8. 『二人目と最後の時間』
帰りはそれぞれ時間の合うメンバー毎、数人ずつの組に別れて帰ることになり、俺、織姫、麻倉、飯島の四人がその初発になった。
電車内でもバスでも、その途中の歩き道でも俺は専ら飯島と連れだって話し、織姫は麻倉と連んだので、2×2の状態が続いて、地元の駅を出て、その相方が入れ替わった別れ際に、麻倉が唐突に手招きしてきて、俺が近づくと耳打ちした。
「守ってやれよ」
「なにが。——てか、バレバレなんだけど」
俺は後ろで控えてる織姫と、向こうの飯島を気にした。
「それでもいい。後悔だけはすんな。今から覚悟決めとけ」
「お前こそな?」
俺はしれっと返した。
「ハァ?」
「飯島も報われねぇなあ」
俺は口元を曲げてそれだけ言うと、その場を離れた。
そして織姫と二人きりの帰り道は最初、少しの間沈黙が続いた。
だけど、麻倉に言われなくても分かってる。
俺はふとして、尋ねる。
「何があったよ」
「…………」
織姫は答えない。俺は真剣だった。
「どういう意味だ?」
織姫は答えない。俺はその腕を掴んで引き留めた。
駅を出たのが七時過ぎ。
時期は三月。
辺りは既に夜の風景で、周りに人気はなかった。
「なんかまだわだかまってるわけ? 俺のせい? それとも、別の原因? ちゃんと言えって。でなきゃそんなこともわかんねぇよ」
「……分かってどうなるの?」
「お前さ、例えば友達が死にてぇって言ってたらどうする? 無理だわって諦める? それとも、その気持ちは認めるって、最後に一杯遊んでやるクチ?」
「…………」
「俺はどっちでもねぇんだよ。なんで死にてえのか聞いて、俺に何か出来ることないか聞いて、言われたそれ全部やってでも止めに入るのが俺なんだよ。で、そんなん分かりきってんだろ。お前だって。分かってて言ってんだ。それはつまり——」
「…………」
「——お前は、俺に助けてくれって言ってんだ。違うのか」
織姫は俯いた。気付けば肩が震えている。
俺が掴んでないほうは、そうして腰下の辺りで拳を握っている。
「俺に言った以上、絶対死なせねぇから。観念して話せ」
そのおよそ二十分後、
俺たちは水瀬家の玄関先にいた。
こうして手を握ったままそのガラス戸の前に立つのは、随分と久しぶりだった。
以前来たときは二人ともまだ未就学児で、悪戯ばかりしていた。エイリアンのことも思い出した。それもあって俺は最後に織姫には口元を緩めて見せる。
「怖いならここで待っててもいいぞ」
「大丈夫。私も行く」
「よし」
俺はインターホンを鳴らすと、魔王城に乗り込むクロ○とカ○ルのような気で、玄関に上がった。
「お邪魔しまーす」
織姫の家は中流に見えて、わりと気位が高い。
玄関を開けると最初に見えるのは、全長160cmほどの大きなクマの木彫象である。その脇にトイレがあり、二階への階段を挟んで、すぐ右にお風呂場、その前の廊下を抜けるとキッチン、そしてそこから居間に繋がっている。
廊下をとてとてとスリッパの足音を響かせて、織姫のお母さんが来る。既にしてその表情は薄暗く、それだけである程度の事態の重さが俺にも計り知れた。
織姫の言ったことはこうだ。
実は小学三年に上がったその日、織姫は学校で一騒動やらかしている。当時の担任を相手取っての本気の口論をした。それ自体は解決されたし、俺の目にも問題はないように思えていたのだが、しかし、思えばその頃からだった、といった。
父親が、俺のことをひどく嫌い、同時に一人娘の織姫を心配しているという名目で、束縛し始めたのは。
それから織姫の父親は、事あるごとに織姫の日常に介入してくるようになった。主に俺を目の敵にして、イベントでも何でも、俺がいると勝手に断ったり、五年に上がる時にも教師に別のクラスにしてくれと嘆願するほどだったという。
問題児がいる。
うちの子とは関わらせるなと。
織姫の毎日を習い事漬けにしたのも、この父親だ。それでも休日やイベントのたびに遊びに行けたりしたのは、織姫とそのお母さんが口調を合わせていたから。
