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『そして世界が終わるまで 〜繰り返される恋の、その先へ〜』  作者: 白雛
織姫リフレイン編

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1. 『君の知らない物語』


『リフレイン編・あらすじ』


死が怖かった。

大切なものが、いつか消えてしまうことが。


だから少女は、すべてを拒んだ。


——それでも人は、また出会うために生まれてくるのだとしたら。


これは、別れと再会を信じるための、はじまりの物語。





 最初の記憶は、こうだ。

 両親が飼っていたアラスカンマラミュートのヴェガが亡くなった。


 死、というものが何なのか、分からなかった私でも、それがもう動くことも、私に向かって吠えることも、しょげている私に優しく近づいてきて、さりげなく尻尾を擦り付けてくれることも、その温かな毛皮で包んで寝かしつけてくれることもないのだ、ということを理解すると、その恐ろしさは細胞の一欠片にまで浸透し、それが、もうどうすることもできない、絶望なのだと、私のまだ出来立ての脳に突き立てた。


 その時の、魂を失った肉の、陶磁器でできた人形のように硬くなり、冷たくなった毛皮の、ぞっとするような触感が忘れられなくて、私は、あらゆる生命を拒絶した。


 両親は単にそれを人見知りと捉えたが、その時の私が自分の気持ちを形容できなかっただけで、真相はそうではない。


 私は恐れたのだ。

 死を。

 物心ついて、初めての思考がそれだった。


 なぜいきものはしぬの? こんなに、こんなにも好きなのに。どうして、ずっといっしょにいられないの? かたくなって、つめたくなって、あんなに好きだったぜんぶをなくして、それでどうなるの?


 いやだ。

 いやだ。


 見たくない。

 そんなの見たくない。


 パパもママも、いつかそうして、わたしのことをわすれたようにかたくなってしまうの? そして、やいて、バラバラにぶんかいして、このセカイのどこにもいなくなるの?

 わたしをひとり、のこして。


 いやだ!!

 見たくない。

 そんなのは、絶対に!!


 今の私が代弁して形容すると、その時抱いた私の恐怖はこんな、言葉になる。


 自分がそうなる事に恐れたのではない。


 他人がそうして、自分の元を去っていく運命に、幼い私の心は恐怖したのだ。


 産まれてこなければ良かった。

 産まれなければ、こんなざわざわする気持ちに急き立てられることもなかったのに。

 産まれてこなければ、私、なんて感覚もない、無のままでいられたのに。


 心なんてものさえ、なければ……。


 私は公園でも、道端でも、買い物の途中のデパートの売り場でも、どこにいても過剰に人を避けて歩いた。


 いつか必ず死ぬのに、なぜ人は出会うのか理解できなかった。なぜ約束された離別を踏まえて、その関係を楽しそうにしていられるのか、理解できなかった。


 そうして平然としていられる周囲の全ての生き物が、その理解できない感覚が、自分とはまるで別種の生き物みたいに思えて、あるいは自分だけが違う生き物のように思えて、恐ろしかった。


 こんなことを続けて、何の意味があるの?


 産まれなければ、死ぬこともないのに、なぜ人は、人を産み続けているの。

 それを哀しいと泣くことがありながら、ならばなぜ、誰もそれを止めようとしないの?


 止めどなく溢れる疑問を言語化することも当時の私にはまだ難しく、それを紐解いて応えてくれる大人もいない。


 次第に塞ぎ込んでいく私に、困り果てた両親は何を勘違いしてか、明くる日に別の犬を連れてきた。


 同じアラスカンマラミュートのオスで、名はアルタイルとつけた。


 それは両親なりの処世術だったのかもしれないけれど、更に私に追い打ちをかけることとなった。


 一見すると毛がふわふわしていて、足が短くて、それはまるで小さなヴェガのようにずんぐりむっくりとしているけれど、名前の通りにヴェガではない。それに良く見ると、身体つきも顔つきも、全然違う。これはアルタイルであって、ヴェガではない。


