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『そして世界が終わるまで 〜繰り返される恋の、その先へ〜』  作者: 白雛
織姫リフレイン編

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15. 『瞼の裏では』




 どうやって帰ってきたのか、気付くと、自室のベッドの上で転がっている。


 起き上がる。


 その時もう、私は私ではなかった。


 絶叫した。


 手当たり次第に、部屋のものを破壊して、両親が起きて、部屋に入ってくる。


 何かを言っているがどうでもいい、どうでもいい。


 今まで人の意を、遂にんでくれなかった連中だ。


 私も、もうそんな奴らの言葉なんて、意に汲み取る義理もないだろうが。


「うるっせえええええ!!!! 全部ぶち壊してやったよ!! ほら、お前らの望む通り!! 満足かよ!! これで満足か!! お前らみたいなのが——っ、なんで私の親なんだよっ!!」


 八つ当たりだ。


 最後に引き裂いたのは、お前だ。

 分かっていても、どうにもならなかった。


 私は怒鳴り続けた。


「返せよ!! 私の人生を返せっ——!!」


 ◯


 そこからの人生はあまりにも殺伐としていて、語るに忍びない。


 私は有名な絵本の少年のごとく、怒りつづけ、憎悪しつづけ、周囲に当たり散らしつづけた。


 私生活においてはロボット然とした私の余所行き用の仮面が皮肉にも役に立った。私は何事もなかったかのように再び学校に通い始め、周囲のモブに溶け込んでいく。


「水瀬……」


 校内の廊下で振り返ると、見覚えのある誰かがいる。甲斐田とか言う父に気に入られただけの普通の男子である。


 それは遠慮もなく私と並び立って歩き始めた。


 血の通わない目つきから何も察することができないのだろうか。感性のしなびて腐り切った、ホモ・サピエンスの面汚しめが。私はもうその声も聞きたくないというのに。


「俺、この間のことなら全然気にしてないから。だからさ、今度うちでゆっくり……」

「別れてください」


 私は会話をしたくない。その近隣の空気と接するだけで鳥肌が立つ。けれど、面汚しはしつこく付きまとった。


「——は? どうして? ちょ、ふざけんなって」

「二度と話しかけないでください。あなたの声を聞きたくない。会話をしたくない。コミュケーションを取りたくない。反吐へどが出る」

「なに? じゃ聞くけど、白上ってお前の——」


 私は問答無用に腹を殴ると、うめいて屈んだソイツの目元を掴んで、踊り場の壁に擦り付ける。そして、反対の手に握ったシャーペンの金属部分を喉に当てた。


 目元を隠されたソイツからでは、得物えものが何か分からない。カッターか何かにも思えるように、鋭い痛みが走るように、力を込めて押し付ける。


 辺りに人がいないのは、神の采配と思えた。

 今更味方されても、気味が悪いだけだが。


 神だって、そんな当てにならないものは、はなから味方じゃない。

 私に味方はいないし、いらない。


 くだらないこの世の理とそれをならう愚者ども全てが私を孤独にした。


 その憎しみを知らしめるためにも、私はこの世で一人で生きていくんだ。


「な……ま、まって」

「二度と話しかけんなっつったろ、キメェんだよ、イカ野郎。おまけに結斗の名前出しやがって。てめえじゃ万回転生したってなれねぇ男の名前だよ。分かったら、同じこと三度言わすなよ? 二度と、私に、近づくな。さもなきゃ、逮捕されたって、絶対グチャグチャにしてやるから、お前と血のつながりのあるやつ全部」


