18. 『ファイナルデスティネーション』
けれども、事態はなにも好転しない。
本格的な受験シーズンに入ったことも手伝って、むしろ日に日に学年全体の陰鬱さは増していき、前述の男子の妄言のように、それは私自身にまで飛び火することすら頻繁にあるようになった。
そもそも私がビッチであるという噂だって残ったままである。それが尾ヒレ背ビレとついて、柴田、猿彦、犬飼とヤラせまくったあげくに被害者ぶっているだとか、有る事無い事を実しやかに語られたのだ。
もちろん近しい友人らには全てを話し、理解を得て、それでもってクラス内での空気は取り繕われたかに思われた矢先のある朝のこと。
私が教室に入ると、黒板がやけに汚い。それにやたらとクラスメイトの視線が張り付くようで、私は間もなく気付いた。
どうせ誰かが黒板にあられもない落書きをしていたのだろう。それで親切な誰かが、私が来る前に消したのだ。
後で聞くところによると、まぁ、想像通りのことが書かれていたという。
更に事態が加速度的な発展を見せたのは二学期が始まって、およそ一ヶ月経った頃、やはりその日もクラスメイトの目線が痛くて、何かあったな? と嫌な予感がしているや、答え合わせのように、朝のホームルームで教師に呼び出された。
指導室で担任の禿頭が見せたのは、SNSの投稿である。
私の盗撮写真を使って、パパ活をしているかのような文句で、投稿されていた。
私ではない。という私の証言には、どうやら価値も意味もなかったらしく、私は停学処分を受けて、一週間自宅で謹慎させられた。
母はあれやこれやと問い詰め、あげく泣き出し、佐久間のおじさまはこの機とばかりに訳のわからん説教を宣った。
謹慎中は、晴子や柴田に、更にみほちや芽衣子、楓といった面々も遊びに来てくれて、板書のコピーを持ってきてくれたりもして、幸いだった——、
が、日に日に、夏以来のフラストレーションも溜まっていた。
謹慎明け。私は早速、坂東を問い詰める。
「絶対、来ると思った」
坂東はその言葉の通りに落ち着いていた。
「でも、私じゃないし。——言っとくけど、華くんでもないからね」
「それは分かんないでしょ」
私は冷酷に言う。
「誰かに飼い慣らせるような奴じゃないし」
「本人に聞いてみれば?」
「次に聞くつもりだけど……あんま期待はできないなー」
「まぁね。あの人、他人に興味がないから」
猿彦はこの件に関して、まるで無関心であった。それどころか、転校してきた頃のよそ行き用の明るいそぶりを完全にやめて、素直に冷酷な人格に徹している。
私が尋ねたときもそんな様相で、つまらなさそうに言った。
「俺はもう何もしてない」
「蓋然性とかは?」
「それももう解いてる。俺、運命に興味をなくしたんだ。どうでもいいんだよ。何もかも、もう」
「そこまで言うか」
あからさまなほど不貞腐れた態度に私はどこか笑えた。猿彦はしかし、ふと鋭く私を見て続ける。
「つまり、因果が巡ってきたってことだろ。千歳、気をつけなよ」
「それ前も言ってたね。どういうことなの? 具体的に言え」
「言ってもビビらせるだけで、どうにもならないよ。運命ってそういうもんだ」
「いいから」
猿彦は不満げに嘆息すると、文庫本を閉じて、改めて私に向かい合った。
「つまり、俺の見た夢では、俺たちの前世は皆、そうして死んできたってことだよ。それも、自ら、それを選んだ。今世もそうなるようにできてる」
「でも、もう私は——」
「現に今、君は、うすうすと感じてきているんじゃないのか。せっかく勝之と上手くいっても、自分といることで彼にまで悪評が及ぶ。だから、別れたほうがいい——、なんて考えてさ、また嫌気が差してきてる。生きることに。人間であることに」
「…………」
「俺が示したのは、それをこちらから受け入れる道だ。でも君は拒んだ。なら、向こうから迫ってきててもおかしくないだろ」
