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『そして世界が終わるまで 〜繰り返される恋の、その先へ〜』  作者: 白雛
過去編

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14. 『出逢う人、別れる人』




 足元はふらつき、何も見えない、見る気もしない感覚で、どこへとも知れず、でもとりあえず、家へ。地元へ向かうためにかろうじて、体勢は平常を装い、足は動いた。


 まともに思考が働かない中、俺がしがみつくようにして何度となく、思ったのは、誰あろう、麻倉の名前だった。


 なんて愚かしい男なんだろう。自分でそう思いながらも、あの屋上で過ごした日々の記憶だけが、もはや唯一のよすがのように感じられた。


 助けてくれ、麻倉……。


 強く、次第に叫ぶように心の中で繰り返し、その名を呼び求めた——、


 すると、驚くことに、なんとその帰り道、ばったりとまた麻倉と出くわした。


 地元の駅前の商店通り、辺りは既に薄暗く、仕事帰りのサラリーマンやバイト先に向かう若者たちでひしめきあうその中、向かいの方面からはっきりと聞き馴染んだその声が聞こえて、俺は顔を上げ、正直、笑う。


 携帯や何やらで必死に繋ぎ止めようとするまでもなく、コイツとは何かと縁があるらしいと。


 そして思い出した。織姫が想像してみて? と言ったこと。


 ——麻倉さんだって幼馴染でしょ?

 

