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『そして世界が終わるまで 〜繰り返される恋の、その先へ〜』  作者: 白雛
過去編

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16. 『葬式』




 高校はそうして途中から行かなくなり、俺は代わりにバイトを始めてお金を貯め、諸々の免許を取りつつ、少しずつ、少しずつ、毛が生え、皮がむけるみたいに大人の社会に馴染んでいった。


 そして、まとまった貯金が出来た頃、地元を離れて上京した。


 ◯


 少しして、劇団に入った。


 成長期を経て背も高くなり、顔も悪くなかった俺はめきめきと頭角を表し、二十歳にして主演をこなすようになった。その活躍が話題を呼んで、芸能界に入り、俳優として世間にその名が知れ渡るまで、それから、そう時間は要らなかった。


 俺はドラマやCM、バラエティショーの撮影の合間に、再び勉強し直して、高認を取り、大学にも入った。そうしてまた何本かの映画を撮り終え、その大学も卒業する頃には、もう三十歳近くになっていた。


 ジャンルに富んでいた出演作の数々だったが、毎回インタビューでは必ず聞かれることに、


「今、恋人はいらっしゃらないんですか?」

「お作りにならないんですか?」

「ズバリ、好みの女性のタイプは?」


 そういう類の質問があって、初めこそ真面目に色々考えて答えていたものの、しばらくすると、恒例行事でこれもまた仕事であるということに気付き、テンプレートに従うようになった。


 でも、ふいに。例えばそれらしい青春映画の舞台挨拶やそれによって組まれる報道番組の特集で、


「白神さんの初恋は?」


 と聞かれると、一瞬頭がフリーズして回答が遅れた。


 今でも麻倉とは連絡をとっていて、何か俺がテレビに映るたびに、それに関する辛めの報告をくれた。


 そのうちに結婚して、その明くる年には、年賀と共に一児出産の報告もされる。そうしてからも、俺は変装して、度々目立たないカフェで会ったりもして、お互い世間には知られない内々(ないない)の本音話をして、憂さを晴らすというのがお決まりになっている。


 一方で織姫に関しては、あれ以来、まるで音沙汰がなかった。


 改めて自主退学した日にすら、一言も交わさず、地元にいる間に近所ですれ違うことさえもなく、それきりである。


 それでも、本音で言えば、女性のタイプは織姫に寄ったものになるし、俺の目標はいつもそこにあった。


 いつか、ビッグになって見返してやる。


 織姫に言わせれば、また子供じみているなどと罵られそうな発想だが、けれど俺の底にあるのは、いつもその想いだった。


 若き日の俺の結論はつまり、そうしていつか、本当に全部をぶっ壊せるほどの人間になって、バンと迎えに行く。攫いに行ってもいい。そういうものだった。


 けど。

 けど、それは。

 ある日突然、永遠に叶わなくなった。


 その日は雨だった。

 俺はマネージャーと、後でどれだけの拘束時間を課されることになってもいいと一時間ほどに渡って口論したあげく、素顔で、その場に訪れた。しかし、情報というのは恐ろしいもので、既に多くの記者が現場で待ち構えていたのにはもうはや、感服せざるを得ない。


 参列した人々も口々に囁き出して、一旦はパニックになりかけたが、葬儀屋の最も権威のある人がそれを見越してか、ガードマンの手配もしていて、俺一人のお焼香だけ、酷く、厳重なものになった。


 懐かしき織姫の両親は見る影もなくげっそりと痩せ衰えていた。

 それに挨拶と二、三の言葉を交わし、遠くに下品で野暮なカメラのシャッター音が絶え間なく聞こえる中、祭壇を突き当たりまで進むと、棺が空っぽであることに気付く。


 織姫はもう既に、その袂で花瓶一つ分の遺骨になっていた。


 なぜ、こんなことになってしまったのか。


 抑えなければいけない。

 自分にはまだ、明日があるのだから。

 そして世界を続けることを選んだのだから。

 この時点でさえ、大分無理をしている。

 十分だ。

 もう引くべきだ。


 そんな、俺の頭の中にもいつのまにか組み上がっていた大人の回路が働く。けれど、人間はそんな電子の行き来だけで動く生き物ではない。あるいは、それこそが、最も働いたインパルスの作用だったと言えるのかもしれないが。


 焼香を摘み上げ、炉に落とそうとする指がふいに震え出して、止まらなくなると同時に、俺は突然足を失ったようにその場に崩れ落ちた。


 シャッター音が強くなる。


 叫び出したかった。

 それを必死で、大人の回路が食い止めていることも分かった。その衝突が小さく泣き崩れるという最小限の衝動になって顕れたのだ。


 なんでだよ。

 なんで。

 お前、やっていけるって、言ったじゃないかよ……。

 俺なら、絶対にこんなことにはさせなかったのに……。


 ——でも、と真っ白な空白の思考が、周囲の時間とは切り離されたかのように、頭をよぎる。


 その声は織姫……最後に見た高校生の時の織姫の声だった。


 でも、もしそうしていたら、今の結斗ではなかった。断言できる。お芝居として平然と多くの女性とキスができ、何ならベッドシーンもこなすような色気のある俳優業など、織姫が隣にいたら、認めるはずがないからだ。


 その時、隣にいたのが麻倉だったから、結斗は地元を離れる決断もできたし、そうして俳優にもなれたのだ。


 あの時、結斗が織姫に似たような感傷を抱いていたのと同じように、織姫もそうして結斗の才能に気付いていた。それも、ずっと早くから。それも忘却を選択した理由の一つだったろう。


 成る可くして成ったのだ。

 だから、これで良かったのだ、と。


 それは空白の、現実に存在したかもわからない間際(まぎわ)の思考で、瞬く間に俺の思考からはかき消えていた。


 そんな痛ましい呻き声を上げていると、際限なく強くなるシャッター音を割くようにして、肩をかなり強めに叩かれる。子供の自分が反射的にそれを払い除けるが、しつこく食い下がるその手に、怒鳴り返してやろうと振り返った時、デジャヴが走った。


 その主が、凛であると知って、俺は間もなく静かに慎んで焼香を捧げ、凛と並んで、祭壇を後にした。




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