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『そして世界が終わるまで 〜繰り返される恋の、その先へ〜』  作者: 白雛
現代編

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17. 『乙女の秘め事』




 夏休みの間に起きたことは、この稿の趣旨に反するので私は涙を呑んであえて黙秘する。


 成就した恋ほど語るに値しないものはない。


 これを言ってみたかったからであった。


 掻い摘んで説明すると、私と柴田はあの花火大会のあと程なくして付き合い始め、晴子の大会、海にプールに映画に祭りと、高二の夏という最後の休息を味わい尽くしたのだった。


 ◯


 夏休み明け早々、その違和感に気づいたのは、珍しくみほち、芽衣子、楓の三人衆が話しかけてきたことがきっかけであった。


 皆さんご存知の通り、私は空気というものを読む力にあまりにも長けていない。その鈍感振りはカピバラすら空いた口が塞がらず茫然自失、その場に棒立ちになって、我を忘れるほどである。

 それで、誰かに面と向かって言われなければ、ずっと気付かないままだったろう。


 みほちは例によってお子様然とした態度で、登校間もなく私を見つけると抱きついてきて言った。


「ちーちゃんちーちゃん!! あゝ、ちーちゃん!!」

「お、おおう? どしたどした、みほちよ」

「元気そうでよかった!! すんごく……すんごく心配したんだよう」


 私は男子ならばいざ知らず、そもそもこの手の女子同士の馴れ合いに慣れていない。ノリ自体は嫌いじゃないが、どこかぎこちなくなってしまう。


「ふぁー……えー、ど、どういうこと? 全然、身に覚えがないんですが……」

「え? 花火大会の日に、ちーちゃんが犬飼くんに襲われたって!!」

「は?」


 私は今度こそ、しっかりと目を見開いた。みほちは尚も続ける。


「本当なの?! ずっと粘着されてて、刺される寸前だったって……ううん、それよりも……」

「待て待て、みほち。千歳が面食らってるぞ」


 取り留めなく口から出まかせに喋くるみほちの肩を叩いて芽衣子が抑えると、その横で楓がうらぶれた団地妻もかくやと思われるような冷艶清美(れいえんせいび)妖艶(ようえん)美艶(びえん)、気だるげな色っぽさを遺憾無く発揮して言った。


「クラスのメッセージで届いてさ。ウチら騒然としてたんだよ。警察も来たとかなんとか……でも千歳は、あんまりそういうのやらないから、真実が分からなくて——」


 私自身はそうでも晴子や柴田は違う。


 そういえば——と思い返すところ、何回か噂になっているという話をした記憶はある——、

 あるのだが、三人ともその話題が挙がるたび、否定はしてたし、そもそも内輪で盛り上がってるだけのことで、そこまで大事のように扱われているとは微塵も考えていなかったのだ。


 私は段々と事態が呑み込めてくるにつれ、顔を青ざめさせて言う。


「あーうん……めんどくさいし、雑音にしか思えなくて。てか、それ、クラスのってことは——」

「うん。もう皆、知ってるよ。夏休み始まったばっかだったし、最近似たような物騒な事件も多いしさ」

「…………」


 私は気持ちを紛らわすためか、無意識にみほちの背を撫でながら、しかし言葉を失う。


 そんな私を伺うようにみほちが言った。


「本当なの……?」

「ぜーんぜん。嘘っぱちだよ、そんなの」


 私はみほちを抱きしめ、子供のように見下ろしながら言う。


「信じちゃダメ。私、ほら、全然元気でしょ? 確かに——、ええと、似たようなことがあったことはあったけど……それはもう解決してるし、警察沙汰にもなってないよ」

「そうなん? なら、ウチらはそっちの方がいいんだけど……」

「そうそう。大袈裟に言ってるだけだって。だから、お願い。三人ともさ、良かったら、それについて聞かれたら否定しといてくんないかな?」


 焼け石に水をかけるような、我ながら慎ましい対案だったとは思う。


 けど、その時既に抱いていた嫌な予感に対抗するのに、他にどんな策があっただろうか。


 事態はもうきっと、最初にその噂を流した人の手さえも離れて加速度的な飛躍を孕んで、浸透しきっていた。


 明くる日、私は廊下で犬飼くんとすれ違う。ここで仲良さげにすれば、印象が変わるかもしれない——そう思って声をかけようとした私を、犬飼くんはあっさりと無視して通り過ぎていった。


