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『そして世界が終わるまで 〜繰り返される恋の、その先へ〜』  作者: 白雛
過去編

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4. 『最初の敵と運動会』




 芽生え出した俺の中の男の子は須藤に確かな対抗心を燃やしていた。


 チャラいだと? 小六にしてへそピを空けて、下唇まで輪っかを通してるというのか(漫画で読んだチャラいに対する勝手なイメージ)、そんな奴に織姫が連れていかれでもしたら、そうしたら……なんだか、エロいことになってしまいそうだ。


(そんなことには絶対にさせねぇ……)


 俺は毎年選ばれている学年合同リレーの選手枠に選ばれるために、その日から走り込みを始め、同時期、織姫がエレクトーンを習い始めたと聞くと、田舎のばあちゃん家の古いピアノを譲り受けて自分もピアノを習い出し、織姫が新たに塾に通い出したと聞くと、俺は家庭教師をつけてもらった。


 万全だった。

 それはもう何に対しての万全さだったのかも分からなくなるくらいの充実ぶりである。


 というか、万全も何も、俺はもともと運動神経は良い方で、リレーにも毎年選ばれているのだから、普通にしていれば運動会の日が迫る頃には「あ、白上じゃん。頑張るねーこのクソ暑い中」とか「白上が朝から来てる。もうそんな時期か……」とか、朝の登校時間の度に、グラウンドの周りを通りがかった同級生に笑われることにはなっていたのだろうが、この年は万が一の取りこぼしもないように俺は本気で取りに行っていた。


 そして、めでたくもなく、風物詩のように、朝のホームルームで、担任が言う。


「はい、じゃーリレーは、女子は日塔さんと岡田さんで、男子は赤松くんと、今年も白上くんに今年も決まりましたー。今年も白上くんです。おめでとーぱちぱちぱちー」

「やっしゃああ!! 走り込みの甲斐があったぜ!!」

「あはは、毎年選ばれてるのに頑張ってたもんねー白上くん笑。連絡は以上でーす。委員長」


 当時の俺にはよく分からないことだったが、三十半ばで行き遅れの担任が、年々目尻に哀愁を刻んでいった結果の冷め切った態度でそう言って、俺はリレー選手に決まった。


 しかし、初めての朝練で、意気揚々とストレッチしているとき、俺は驚愕の事実を知る。


「え、高柳に斎藤……さんって。須藤いないじゃん!!」

「え、あーアイツ、サボるから今年は出ないよ」

「え」

「たしかに体格は良くて、運動神経もいいけど、朝練とかダルいからパスだって笑」

「チャラい……」

「うん。チャラいよ。てか、なんで? そんなに有名? あいつ。まー確かに目立つもんね」

「なんてチャラい野郎だ……。須藤、貴様ってやつは!!」


 しかし、本命はまだ残っていた。


 その勝負はやはり、運動会の日に行われる。

 当時の運動会の花形といえば、リレーともう一つ、騎馬戦である。


 フォーマンセルで、三人が(やぐら)を組んで、一人が上に乗り、そうして上のやつが相手チームの体育帽を取るか、櫓から落とせば勝ち。


 これも五年、六年の合同で試合は行われて、個人戦、それから全チーム入り混じった全体戦とがある。


 代わりに女はいない。女にこの死と隣り合わせのデスゲームはキツすぎるからだ。


 俺は今年五年。初めての騎馬戦だったが、勝ちを取りに行くために、いつもの二人に加え、池田というミリタリーオタクのゴツい奴を引き入れた。


 池田は小五にして既にガ○ルみたいなぶっとい上腕二頭筋をしていて、胸板も厚く、太腿に至っては軽く織姫の太ももの三倍近くは太い、歩くその姿は重戦車のようなやつで、年度初めの予防接種の注射をクラス分、引き受けたという逸話がある猛者である。


 返事は常にアメリカ軍隊式で、アメリカンジョークを嗜み、頭は角刈り、ハンバーガーとコークが大好物、カレーは飲み物だと言って憚らず、迷彩柄のタンクトップにベージュのカーゴパンツがトレードマークで、奴が泣いたのはこの五年間でただの一度だけ、図書室で銀河鉄道の夜を読んだ時だけだという。


 その池田を前面に、葛西、飯島の二人でケツを持ち、俺が上に乗る。


 目線が身長の二倍くらいの高さになっても、まるで重心がブレないのを感じて、これは勝てる!! と俺は確信した。


 実際、五年の男子全員で行われた練習試合でも、この安定した足組と、気付いた時には既に体育帽が頭の上から消え失せていた、とまで言わしめた、俺の手癖の悪さの前に敵うチームはいなかった。