 私はゆっくり手を離すと、腰の抜けたソイツを見下ろし、微笑みの仮面をつける。


 近くにちょうどよくモブの気配がしたので、少し声を大きくした。


「じゃあ、そういうことで。先輩は先輩の道を進んでください。ありがとうございました。バイバイ」


 私は角を曲がって教室に戻ると、いの一番に汚くなったシャーペンを捨て、ウェットティッシュで手を拭いた。


 そうしてそれは片付いた。


 ◯


 明くる日に、結斗が一日だけ高校にきた。


 退学届を提出するためだ。

 でももう会えない。


 合わせる顔などない。それどころか、今の私は会えば、きっと……きっともう感情を抑えることはできない。


 問答無用に彼を殺して、自害してしまうだろう。

 それはできない。


 だから、教師に雑に理由をつけて、彼が施設から出ていくのを、ベランダからひっそりと見送るだけにした。


 愛しい結斗。

 涙が止まらず、私はベランダに身を潜めて枯れるまで泣いた。


 怒りにも変わる。幾度となくベランダの壁を殴りつけ、気付いた頃には痛々しい血痕が一面に点々と散らばっていた。


 その愛しさを思えばこそ、人類のちりみたいな慣習だとか、そのものだとか、社会に倣う全てに吐き気がした。


 私は持ち前の才気煥発な頭脳を活かして、勉学に励み、特に理系に身をやつした。表面上は受験勉強に勤しむように見えて、そんなレベルのことはとっくに終わり、ひたすら、効率的に全人類を殺せる方法を模索していたのである。


 やはりサリンの前例にあるように、物理的に殲滅せんめつせんとするなら、毒ガスや病原菌といった細菌類がよい。レベルの低い凡人はガソリンくらいしかないだろうが、私の標的は全人類だ。どこそこの事務所一軒を焼き尽くすのとはワケが違う。


 優先するのは確実な致死率、そして感染力だ。さもなければ、人間は滅ぼせない。


 私は東京にある理系の強い大学に視野をしぼり、合格する頃には、海外とのコネクションを欲していた。


 国内ではダメだ。所詮国内のヤクザはチンピラの延長に過ぎず、大義に欠けている。劣情や理性が残っている。それではダメだ。


 日本を効率的に壊してくれる、マフィアやテロ組織を狙った。中国や韓国といったアジア諸国がいい。思想は関係なく、利害が一致していて、日本人ほど鈍感でなく、また程よく狂ってもいるからである。


 しかし、その一方で私は脳科学にも興味を持ちつつあった。情報や電子工学といった観点から、人類を破壊するということも十分に考えられたからだ。


 これなら、つまり、インターネットという、既に出回っている病原菌を使用できる。ばら撒く手間が省けるではないか。SNSを利用してもいい。これらに汚染されていない人類はもはやいないだろうからである。


 それは私にとっての未来の完成図と同じだ。何より他の誰かの力を借りる必要がない。


 最終的に私はこれを選んだ。


 私はゼミの教授からそれらについてを学び、知見を得ると、自身の研究室で作業に没頭した。


 生物的には細菌類の研究。電子工学ではプログラミングに時間を費やした。


 人類はどこまでいけば、脳をそれに委ね始めるだろう。既に研究は始まっていると聞き、私は胸を躍らせる。いわゆる、SFにありがちな電脳化というものである。


 それが済めば、人類の殲滅はしかしずっと容易くなるだろう。私は単純化して計算して、しかし、それでもそれがまだ何百年も先のことになると予測し、軽く絶望する。ならば、と、今度は自分のデータを後に残す手段の検討に入った。


 この思念を絶やしてはならない。

 必ず、何世かかっても、人類に復讐する。


 ホモ・サピエンスそのものが、私の宿敵のようであり、その復讐心だけが結斗のいなくなった私を突き動かした。


 もし、未来にそのような技術が産まれるとしたら、未来からの観測を逆探知は出来ないだろうか?


