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『そして世界が終わるまで 〜繰り返される恋の、その先へ〜』  作者: 白雛
過去編

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6. 『続・夏祭り』




 ふと気付いて周りを見ると、葛西や飯島や高橋がそれぞれ心配そうに距離を置く中、突然どこかから湧いたように現れた麻倉が、俺と織姫の間に割り込んで、串焼きの最後の一個を横にして咥えながら立っていた。


 串を抜いて、口元を軽く手で押さえながら、麻倉は続けた。


「あむ……うん。女の子ってデリケートなんだからさ」

「何、お前。てか、なんで……」

「一休みしようと思って。外れに来たら、あの三人見つけて、手を振ったら、なんか助け求めてるみたいだったから」

「あぁ?!」


 俺は葛西や飯島の方に凄む。

 二人は高橋の影に隠れるみたいにして小さくなった。


 なんか知らんが、コイツらが昨年の冬ごろから、よく麻倉を頼りにして、時々三人でゴソゴソ話していたことには気付いていたが、まったく余計なお世話だと思って俺は無視していた。


 麻倉が俺の前に立ちはだかるようにして言う。


「二人も悪くないっつーの。どう見てもアンタが、だらだらだらだら女々しいことやってんのが悪い」

「……お前には言われたくねぇんだよっ」

「でも、水瀬さんも答えたくないってさ。分かる? 事情があんだよ。デリカシーのない男には分かんないかもしれないけど——、ね? みーなーせ、さん?」

「えっと……うん」

「……何の事情だよ。こっちは、それを聞きてーの」

「ほら。そういうとこだよ、白上。いいじゃん。本人、違うって言ってんだし。それで信じてあげれば」

「…………」

「何もかもアンタの思う通りにはいかないってこと。そんくらい、察してさ、やり過ごしなよー。意外に小さいよね、白上って」

「は? 俺は小さくねぇし。な? 織姫?」

「え! あー……」


 織姫が視線を彷徨わせて答えあぐねる内から、被せるようにして麻倉は続けた。


「ハァ? どこ……え、アンタ、今、下ネタ言った?」


「は?」

「あ」

「え?」


 妙な沈黙が三人の間に流れて、束の間ののち、俺は怒った。


「テメーだろ! 今のは完全に!!」

「い、いや、ちが……違うって、私は……あー……だって、水瀬さんもそう思ってたじゃん!!」

「え! あー……」

「それ! 絶対、おも……え、アンタら、まさか!!」

「え、あ、だ、だって、ほんと、結斗とは、小さい時から見てるし……み、みてないみてない!! 最近は見てないけど!!」


 織姫の壮絶な自白を受けると、麻倉はとたんに真っ青になって、俺を犯罪者のように見た。


「嘘でしょ……白上、最低!! この変態!!」

「なんでだよ!! 俺?! それ俺が悪いの?!」

「小さい頃って何歳の時よ。そんな女の子に見せびらかすなんて、ド変態じゃん!!」

「見せびらかしてねー!! 織姫が覗いたか、何かの拍子でちらっと見えちゃったんだろ!!」

「記憶焼き付けてんじゃん!!」

「記憶……?! あれ、なんか……エイリアンがどうとか……?」

「意味わかんねーよ!!」


 しかし、これが思わぬ功を奏していた。

 織姫は口元を押さえてぷるぷる震え出すと、一気に噴き出して、大笑いしたのだ。


 こんなに織姫が笑うのを、俺は何年振りに見ただろうかというくらい。


 俺は、麻倉と顔を見合わせて、それからそろって織姫を伺った。織姫は身を捩って笑い続けている。楽しそうな織姫に釣られて、俺もだんだん笑えてくる。


「え、そんなに?」

「プッ……くく、あーちょ、結斗何も言わないでーあーだめだっ……ふふふふ」

「えー……人のちんちんで?」

「や、やめて! もう……これ以上……おなかいたい……」


 俺は呆気に取られている麻倉を見る。

 俺はもう笑っていたが、次第に麻倉のその口元も緩まって、葛西や飯島や高橋も近づいてきた。


 周りの大人たちにはおそらくヤバい連中に見えていたかもしれない。あるいは単に、浮き足立ってはしゃいでる若者に。


 しばらくして、笑いが治まってきた頃、織姫は疲れて、近くのビールが入ってたコンテナを借りて腰掛け、涙ながらに言った。


「ごめんなさい。見てしまってごめんなさい」

