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『そして世界が終わるまで 〜繰り返される恋の、その先へ〜』  作者: 白雛
織姫リフレイン編

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2. 『約束』




 白上 結斗という男の子と初めて会った時のことは、実はあまりよく覚えてもいない。


 その代わりに、アルタイルと母を連れた私が明くる日に散歩に行った時、同じようにその子が、お母さんと連れ立っているところに巡り合い、


「あら。織姫ちゃん。久しぶりね。元気そうでよかったわ」


 その子のお母さんがそう言ったのをよく覚えている。それから、傍の男の子を指して、


「うちの結斗もね、ずっと心配してたのよー。ママ、ねぇ、あの子は? あの子は? って、公園に行くとそればっかり。ふふ、気になってるみたい」


 私にそう笑いかけて、私は驚いて、その足元に隠れた男の子を見た——、


 だから、かもしれない。


 単に気になると言われたから、そうして初めて男の子を意識したのかもしれない。


 始まりなんてそんなもの。特別なことなんてこれっぽちもなくて。


 私もちょうど彦星を探していたところだ。


 結斗はお母さんにせっつかれるようにして、嫌々しながらも、足元から出てくると、小さな手を差し出して、


「いっしょにあそぼう」


 とだけ言った。


 結斗はそれから公園に行くと、みてろと言い、突然木に登り出したり、得意げにブランコを一人で漕いで、更に立ち漕ぎも披露して、私は動物園で見た小猿を思い浮かべていたのだけど、私たちはアルタイルと、二人と一匹で、日が暮れるまで遊んだ。


 結斗は私が気になっている。そして、聞くところによると、結斗の誕生日は九月、私は四月の二十三日で、私の方が五ヶ月もお姉さんだ。


 その認知は、私をステキな優越感に浸らせ、彼を家来にしてあげてもいいかもしれないと思い立たせるに十分な理由になった。


 そう、最初からそうだったのだ。

 私が彼のものなのではなかった。


 そうして私が、彼を私のものだと決めつけたのだ。きっと、結斗は死ぬまで知らなかっただろうけど。


 ◯


 それから私たちは毎日遊ぶようになった。


 比喩ではなく、本当に途切れなく遊んだ。その頃、彼といた時間はきっと、親のそれと同等か、もしくはそれ以上にもなる。


 幼稚園に入り、小学校入学を目前に控えてもなお近所を冒険し、買い物に行けば最寄りのファストフード店のキッズスペースを走り回って占領し、明くる日には互いの母親を連れ立って、数駅離れた公園へも赴き、そうして新たな場所を見つけると二人で探検に興じた。


 世界は無限大に広く感じられ、まだ見たことのない道、物、現象に景色を発見することに夢中だった。


 基本、私たちは普通の舗装された道は歩かない。長く伸びた髪に木の葉がくっつき、細かな虫に留まられようとも、そこから外れた自然の残る郊外をこそ好んで探索し、姿を眩ませては互いの親を困らせた。


 この時もそうだ。

 その公園は、家の近所にあるものよりもずっと広く、港に続いていて、ガードを超えて端に行くと、延々と続く沿岸の先に海と港地帯が見渡せる。


 絵本に描かれた海賊船ではないにしろ、とてつもなく大きな、マンション二、三個分はある鉄製の塊がゆっくりと動き、海に出ていくのを眺めるのは壮観である。なぜ道なんてものでわざわざ邪魔をして、この景色を遠ざけるのか、まるで意味が分からないほどに。


 それにベンチには大抵男女が二人セットでいて、たまにキスしたり、身体をより合わせている場面に遭遇することもあって、そういう意味でも好奇心にはまこと事欠かない、地元では有名なデートスポットであった。