 代わりなのだ。

 ヴェガの代わり。


 率直に、それはあまりにひどい行為だと思った。


 そんな浅はかな思惑は子供心にも容易に伝わり、かつ、私の恐れる人間たちの軽薄さに最も近い性格をしている。


 私は両親に不信感を抱き、ますます周囲を拒絶して、アルタイルにも冷たく当たった。


 やり直そう。

 それがいい。

 私は産まれるべきではなかった。

 心を宿すべきではなかった。


 それでも、両親やアルタイルには感謝の気持ちがないわけではない。それを受けて、あるいはその気持ちを望まれるように受け取れず、こんな気持ちになる私自身が嫌なのだ。どこかおかしくて、間違っているのだ。


 私はまだ産まれたばかりなんだし、年頃になってからそうするよりは比較的簡単に済むだろう。不幸な事故だった。そうして両親は、私の代わりをもう一度作り直せばいい。


 それに、そこにはきっと、この先どれだけ生きても再会できないはずの、ヴェガもいる。


 彼と今度こそ永遠にいられるだろう……。


 そこでようやく私の深刻さに気付いた両親は、今度は私を精神科へと連れて行った。


 病気だと判断されたことも、私には癪だったけど(私は私であるように自然に考えただけで、それを自分たちとは仕方が違うから病気とみなして、あまつさえその解決策を他者に委ねる両親の愚かさに辟易して=私の気持ちも分からないことが)、そこで私はいくつかの白衣を着た女性たちの、いくつかの質問に答え、最後に最も柔らかな表情を浮かべた女性と対面する。


 白く、子供ながらに思うほど小さな個室だった。

 母が小さくなって隣に座り、父が所狭しと側面に座る中、私は正面にその女性を見据えている。


 柔らかな物腰の女性は、一冊の薄い本を傍らに置くと、私の目をしっかりと見つめて、さながら未知の生き物にそうして対話を試みるような口振りで、話し始めた。


 それは、私を私として、別個の知性を持つ生き物として認めている故の接し方で、私はその短い所作の中にも、初めて人間をそれとして認めることができた気がした。


 今まで出会ってきたのは、それは知性ではない、あえて言い換えるなら無知ゆえの鈍感。二進数で白と黒とを切り替えるだけのブラウン管テレビのドットのような人たち。


 それは知性ではない、単なるシステムだ。


 対して、その人は、いわば、紛れもない成人した人間の大人たる女性だった。


「シキちゃん。シキちゃん? よく聞いてね。貴方はまだ産まれてきたばかりで、世界は広くて、びっくりしちゃったね。でも、安心していいのよ。これを見て」


 それは絵本だった。


 群青色の中央に流れる稜線(りょうせん)を隔てて、両側に美しく着飾った古風な男の人と女の人が描かれている。


 絵柄こそ違えど、それは何度か見たことのある構図だった。


「シキちゃんは、これ知ってる?」

「たなばた。だって、わたしのなまえにもなってるもの」

「そう、シキちゃんと同じ名前! とっても素敵な名前ね」

「ふふふ」


 白衣の女性は、その絵本を私に見せるように自分の身体の前に立てかけて、ゆっくりと続けた。


「むかーしむかし、あるところに、神様の娘の織姫と、若者の彦星がいました。


 織姫は機織りの仕事をする働き者。彦星は牛の世話をよくするしっかり者でした。


 やがて二人は結婚しました。


 しかし、ああ、何と言うことでしょう。二人は恋に夢中になるあまり、仕事を全くしなくなってしまいます。この事に怒った神様は、二人を天の河の両側に引き裂いてしまいました。


 姿も見れず、会えないことに嘆き悲しむ二人の姿を哀れに思った神様は、こう言いました。


 しっかりと仕事をしたなら、一年に一日だけ、特別に会うことを許そう。


 そうして、二人は年に一度の逢瀬を楽しみにして、以前にも増して、よく働くようになりましたとさ。


 めでたしめでたし」

「よくないよ。ぜんぜんめでたしじゃない」


 私がスタッフロールを読まずに立ち上がる客のように食ってかかると、女性は目を大きくぱちくりさせて言った。


「どうして?」

「だって、かみさま、ひどい。これじゃふたりがかわいそう。なんでむちゅうになってはいけないの。やっとふたりはあえたんだよ?」

「夢中になることは悪くないわ。それで仕事をしなくなったことがいけなかったのよ」

「しごとをしたら、そのぶんあえるじかんがなくなるじゃない。ふたりはあって、はなせるじかんだけが、しあわせなのよ。ふたりだけのせかいでいたいの。そうやっていきていきたいの。それを、まわりはなぜじゃまするの? それでめでたいなんて、おかしい」