 さて、本試合。

 個人戦は同学年の紅組との対峙なので、興味はない。紅白では白が負ける形になったが、俺たちは圧勝だった。


 そしていよいよ全体戦である。


 俺は再三再四、三人の櫓に跨り、持ち上げられ、その高さから、奴を探した。


 結局、朝練やらピアノやら家庭教師やらで、俺も最近にわかに忙しくなりつつあって、須藤本人との対面は叶わぬまま、この日を迎えている。


 俺は、足元の飯島に聞く。


「奴は……奴はどこだ!!」


 そして、飯島が苦し紛れにあそこ……と答えるまでもなく、俺には分かった。


 小学生が騎馬を組んで並び立つ中に、一人だけ金髪のさらさらマッシュヘアーで体育帽ではなく赤い鉢巻を巻いて騎馬に跨りつつ、前髪を気にしながら、ひたすら折り畳み携帯を弄り続けている奴がいる。


 さっそくその態度を教師に注意されると、しかしソイツはまるで気にしていないように背後を振り返り、同じ六年の群れに呼びかけて、とたんに集まってきた水槽のメダカみたいな四、五人の女子たちの仰ぐ手の中に、いやらしく携帯を落として、嬌声が上がるのが、遠目に見えた。

 俺は怒った。


「ぶっ殺すっ!!」

「代わりにあの女子たちに白上が殺されてしまうよ」

「アイツはぶっ殺す!! 例え、それで世界中の女を敵に回すことになっても!!」

「白上……お前ってやつは!!」

「いつも無茶しやがって……!!」

「oh、ジーザス……!!」


 と葛西、飯島に池田まで続いて、俺たちは一丸になった。


「いくぞ、野郎ども!!」


 ピンポンパンポーンというお決まりのアナウンスの後で、放送部の声が流れて、一瞬の静寂がグラウンドを包み込み、直後、銃声が響きわたった。


「いけぇーーーー!!」


 同級生に敵はいない。

 持ち前の身のこなしと重量のある突進で、同学年の連中はばったばったと薙ぎ倒し……もとい体育の紅白帽を奪っていき、俺たちは獅子奮迅の活躍を見せた。


 親や女子たちの黄色い歓声が飛び交う中、俺はそうして最後に残った須藤の組を真正面に見据えると、脚になってる三人に(げき)を飛ばして突貫した。


 奴は、須藤の組はそもそも戦っていたのかいないのか。少なくとも、本人はやる気がなさそうにまた前髪をちりちりちりちり(ねじ)って、気にしている。


 俺とは全然タイプが違う。

 俺が昔風の悪ガキなら、アイツは今風の悪ガキだ。

 そんくらい違う。


 一瞬、遠目に、観客に混じって声を上げる織姫が見えた。

 皮肉にも、織姫は紅組だった。


 なんで、あんなやつを好きとか言った?

 俺はそこからして信じられない。


 そもそも本当に言ったのか、麻倉の嘘かなんかだったんじゃないか。


 関係ない。

 俺は俺の見せ場を作れればそれでいいと開き直っていた。この後のリレーもそうだ。


 あれから半年して、俺は段々とやはり変化した。


 今年の授業のプールは例年の何倍も刺激的だったし、夏休みの浴衣も凄かった。両方のお母さんに連れられて行った海水浴はもっとだ。棒っキレにしか見えなかった織姫の肢体は艶かしく、白くて、キラキラした宝石のようだった。


 初めて織姫をそんな、美醜という観点から捉えることが出来たのだ。


 それは成長だ。

 キャ○ピーがトラ○セルに進化して、そこからバタフ○ーに孵るように、俺はむず痒かった瘡蓋を引き剥がして、一枚皮が剥けるごとにそうして、大人になっていく、その通過儀礼の証なんだ。