 私たちは茂みから茂みへ散歩中の犬のように渡っては、その影から覗いて具に観察する。


 私にスケッチブックはいらない。そうして心象に風景を写生すると、もう二度と忘れることはなかった。いつでも一枚の絵のように思い返すことができた。


「ね、結斗。こっちむいて?」

「え、いま、いいとこ……」


 結斗が何か言う前に、私はもう唇をつけていた。


「どんなかんじ?」

「え、あー……へんなかんじ」


 私は突然の衝動に自分でも驚いていた。発見、発想、即実践が行動原理であったその頃でも、それが特別なことであるということは分かっていた。


 たまに両親がしているのも目撃している。


 それがこの時、初めて若い人もしているのを見て、へー子供でもしていいんだ? と思い付き、やり方を学んだことで、試したくなったのかもしれない。


 私は全身がむず痒くなって、久しく言葉にならない思いをする。


「わたしもなんか、へんなかんじ。なんだこれ。なんだこれ!!」

「わ、ばか……」


 私がどうにも気持ちを抑えきれなくてジタバタしたことで、ベンチの二人も気がついた。その目がこちらに向くや、結斗が私の手をとって言った。


「に、にげる!!」


 結斗は行先のことなど考えずに、私の手を引いて走った。


 でも、それが頼もしかった。


 目先のことなんて私たちにはどうでもよかった。


 考えてみればごく普通のことかもしれない。


 親が教え、育てる、などという視野の狭い観点からして度し難い筋違いで、そんな風に私たちは、誰から教わるともなく、自然や摂理や周りの人たちの営みに学び、(なら)ったことの方が多く、また重用(ちょうよう)しているはずだ。


 その他にも、書物の著者や映画の監督。育てたものが真実の親だとすれば、私たちを育てた親は、血のつながらない、そうした遥か遠く、時も、距離も離れた、夢を持って、自らの経験と野望にそうして人生をかけた多くの賢者たちであって、私たちは彼らの研鑽の賜物であるという紛れもない自負と誇りがある。


 形式に縛られただけの家族なんて、子供にはいらない。


 地球の全てが、自然とそうなることが、本来の形であるはずだ。その前に、家族という人間本位の言葉は、一見繕われた愛を顕在(けんざい)しているように見えて、実際はただ子供を邪魔しているだけだと私は思う。


 そうして回り回った先で、私たちは、ふと開けた場所に辿り着く。


 生垣が背後に立ち並んで、円形にその場所を切り取っている。向こうは崖で、その中央に一本の大きな木が生えていた。


 結斗はその木まで私を導くと、大袈裟に息をついて、その幹を背に座り込んだ。


 足元に満面に咲いた白詰草の白い花弁が、ふんわりと宙に舞う。私は見とれた。


「すごい……みてみて!」


 タンポポの白い花と混じって、雪のような幕を作り上げている。それをまた見たくて、何度も、何度も、私は地べたの花を手のひらで掘り返すように飛ばせた。


「やくそく。そうだ、やくそくしよう」


 私は唐突に思い出した。精神科の女医が言っていたことを。

 結斗が汗に張り付いた花弁を取りながら言う。


「やくそく? なんの?」


 それは契約だと思った。

 魂の契約。


 前述のことを踏まえれば、人間は既にして時と距離を超越している。前世と今世と来世という単位だって、あながち嘘というわけでもないのかもしれない。


 それが、希望だと思った。

 そうして前世でも祈ったのかもしれない。


 この先どれだけ時間も、距離も、離れることがあっても、例え死んでも、世界がなくなっても、二人を離さないという契約がしたかった。


 私は目を閉じて祈った。


 この瞬間が、いつまでも続けばいい。


 神様は現れないで。

 どうか、私たちを放っておいてください。

 私たちは私たちだけでいたい。


 質素でいい。

 特別なものなどいらない。


 牛を飼い、畑を耕し、はたを折って、着物を繕い、そうして二人だけで生きていきたいのです。

 それだけあれば、私たちはもう幸せなのです。


 もう足さなくていい。もう引かなくていいから。

 今が幸せだから。

 だから神様、愚かな私たちをもうもうどうか、どうか赦してください。

 お願いだから。

 一瞬ではなく、永遠をください。

 神様、どうかどうか、お願いだからそうして——、


 私たちをもうそっとしておいてください!!


 その時の切なる祈りを私は、今も、一言一句違わずに思い出すことができる。


 それくらい真剣に祈った。


「この木がめじるし。私たちはまいごになっても、この木で待ち合わせるの」

「まいごにならないし、こんな木、どこにでもあるよ」

「じゃあ、そのまちで、いちばん大きな木にする。いい? わかった? どんなにとおいところへいっても、ぜったい、このくらい大きな木のところにきて? そうしたら、わたしはぜったい、さきにいって、結斗のことをまってるからね。ぜったい、わすれないで。ぜったい。ぜったいだよ。わすれたら、わたし、ゆるさないから」

「わかったって。まーまいごにならないけどな」


 結斗は呆れるようだったが、私は本気だった。


 白詰草の花言葉を知ったのはずっと先になるが、私は結斗に痛がられるくらい小指を硬く結んだ。




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