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『そして世界が終わるまで 〜繰り返される恋の、その先へ〜』  作者: 白雛
過去編

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5. 『バレンタインと夏祭り』




 校外学習の帰り、俺は織姫の紅いダッフルコートを腕にかけて机の横に突っ立っていた。トイレから帰ってきたクラスメイトに声をかけられる。


「あれ、何してるの? 白上」

「織姫を待ってる」

「ふーん? なんかウケる、その格好。カーネルおじさんって感じ?」

「ほっとけ」


 しばらくして、担任の後ろに続き、プリント束を抱えた織姫が戻ってきて、俺に気付くと、足早に教卓にプリントを積み、次いで小走りでこちらに来た。


「ロッカーに入れといてくれればいいのに」

「下手に扱って汚したら悪いじゃん。気に入ってんだろ? このコート」

「それは、そうだけど……」


 織姫はクラスメイトたちの目線を伺う。葛西や飯島は言わずもがなだが、他のそんなに親しくもない連中までもが、俺たち二人に注目しているようだった。


「恥ずかしいじゃん」

「今更だろ。何言ってんだよ?」

「……今更でも、恥ずかしいものは恥ずかしいよ」

「はぁ?」

「…………」


 織姫はやはり困ったように言ってコートを受け取ると、また小走りでロッカーに向かっていった。


 ありがとう。でも、ロッカーに入れといてくれればいいのに。


 そうだけど、全然気にしないよ。


 ——以前なら、ちょうどこんな感じじゃないか?