 そうして技術を先取りする。双方向のやりとりができればなお良い。けれど、そんな観測など史上未だかつて確認できた事例はない。


 こちらからアプローチはできないか。


 だんだんとオカルトじみてくるが、それが科学の本質だろう。科学技術とは、人類が使う魔法のようなものだ。

 非現実なんて言葉こそがバカの使う世迷言なのだ。


 そんな折、私に目をかけてくれる助教授からお誘いがあり、私は画家の誰某(だれそれ)という人を紹介された。私のぶっ飛んだ頭はもはや幻想的ということだろうかと解釈したが、芸術こそ、私にとっては何の価値も感じられない分野で、当初さしたる興味もなかった。


 しかし、その画家の誰か、に連れられて、個展に行った時に閃く。


 絵は未来へのアプローチたり得るではないか。

 私は現代において絵を残す、未来の誰かがそれを見る、そこに私と未来人との接点が産まれる。


 私はそこで初めて芸術に興味を持った。否、芸術に、ではないだろうが、その手法に関心を抱いて、絵画を始め、その名前も覚えていない誰かといることが増える。


 次第にそれを外部の能無しが付き合うだとか、そんな言葉で形容し始めたが、そのことにも関心はない。


 あるのは、未来へのメッセージ、その手段だけだ。

 そういう意味では、当然、子供を産み、育てることも大事のように思われるかもしれないが、私にとっては一考の余地すらない唾棄だきすべき愚策である。


 私は結斗以外の男の種と合わさったくそを産み残したいんじゃない。


 私を、残したいのである。


 この人類への憎しみに取り憑かれた女の魂を。

 そして世界が終わるその日に、届けてやりたいのだ。


 けれど、人間という生き物はほとほと呆れ果てるほど感覚が鈍くなっていると言えて、共に過ごした時間が長くなることを、その誰かは、愚かにも勘違いした挙句、私にそれを求めるようになった。


 当然、私は拒絶する。

 しょうがないので、この時にはっきりと言った。


 私が知りたいのは手法であって、それ以外に興味がない。貴方に興味があって、一緒にいるんじゃない。


 穢らわしい手で触れてくれるな、とまで言った。


 すると、その男は強引な手段で打って出るようになり、私はそれに殺意で答えた。


 両親と同じだ。

 どいつもこいつも、社会の脂肪に支配された、生かしておく価値すらない俗物だ。


 その場で殺して埋めてやってもよかったが、私がホモ・サピエンスとしてどれだけ気狂きちがいであるか、ということが、それでようやく認識できたのか、一頻(ひとしき)り打ちのめしてやると、男はそれから私に従順になった。

 家を出て、直接的な接点のなくなった両親の代わりに、その男を気晴らしに虐待するようになる。


 あー、家来か。それでもいい。名前も覚えてない奴だけれど、私は織姫。姫なんだから、そのくらいの駒はいてもいいだろう。


 しかも、面白いことに、これを周囲は更に勘違いした。


 私は基本虐待には自分の手足を使う。

 それで持って癇癪かんしゃくを起こすたびに身体の見える部分に生傷を作り、四肢に包帯を巻いたりすることが絶えなかったのだが、モブはこれを画家の暴力によるものとささやき始めたのである。


 私は笑うしかない。


 一面的にしか物事を捉えられない低知能が如何にしてゴシップを産み、俗世を嘲弄ちょうろうせしめてきたかの実演を目の当たりにしている気分であった。


 大学も三年目になる頃、私はふと付けたテレビの画面の中に、その人を見つけて震えた。


 なぜ、そうしているのか分からない。

 けれど、私は気付くと、テレビの音量を最大まであげて、久しく鼓膜を揺らすその天使の鳴らす鐘の如き美声に酔った。


 本人だ。


 紛れもない、その確信があった。


 証拠など数える必要はない、私が見間違うわけがないのだ。


 だって、その番組に映っていた人は——、

 

 私の。


 正直言って、迷った。

 それまでに風化させまいとしてきたものが一斉に崩れ出して、私に人間らしい感情を思い出させたかのようであった。


 会いたい。

 復讐なんてやめて、逢いに行ってもいいのではないか。——と考えたところで、最後の抱擁を思い出した。


 そんな彼をまくしたて、砂をかけて、追い払ったのが、この私ではないかと。

 そんな彼に、おそらく人生最大のダメージを与えたのが、この私ではないか。


 そして彼はもうそこから立ち直り、自分で歩き始めている。


 それを誇らしく思いこそすれ、再び元の木阿弥(もくあみ)に戻そうなどと思うなんて、外道畜生も甚だしい、最も愚かで下卑た傲慢な発想だ。


 そもそも彼にはもう別に恋人がいることを、私は知っていた。


 彼が高校を去って数日、あの麻倉 凛が、訪れていたのである。


 その時、彼女は私に面会を求めて、校門前で同校の生徒を呼び止めていた。私は赴くと、彼女を校内のラウンジに連れ込んだ。途中で会った教師には事情を説明して了承を得ている。


