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『そして世界が終わるまで 〜繰り返される恋の、その先へ〜』  作者: 白雛
過去編

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1. 『運命とニュース』


『過去編・あらすじ』


一番好きだったはずの人を、

どうして人は、忘れてしまうのだろう。


俳優として日々を消費する男。

変わらない世界に、諦めにも似た理解を抱きながら生きていた。


そんなある日、

テレビに映し出された一つのニュース。


それは、かつての——幼馴染の死だった。


忘れていたはずの記憶が、

胸の奥から静かに蘇る。


あの頃、確かにあったはずの、

名前もつけられない感情と、その始まり。


これは、失われた“その一瞬”を辿る物語。






 一番好きなのはあの人だったはずなのに、

 どうして私たちはそれを忘れてしまうんだろう——。

 そして違う誰かといるんだろう。


 ◯


 その日も家に着いたのは日を跨いでからだった。


 疲れ果てていた。


 セリフを覚えてこない大御所俳優の二世タレントがNGを出しまくって、夜間の撮影が長引いたせいである。


 いくらカメラの前では仲良さげに振る舞っていても、劇団上がりの俺からすると、どうもあの手の浮ついた気分や魂の抜けた芝居は許せなかった。殊更、最近は実写に厳しい世界になっているというのに、未だに学芸会のレベルを抜け出せてないやつもざらにいる。いやはや。


 そうした諸々を、親ガチャなんて言われるようになって久しいけど、昔の言葉で言えばそれはつまるところ、持つ者、持たざる者の意で、あるとかないとか議論するまでもなく、昔からよく言われている要素の一つの、その現代的な言い換えに過ぎないだろう。


 そもそもそれが資本主義というものだ。富を集中させて、役割を分担する。

 利用する者と、される者とで。


 それは親の貧富で決まり、自分がどんな環境に生まれ落ちるかは神のみぞ知る。


 いっそ清々しいほど無慈悲な反面、誠実な、昔ながらの弱肉強食という摂理を、今風に金という神様によって徹底されたカースト制度。


 そうして考えてみると、逃れられない運命というものは確かに存在するように思えてならない。


 さながら、そう、人はそうして産まれながらに自分に定められた役柄を演じているのだ。


 その役を受け入れられるか、られないか、の違いなのだ。


 俺はどちらか?

 その二世タレントはどちらか?

 

 それはどっちでもいい。


 俺が思うのは、それ自体を否定したり、認められないで、あれやこれやと難癖をつけたりはするくせに、それがとどのつまり、融通の効かない世界だ、という方向には、なぜ考えがいかないんだろう、ということだった。


 つまりはそこに、大人のやましさがある。

 人はそうやって数々のつまらない敷居を取っ払い、ガスや電気を用いて科学医学を発展させ、生活を豊かに変えてきたのに、なぜか快適になったはずのその生活を、生き方を、自縄自縛する。


 その世界の仕組みの改善は、なぜ誰も、しようとしないんだろう。

 なぜ抗おうとしないんだろう。


 それとも、人類種というものの本質が、そうした依存関係やある種の隷属(れいぞく)を好むということなのかもしれない。


 しかし、演じるのが好きじゃないなら、親がそうだからって人形みたいに従うんじゃなく、自分で別の道を歩き始めればいい。


 バイト先の最低賃金なんかとっとと捨てて、早々に一念発起して自分の力を試すべきだ。そうしてから見えてくることもある。


 一方で、そうした選択権が各々に与えられていることも確かな事実のように思える。


 自分が嫌なら、はっきり嫌と言って、自分の意思を貫けばいいじゃないか。自分の力で、環境を変えていく力が、人間にはあるはずなのだ。

 最悪、それで死んだとして、やりたいことに注ぎ込めたのだ。本望じゃないか?


『まるで子供みたいだね』


 そう言って俺をフった女の言葉を思い出した。


 自分だけが特別じゃない。

 誰も物語の主人公やヒロインにはなれないんだと。

 

