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『そして世界が終わるまで 〜繰り返される恋の、その先へ〜』  作者: 白雛
過去編

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7. 『遊園地と観覧車』




 小学生最後のクリスマスもほぼいつもの面子だった。

 そこに今回は麻倉もいて、どちらかといえば、織姫は俺よりも麻倉と話してることの方が多かったのだけど、楽しそうなその笑顔を見ているだけで、俺は満たされた。


 年明けてお年玉を比べあい、バレンタインが迫ると、俺は少し期待して、その期待通りに織姫は赤い手袋に包まれた手で、朝一番の出会い頭に渡してくれて、卒業式を迎えると、俺たち男子は同じ中学に上がるだけなのだから別に何とも思わないのだけど、なぜか泣き出す女子たちがおかしくて、からかって回ったりして、過ぎてみると足早に一日、二日と式の日が離れていき、学校に通っていたことが懐かしく思えてくる頃、俺たちは、小学生である最後のイベントに卒業旅行と称して、近くの遊園地に遊びに行った。


 チケット代はそれぞれの親御さんがカンパして出したらしく、集合はそれぞれの家のちょうど真ん中あたりになる高橋の家の前。俺たちはそこから、バスに乗り、電車に乗り換えて、そこそこ離れた駅で降り、またバスに乗って、遊園地に着くと、園内を適当に見て周り、存分にデートを楽しんだ。


 いつもの面子に加えて、更に倍ほどの人数が集まったのでそれなりの大所帯となったが、園内では好みの乗り物等々で何組かに別れて、そこからはほぼ別行動となった。


 意外なことに、といっても俺の目線では流れを追ってきているのだが、高橋と葛西が結構良い雰囲気で、周囲の何人かで二人きりになるように計らったりもした。


 いつまで続くかが見ものだけど、そこを語るのは野暮というものだろう。


 俺としてもメインは自分たちのことである。


 俺と織姫はその頃もう周知の仲で、気遣われることすらなかったが、園内では大抵+して麻倉が一緒だった。


 なんでやねん。と突っ込みたいが、他ならぬ織姫が気に入っているのだから、逆らえない。

 去年の夏祭りからこの春にかけて、麻倉はよくこれ見よがしに織姫にセクハラをするようになり、織姫も織姫だから、そうして二人して、なんだか俺の反応を楽しんでいるようにも見えた。


 そして、デートで遊園地とくれば、締めはやっぱり観覧車だろう。流石にここまでくると、麻倉も諦めた。再三俺を犯罪者のように言って織姫に警告していたが、最後には手離して見送った。