 やっぱり、どこか変だ。

 俺は腑に落ちない感覚のまま自分の席につく。葛西と飯島が曰くありげに二人で目を見合わせて、麻倉が隣で窓の外を眺めながら、不機嫌そうに鼻を鳴らしたのが分かった。


 ◯


 秋の運動会以来、季節が変わって年越しが迫る頃になっても、ずっとこんな感じだった。


 仲のいい面子で開いたクリスマスパーティーでも、初詣で近所の神社で遭遇した時も余所余所(よそよそ)しさがつづき、バレンタインの菓子作りも、その年はなかった。


 代わりにその日、学校に行くと、差出人不明のラズベリー色の、見るからに高そうな包装紙に包まれたチョコが俺の机に入っていた。


「貴様……貴様っ!!」


 突然飯島がそう言って俺の首を締め出したが、愉悦バリアー下にある俺には効かなかった。


「まぁまぁ飯島くん。嫉妬はやめたまえ、嫉妬は!」

「でも名前ないじゃん。これ、ひょっとしてお前を暗殺する気なんじゃね」


 と葛西が言って、急転直下、俺は肝を冷やす。

 ひきつった笑いを浮かべながら言った。


「え、う、うそだろ? ……まさか。だって俺なんか殺して、何の得に……」


 思い当たるやつが一人いた。

 俺はすぐにも麻倉の席に詰め寄った。

 麻倉はいつもの腰巾着、西渡(にしわたり)と他愛なく喋っているところだった。


「これ、ひょっとして、お前?」


 西渡はまた何か言いたげに麻倉を見て、当の麻倉は口を半開きの、いかにも気だるげな表情で、ラズベリー色の包装紙に包まれた箱を眺めて、唾を吐きつけるように言う。


「は? 誰が、アンタに?」

「いや、これチョコに見せかけた爆弾か毒物かもしんないし。俺を殺そうとするのなんかお前しかいないじゃん」


 麻倉は舌打ちする。

 いつにも増して機嫌が悪いようだった。


「……最低。人からもらったもん、そんな風に言うとか……死ね」

「どうせなら一緒に死のうぜ。ほら」

「は?」


 俺は包装紙のテープを指で外して、丁寧に開けていくと、有無を言わさず、中から一つ取り出し、麻倉の口に放り込む。


 俺自身も一口入れて、すぐに食べたこともないほどお高い味だとわかった。


「ちょ……え、美味くない? 麻倉。これ、めちゃくちゃ美味いんだけど」

「……う、うん。おいしい」

「な? な? もう一つ食べる?」

「いいよ、アンタが食べなよ」

「え、こんなのなかなか食べれねーぞ。いいの?」

「うん。その子はアンタに食べてもらいたかったんでしょ」

「だけどさー。考えたら、こんな美味いもん独り占めするような奴が好きなら、そもそも俺なんかに渡さないだろ」

「…………」

「だから、これでいいんだよ。てか、本当にいいの? 全部食べちまうぞ」

「え、マジで? マジで?」


 飯島と葛西が寄ってくるが、俺は箱を遠ざける。


「ダメー。お前らは爆弾とか毒物とか言いやがったからダメー。そういうこと言うから、お前らにはねーんだよ!! 乙女心がわかってねーんだよ」

「お前だろ、それ言ったの。でも、じゃあ、やっぱ私、もう一個だけ……」


 麻倉が駆け込み乗車するように言って、俺は前の席の西渡さんにも箱を差し出す。


「西渡……さんも食べる? マジで食べたことない味。めっちゃ美味い」

「え……」


 西渡さんは腰巾着だけあって、いちいち麻倉の意見を伺う。


「いいよ。こういう奴だし」


 麻倉がそう笑いかけてようやく手を伸ばした。いつの間にか機嫌を直したらしく、その表情はいたく穏やかだった。


 織姫が来ると、さっそく俺は織姫にも声をかける。


「織姫ー今さー、差出人不明のチョコが来ててー」

「うん」

「これ、織姫の? じゃないよな、今来たばっかだし……」


 綺麗に畳まれた包装紙を見下ろして、麻倉を見て、再び俺を見て。その分、返答が遅れる。


「うん。違う。私なら……途中とか、手渡しするでしょ。こんな、こそこそしたりしないよ」

「な、なんかトゲない?」

「ない」


 俺はここでも空回りしている感じがして、うまく会話にならないもどかしさを覚えてしまう。


「……食べる? まだ何個か……」

「いらない。その子に失礼だし。誰だか、知らないけどね」

「あのさ……なんか、怒ってる?」

「そんなこと……ないけど」


 迷ったけど、思い切って聞いてみる。


「……織姫は……チョコとか」

「ほしいなら、帰りに買ってあげる。けど、そんなことで何か変わるの」

「ですよね。変わりません」

「そうだよ。結斗にはこんなくだらないことより、もっと有意義なこと考えてほしい」


 もしかしたら織姫は、ちょうど俺が春に感じたことを今になって発症しているのかもしれないとも思って、なら、そっとしておいた方がいいとも思って、何もかも黙っていることにしていた。


 けど、そんな、一言で言えば、わだかまり(・・・・・)というものは、一方だけで起こることじゃない。


 織姫にそんなぎこちなさが芽生えたように、俺の方でも思うところはあって、以前のように接することはやっぱり難しかった。


 俺はまだ秋の運動会のことを許せていなかったし、聞けてもいなかった。


 結局そうして、何も進み出せないまま、全部おざなりになって、でも始めた習い事の数々に押されるうちに小五の残りは足早に過ぎていき、小六に上がる頃には流石に表面上は以前通りに接することができるようになっていた。


 花粉症やら台風やら何やらでわたわたしているうちにあっという間に春も過ぎ、夏休みに入ると、小学生最後ということもあって、俺たちは色んなレジャーに繰り出した。


 プールに海に盆踊り、近くの公園で花火もしたし、夏の映画も見に行った。


 最終日には、成り行きで、また男子は俺と葛西と飯島、女子は織姫と高橋で、近くの神社の祭りに行った。一通り屋台を流して見て回り、端っこの方で一休みしてた時、俺は、いよいよ夏休みの終わりという込み上げてきた切なさに急き立てられるようにして、織姫に思い切って聞いてみることにした。


 女々しい奴とか言われてもいいから、とにかく、このまま卒業なんてことは絶対に嫌だった。


 表面上はやり過ごせているように見えても、これじゃどこへも進めない。

 やっぱり、わだかまったままだったのだ、俺たちは。


「あのさ」

「ん?」

「ずっと、聞いてみたかったんだけど」

「うん。……どうしたの?」


 織姫もすぐに何かを察したようだった。

 俺は改めて意を決して言った。


「なんで運動会の日、帰ったの?」

「……え?」

「去年の運動会の日、あったじゃん。俺が須藤に挑んで、落ちて、気を失ってさ」

「あー……そうだね。あったね」

「正直言うよ。俺、お前に褒めてもらいたくて、頑張ったんだ」

「え……」

「お前が須藤のこと好きとか言ったって聞いたから、そんな奴ぶっ倒して、俺の方が強いって、見せたかったんだよ。それなのに、俺はぶっ倒れちゃうし、お前はとっとと一人で帰っちゃうし……本当、マジで人生で初めて感じたくらい、最悪な日だった」

「う、うん……」

「……なんで? 俺のこと情けないと思った? やっぱ須藤が……」

「ち、違うよ。絶対違う。ていうか、あれはね……あの時は……」


 きっとほぼ一年間と、溜め込んだのが不味かった。


 織姫はきちんと答えようとしている、それを分かっていても、俺はまだ感情のコントロールなんかできなくて、一言口に出すたびにあれもこれもと聞きたかったことが湧いてきて、そんなつもりは全然なかったのに、織姫を責めるみたいに詰めてしまう。


「てか、なんで須藤? お前、本当はあんなのがタイプなの?」

「……ごめん。そんなつもりじゃ……なかったんだけど」

「じゃ、どんなつもり?言ってよ。わかんねぇって」

「……それは。あの……」

「あんましさ、そうやってズケズケと聞くの、良くないよ。白上」




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