今日の遊園地だって、二人で画策しての強行だった。
中学に入れば、その傾向はますます強くなる。塾通いが本格化して、束縛は強まり、一年から受験のための(違う、親の自己満足のためだ)勉強漬けにさせられる。そうした口実で、俺たちはどんどん引き離されていく。
だから、最後にと、織姫がお母さんにお願いして、それでやっとのことだったらしい。
夏祭りの日からの織姫は文字通り、開き直ってたわけだ。
せめて皆でいられるうちに、精々楽しめるだけ楽しんでおこうとして、その事に殉じていた。
……俺には分からない。
そりゃ一人娘に手をかける輩がそんな早くから現れてちゃ、父として心配になるのもなんとなく想像はつくし、もしかしたら、本当に単なる愛情が過ぎただけなのかもしれなかった。
それでも、親子はいずれ離れていくものだろう。
それを許せないって親の心境が、まるで分からないのだ。
ずっと家にいたら、それはそれで社会不適合者だとか、ニートと呼んで追い出したがるくせに、その一方でこうして束縛して、自分の手駒のようにして、言うことを聞かせるだけの関係にして、それを親だから、その一言で認めさせているこの状況そのものに、まったく納得がいかない。
成長してほしいのか、そうじゃないのか。
そんなはっきりしない未熟さに腹が立つ。
親とか子供とか、そんな言葉がそもそも邪魔をしているのだ。
血の繋がりがあったって、だから、好きになるわけでもなし、好きにならなきゃいけないということでも、ましてやその言いなりにならなきゃいけないなんてことも絶対にないはずだ。
その人がその人だから、好きにも嫌いにもなるのだ。
そこには代名詞なんぞはいらないし、初めから関係がない。
なんでこんな簡単なことが、自分の一回りも二回りも歳の離れた人に分からないでいるんだろう。いられるんだろう。
その浅ましさに、心の底から怒りが込み上げてくる。
大人は皆、だから、嫌いなんだ。
俺はキッチンから、襖を開けると、その奥に偉そうにふんぞりかえった織姫の父親を見据えた。
想像していたよりも細く、メガネをかけていて、一見すると取っ組みあいの喧嘩なら勝てそうだとさえ思った。けれど、たった一つの言葉、織姫の親だから、それだけで以て、織姫を言いなりの人形みたいにしてきたのだと思うと、余計胸糞が悪い。
織姫の隣の席を守るため、倒さなければならない二人目だ。須藤よりも、殺意が強かった。
俺は口火を切った。
「こんばんは。織姫の幼馴染の結斗です」
「こんばんは。織姫の父です」
「単刀直入にお願いします。もう織姫の人生に関わらないでもらっていいですか?」
父親は目を丸くして黙っている。
俺は続けた。
「織姫も、俺も、アンタの出しゃばりにうんざりしてます。だからもう、織姫には何も言わなくていいから、アンタはその責任に大人になるまでの金だけ払ってろ。アンタにまともな親の資格なんてないんだから」
そこまで一気に言うと、父親が笑った。
隣家まで聞こえそうな大きな声だった。
しかし、それは子供の挑発じみた態度にもまるで動じていないということだ。織姫の父親だけあって、すぐ怒鳴ってくる親とは違う、冷静そうなその態度が、逆に手強いと俺に感じさせる。
「あはは……なるほど。君が結斗くんか。なるほど。はっきり言う、たしかにちょっと面白いね。いいだろう。そこにおかけ。少し話をしよう」
俺は心配そうな織姫の、その手の上から自分の手を被せると、居間に入ってその掘り炬燵式のテーブルの側面に座った。織姫はその後ろにつき、母親が父親の対面に座る。
それを見てから、父親がゆっくりと言う。
「そうだね。結斗くん、二千万円って言って分かる? 何の意味か想像できる?」
「どうせ教育費とかでしょう」
