2. 『幼馴染と成長期』
小五にもなると、男女はもう男と女だと言っていいだろう。
殊、俺のクラス……いや、学年、は分からないけど……では特にその傾向が顕著で、男子も女子も、早くも芽生え出した互いの好きという気持ちを意識しあって、牽制するかのように不自然に距離を置いたり、体育の着替えも別々になり、あるいは仕入れたばかりのエロ知識に豊富なやつがクラスに一人はいるもので、その方面に賢しくもなっていく。
早熟な奴はそうしてデートをし、自慢げに(しかし、こっそりと)武勇伝を語って聞かせたり、かと思えば、少しの間もなく好きじゃなくなったとか、そんな話をそこここで聞くようになる。
(映画見にいった? カラオケ行った? そんなん、昔から普通に織姫としてたけど……あ、でも親はいたけど、大体ずっと飽きもせずぐだぐだぐだぐだ話ばっかしてるし……だから、まぁ、結局は大体二人で遊んでるみたいなもんだったけど……)
「……ん?」
クラスメイトが嬉々として語るそんな武勇伝の退屈凌ぎに考えながら、隣の織姫を見ていると、ふとその目がこっちを向いて、改めてそのまつ毛のつるんとした艶と長さに気付かされると同時、俺はまたしても全身にピカ○ュウの十万ボルトでも流されたみたいに硬直してしまう。
「な、なんでもないけど!?」
「ええー?! はしょりすぎて分かんないよー」
「は、はしょってないって」
「はしょりまくってるって。今も軽く二、三言ははしょってる。プッ○神父かディ○ボロの攻撃受けてる感覚だよもう」
でも、不自然に距離を置いてしまうという点では、俺や織姫も例外ではなかった。
始業式のあれ以来、俺は、一ヶ月……いや何なら一週間前には全然気にしていなかったことが、なぜかやたらと気になり出して、織姫の顔をうまく直視できなくなっていた。
他にも、朝の挨拶のタイミング、帰り際に声をかけるとき、名前を呼ぶ時。以前は、何の気兼ねもなく出来ていたことが、色々考えることが増えて、織姫と相対する度に、そうして全身が針金になったように硬くなってしまう。
それと関係あるかは分からないけど、そうして俺は服とかもお母さん任せではなく自分で選ぶようになり、嫌いな食べ物にもあえて挑戦するようになった。
いや、分かっている。
これは、クラス中が突然今年から息を合わせて一斉に開催し始めた水疱瘡みたいなもので、ということは、俺はつまり、それって——。
俺も男女の違いが分かる年齢になったということだ。
織姫は女の子だ。
だから、「タッチー」とか言って休み時間に突然始まるおにごっこでも気軽にあちこち触ってはいけないし、頭だって自分の手のやり場に困った時に置くところではないということが、やっと感覚として分かってきた、ということなのだ。
一部には、早くも○○ニーを実しやかに語り出す奴もいるくらいだ。うん、変じゃない。健全だ。
そんな風に変になってしまうことが、変だと思って、その変化が少しばかりむず痒いだけなのだ。
「最近さ、水瀬、可愛くね。正直! 正直言って!」
「分かる! めっちゃ良い匂いするし。皆に優しいっていうか」
「俺さ、この間……」
葛西と飯島。
この二人は早々に皮を剥き切って、かつ開き直った側の人間で、いつもの三人でいるときも、二人はそんなことばかり話して、スマブラやサッカーの話をめっきりしなくなったので、俺はなんかちょっと浮いていた。
その時もただ、気にはしつつも、ぼけーっと口を開けて空の雲を眺めていた。
「…………」
「白上、家近いんだろ。ねぇ、なんかないの?」
「は? なんかって?」
「しかも、仲良いだろ。エロい話、聞かせろよ」
「はぁ? 織姫のエロい話とか……」
エロ。
小五の男子にとって、突然降って湧いてきたような背徳感のあるその単語に、俺はしかし、素直に記憶をたぐって、お空に思い浮かべてしまう。
ほわほわほわ。
……しかし、あんまないな。
バレンタインの時は、あげる人いないけどお菓子作ってみたいからって家に呼ばれて一緒に作ったり、年明けは毎年初詣行ってるけど、着物姿だし、別にエロくはない気がする。クリスマスもそうだ。お互いサンタの格好でプレゼント交換して毎年同じようにどっちかの家でケーキ食べるだけだったし、強いて言うならハロウィンのコスプレ……か? ……あ! 浴衣は良かったけど、去年行った海水浴でも、まだまだ棒っキレみたいで、俺はまるで気にしていなかった。
この間、三秒程度。
今年はするんだろうか……?