私は、固唾を飲む。
まるで修学旅行のジェット機を乗り過ごし、運良く事故から逃れたあまり、その後運命的な死に追いかけられる、あのスリラー映画のようだ。
「逃れられないの?」
「言えるのは、気をつけろってことだけだよ。言動、諸々、全部。言ってしまえば体質なんだ。死に引き込まれやすい体質。例えば、そうすることで、強いメッセージを放ちたいとか……常人なら、自分の死は避けて当然ってところを、俺たちは、死して尚って気持ちがある。だが千歳——、君は、生きるんだろ?」
気付くと、それはもう無感情でつまらなさそうとか、そういう抑揚のないものではなくなっている。
猿彦はいつぞやの好奇心に満ちたくりくりの目で、私を試すように見ていた。
「生きるよ。生きることで、前世の私に応えたい」
「なら、しがみつくんだ。恥をかいても、どんなにみっともなく思えようとも。俺には、できないけど……」
「できるよ」
私は猿彦のその感情の揺れ動きを見逃さない。
その手を掴んで、もっと揺さぶるように言った。
「猿彦だってできるよ。絶対。だって、私よりずっと頭いいじゃん。こんなアホな私でも、ハムスター可愛いって活路を見出せたんだから」
「千歳……」
「だから、諦めないでよ。だから、きっとこの記憶は今もまだ続いてるんでしょ? 真実は分からないけど、死の運命があるなら変えろって、なんとかして、私たちにそう呼びかけているんだよ。私はそう思う。そう信じてる」
猿彦の表情の変化は微々たるもので、筆舌に尽くし難いものがある——、
けれど、その時だった。
私は初めて、前世とかそういう陰のない、猿彦の本当の青年らしい笑顔を見た気がした。
それで以て、猿彦は舌打ちした。
「勝之が羨ましくなるよ。いつだって、俺みたいなのは、ああいう天然のバカには負けるんだ。相性が悪い」
「猿彦にだってちゃんといるじゃん」
「なんのこと?」
「坂東さん。……二人、ずっと前から出来てんでしょ」
猿彦はどこか憑き物の落ちたような顔で私を見たのち、朗らかに笑った。
「あれはペットみたいなもんだよ。俺にとっては。扱いやすい下僕の一人っていうか」
「うおお、言い切りやがった。この男、怖い!」
「でも確かに——、そろそろまた飴をやってもいいかもしれないね。それはそれで、今度また冷たくしてやる時の顔が楽しみだし」
当然のように言って退ける猿彦に、私は少し引いて、背筋が寒くなる。愛の形は人それぞれとは言うものの、あー普通の素晴らしきかな。
そんなこんなで、謹慎後の自主事情聴取は終わった。
犬飼くんはその頃、もう、学校に姿を見せなくなっていた。
◯
犬飼くんの不登校は、また私に矛先が向いた。
何をどう考えても原因はお前らの陰口の方だろ——、
とは思いつつも、外野とかモブとか、そういうその他大勢の諸君にそんな理屈は通用しない。
面白いもので、こうなるとそれまでの意見がまるで逆転して、その実しやかに囁かれるエピソードはビッチな私に純情無垢なオタクが恋をして、振り回されて、あげく酷い振られ方をして、鬱になった——、
というものに変容を見せて、更にいざそう言われ始めると、それが元から真実だったかのように連中は囁き出した。
全ては、ビッチでインランで浅ましく、股の緩い私のせいだとして。
十一月上旬。
受験の腹いせは止まず、最初は私に理解を示していたクラスメイトでさえ、もう半信半疑といったところで、中には堂々と陰口を叩く奴も現れ出す。
その時も、授業中にも関わらず、教師のチョーク音に混じって、誰かの囁き、ひそひそと笑う声が耳に入ってくる。
時計の音がやけに大きく聞こえる。
珍しく外は雨が降っている。
薄暗い教室で、そんな時間が続く。
幻聴か? 私もいよいよ陰口を叩かれすぎて、頭がおかしくなって、遂に統合失調症の一部を発症してしまったのか?
