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『そして世界が終わるまで 〜繰り返される恋の、その先へ〜』  作者: 白雛
過去編

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17(終). 『再び、織姫へ』




「大丈夫なの?」


 織姫の家は、俺や凛の家に比べたら比較的裕福な家庭で、だから葬儀場も広く、俺たちは小さな喫茶店も兼ねているような待合室の一番隅に行って、腰を落ち着けることにする。


 そして、凛が最初に言い出したのがそれだった。


「やっぱ皆、大人だよなもう。人が死んで、気にすることが明日の仕事か? 糞食らえだよ。そんな世界滅んでしまった方がいい。いつまで延命を続けるんだろうな、人間は」


 皮肉である。凛には伝わっただろう、彼女は真剣な表情のまま口元を歪めて言った。


「それ、次のセリフ? そうやって……(かて)にしてくしかないよ」

「そんな世界の汚い大人の一人として忠告する。早急に引っ越しのプランをまとめて、行動に移した方がいい。何なら別の名義を通して、費用は俺が出すから」

「はー。そうは言ってもすぐに動けないのが一般人なの。大体、そうなったとしても、アンタに頼る気ないから。普通に」

「旦那さんだって、上手くいってないんだろ。俺とお前の仲じゃないか。頼れよ……あー嫌だな、こんな話……本当に、支離滅裂だ。なぁ、お願いだよ。お前は顔が割れたんだ。凛まで失えないから。お前までこんなことになったら、俺はもうどうにかなってしまう……」


 俺は芝居の中で何度となくそうしたように、凛の手を両手で包んで懇願する。


「もう……アンタが言うと、なんでも台詞に聞こえてくるね」

「そうだろ? 俺自身そう思う。分からないんだ。これは本当に自分の言葉なのか、俺はずっと芝居を続けてるんじゃないか? さっきのだって、分からない。本当に悲しんでいるのか。それとも、撮れ高を意識しちまってるのか。角度とか、涙とか全部、自分で演出してるみたいで。もうどこにもいないんだ、俺なんて人間は」


 でも、それを定めてくれるのが、織姫だった。

 本当はこう続く。もちろん、凛には言えない。


「……重症だね。でも、分かった。いうて、天下の白神(しらかみ) 晴人(はると)にそんな風に言われるのは、悪い気はしないし」


 しばらく二人して黙り、コーヒーだけを飲み合う時間が続いて、ふと凛が切り出した。あの、夜と同じように。


 後になって分かったことだけど、凛は、大事な話をするときにそうしてまず、自分の気持ちを落ち着かせるための予備動作をいくつか挟む。何度となく芝居に活かした俺の好きな仕草だった。


「織姫が付き合ってた画家のことだけど」

「うん」

「今の貴方なら……」


 小五の時以来に見た、悪魔のような顔をして、凛は囁いた。


 俺は別に動じない。

 華々しい活躍の裏で穢れた関係をやめられない俳優の次は、現代的な趣向の復讐者をやればいいんですね。はい、分かりました。


 俺の頭の中の一等冷静な部分がそう言って、まるでハードディスクが回転してデータを読み込むように、判断する。


 それが世に仇なすような提案だったとしても、俺はそうして世界でなく、麻倉 凛の所有物になることを選んだだけ。


 織姫は生前、人は物語の主人公やヒロインにはなれないといったけど、一方、俺の築いた哲学においては、ちょっとニュアンスが違う。


 人は誰もが役柄だ。

 ただ、世界を変えたり、救ったりする主人公とヒロインが不在なだけなのだ。


 主人公とヒロインがいない世界で、それでも覚めない子供たちは夢を見続けるし、凛は未だにそれに徹し続けている。


 ヒロインにはなれなくても、俺という破綻者の傷を埋めるために人生を捧げる役。俺は……ならさしずめ、子供の頃の夢に囚われて抜け出せない破綻者の役。


 織姫はどんな役だったろう。


 その一端を、凛は掻い摘んで話した。


 どうやら織姫は、あの後だいぶ酷く荒んでいたらしいこと。


 特に家族間の仲は決定的に悪くなり、家では両親との口論が絶えなかったこと。大学進学を境にして、逃げ出すようにして飛び出した先で、非行を繰り返し、果てに心酔した人物があの八歳上の画家、高嶺(たかね) 悠作(ゆうさく)だった。しかし、その高嶺も他方で悪い噂の絶えない男だったこと。


 それは主に女に対する暴力沙汰の噂であり、織姫は、高嶺のDVに晒され続けていたのだという話である。


 この中のどれが、どれほど真実なのかは結局、第三者であった俺たちには預かり知らないことであるが。


 そして、また突然ふと思い立ったかのように、織姫は高嶺の家から失踪し、地元に帰ってきた。その姿を高校の同級生らが見ている。まるで別人のように痩せこけたひどい有様だったらしいが、とにかく、それが最後に目撃された姿になった。