 前衛的な楕円形だえんけいのテーブルを挟んで向かい合うと、麻倉は挨拶もそこそこに切り出した。


「私、結斗と寝たから。もうアイツはアンタのものじゃない。きっと、これからはちゃんと忘れていけるよ。私も大切にする。アイツと生きてくつもり。だから、そこは安心して。あなたはあなたの人生を生きて」


 高校生の私は何も答えない。動じもしなかった。

 少しの沈黙があって、麻倉はけれど絞り出すようにして続けた。


「でも……でも、本当に良かったの? これで。水瀬さんさ……」

「別に。そんなことを言うためにきたの? 暇なんだね」


 私は即座に切って返したが、麻倉は挑発に乗るどころか、むしろ哀しげに表情を落とした。


「またそんな強がり言ってさ……本当、なんか、二人ってそっくりだよね。性別が違うだけでさ、中身は同じっていうか。私が言うのもなんだけど、どうしてそうなっちゃったの? 水瀬さん」

「麻倉さんには分からないよ。持つ者の苦しみは。……いや、結局どっちもどっちなのかな。持つ者、持たざる者ってさ、結局、双方の無い物ねだりでしかないんだろうね。本来は、不完全な人類全て、持たざる者、とした方がいいんだよ。持つ者って言葉は、そうしたら、単なるやっかみから産まれた二次創作みたいな言葉なんだろうね。小汚い貧民の嫉妬と自己顕示じこけんじまみれた視野の狭い願望と思い込みが、そんなくだらない言葉を実しやかに囁かせたんだ。ノブレスオブリージュとか聞いたこともないんだろうなぁ、昔からある言葉なのにね。有名な誰かが使うと、こぞって皆で使い出して……、俗物は、だから、浅ましくて見るに堪えないよ」

「話を……」

「逸らしてないよ」


 一部の隙も見せまいとするように、私はさらに切り込んだ。


「結斗とヤったからなんだって言うの? そんなのは所詮肉体だけのものじゃん。依然いぜん、私たちの関係は何一つとして変わっていない。結斗は私のものだよ。その心はずっと私だけを見てる。いつだって彼の頭の中には私の姿だけがある。私みたいな長髪の女の子を見かけるたび振り返るし、私の影を街角に探し続ける。いくら身体を重ねたって、その瞼の裏では私を抱いてるつもりでいるんだよ。あなたがどう思おうと、麻倉さんはずっと、私の代わりな——」


 破裂音が鼓膜を強く揺さぶり、耳鳴りがした。麻倉がテーブルに身を乗り出して私を叩いていた。


 一瞬、ラウンジにいる生徒たちがこちらを見た。鬱陶うっとうしいモブ共だ。学生Aを演じるならもっと張りぼてらしく、何にも動じず、黙って突っ立ってさえいればそれでいいのに。


 麻倉は言った。


「……これで気はすんだ?」


 私は笑った。例え意識的なものだったとしても、心から浮かんだことは、久方ぶりのことに思えた。


「そして、結斗の代わりでもある……か。私こそ聞きたいよ。麻倉さんはずっと誰かの代わりでいいの? それで満足なの? いつか後悔する日がくると思うよ。その時は、辛いと思う。その時に死にたいなんて思っても、遅いんだよ? 死ぬよりも辛い思いをする」

「私は……たぶん、アンタより人間できてないからさ。難しいこと考えないの。実際にあの人に抱かれてるのは私、それだけで満足できる」


 私はクスッと、最後にもう一度笑った。


「——嘘つき。でも、そんな優しさが、麻倉さんなのかもね。今日は来てくれてありがとう。さよなら」




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