それはちょっと見てみたい……つまり、それがエロ……ということなのか。てか、なんでそれでいきなり意識し出してんだ、俺、アホらしい。
変じゃねーから。全然。
はしょろうとしたり、隠そうとするほうが……だから変なんじゃん。
俺は一人思い至って納得していると、隣で飯島が訳知り顔で言った。
「ダメダメ、葛西。コイツ、成長遅れてっから、そういうの全然ないの」
「はぁ?!」
「あー……おかわいそうに。ま、幼馴染ってそういうもん? ね、俺、隙あらば水瀬とっちゃっていい?」
「知らねーよ。好きにしろよ。てかさ、そんなのより、スマブラの話しない? 俺さ……」
「今はスマブラより水瀬!」
「なんでだよ! じゃあ、ゴールデンアイは?!」
「ゴールデンアイより水瀬!!」
「白上くんよ。我々は日々成長しているのだよ。ゲームはもう卒業じゃ。エロのが楽しい」
「ええー……」
「あ、結斗!」
ふと対面の坂道から、しゃーっという軽快な音と共に自転車に乗った織姫が降りてくる。
葛西と飯島の二人は水瀬さん! とか、さん付けで言って、とたんに他人行儀になり出してもうダメだった。
織姫はそのまま滑り降りてきて、俺の傍に停車した。
そのカゴには小さなカバンが入っていて、それが学校用ではなく、習い事の書道用のものであることを俺は知っていた。
「おー、織姫。あー、今日そうだっけ?」
「うん。これから行くとこ。三人はこれから家で遊ぶの?」
「おう、俺ん家でスマブラ」
「いいなぁ。ね、私も終わったら行っていい? 自転車だし、高速でやって高速で帰ってくるよ」
「おう、来いよ。何ならコイツらも喜ぶだろ」
俺は先ほどの仕返しとばかりに二人に悪どく笑って見せる。
織姫はいつものようにちょっと困ったような表情で、
「えーなにそれ……。あ、そしたら……高橋さんも一緒だから、もしよかったら、連れてくよー? ふふ」
織姫も二人に意味深な目配せをして、悪どく笑うと、すぐにハンドルを握り直して続けた。
「じゃ、私行かなきゃ」
「うん。大変だなぁ、お前も」
「そんなことないよ。……あ、ねぇ」
「ん?」
「なんか、戻った?」
「え……あー」
やっぱり織姫も気にしていたらしい。
でも、アホらしいことに気付くと、今は平気だった。
「うん、なんかな。わりぃな。成長期なんだ」
「ふふ、なにそれ。でもその方がいい。ずっと変だったから」
「へ、変じゃねーけど?!」
「変だよ、まさに今……」
でもやっぱり直接突かれるとドギマギして、俺はやり過ごすみたいに、自転車を押し出した。
「いいから、もう行けよ。ほら。遅刻するだろ」
「なに、いきなり怒ってるの?」
「ほーらー」
「はいはい」
そうやって手を振って、自転車の後ろを見送ると、俺はすぐに二人にリンチされた。
「なんだよ、てめえ、やっぱめっちゃ仲良いじゃん」
「しかも名前! 聞いた? 飯島、名前で呼んでんだよ、コイツら!! うわ、俺も呼ばれてえ!! 葛西さん、抱いて……とか言われてぇ!!」
「はぁ……? 幼馴染だし、こんなもんだろー? 家も近いし、幼馴染なんだから——」
俺は二人に首を絞められながら思う。そうだ。幼馴染なんだから。
変じゃない、普通なんだ。
全ての不具合を正常にもどす良い言葉だ。
「——そう、幼馴染なんだから!!」
「自慢か、ゴルァ!!」
「俺は変じゃねーーーーー!!」
そうしてその日は結局、いつものように遊んだ。
途中参戦した織姫は、一度家に寄ったのだろう、高橋と、おまけにアルタイルという、アラスカンマラミュートのもふもふの大型犬を連れていきなり現れ、俺の部屋は一気に賑やかになる。
それで、買ってきたお菓子を食べながら、皆でゲームして、アルタイルが作る黄色い床の染みをレモンジュースと称して茶化したり、葛西と飯島の挙動不審な話でそこそこ盛り上がったり。
帰りは夜の帳が下りたころ。
俺は適当に四人と一匹についていって、帰りは二人と一匹で歩いて帰ってきて、今度は途中にある織姫の家の前で別れる。
変化は確かにあったけど、それはまだ微々たるもので、いきなりどうこうというものじゃない。俺はまだこれでいいのだ、と思った。
いつか全身の隅々までこの変に染まりきって、自分が変になったことも、それを気にしていたことも、まるで気にならなくなるまでは。
しかし、俺がそう思っていられたのも、その年の秋までだった。