「でも、仕事をしないと周りの人が困ってしまうでしょう?」

「それでこまるひとがそのしごとをやればいいのよ。ふたりはこまらない。うしもきものもふたりのぶんだけよういするわ。ひとのぶんまでつくらせておいて、こんなふうにひきさくほうがおかしい」


 私がそう言うと、女性は笑った。


「なにがおかしいの?」

「いえ。ごめんね? そうじゃないの。本当にその通りだなぁって、感心しちゃって。私たちは何かを勘違いしているね」

「そうよ。おとなはおかしいわ」

「けど、それでも、私はこれで良かったとも思う」

「どうして?」

「だって、会えない辛さを知ることで、より一層、二人の愛は深くなったんだもの」


 女性はしみじみと思い出すように言った。


「会えない間に、その人を想う時間も、また良いものよ。働いているときはまた出会えた時の気持ちを高めるために、それはそれで、大切にするということも素敵な考え方だと思わないかしら」

「それはずっといきていられるとおもっているからよ」

「あはは、手厳しいなぁ。でも、本当にその通りね……すごいわ、シキちゃん。じゃあ、もう一つ、別のお話を聞いて? そうしてね——、私たちは約束をしたの」

「やくそく?」

「そうよ。人ってね、誰かから誰かに生まれ変わっているの。シキちゃんもそうして産まれてきたのよ。前世で出会った人たちと約束をして。そうして死んで、また生まれ変わってきても、その時貴方のことを忘れていませんように、そして必ずまた、貴方に会えますようにって」

「やくそく……」

「シキちゃんは、初めてのはずなのに、あ、これ、前に見たことある!って感覚、ない?」

「あ! ……ある」

「そうでしょう? それがその証拠。だからね、シキちゃんもいつか必ず、その人に出会うわ。その時、シキちゃんが、怖がって、お部屋から出てこなかったり、会うのをやめちゃったら、彦星様はどう思うかな」

「かなしい」

「そうよね。そうやって、約束を交わした前世のお友達でも、恋人でもいい。その人と、また巡り会うために、そのために、人は、産まれてくるのよ。今世だけがあなたの人生じゃないわ。だから、こんな私でもシキちゃんに言えることがあるとしたら、続けることには必ず意味がある。その時々には分からないかもしれないけれど、それはずっと、ずっと先で、必ずつながっている。例え、何百年、何千年、時間が二人を別っても、交わした約束を果たし、また出会うために。それを絶やさないために、世界と人は、今も続いているの。そうして考えてみると、どうかな?」


 思い返せば、無理くり言い含められたような気がしないでもなくても、その時の私は、その話に感動して、少しだけ、勇気を出す事に決めた。


 病院から帰宅すると、いつものようにアルタイルが走り寄ってきて、その鳴き声や身体の擦り付けや顔の舐め回しで、手厚く(ぐう)してくれた。


 私の、再三にわたる邪険な態度など、少しも覚えていないかのように。


 私にできることは、果たしてなんだろうか。


 繰り返す出会いと別れを前にして。


 私はその温みを確かめるように、自らも身体を寄せると、優しく抱きしめて言う。


「ごめん。ごめんね。あなたがヴェガじゃなくても、アルタイルであるように好きになるわ。これまでいじわるしたぶんだけ、ずっとすきになる。それでゆるしてくれる?」


 アルタイルは何の気もなしに吠えたり、再び鳴き出して、私たちは仲良しになった。


 夜に縁側で、私とアルタイルで並んで佇んで、夜空の星を教える。


「あれがデネブ。アルタイル、ヴェガ……なんて。あなたにいってもわからないよね」


 私が言うと、アルタイルは失敬な……とでも言うように強く一声あげる。


「でもあなたのなまえは、そこからとったのよ?」


 私はその背を撫でながら、なにかを思った。


 けどまだ三つ子の私には言語化できなくて、そのことも次第に忘れてしまった。




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