 その通りだ。ずっと、見て見ぬ振りをしてきたのは何も織姫のことばかりではない。


 本当に織姫の言うとおりだったのかもしれない。


 麻倉は女の友人らしき連中に混ざって、こちらに向かってきているところだった。


 そういえば俺は、それが同性であれ異性であれ、麻倉が、小五の時の腰巾着を除いて、俺たち以外の人間と(つる)んでいるのを見た覚えがなかった。


 その時の麻倉はすごく楽しげで、別人のようにイキイキしているように映った。


 麻倉は、俺を見つけると、最初気難しそうな顔をして、少し考えて、それからやっぱり、どこか呆れるような顔で力無く笑って、ゆるく手を振りかえしてくれた。


「え? ——え?! 誰? 誰?! 彼氏?! 彼氏いたの?!」

「違うっつーの。なんていうか、腐れ縁?」


 そんな話をしながら、寄ってくる。


「ごめん。やっぱ、ちょっと今日は……」

「いいよいいよー。ごゆっくりー。後で話聞かせろよー」

「だから、違うって」


 麻倉は友人たちには陽気に手を振りつつ、けれども、こちらを見て、すぐに真剣な面持ちになると、次第に小走りになり、迅速に俺の目の前まで駆けてきて——、


 一瞬の間のあと、全てを察したように、ただ俺のやや項垂(うなだ)れた頭を、労わるように、慈しむようにして、撫でた。


 俺は麻倉にもたれかかるように頭をより深く傾けて、顔を隠した。


 ここだけ、突然、大粒の雨が降り出したからだ。


「んー? ……うん、そっか。よしよし」


 麻倉は軽く俺の肩を叩いて促すと、そのまま頭を包み込むようにして抱きとめ、ぽんぽんと背を叩きながら、子供をあやすような優しい声色で言った。


「うん……頑張った。頑張ったよ、白上。見てないけど、私には分かるよ」


 それから、ファミレスに行って、適当に食事して、俺は、麻倉が周囲から聞いた同級生たちの近況や自身のそれについてひっきりなしに話し続けるのを、ずっと聞いていた。


 突然、ひっきりなしに唸り出したポケットから携帯端末を取り上げると、麻倉が呻き声をあげる。


「どうした?」

「これ見て」


 麻倉はカーディガンの袖で口元を隠しながら、端末の液晶画面を見せてくる。


 見慣れたチャット画面だが、写真付きだった。


 コメントには二、三。これユッコたちにも送っていい? とか、嘘つき!! とか。ハートをいやに強調したたくさんの絵文字やスタンプ付きで写真が送られてきていた。


 写真は言うまでもなく、さっきの抱擁の時のもので、俺は素直な感想が漏れる。


「めっちゃ盗撮されてんな」


 麻倉はお化けみたいに袖を伸ばして、口元を隠したまま、顔を逸らしながら濁って震えた発音をもらした。


「もうあかん。これ絶対、明日には学校中に知れ渡ってるヤツ。すぐ拡散するし、暇人だから、コイツら」

「楽しそうでいいじゃん」

「楽しく——!!」


 麻倉は大きく反論しようとして、すぐに切り替える。


「……まぁ、別にいいけど」


 二十時ごろに店を出て、近所の公園に寄ると、屋根付きのテラスで並んで腰掛け、ようやく俺は全てを打ち明ける。


 話し終わった後、麻倉は全部見聞きしていたかのように落ち着いて尋ねた。


「で、どうするの?」


 俺はゆっくりと首を横に振った。

 麻倉が驚いたように目を見開く。


「え、諦めるの?」


 正直、麻倉に話したことで大分溜飲は下がっていたし、余裕というのか、何かが大きく自分の中で変わった気がしていたのだ。


 憑き物が落ちたと、慣用的にいえばいいか。


 久しぶりに、意識せずに笑えていた。

 前はきっと中二の時。その時も麻倉が隣にいた。


「いい加減、俺も大人になんなきゃと思って」

「それでいいの? 本当にいいの?」

「えー、お前のが食い下がんのかよ」

「いやだって……だってさ。ずっと好きだったんでしょ? それ、いきなり忘れられる?」

「あそこまで豪快にフラれたらな。むしろ、さっさとそうしとけば良かったのかも。むしろ、そう決めたら、今は、なんてーかさ……こう、すげー楽になった」

「……それに、今の話が本当ならさ、私、思うんだけど、水瀬さん、ひょっとしたら……」

「いいんだっつーの。もう。アイツが言ったんだ。主人公でもヒロインでもないって。俺はもうお役御免なんだよ。それに、その方がいいって考えなかったわけじゃないんだ。アイツさ、小三の時……」


 俺は少しだけ、過去に遡った話もした。

 それでもまだ麻倉は納得してない様子だったが、俺は続ける。


「あーそのー……うん。……で、な? 麻倉もさ、ありがとな」

「は? ……え、私?」

「なんか、気付いたら、俺、お前にめちゃくちゃ世話になってたと思う、てか、思うじゃなくて、実際そうでしかないっていうか……」

「はぁ……?」

「うん。織姫だけじゃねぇ、俺、お前がいたから、やってこれたんだよ。だからさ、今まで本当、ありがとうございました!!」

「…………」


 俺はベンチに足首まで乗っけた半胡座みたいな体勢で、曲げた膝に手をつくと、そう言いながら深く頭を下げた。


 そして再び顔をあげたとき、麻倉の目からするっと、綺麗に、一雫の涙が溢れているのを見て、動揺する。


「あ、あれ……」

「わ、悪い。あーあの、俺、なんか変なこと言った?」

「い、いや!! ……ちがくて、これは!!……あれ?! なんでー……」


 最初はそんな風に大袈裟なリアクションで誤魔化そうとしていた麻倉も、次第に、目元を強く拭うほどに大きくなる涙の本流に押されるようにして、声が震えだした。


「あ、あれーお、おかしいな……だ、大丈夫……だいじょぶ……だがらぁ……」


 俺は、既にその効力を身をもって知っている。


 けれど、昨日の今日どころの話ではないのに……そこは正直少し躊躇ったけど、今は目の前の女の子の気持ちに応えたかった。ある意味では、今日の儀式は解放ともいえる。なら、もう気にする必要もないだろう。


 俺はさっき自分がそうされたように、できる限り優しく肩を引き寄せると、その重みを丸ごと包んで抱きしめた。


 重い。

 想像していた以上の、ずっしりとした重みを感じた。それは冗談とかではなくて、この重みが大切なんだと思った。


 体重を預けてもらえる。たったそれだけで、こんなにも充足するものなんだ。


 一瞬やっぱり織姫のことは浮かんだけど、彼女は遂にあの日以来、俺にそうしてはくれなかった。なら、そうしてくれる人を大切にして支えてやりたいと、そう思って受け止めようとしてしまうのは、不純だろうか。節操なしだろうか。


 でも、俺はそう思って、小さなその頭を、か細いその背を撫で続けた。感謝の気持ちを、何度も何度も繰り返しながら。


 ◯


 帰宅は十時過ぎにもなった。


 (まばら)に散り出した空の光を見上げながら、そんな風にして歩いていると、ふと思いついて俺は言う。


「一度、言ってみたかったことあるんだけど、言ってみていい?」

「なにそれ……」


 俺は、麻倉の既に察したような、呆れ果てた顔を無視して、空の光を指差すと、


「あれがデネブ、アル——」

「ちげーし。あれはデネボラ、アルクトゥルス、スピカ! 春のだいさんかっけい……」


 麻倉はそれから、素早く背後に回り込んで俺の頭を掴むと、東の方角へ強く向けて続ける。


「夏の大三角形はあっち! まだ当分見えねーよ」

「……なんでそんな詳しいの」


 俺は捻られた首を片手で押さえながら尋ねる。


「調べた。嗜みっしょ」

「どんなだよ……」


 言いながら、俺は思い出していた。

 こんな風にまだ戯れていた頃のことを。


 葛西と飯島と高橋と麻倉と織姫と、皆で毎度バカをやったこと。色々、失くしてしまったものばかりだけど、こうしてまだ残っているものもあると思うと、けれど、素直に口はゆるんだ。


 その関係は当時の俺からしたらすごく不思議なものだったけど、成るべくして成ったようにも思える。


 少しして、麻倉はどこかこちらを伺うように二、三目配せしてから、突然、切り出した。


「あの、さ?」

「んー?」

「あーその……ね」

「うん……」


 ここで俺も完全に麻倉の方を向く。


「……どうした」

「えっと……」

「なんだよ」

「えっと、さ……」

「なんだよ笑」


 俺がかつて葛西や飯島にそうしていたように、その肩を腕で軽く叩くと、麻倉は少し黙ってから、言った。


「私、まだ処女なんだけど……いる?」


 あまりの急な話題の展開に、俺は思考が追いつかないものの、少しして、


「ちょっと、考えさせて」


 それだけ返した。




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