、完全に探索し尽くされることはおそらく永遠になく、今なお広大にその時空を拡張しつづけている。


 その背に発生した垢を惑星とすると、我々はその垢を追い、食べつづけるダニである。


 原始惑星系円盤の中で、繰り返す衝突の果てに惑星が誕生すると、移住、開拓が始まる。


 普段、電子の世界に没頭している人たちも、この時ばかりはこぞって、実在のアンドロイドに精神を移し替え、この行事に参加する。それが済むと、瞬く間に元の義体に帰還して、再び長き眠りの中で仮想空間のそれぞれの理想の世界へと舞い戻る。それはこの時空のエンドコンテンツであり、未開惑星の誕生、発見は更新された新エリア、お知らせを聞きつけて群がる人々は廃ゲーマーさながらと言えよう。


 その際に新たなる居住惑星の新たなるNPCが求められる。

 それが私たち。


 そうしてこの時代のヒトは束の間、生産の時期に入る。


 かつてのヒトたちのモデルケースからアトランダムに選出された精子と卵子を大の大人が三人は入るサイズの大きな試験管の中で出会わせ、胚を発生させて、育まれる、その一連の過程もまた、およそ百年〜二百年周期で行われる珍しい見世物となっていて、悠久の暇つぶしに助産師を勤めたがる人たちが大勢いる。


 私が水槽の中から見ていたのも、そんな人たちだ。


 自由意志で出産する必要性はもうなかった。


 彼らは肉体の冷凍保管によって、半永久的な不老不死を手に入れている。


 度が過ぎると、集団、ひいては独裁国家の氾濫はんらんにもなりかねないので、そうした危険分子の活動を監視局が認知した場合には、厳しい処罰を受けることになるが、基本的に禁止もされていない。


 しかし、アンドロイドや仮想空間で擬似的な体験はいくらでもできるから、あえて生身で、それも死に至ることさえある痛みや危険を伴って——となると、それを強行する人はもうわずかにもいなかった。


 だからこその催し物である。

 出産に立ち会えるのは珍しい機会なのだ。


 この時代、ありとあらゆる"痛み"だとか"苦しい"という概念が極力排された夢の世界で、それをあえて受け止めるものはそういない。

 

 生体をやがて冷凍保管させて、魂を機械の身体——義体ぎたいに移し替え実在を過ごしたり、そのまま電子の仮想空間に閉じこもることもそういう大元の理由がある。


 生体はそのままでは必ず沈むと分かっている泥舟である。今がどれだけ綺麗でも、生きとし生けるものの宿命として必ず腐り果て、どろどろとした肉塊に溶けていく。そして失われた魂はもう戻らない。叶えたくば仮想空間でも似たような設定はできるし、アンドロイドの身体を用いて実在においての再現、体験もできる。あえて、一度きりの、その肉体を使用することに何のメリットがあろう。


 そういうわけで、私たちも水槽から出てその三年後には、"プラネタリウム"の安置式を迎えていた。


 人類種生体永劫安寧保管室。


 郊外にひっそりと並べられたドーム状の建物で、地上三階、地下百階層。それが合計で百棟ある。


 ヒトの生体を冷凍保管するこの施設を俗に"プラネタリウム"と呼ぶ。なぜそう呼ぶに至ったかは定かではない。手元のコンソールを用いれば調べられるだろうが、さして興味もなかった。


 ただ数十万基とある卵型の人用カプセルが並べられた部屋は、室内ながらそれを忘れるほどに、あまりにも広大かつ壮観であった。


 私の生体もまた、この中で永遠の眠りにつく。


 それは一義的な死を意味するだろう。ここより先、生体が目覚めることは実質、二度とないのだから。


 けれど、輪廻りんねして生まれ変わることはなく、後は魂だけを抽出して、以降、永遠に、電子の仮想空間でも、実在のアンドロイドに取りかせてもいい。そんな夢の世界の住人となるのだ。


 私たち、十一桁の場合は、それぞれ役職が定められているから、無制限というわけにもいかないが、それでも悠久であることに然したる違いはないだろう。


 私たちは時々、おもむろに起き出しては、自分たちの役割を果たせばいい。それに、私自身の役割は、この"プラネタリウム"の管理である。


 それはいうなれば夢の管理者であって、私は嫌いではなかった。仕事に対する期待感も大きい。


 なのに、私の腕は震えていた。


「バオト……怖いの?」


 私はウルゴスに指摘されて初めてその事に気付いた。そして、気付いてからも、自分の意思では思うように止められない。


 本能によるものだろうか。確かに私は恐怖しているようだ。


(何に? ……だろう?)