判断がつかない。
気になり出すと、雑踏の中にいるようにざわざわざわざわと周囲の音が沸き立って聞こえた。
佐久間のおじさまの、時と場所を弁えない言動のようだ。
ざわざわ、ざわざわ、と耳元に張り付いて止まない。
どこにいる?
てめぇは、どこにいる?
「——ばら、松原!!」
教師の我鳴る声が聞こえて、とっさに私は前の方を見上げた。集中しすぎていたのか、まったく聞こえていなかった。
「おい、まだ始まったばかりとは言え、一年なんてすぐだぞ。もっとしっかりしろ」
クラスの誰かが笑った。釣られて、他の数名も笑う。
何がおかしいんだ?
この教室を挟んで、ずっと向こう、一組の教室ではそうして追い込まれた不登校児の余ってるように使われていない机がぽつねんと置かれて、誰もがその事実を知っていながら、当たり前のように変わりのない毎日を送っている。
そっちのがよっぽどおかしくね?
一人の同級生が、仲間が、友人になり得べき輩が、そうしてふさぎ込み、思い詰めた結果——、
あの丘の上から飛んでしまうかもしれない。
それでなぜ——、
なぜ、コイツらはまだ、笑ってられるんだ?
「うるせぇな……」
「あ? なんだ、松原……」
「うるっせぇってんだよ!!」
私は立ち上がったまま、机を蹴り飛ばしていた。
瞬間的に、猿彦の目線に気づいた。
分かってる——、でも、でも。
(ごめん。やっぱ無理)
私は目を逸らして回答に変えると、猿彦が推移を見守るように目を閉じたのが分かった。
「やめだ。どいつもこいつも取るに足らねえ石ころのくせに、ぴーちくぱーちく喚きやがって、そんなにてめえらは偉いのか」
教室がざわめく。
教師が私を指して、威圧した。
「な——なにを言ってるんだ、松原。教師に向かって、いきなり——」
「誰なんだよ、てめぇは。どこのどいつで、誰なんだよ!! てめぇはよ!! 聞いたようなこと、知ってるみたいに言いやがって!! 私が良いって言ってることを飽きもせず騒ぎ立てて、外部から偉そうなこと好き勝手言って、てめぇらの都合の良いように解釈して、結局全部てめぇの妄想じゃねえか!! 私からすると、そんなモブのクソどもが一番こええよ!! それで犬飼くんが自殺とかしたら、どうすんだよ……!! 立ち直れなくて、二度と部屋から出て来れなくなったらどうすんだよっ!! 誰が責任飛んだよっ!! なんでっ!! そんな相手なら傷付けてもいいみたいになってんの!! お前らじゃん、いじめの首謀者は!! お前らこそが名前のない怪物だろ? 理解してねーの? どこかの誰かを自殺させてる、その自覚ある? いじめ良くないとか、綺麗事言ってる、そこのお前!! お前みたいな外部のどっかの誰かの、自覚のないクソみたいな悪意が、そうやっていっつも、いっつも!! どこかの誰かを追い詰めて、殺してんだよ!! お前らは立件されてないだけの殺人者で予備軍どころじゃない、マジモンのサイコパスだ!! 十代の私たちを自殺させてるのは、お前だ!!」
室内は静まりかえっていた。
皆、呆気に取られている。
その中央前方の席で、私は肩で息をしていた。
「千歳……」
晴子や柴田が、そう言うのが聞こえた。
でも、ごめん。
私はもう止まれない。
はっきりとわかった。
これがあの日始まった因果だった。
あの日、一年前の初夏。選挙ポスター用の掲示板の前で、始まった因果の帰結——、
それら全てが、私の死による結末を指し示しているように思えてならない。
「人を侮辱するってことがどういうことになるか——、分からせてやる。言っておくぞ!! 私が自殺したのは、お前らのせいだ!! お前らひとりひとりが、私を殺したんだからなっ!! 表に出てきて、記者団を前に、きちんと謝れよっ!!」
そして、私は駆け出した。
その後の数秒間は、まるでフレーム毎にカットされた一枚一枚のコマを追うように克明に、かつスローモーションに見えた。
今回、それは頭の中の議事堂も同様で、議員らは「あっ」と開けた口に手を当てた体勢をして、しばらくその場に釘付けになるばかりであった。
その零秒の隙間に目まぐるしく思考が回転して、今もこうして浮かべ続けている。
そもそも私は集団が嫌いだった。
集団を形成し、一人一人の弱さを補う。そうして私たちは社会を形成し、その類稀な潜在能力を発揮して、環境を自分たちに合わせて作り変え、今日の発展を遂げてきた。
しかし、それは正解だったのだろうか。
私たちにとって、人間にとって、本当に良いことなのか?