「その通り。思ったよりも頭が回るね。子供が成人になるまでにかかるとされるおおよその費用だよ。ま、私は大学の准教授をしていて、年収は600万くらいだから、さほどのことでもないが、それでも生活費とかを考えると、四、五年は優にかかる。それを親は子供にかけるんだ。ちなみにこの国の平均世帯年収は550万ほど、これは世帯だから、家族数人でってことね。私はそれを一人で養って、600万。共働きが普通とか言われてる昨今に嫁も働かせていないし、毎日好きなものが食べられて、大体の好きなものは買わせ、好きなことをさせ、好きに暮らさせている。もちろん、私にもこれまでに培った経験則というものがあるから、それでもって少し、娘のお付き合いしているお友達に関与したからといって、それで資格がないと言われるような筋合いこそ、君にはないとは思わないかな。ただ、たまたま、近くの家で小さな頃遊んだだけの、君こそ、人様の家庭に、でしゃばりすぎなんじゃあないか?」
深呼吸をする。
呑まれるな。
自分に言い聞かせて、俺は気軽に言い返した。
「全然ですね——」
どんなに強大そうに見えても、コイツを打ち負かさなきゃ、織姫に公言させることなんて出来やしないんだ。
「——だって、織姫は俺の未来のお嫁さんだから」
ここで初めて父親は顔をしかめた。
織姫も、母親も、俺を見た。
「正直今の時点で既にかなり嫌だけど、アンタは俺の義父になる予定の人ってことになる。義理の息子が、嫁の人生守るために、その義父に談判しにくるのってでしゃばりだと思います?」
「……減らず口を叩くな。無礼者め」
低く唸るように父親が言う。
俺も応じて、声が大きくなる。
「アンタこそ人の嫁に過干渉だっつってんだよ。ほっといてください。それが一番なんです。子供は自然に学ぶ。余計な茶々が一番迷惑だ。そうすれば織姫だって、アンタのことを無闇に嫌ったりしなかったんだ。俺たちはもう……」
突然父親が卓上のジョッキを腕で吹き飛ばした。
これまでになく大きな音を立てて、ジョッキグラスが襖を突き抜け、押し入れの何かにぶつかって割れる。父親は硬く拳を握りしめて、怒鳴った。
「俺たち……?! 俺たち……だと? 織姫っ!! お前、まさかもう!!」
俺は慌てた。心にもない飛躍した発想で、目の前の大人が怒り狂って、娘に当たり散らしたのだ。
それはもう父親というより、俺には、いないはずの元彼とかそういうものの権化に見えた。
父親は俺をすっ飛ばして、織姫に掴みかかり、母親がやめて、あなたと叫んだ。
父親は信じられない汚い言葉遣いで、織姫を責め立てた。
ヤバい。ヤバい、この人……この親!!
頭の中がパニックになりかけながら、俺は母親とは反対の方向から父親を止めようとするが、とたんにものすごい力で跳ね飛ばされた。俺は頭を襖の取手にぶつけながら、奥の居間に倒される。
一瞬の間隙に、背筋が凍りつく。
織姫も似たような心境だったかもしれない。
俺の名を叫ぶその声が聞こえて、織姫が涙を浮かべた悲壮な表情でこちらを見ていた。
俺は片手で後頭部を押さえる。
血は出ていない。けれど——、
これが襖だったから良かったものの、壁とかドアとか、あるいは奥の居間に何か家具でも置いてあったなら……。今の瞬間に殺されていても、何も不思議ではない状況だった。
およそ一年と半年前、須藤に挑んで気を失った時のことがフラッシュバックする。
俺はその時のことを覚えていないから、まるで気にもしてなかったけど、あれも相当危ないところだったんじゃないか?
そういえば、記憶が途切れて保健室に飛ぶ寸前、今と同じような織姫の泣き顔を見ていた気がする。
そして今また、死にかけたんじゃないか? 俺は。
ニュースでキャスターが告げる。
〈本日九時過ぎ、○○県××市の民家で、未成年の少年が交際していた少女の父親によって殴り殺されるという事件が発生しました……当時、二人は口論をしていて、その弾みで……〉
そんな光景が目に浮かんだ。母ちゃんが泣く。織姫も泣く。俺はいなくなる。二度と守ってやれなくなる。織姫は、俺の手から永遠に届くことのないところへ行ってしまう。
おぞましい死の恐怖がぞわぞわと全身を這い回った——、
だが、目の前の光景を再度認識しなおして、俺はすぐに考えを改める。
今! その危険が一番高いのは、誰だ?