「うん。いいけど」

「笑ってごめんね。結斗」

「織姫さん、わざとやってます?!」

「ふふっくく……あーヤバ、またきそう……もう結斗、笑わせないで……私、死んじゃう……」

「してねーんだよ、こっちは別に」

「水瀬さんがあんな笑うとこ初めて見たわ。しかも、衝撃的事実な」


 と飯島が言うと、織姫は、


「皆も、麻倉さんも、高橋さんもごめんねー。変なこと聞かせちゃって」

「いや、いいけど」

「俺は哀しいわー。まさか、既に二人がそんな……」

「いやーごめんごめん。私の目はもうとっくに薄汚れていたんだ。あ、でも、まだ可愛かったから、汚れてはいないと思う」

「俺の尊厳に謝れ」

「本当にごめんってば。ふふ……結斗」

「おかしい。それで笑うのはおかしい」


 色々結論的なことはそれでなぁなぁになってしまったものの、何か胸の空く思いで、俺はけれどすごくホッとしていた。


 大切なのはそうだ——、織姫が笑ってることで、それ以外の何物でもなかった。だからだろう。


 運動会の日の真相が知りたいんじゃなくて、俺はただまた前みたいに、何の垣根もなく織姫と笑いたかっただけなのだ。


 結局、麻倉はそのまま一緒に同行した。

 他ならない織姫が誘った。

 で、その帰り際にも何か話しているようだった。意外にも、気が合うのかもしれない。そのことに気付いたのかもしれない。


 何でもよかった。他ならない織姫がここ最近で一番、楽しそうだったから。


 神社からはそれぞれ帰路が分かれているので、帰りは俺と織姫の二人になる。


 織姫は尚も揚々(ようよう)と楽しげに話した。


「麻倉さんって意外に可愛いとこあるよね」

「意外って……」

「結斗も、別に嫌いではないでしょ?」

「えー……全然タイプじゃねぇけど」

「人間的にだよ」

「……お前も歯に絹着せないっていうか、そういうとこあるよね。あんま人前で言わないほうがいいぞ?」

「結斗の前だから、いいじゃん」


 立ち直った、というよりは開き直ったように見える織姫は、けれど、俺にとって身の毛がよだつくらいドストライクに可愛かった。


 俺は理性を保つために瞬時に話題を掘り返して、適当にずらすことにする。


「……で、いつ?」

「え? あー……」


 織姫は玄関先でも、まだ笑い返して言った。


「いつでしょう? 当ててみて。宿題。ヒントは……そうだな——、あ、結斗が言ってた、エイリアン。もう答えだよ、あれ」

「エイリアン?! ……わかんねーよ。——けど、まぁいいか。なんか、その感じ、懐かしさすら感じるわ」

「私も思い出したんだよ。色々とねー。あ、ね。結斗」

「うん?」

「私、今、幸せだよ」

「……え?」


 織姫は後ろで手を組んで、少し首を傾げるみたいにして言った。


「高橋さんに葛西くんに飯島くんに麻倉さんに西渡さんに……皆がいて、時々すれ違っちゃうこともあるけど、こうして笑い合えて、バカをやれて、過ごせた今が生きてて一番好き」

「え、俺は? 俺、呼ばれてない」

「きっと忘れないよ。ずっと楽しかった」

「なんで過去形だよ……え、待って。まさか、お前、どっかいくの?」


 織姫は緩く首を振る。

 俺はがっくし両肩を落としながら言い返す。


「じゃ、なんだよ……」

「うーん、なんとなく……なんとなくさ——、もう皆、大人になってっちゃうんじゃないかなって」


 それは俺にとっては変化するという意味の代名詞にも聞こえて、俺は嘆息すると、垣根をぶち破るみたいに容易に、その小さな頭の上に手を乗っけてみせる。


「エロの次は大人か……アホらしい」

「え? エロ……?」

「大人になっても……ま、ちょっと変になったり、その時はするかもしんねぇけど、でも中身はそんな変わんねぇよ。俺はたぶん、俺のままだ。だから、心配なんて、そんなんいらねーから」

「うん……うん、ありがとう」


 俺が頭を撫でるのを、織姫は気持ち良さげに目を細めてから、ふとその手をとると、冬の時分に手袋でそうするように、労わるように、そのまま自分の頬に当てる。


「結斗は、そのままでいてほしいな。そのままでいてほしい」

「…………」


 俺の理性が決壊する寸前で、けれど織姫の表情はやはりどこか寂しげに見えて、本能はそのまま(しぼ)んでいった。




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