自然に生きる動物が羨ましくなるのは、この違和感に原因があるような気がする。
人だって動物だ。
自由に野をかけ、風を浴び、そして土くれた地面に寝っ転がって生きることを本当はどこかで望んでいるのではないか?
ただ出来上がってしまった社会を継続させるために生きて、そう願いながらも、そんな日々に埋没してできず、あるいはそれを、ゲームやアニメという創作世界の中で夢を見て、自分を誤魔化しているのではないか。
昔はそれが、科学技術の進歩であり、社会の形成だったのだろう。
夢が逆転したのだ。
昔は今のような社会を望んだが、今はまるで昔のような社会を望むようではないか。
だからこそ、人は社会に嫌気が差し、もうやめたくなる。やめて、野原を駆け回るファンタジーの世界に憧れる。それはかつて現実にあった世界である。
しかし、類人猿の特徴として、集団で個の力不足を補い、自らの生存確率を高めるという習性がある以上、私のようなものの方が、基本的には間違っているのだろう。
けれど、私は思う。
元は一人一人の弱さを補うという名目だったものが、今は間違いなく、集団のためにあれという、逆に集団であることを強要するような隷属社会になっていること。
殊に学校という社会の縮図では、若さ故に容赦のない同調圧力が敷かれ、皆、余儀なくされていることだろうと思う。何かが間違っている。間違っていると気づきながら、尚も慣習や右に倣え、空気を読んで無思考に付き従う者ども——、悪いのは、あなただ。
右足、左足、順々に持ち上げて、落として、その度リノリウムの床を踏み締め、強く蹴り上げた。
私は机を避けながら、教室の前方に滑り出して、教卓まで来ると左に曲がった。
眼前に猿彦がいた。
彼は曰くありげに私を見つめながら、しかし、すでに窓は開け放たれていた。
ありがとう。
そう言いたかった。
その棧に足をつき、窓の外に飛び出して、終わりにしたかったが、この学校にはまだベランダがある。
私は更に室外機の上に乗り、手すりに足をかけた。
「千歳——っ!!」
その声に振り向く。
追って、窓に足をかけた柴田であった——、
しかし、もう遅い。
私はいつの間にか出ていた大粒の涙を払うこともなく言った。言えたか、知れないけれど、私の意識下では、言ったつもりだった。
「だから嫌だったのに——。こんな女、好きになるなんて、ホント、バカだよ、アンタ」
足が滑り落ちた。
地面に引っ張られる重力を改めて強く感じて、私は手すりの外に落ちていた。
「…………」
目を瞑っていた。
しかし、まだ、死は訪れていない。
私ははっと目を開けて、辺りを見回す。
気付けば、限界まで頭の上に引き伸ばされた腕がきりきりと痛んでいた。
まだ生きている。
ぶらぶらと足がぶら下がっている。
私の腕が——、
見上げると、柴田に掴まれている。
「柴田!」
「馬鹿野郎っ!!」
柴田はベランダの手すりに身を乗り出して、私の腕を掴んだ体勢のまま、叫んだ。
「千歳……お前なっ……それで、お前が死んでどうすんだよ——!!」
唖然とした。柴田が続ける。
「俺、お前が死んだら、一生悔やむからな!! お前が死んだら一生立ち直らないからな!!」
私の顔に水が滴り落ちた。
柴田の目元からこぼれた涙だ。
「ジジイになって死ぬまでそうやって一人寂しく生きて死んでやるからな!!」
「柴田……っ」
柴田が一言言うたび、私の目元にも込み上げた。
「なんで死ぬんだよ!! 生きてくれよ!! 俺だって、お前がいなきゃ生きらんねえんだよ!! 誰も!! 一人じゃ生きらんねえんだよっ!! だから、俺たちは——、」
——誰かを好きになるんだっ!!