自分はまだ、それでもいいのかもしれない。だって、死ねば自分はいなくなる。考える自分も同様だ。けれど、織姫に死なれたら? 俺は今後一生、立ち直れない自信がある。
この先ずっと?
織姫のいない人生なんて、そんなの……絶対に嫌だ!!
俺は叫んだ。
それは獣のような声だった。自分で発しているとは信じられないくらい野太い雄叫びのような声だ。
俺はキッチンに走ると、無我夢中で流し場の上の木製のスタンドに突き刺さっている包丁を取り上げて、両手で握りしめる。
そして、振り返り、その切っ先を、父親に向けた。
ドラマとかでよくあるけど、それほど大袈裟には震えない。ぴたりと照準を定めているように、それは真っ直ぐ、父親の胸に向けられている。
心は決まっていた。
俺は唸るように言った。
「やめろ……織姫を離せ!!」
父親は既に血に染まったような真っ赤な顔をして、織姫の腕を掴んだまま、こちらを振り向いた。耳まで真っ赤だ。その顔が生理的に気持ち悪いと思った。
コイツにとっての織姫は、きっと娘なんかじゃない。コイツを殺さなければ、一生、織姫は幸せになんかなれないと、その表情が物語っているようだったから。
織姫が泣きながら、俺の名前を叫ぶ。父親が腕を離して、こちらに向かってくる。
「どうした? やれよ。万々歳だ。私はお前なんかには倒されない。すぐに退院して、私たちはお前の知らないところで暮らしていく!! 二度と会わせもしない。お前はそれで少年院いきだ。ハッピーエンドだよ」
「どこがだよ!! お前は異常だ!! 織姫を離せ!!」
「はは、何言ってる。もう離してるだろ」
「ちげぇよ……。そんなこともわかんねぇのか——、織姫の人生をだよ!!」
一瞬、父親の目が丸くなる。正気に返ったかのようだった。
再三、織姫が俺の名前を呟くように言って、俺も感情のまま涙が込み上げてきた。
「なんでアンタらっていつもそうなんだ。俺たちにとっての大切なものを、自分たちで勝手に決めつけて、こっちがいいからって取り上げて、それが愛情? 教育だ? ふざけんじゃねぇよ!! 自分たちで決めさせてくれよ!! 誰もアンタらのお芝居に付き合うために産まれたんじゃねえんだよ!! 織姫の人生は織姫だけのものだ!! 親だって、勝手に自分のもんみたいに、決めていいわけがねえだろ!!」
俺は肩で息をしていた。包丁を掲げていた腕もそろそろ限界だった。少しずつ震え出した。
その時、織姫のお母さんが立ち上がった。
おばさんは溜まった憂さをぶちまけるように言った。
「……じゃあ、私たち親はなんだっていうの。アンタら自分が被害者みたいに言うけど、私たちだってアンタら子供の言うことを聞くためだけの玩具じゃないのよ!!」
それは俺にとって、たぶんに父親の反応以上にショックだった。織姫のお母さんは俺の味方をしてくれると思っていたから。
織姫のお母さんは身振りで悲壮を訴えかけて、こちらに近づいてくる。俺は包丁の刃先に気を配り、角度を上げる。
「お、おばさん……危ないから、下がってて」
「もういや!! 織姫のことも知らないわ!! 好き勝手わがまま言って!! その度お父さんに怒鳴られるのは私じゃない!! そんなに二人がいいなら駆け落ちでもなんでもすれば?!」
しかし、その一言が再び父親の逆鱗に触れた。
父親の精神は彼女を寝取られまいと必死になって逆上するナイーブな彼氏そのものだ。その前に、駆け落ちなど、逢瀬を連想させるような発言が不味かったのだろう。
父親は、母親が詰め寄ったことで包丁の向きが変わったその隙を見逃していなかった。母親の身体をブラインドに使い、間合いに入るや、俺の腕をきつく掴んで持ち上げた。
俺はとっさに力を込め直したが、一足遅かった。
父親ともつれ込んだ末に、気が付けばキッチンに寝転がり、マウントを取られている。
包丁は手放してはいない。けれど、父親の過剰な力で、手首の向きが変えられている。
切っ先が、今は、俺の喉元のすぐそこに突きつけられていた。
「貴様のようなチンピラに、絶対に織姫はやらんぞ。ヤラれてたまるものか」
父親が呟いた。
腕の力が押し切られる……刃が、膨らみ始めた喉の出っ張りに当たる、鮮明な痛覚が脳に走って、その時俺は気付いた。
柄を握ってるのは俺だ。これがマズい。
今なら例えば俺を殺したとしても、そんなに重い罪には問われないんじゃないか? そもそも、殺人が立証できるだろうか? ここにいるものの証言次第では、自殺として処理されることもあるんじゃないか?