 何だかんだ登下校なりで二人になる時間はあったのだけど、こうして狭い個室でとなると珍しく、俺はもう正直、エロを期待せざるを得ない。


 それをいち早く見抜いてか、織姫はクスクス笑って言った。


「絶対、エロいこと考えてるでしょ?」

「不可抗力だろ……」

「まぁいいけど……そういえば」


 織姫はさっそく少し腰を浮かせると、人の背を計るみたいに手を俺の額に寄せてきて言う。


「大分、声低くなったよね」

「そう?」

「うん、なんていうか、もう少年って感じじゃなくなった。ニキビも増えたし、肌もちょっと浅黒くなった、っていうか……ちゃんと洗ってる?」

「洗ってるわ。毎日。どこ心配してんだよ」


 俺は笑う。

 織姫ももうそんな感じだ。

 少女っていうより、一人の……。


「てか、それでその手は関係なくね?」

「ふふ、あーもう癖だね。少しでもお姉さんぶりたいの。結斗は私の手の中だって」

「え……」


 織姫は、今度は、段々と離れていく地上を見下ろして、


「てか、普通に下からも上からも見られるし、観覧車って意外とムードないよね。あ」


 後続の籠に乗る麻倉に手を振ったりしている。


「確かに。これはあかんなー」

「ふふふ、なにがあかんのー……?」

「……織姫」


 俺は期待に応えるように、ひどく真面目ぶった顔をして、その顔を見つめる。


「とりあえずさ、そっち行っていい?」

「……どうぞー?」


 俺は立ち上がり、手すりにつかまりながら、対面の席に移動する。


 確かにいつか子供の頃来た時の感覚からすると観覧車のカゴは大分狭苦しくも思って、意外とそれだけで結構揺れもするし、なんだか落ち着かない。


「本当、観覧車ってあんまりムードないな。下手こくと酔うだろ、これ」


 しかも、結構進みが早い気がする……いやそれは俺の気持ちがそう思わせてるのかもしれないけど、あまりもたもたしてもいられないと思った。


 そう思って、籠の外から織姫の方へ目を移した時、織姫は既にこちらを見ていた。


 その距離が想定外に近くて、一気に雰囲気が出てくるのを感じた。肌で感じた。ピカ◯ュウの電撃を喰らったみたいにぞわぞわした。


 改めて、まつ毛が、くりくりした両の眼が、赤らんだ頬が、良い匂いのする長い髪が、そこから透けて見える形のいい耳が、ぷっくり艶めいた唇が、鼻にかかる吐息が、全部、綺麗だと思った。


 今こそ俺のものにしたい、そんな再三湧き上がる衝動を、今度ばかりは抑える自信がないほどに。


「俺さ……」

「私……」


 声が被って、瞬間的に譲り合ったのち、織姫が言った。


「私さ、皆がイメージしてるような女の子じゃないの、結斗は分かってるよね?」

「うん」

「あ、でも、昔はまだ本当に子供だったからな……今の話聞いたら、うん、たぶん、そんな結斗もびっくりするくらいだよ」

「そうなの?」


 織姫が頷く。


「本当はずっと子供で、わがままでね、周りに見せてるのは全然私じゃない別の誰かなの。本当は勘違いされるのだって嫌」

「皆、そんなもんだろ」

「名前にもあるでしょ。姫って。きっと女の子は誰だってそうだと思うけど、皆、お姫様なんだ。心の中にそんな、叫び出したいほど野蛮で傲慢な本当の自分がいる。でも、世間に求められてるのは、そんな子供でわがままな私じゃない。その誰かだから——だから私は、大人のふりをして、良い子の仮面をかぶって、普通を装って、これからもどんどん、どんどん、変わっていくと思う」


 何の話をしてるんだろう。

 段々とその異変に気づく。


「最初はヴェガ。次はきっともうすぐ、アルタイル。そんな私が私でいられる、私が一番好きになったものは、皆、私を置いてっちゃうから。私は変わらないといけないって思うんだ。一人でも生きていけるように強くならなきゃいけない。でなければ、この先きっと生きていけない。だから、だからね……」

「まて……」


 何の話だ? と手のひらを見せて、制止する間もなく——、

 俺は目を見開く。


 涙。


 涙が、織姫の双眸から流れ落ちたのだ。


 そして息を止めた。


 織姫はそうして涙が零れ落ちるが早いか、俺の唇にキスしていた。


 自然に俺の手は織姫の背を抱きしめる形に落ちて、その自然さとは裏腹に、心臓が早鐘のように鳴っていた。


 嬉しいのか、哀しいのかもよく分からない。きっとどっちもが入り混じって、期待と絶望が頭の中でこんがらがって、神経がショートしてしまったのだろう。


 俺の肩に手をついた織姫が、くっついた磁石をズラして剥がすみたいに、俺の胸の前に俯く。


 互いに目を見られない。そんな痛いような苦しいような沈黙が少し続いて、織姫は顔をあげると、まっすぐに俺の目を捉えて、絞り出すように言った。


「せめて思い出をください。大人になっても、それで、きっと生きて……」


 俺たちはそうして地上に降りるまで、何度となくキスをした。


 あまりに鮮烈すぎる初体験の感触を心に焼き付けることに必死で、俺はその日の後の時間をあまり覚えていないが、観覧車から出た後の織姫は、まるで別人のようにいつもの振る舞いに戻っていたことだけは覚えている。


 けど、ここからだったのだ。


 その日の俺の本当の勝負所は。




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