 警察はすでに高嶺の事情聴取に乗り出していて、織姫の両親も生前のDVに関しての賠償請求を検討している段階とのこと。


 けど、いくら金を払わせたところで、命は戻らないし、それはもう生きている者たちの傲慢でしかなく、俺にはあまり意味を感じないことだった。したければすればいい。とどのつまり、俺たちの壊れた青春は戻らないのだから。


 そこだ。

 俺が嫌になるくらい冷静な脳みそで、しかし静かな憎悪を募らせるのは。


 人生は戻せない。だからこそ、環境や付き合う人物が物を言う。なのに、人はその時々の選択を歪めさせるような未熟さで人を育て、時には悪意で貶めようとする。


 その幼稚さに腹が立つ。


 子供の頃のアイツは天才だった。


 もし織姫が、本当に彼女のことを理解する両親の元で育っていたなら、アイツはきっと芸術なんて不確かなものよりも、もっと確かな答えの出る、あるいは追求できる研究職を選んで、今もなお勉強を続けていたに違いない。子供の頃の無邪気さで、もしかしたら新しい要素や真理を発見したりできたかもしれない。


 けど、そうならなかったのは、なぜだ。

 彼女に大人になることを押し付け、それで良しとしたのは。


 織姫を歪めたのは誰か。


 それこそ、この世界の在り方そのものだろう。

 人類が今もなお、延々と見続ける、覚めない平和という夢のために、俺たちはなりたくもない大人にさせられ、社会の礎となる。その(ひずみ)の中で傷をこしらえ、闇を()んでいくことには都合よく見て見ぬ振りをして、忘れて。


 そんなお化けたちの"普通"とか"常識"とかいうレッテルが、織姫の純真を蝕み、果ては早熟な死に追いやったのだ。


 この世界の理不尽や不条理はそれ単体で形成されるものではない。この世界の在り方を大人ぶった冷めた目線で享受し、なぁなぁに生きることで助力し、そこから外れたものを攻撃して、気味のわるい予定調和の行進に加え、出る杭は打ち、歩調を合わさせようと加担する、愚かな夢見る全ての大人たち。


 つまり、犯人は、お前だ。


 その一人一人に殺意が湧いた瞬間だった。

 凛の提案は文字通りの悪魔の囁きだろう。その思惑も分かった上で、俺は承諾する。


 そして、その手をとり、笑うのだ。

 人を呪わば穴二つ、とでも言うようにして。


 一方、背後の喫茶店形式の外、エントランスの方では、聞き慣れた声がして、その気配を如実に感じ取ることができる。


 俺は何事もないようにコーヒーを一口入れると、語らない全てを意図して、言った。


「ユイリィ(唯鈴)、大きくなったよな」


 凛が微笑みかける。手を振るのは、背後の向こうにいるその子供に対してである。


「だってもう来年小学生だよ? ろくに会ったこともないのにさ、アイツってば、アンタの出るテレビ全部録画して、いつも見てんの。末恐ろしいわよ、まったく」

「そうか。もうそんな年か……」


 しかし、俺ももう大人だった。

 世の道理を弁えて、損得に生きる、悪魔のように薄汚れ、壊れた大人の一人だった。


 けど、最期は子供らしく行こう。

 わがままを貫こう。

 延命はまだ続いている。

 それを終わらす時には。

 その日、そう決めた。


 ◯


 明くる日のインタビュー兼記者会見の場において、俺は詳細には極力触れず、けれど誠意のある対応に努めた。


 事務所は当然反対したし、これで仕事も大分減るなどと脅されもしたが、まるで気にしなかった。


 思えば、俺の人生なんてものは、全て織姫を中心に回っていたのだから。


 廃業も辞さない覚悟で望み、そして俳優、白神 晴人は、境界性パーソナリティ障害者などという新しい役柄を与えられて、長期間の休業に入った。


 けれどその間も時間は進む。

 人々の想いを、時に加速度的に肥大化して。


 俺はあえて多くを語らず、業界を去った。そのことで憶測が憶測を呼び、尾ひれ背びれがついて、止めどなく噂が飛び交った。


 水瀬 織姫という初恋の女性は、当時付き合っていた八歳年上のインチキ画家の手で殺されたとか、織姫自身がそうしたお金持ちのおじさん相手の常連で世渡りに失敗した結果だとか、麻倉にも飛び火して、あの時一緒にいた友人こそが本当の初恋で、今でも不倫を続けている関係だとか、その辺が主なところである。


 しかし、往々にして大人の社会というのは、そうしたゴシップにとかく弱い。


 俳優、白神 晴人休業のきっかけとして、そのすべての責任を負わされるように、画家、高嶺は各方面からあられもない糾弾を受け、彼に個展をオファーするスポンサーはどこにもいなくなり、所有していたアトリエは物理的にも崩壊した。