父親の狙いは……それか?
一層の力を込めて押し返そうとするも、大人の体重を乗せた力にはまだ敵わない。刃先が刻一刻と中に食い込んでいくのが、その酷くなる痛みで分かる。
俺は織姫がいるはずの方向を見ると、心の中で呟く。
悪い、織姫——。
そうして俺の喉が切り裂かれる間際、織姫が叫んだ。
皆の目がそちらを向く。
俺は腕の力を緩めない。
拮抗させるので精一杯だが、その啜り泣く声だけが届いた。
「やめて……ください。もう、いいから……言う通りにするから……お願いします……」
父親は一瞬たりとも力を緩めない。今なお、俺を殺す気でいながら、言った。
「彼に言いなさい。包丁を持ってるのはこの子だ。私は——」
そうして俺を見下ろすその顔が勝利に勝ち誇っていた。
「正当防衛をしているだけなんだからね。織姫」
背筋が凍りつくような笑みに、俺は強気な表情のまま叫んだ。
「織姫、言うな!! 力入れてるのはコイツだ!!」
織姫が立ち上がり、寝転がった俺の顔の前に膝を折る。
「ごめん、結斗……」
「織姫……やめ……」
「お願い……もう……帰って……」
その時の表情は筆舌に尽くし難い。
父親は満足そうに笑うと、力を次第に緩め、俺もそうして包丁を脇に落とした。
それ以上、もう言うことはなかった。
ただ敗北したのだ。
俺は、またしても。
力のない自分にイラつくとか、そんな気分さえ湧かなかった。ただ空っぽになって、気がつけば俺は帰宅して、自分のお母さんには首元をうまく隠して、ひたすら自分の部屋に閉じこもって、誰にも聞かれないように声を押し殺して、泣いた。
何棟か離れた自分の部屋で、きっと織姫も今頃そうしている。
そんな気がした。
無慈悲な力に屈服させられて、その言う通りに生かされる。これが奴隷でなくて何だというんだろう。大人は、子供にとって、そうして昔から自分たちを屈服させてきた史上最悪の独裁者だ。
この国の大人は、子供に常識の奴隷になれと、そんなことを望んで、強いるために、俺たちを産んでいる。
大体全てコイツらのせいじゃないか。
ならば、なぜ——、
俺たちは産まれたんだろう。
好きに生きることも許されないのなら、人なんて、もう産まれない方が子供のためだ。
俺はそうして初めて自分の産まれを呪い——、
——この世界の成り立ちを呪った。
◯
織姫と再会したのは、明くる日の正午過ぎだった。
共働きであるウチは朝から晩まで両親共家にいない。織姫もそのことを知っている。
俺はその時、筋トレに励んでいた。
昨夜のことは所詮、あの病的なストーカー気質の父親が強引に進めたことであって、織姫の意思とは関係がない。
次は返り討ちにしてやればいいだけのこと。
そのうちに大きくなったら、今度は本当に駆け落ちでも何でもしてやればいい。
何にせよ筋肉は全てを解決する、ということで、俺は起きた瞬間にはもうすっかり立ち直って、次なる目標が定まっていたのだ。
そこで鳴ったチャイムに応じて、玄関を開けた先で、織姫が変わりない姿を見せたので、俺は驚いていた。
「やぁ。今、いいかな」
そうして、俺が織姫と遊べた、生涯で最後の時間が始まった。