 ちくりという筆舌にはあまりに重すぎる、無情の痛みが、俺の胸の奥をそうしてかき乱した。


 そうだ。


 俺は知っている。


 それでも、終ぞ覆すことができなかったから、人はそれら、自分一人の力ではどうにもならない流れや枠組みを、運命と呼んで諦めたのだ。


 そんな痛みさえ、今の俺は日々の慰めとしている。

 俺も十分、感情の冷え切った大人じゃないか。

 まだ、なりきれていないだろうか。

 演じきれていないだろうか。


 その日もそうして軽く憂鬱になり、アルコールに浸っていた時だった。


 俺は見るともなく流していたテレビに目を向け——、

 ふと、釘付けになった。


 初めは別人であることを疑った。


 次に本人である証拠を探した。


 名前やほくろの位置や、住所や、その他諸々。


 気付けば手にリモコンを握りしめて、音量を最大までは上げずとも、かなり大きめにして、アナウンサーの読み上げる声に、ひたすら耳を傾けている。


〈本日未明、○○県○○市近海で女性の遺体が発見された件で、県警は付近で拾得した持ち物などから……〉


〈遺体は死後、数日のもの〉


〈交際していた八歳年上の自称画家の男性を事情聴取し、他殺、自殺の両面から捜査を……〉


 酔いはすっかり覚めていた。


 俺はそのニュースが終わると、力無く後ろのソファに腰を下ろし、たばこに火をつけようとして、手が震えていることに気がついた。


 結局、火がうまくつけられなくて、たばこはへし折って吸い殻に投げ捨てた。

 そして額から頭頂部へ、ワックスでべとべとの髪をかきあげながら、膝の間を見下ろした。


 本人だ。


 紛れもない、その確信があった。


 だってそれは……いやそんな証拠など数えるまでもなく、見間違えるわけがないのだ。


 だって、そのニュースに映っていた女性は——、


 俺の。


 ◯


 水瀬(みなせ) 織姫(しき)は、幼稚園に入る前から知っている、俺の幼馴染だった。


 家が近所で通学路も同じ。

 母親同士も仲が良く、恋愛漫画とかでありがちな——もう古い例えかもしれない。砂場や園内でじゃれて、結婚の約束はしないまでも——物心ついた頃にはもう気の置けない間柄であったといっていい。


 お互い兄弟もいなかったから、小さかった頃の俺たちはそんな関係を互いに求めていたのかもしれない。


 それまでにも、何だかんだと出来事はあった気がするけど、俺の目線でそれが少し、けれど明確に、変化したと思えるのは、小学五年の時。


 うちの学校では二年ごとにクラス替えがあって、一年〜二年は同じクラスだったのだけど、三年〜四年では別々のクラスになって、小五からまた同じクラスに編成された時だった。


 二年間、別に離れ離れになっていたわけでもないし、運動会やその他のイベントの時や、あるいは休み時間でも、移動教室でも、廊下ですれ違ったり、たまにばったり鉢合わせて話しこんだり、時間が合えば一緒に帰ったり、たまに早起きすると一緒に登校したり、それくらいのことはあったのだけど、改めて同じクラスになった時、同じ教室で、その声が聞こえて、なぜか心臓が跳ね上がるような想いをしたのをよく覚えている。


 そうして、その人を見た時、


 ——なぜだろう。


 二年間ずっと遊び呆けて、友達と駄弁って、子供のままだった俺に比べたら、そんな自分が恥ずかしくなるくらい、その成長した姿はずっと、ずっと遠く、大人びて見えたのだ。


白上(しらかみ) 結斗(ゆいと)くん」

「は、はい?!」


 そうして声をかけられることさえ、雷が落ちたような衝撃で、俺は珍しく緊張してしまう。


 織姫はそんな俺の顔を、驚いたようにまじまじと見つめると、急に吹き出して続ける。


「なにそれ。どうしたの?」

「え、あ、いや……あはは。なんだろうか……」


 俺もわざとらしく笑ってみせるが、やっぱりどうにもぎこちない。

 織姫は少し困ったように眉をひそめて、


「せっかくまた、同じクラスになれたっていうのに」

「あー……な? うん、そうだな」

「変なの」

「あ、あー……うん。……だな?」

「元気してた? ……なんて、おかしいか。ずっと会ってはいたんだし」

「うん……おかしいんじゃねー?」

「ひど。結構、楽しみにしてたのに」

「え……」


 織姫はクスクス無邪気な顔で笑いながら、爪先で立ってちょっと背伸びすると、長く、白くて、か細い指を几帳面に揃えて、俺の額にそっとかざした。


「背、伸びたよね。なんか、もしかしたら違う人なんじゃないか、とか思って、実は話しかけるの、ちょっと怖かった」

「なんでだよ。別に……そう、隣のクラスにいただけなのに。気にすることなんかないだろ、別に」

「ほんと、なんでだろね」


 長く伸ばした髪も、そこから漂うリンスの匂いも、少しだけハスキーになって落ち着いた声色も、ほんのり朱に染まった頬も、忙しなく動く艶めいた唇も、その全部が小五の俺の神経を強く揺さぶって、もう、どうしようもなかった。


 きっと、それが始まりだった。

 誰にでもある、初めての恋の、

 その始まりだった。




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