ふいに、猿彦の言が脳裏に蘇る。
私は、柴田の腕を掴んだ。
『なら、しがみつくんだ』
私はしがみついた。
『恥をかいても、どんなにみっともなく思えようとも。俺にはできないけど』
気がつけば、周りにも人が集まってきていて、それが柴田の身体ごと、私を引っ張り上げようとしていた。柴田の腕に更なる力がこもり、少しずつ、引き上げられていく——、
しかし、雨が降っている。
一際強く風が吹いて、身体が揺れた。
柴田の突き出た上体が、手すりに滑り、
「絶対、はなさねぇ……」
「しば——」
私が口を開いた瞬間、しかし上向きのベクトルが突然、全て消えた。
柴田の身体が、眼前に迫ってきて、改めて身体全体に酷く強い重力を感じた。
落ちた。
死んだ——、
やっちまった。
その一瞬で考えたことは、思ってみれば、そんなあっけないことである。
南無三——!!
私は絶叫しながら、今度こそ目を閉じた。
しかし、その時、地面の方で何かが動くのを感じた。
校舎沿いに等間隔に置かれた花壇や、そこここの草木が戦慄き、信じられないことに一挙に数百年——いや数千年の時が経ったかのような生長を見せると、白い花弁を舞いあげながら、あたかも私たち二人を包み込むようにして、ふんわりとその身体を受け止めていた。
エレベーターが階下に降りるように、茎が手折れて、草の塊が地面に到着する。
しばし、二人して茫然とした。
何が起きたのか、まるで分からない。
私たちは気づけば、全身に雨を浴びて、びしょびしょになった身体を互いに抱きしめあったまま、顔を見合わせていた。
生きていた。
傷一つなかった。
「千歳……」
「……ん?」
「これ、SNSにあげていい?」
「……バズると思ってる? 逆だろ」
私はけれど、笑った。
「嘘松認定喰らうだけだよ」
ややあって、事態を聞きつけてきた衆人と、その中に猿彦と坂東の姿を見て、柴田は再度ブチ切れ、瞬間的にまた胸ぐらを掴み上げていた。
「てめ、なんで開けてた?!」
けれど、猿彦はまたしても、いつもの死んだ表情のまま、悪びれもなく言う。
「だって、あのまま行ってたら、窓に激突して千歳、怪我してたじゃん」
「は——?」
「だったら、開けてやって、その後勝之に助けてもらった方が効率的だろ? 実際、二人とも、怪我一つないみたいだし」
猿彦は口元を曲げて、禍々しく微笑むと終いにもう一言続けた。
「これぞ、弱者に合わせるだけの紛い物じゃない、本当の信頼が試されるチームプレーってやつだよ。違うかい?」
◯
その後、しばらくして猿彦が告白したところによると、その時、もし本当に私、もしくは柴田含めて死んだら、その遺体回収に向かう人混みに紛れて、自分も坂東と心中する賭けに出たとのことだった。
そしてよく分からん草木の超常現象が起きて、私たちは見事、生還を果たした。それを見たら、自分もなんとなくもうしばらく生きてみようか、と前向きに考えることにしたらしい。
突然校舎脇に出来上がった草木のオブジェはしばらく話題となり、怪奇として地元の新聞にも載った。SNSで実際の写真と共に取り沙汰されたものだが、不思議なほどすぐに皆忘れて、当該の生徒たちは受験戦争に明け暮れていった。
ちなみにその草の種類は、白詰草。
多年草でどこにでも生えている、いわゆる四葉のクローバーの葉っぱである。
花言葉は、約束。
それがどうして突然生長を見せて、私たちを助けたのかは分からずじまいだが、命が助かっただけ良かったとして、私もその辺に転がる石ころと同じように受験勉強に明け暮れる日々を過ごした。
そして、その日以来不思議と——、
死にたいと強烈に思うことは、今度こそなくなったのだった。