 他方、麻倉も、本人も覚悟の上ではあったものの、俺との関係が取り沙汰されたことをきっかけに夫婦仲に影が差すようになり、数年して離婚。


 しかし、その三ヶ月後には、親権を勝ち取り、俺と再婚した。俺たちは晴れて本当の家族になる。


 そこからの数年は、この生涯で得られた最も平和かつ慈愛に満ちた日々であったといっていい。束の間、復讐心を忘れられるくらいに。


 けれど、俺の役はそれでは終われないのだ。


 時間にして三年ほど、俺は残りの時間の全てを注ぎ込むように二人をたっぷり愛したあと、財産を残して、失踪する。


 その年内に海外へ逃亡していた高嶺の居所を突き止めて、追い詰めた末に殺害し、帰郷すると、警察の追手が辿り着くまでに、水瀬家にもよって、織姫の両親をも殺害した。


 本当は覚めない子供たち全員をその手にかけて、凛と唯鈴のための世界をこしらえたかったが、それはきっと俺の役目ではない。


 また別の誰かが、その折に、やってくれることだろう。


 俺はそれだけでもう満足だった。

 愛すべきファンを使って、忌むべき敵を討ち滅ぼし、トドメは自分で刺せた。それだけで、満足していた。


 そして織姫の最後をトレースするかのように、懐かしき地元の駅に降り立ち、俺はその思念を辿るように、街を見て回る。


 存外、風景は変わらないものだ。変わった箇所も多く目につくけれど、根本的な形状は変わらない。それはそうだろう、地球の形に沿って、この見た目は形成されているのだから。


 いつか書道に向かう織姫を迎えた坂、高架の高速道路は今でも変わらず、けれどその前に新しい住宅が並んでいる。


 ふと待ち合わせをするような男の人が目についた。ずっと最先端の文明の利器を眺めている。


 風が吹く。この道は、高架の高速道路のおかげでいつも日陰で、風が気持ちいい。T字路となっている向こうには古い神社があって、かつて織姫が笑い、麻倉と仲良くなった夏祭りはここで開催された。今も毎年行われていることだろう。


 歩道橋を渡り、小学校の近くにくるだけで、胸が満たされる。高架下の公園は立ち入り禁止で、見る影もなく草木がぼうぼうと伸びきっていた。


 そこから中学までは、だいぶ距離があるので、バスで行く。遅刻しそうな時や歩くのが怠いときによく使った行き先が今も変わらず、残っているのが嬉しかった。


 足を止めてじっと眺めていると、不審者として通報されかねないので、俺はゆっくりと歩いて、フェンスの向こうをさりげなく覗く。


 それでも大分怪しい。途中、施設の外周を走る生徒たちとすれ違い、俺はとっさに顔を背けたが、勘のいい子供たちが何度か振り返って話すのがわかった。フェンスの向こうの片づけられた朝礼台だけ見つけて、俺はそそくさと近辺を後にした。


 近くの公園を抜けて、俺は、駅に向かう。

 織姫の墓になど興味はない。それは単なる生者のシンボルでしかない。


 だから、俺は東の方に向かい、海沿いの公園を目指した。


 織姫が最後に訪れた場所。

 意識しなくても、俺はきっと、その経路を辿っている気がしていた。


 織姫の死後、しばらく立てられていたバリケードは外されているが、新たに小高いフェンスが設けられていて、俺はそれを乗り越える。


 その向こうにある空き地の中央に一本のミズナラが生えていた。足元で白詰草が揺れている。


 そのミズナラの麓に、一人の女性がいた。


 それは幻だったかもしれない。

 俺は懐に忍ばせた光物を見せて、薄く微笑む。

 飛び込む気はないよ。

 それはひどく、辛そうだからな。

 俺がそう言うと、女性がクスッと笑った気がする。

 でも同じところに行きたいんだ。

 お前と同じところがいい。

 時間にしてどれくらいかかったか知れない。

 もう感覚はなかった。

 俺はその間、ひたすらその女性と話していた。

 謝ったり、怒ったり、他愛のないことだったり、俺はひたすら話し続けた。


 ◯


 遠くでそれを見る眼差しは確かにあった。


 けれど実在には観測されない。遥か、遥かに超越した未来からの観測である。


 この時代の人たちが知る由もない科学技術の結晶であった。


 その時代では、過去の人類の記憶をアーカイブにして無限のデータベースに貯蔵していた。


 女性は、そこから記憶を辿り、そしてその始まりに遂に辿り着いたのである。


 女性は白上 結斗の死を看取ると、カセットテープをB面にするようにして、もう一つの章をたぐり始めた。


 それこそが自分の根源たるものの記憶。


 その女性からすると、遥かな昔、自分だった人生を、見始めた。




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