 その気持ちを恥ずかしがる必要なんか初めからなかった。だってそれは、織姫をお嫁さんとして迎え入れる準備が整ったということだったから。


 自分で言ったことが思い出される。

 反芻される。


 ——別にアイツは、俺のものとかじゃないから。アイツ自身のものだから。


 そして、俺は幼馴染だ。

 家が近所だっただけの、ただの幼馴染だ。


 でもさ、なら——、


 なら、アイツが自分で決めるまで、隣にいて、変な虫がつかないように見張っとかなきゃならんでしょ。


 最初はそのつもりだった。

 けど今は、ちょっと違う。


 皮肉にも、麻倉の余計な茶々が俺の中の男の子を呼び覚ました。


 変わったのだ。

 今では俺もチャレンジャーだ。


 変な虫がつかないようにと、織姫の周りを飛び回る、変な虫の一匹だ。俺も。


 そうして、いつかアイツ自身の口から、それを聞いてみたい。そうやって、胸を張って、公言してやりたい。


 いつか、アイツ自身で、俺に決めてほしいって思ってることに気付けたんだ。


 だから、お前なんかにゃ譲れねぇよ。

 この席は。


 織姫は可愛いから、今後お前みたいなのが、嫌になるほど湧いてくるんだろう。


 受けて立つよ。

 そんで全部ぶっ倒して、俺が残る。


 お前はその最初の一人ってだけだ、須藤——。


 二つの足組がぶつかりあうと同時、突き出してきた須藤の張り手の軌道を読んで、頭を振り、俺はそれをかわすと、次に自分の張り手をチラつかせた。


 須藤はとっさに上体をそらして、頭を後ろに逃した。流石チャラいだけあってなかなかの運動神経のようだが……、俺は、にやりと口元を歪めた。


 そうだ、これは騎馬戦。

 体育帽……ってか鉢巻を取りに来ると思っているんだろうが、甘い。


 織姫に手を出そうとしたことを後悔させるには、分からせるのには、それではヌルい。


(お前は、こうだ!!)


 俺はそして反り返った須藤の胸に狙いさだめ、相手の櫓に乗り出すように、更に一歩前のめりになると、強く突き飛ばした。


 体制を崩してぐらりと傾く、須藤の背ばかり高くてマッチ棒みたいな身体を見て、俺は勝利を確信する。


(ふははは、地獄に落ちてゆけぇ!! 敗北という名の地獄にな!!)


 しかし、直後、側頭部に激痛が走り——、気がつくと、俺は保健室のベッドの上にいた。


 上体を起こして、ふと外を見ると、空が赤い。

 すでにカラスが鳴いている。


 振り返ると、その視界の中には、お父さんとお母さんと、保健室のおばちゃん先生、それから——、なぜか麻倉がいる。


 麻倉はなぜか、罰が悪そうに俺を見ていた。


「あれ。なにこれ」


 言うが早いか、側頭部に鋭い痛みが走って、俺は手で触り、違和感に気づいた。指が触れたのは髪じゃない……何かが巻かれている。


「なに……これ」

「はぁ。お前ね、加減ってものを考えなさいよ、少しは。小五にもなって」


 両親は揃って腰に手を当て、呆れ果てたようにため息をつきながら言う。


「……は?」

「お前、勢いつけすぎて、落ちたんだよ。覚えてない?」

「え……今何時?」

「もう四時過ぎ」

「はぁっ?! じゃあ、リレーは? ……運動会は?」

「とっくに終わったよ。リレーは代理の子が出た。一応頭だから、しばらくここで安静にさせてもらってたの」

「……なにそれ」

「何それはこっちよ。もう。せっかく選手に選ばれたのに、これじゃ台無しじゃない」

「……なんだよ、それ」


 拳が何か殴りつけるものを探して震え出すのと同時に、一瞬、視界が歪んだ。


 けど、その端に麻倉の姿が見えて、俺は怒りで紛らわすことでどうにかそれを堪える。


「気持ち悪くない?」

「大丈夫……です」


 両親の心無いダメ出しを押し退けてきて、保健室のおばちゃん先生が診察する傍ら、俺は二人を見上げて今度は恐る恐る訊いてみる。


「ねぇ……織姫は?」

「え? ……もうとっくに帰ってるでしょ?」

「だって、麻倉はいるじゃん」

「…………」


 おばちゃん先生は診察を終えると、両親に一応頭のことだから後日かならず病院に連れていき、検査させるようにとしつこく促した。


 その後、もう遅いので、麻倉も一緒に、両親の車で送って行くことになった。


 麻倉の家は、俺ん家とは反対の方面で、めちゃくちゃ周り道をすることになり、帰宅には実質三倍くらいの時間を要した。


 その途中——、


「つかさ、なんでお前がいんの?」


 車の中で俺が不機嫌なままつれなく言うと、お母さんが叱った。


「なんてこというの! 麻倉さんは倒れたお前をずっと看ててくれたのよ?」

「は? お前が? ……頼んでねー。いや、マジで頼んでねぇ」

「まずはお礼しなさい!!」

「ありがとうございましたー……」


 俺は釈然としないまま、わざとらしく横にだらっと頭を下げて感謝を告げると、それ以上はもう何も言わなかった。


 麻倉も小さく何か返事みたいなものをするだけで、他には何も言わなかった。


「ごめんねー、麻倉さん。コイツ、照れてるだけだから……」

(絶対、違う……)


 どうせなら織姫がいてくれれば良かったのに、なんでよりにもよってこんな奴と帰らなきゃいけないのか。


(なんで麻倉がいるのに、お前は帰っちゃうんだよ。くそ)


 俺は窓から、黒く染まりゆく朱色の空を眺めて、居ても立っても居られなかった。


 考えうる限り、最悪の運動会になった。

 そして、今度は織姫が少し変になった。




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