 私は思う通りに制御できない腕を疎ましく思い、あるいは恥じて、もう片方の手でぎゅっと握りつけるようにした。


「どうしてだろう……死後の世界が楽しみなはずなのに……どこか欠陥があるのかな」

「慣れないことには誰だって緊張が伴うものだよ。それは欠陥じゃない……むしろ——」


 ウルゴスの呟くような言葉尻を、しかし私は目ざとく捕まえて、尋ねる。


「むしろ……?」

「——すこぶる正常ってことだよ」


 ウルゴスはそう続けて微笑むと、私の腕を優しくさすった。


「だから、そんな風にしてはダメだ。可哀想だよ。決して間違ってそうしてるわけじゃないんだから」

「腕に意思があるの?」

「そりゃ何にでもあるよ。現代では無機物にさえ魂は宿るとされている。だからこその義体だしね。その辺に転がる石にも記憶が宿る。傷付けられれば痛いし、抑え込まれたらいずれ反発する。万物にそれはある。ほら、しびれてきただろう。それは腕が君に反発してる証拠だ」


 私は締め付けられた自分の腕を放しながら、思わずくっくっと吹き出してしまった。その話し方もそうだが、内容も実に可愛らしいと思って。


「ウルゴスはロマンチックだね」

「愉快な仲間たちに見つめられて育ったからね」

「仮想空間で荒れ狂う海を旅した話を聞いたり、金持ちの余興で吊り橋を渡らされたり、そんなスリリングな話ばかり?」


 それは以前に聞いたことのある、ウルゴスが水槽にいたころの話である。


 ウルゴスは男だから、同性のスタッフは座学や計測ほったらかしでそんなことばかり彼に聞かせていたのだとか。それで彼の登録されているデータは実際よりも違うと何度となくなげいていた。身長が三センチも違う。胸囲がこれじゃまるで両性具付きみたいだ。髪の色が青でも黒でもないのは彼らが雑にRGB値を設定したからだ。などなど。


 男と女でこうも違うものか。私はただその時々の様子をモニタリングされたり、丁寧に授業を受けたり、そんな終始和やかなティータイムのような水槽内だったのに、と感銘を受けたものだ。


「そうそう。……そういえばまだ酒は酌み交わしていないな。義体を手に入れたら、真っ先に奴らの住居を見て回ってやるんだ。挨拶がわりに爆撃してやる。義体なら器が壊れない限り、魂が死ぬことはないしね」

「ふふ、楽しそうでいいな。私も男に産まれれば……そうだ、まずそういう仮想空間にダイブしよう——、と思ってる人多そうだから、私は絶対、性転換はしないけど」


 彼と話すうち、気付けば震えは治まっていた。


 次第に施設のアンドロイドが順番を指示しだして、私たちは一人ずつカプセル内に収められていった。


 中は……建設スタッフの趣味だろうか、それとも……艶々《つやつや》した乳白色の敷物が詰められており、そこに収まると私たちはまるで梱包されたフランス人形のような気分になる。古洋風の衣装をあつらえたのなら、外部からはまんまそのような見た目になるだろう。年頃もちょうど良い塩梅である。趣味が良いのか悪いのか。


 そして、卵型装置の"から"が閉じられると、寝床の様相に反して無機質なその天井のために、内部からはコックピットのようにも、様変わりして見えた。


 やがて内部にガスが噴出され、速やかな眠気が訪れてくる。それは筋弛緩性のガスだ。冷凍するための前処置——いわば麻酔である。


「バオト」


 カプセル内の通信機から聞こえたのはウルゴスの声。まだはっきりしている。


「バオト。聞こえる? まだそこにいる?」

「なに?」


 私の声もそうだった。まだ話せるうちに……という気持ちは同じようだった。


「今までありがとう」

「どうして?」


 私はまた笑う。ウルゴスは夢見るような声のまま続ける。


「生身で話せるのはこれが最後で、僕はバイバイという言葉が嫌いだから、代わりの言葉を使った」

「すぐ義体で会える」

「その通り。後はただ、永遠だけが続く。だから、ありがとう。死んで終わらせられるこの言葉を使う機会は、これが最後……だからね……」


 ウルゴスの声が急速に重く、遠くなる。


 その微睡まどろみの中で私は気付いた。


 この先は文字通りの永遠なのだ。

 二度と生まれ変わることのない、生の終着点。


 私たちが今受けているこれは、ブラックホールに落ちた物質のように、終わりのない終わりを迎える儀式だったのだ。


 だから、私の水槽を取り巻く彼女らは、おめでとうと言った。


 輪廻の果てで、さながらゴールテープを切った走者を迎え入れるような気持ちで。


 "おめでとう。ここが終点だよ"


 そんな意味合いで。


 だがそれは——。

 

 私は自問する。


 だがそれは——果たして祝福だろうか。


 産まれた私がかけてほしかった言葉とは、無償の愛(アガペ)とは……そうではなかった気がする。


 永遠ではない。

 一瞬の瞬きに等しく、そんな尊いもの(いのち)だかるこそ、生まれてきてくれてありがとう——と、親は心からの愛を、我が子に捧げたのではなかったか。


 ガスがカプセル内に充満して、私の意識はしかし、彼の言葉を抱きしめるようにして眠りに落ちていった——、間際、何が哀しかったのだろう……。


 涙が一雫、するりと頬を伝うのが、最後に覚えた感触となった。




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