 加えて、間もなく、その場にいた男子の陰口も聞こえてしまった。いわく。


「よく登校できるよな。予備軍どころか犯罪者じゃん、あいつ」

「鼻のとこの黒子キメェー。やっぱ根暗って関わんない方が——」


 私はその男子が二の句を告げる前に、胸元のネクタイを引っ掴んでいた。

 男子だけあって背が高く、私は見上げる形になるが、関係なく殺気を込めて睨みつける。


「ま、松原——? な、なんだよ」

「それ以上言ったら、チ○コ潰す……生涯、童貞卒業も、自家発電もできなくさせてやる」


 けれども、所詮、腕が細くてか弱い女子の戯言とでも思ったのか、二人の男子は肩をすくめるや、鼻で笑った。


「別に悪いことしてねーじゃん。俺らは。俺らはレ○プなんてしねーし。な?」

「てか、あの陰だろ、それは。あーいう奴がいるから、俺ら男全体が勘違いされんだよな。マジ迷惑」


 視界が赤く色づき始める。私のおつむはそろそろ限界であって、それに乗じて震えた声が出た。


「てめぇ……」

「あ、てかさ、松原……」


 いけ好かない男子の一人が、これ以上ないというほど禍々しく笑う。まるでピエロの仮面の如く。目を線のように細めて言った。


「お前も、ヤラれちゃったってほんと? ね、どこまでヤラれたの? だから、アイツのこと庇ってんの?! え、マジで——」

「チェストー!」


 私がソイツの薄っぺらい顔面をはたくより一寸早く、突然どこからともなく、やる気のないそんな声が聞こえて、目の前の男子が吹っ飛んでいた。


 もう一人の男子が、リノリウムの床に這いつくばる男子を気遣って、私と同じく、私の隣にいる奴を見上げる。


 柴田の飛び蹴りだった。

 柴田はそうして掲げた足を太極拳のようにゆらりと床に下ろして、滑らせて回し、手を鎌のように挙げると「コフゥゥ、ホァチョー」とか呟いて、続けざま男子たちに言った。


「童・貞の諸君、流石だ。流石、普段使っていないから、足腰が大変か弱くていけない。そんな君たちがこの俺に敵う道理など初めからないのだよ」

「柴田! てめぇ、いきなり何すんだよ!」

「何も何も。ただちょっと、とんでもない誤解をしているようだからね、トレビアン、その誤解を解いてやりたくて……」

「はぁ?!」


 私の脳裏に嫌な予感が走った。


 頭の中の議事堂にて、一人の議員がまっすぐ、直立不動に背筋を伸ばして起立し、溌剌(はつらつ)とした発声で以て意見を述べた。


「奴はとんでもない乙女の睦言(むつごと)を実しやかに衆目に晒そうとしております。よって控えめに言っても極刑は免れない。今すぐに殺害すべきです」


 今度は、向かいの席で、反対派の議員が同じように挙手し、整然と意見を述べた。


「しかし、誠に遺憾ながら、奴にあえて言わせることで、犬飼くんとの誤解、並びに、根はあるけれども、平和のために頂けない噂を根底から覆すという手段も往々に考えられます」


 右派の議員が間もなく切り込んだ。段々と語気が強く、語調は荒くなっていく。


「しかし待ってほしい。乙女の秘め事と、一人の少年の後ろ暗くなってしまうであろう青春と、どちらが真に大切か!」

「そんなことを言っていては、事態は解決しない。しかも、あのクソチェリー共は、ご主人の初めてが犬飼くんに奪われたなどと、今のところ聞き捨てならない誤解をしていて、これからもしっぱなしだ!! それでいいのか!」

「乙女の秘め事は国家はおろか世界機密より重大事であるぞ!! 墓まで持っていけ!! 守り通せ!!」

「んなこと言ってから、てめぇんとこはいつも足が遅ぇんだよ!! ウジウジはやめるっつったくせに!! バカバカバーカ!!」

「んだと、てめ!! そう言って考えなしに、プラプラしてっから、このご主人、無駄に問題ばかり起こしてきたんだろ!! このダボが!!」

「ムムム……」


 中央の席で、議長が唸る。


 両陣営、意見は真っ向からぶつかりあい、程なくして拳での本格的武力衝突へと変じていた。


 埃が舞い上がり、両者の血煙あがる激戦の果て、中央の席で、肘をつき、硬く手を合わせて見守る議長が判決を下す。


「ムムム……乙女の秘め事は確かに大事である。しかしながら、ここに忌憚(きたん)なきはっきりとした事実を述べるなら、我らが主人は既に乙女ではない!! それは諸君らもよくご存知のことではないかね? 乙女ではないものの秘め事など、そうまでして守る価値なし。(しか)るに、我らはその事実を受け止めて、次のステージに進まねばなるまい。よって——殉じよう。しかし、後で必ず柴田は処す」


 議事堂は既に屍山血河(しざんけつが)の様相を(てい)して、議員らは虫の息であった。


 私は涙と殺意を呑んで、拳に固く握りしめ、堪えることにする。


 柴田は満面に得意げな笑みを浮かべると、尚も演技がかった口調で続けた。


「千歳を襲い、千歳の初めてを奪ったのはこの——」

「やっぱ無理!!」


 しかし、その寸前で、私は身体を半回転させ、柴田にラリアットをかましていた。


 足を軸に遠心力を込めた私の二の腕は柴田の鳩尾にジャストミートし、リバーを巻き込みながら、柴田を背面に薙ぎ倒した。


 柴田は力尽きたセミのように仰向けに転がり、男子二人は呆気に取られている。


「……は? え、えーと……」


 私は肩で息をしながら、二人を鬼気迫る表情で再度睨みつけて言う。


「と、とにかく。犬飼くんではないから。絶対にそれは違うから……似たようなこと言ってる奴がいたら、そこは訂正しておけ。分かった?」

「はい……かしこまりました」


 私は廊下の先を首の振りで指して言う。


「いけ」

「はい……」


 二人の男子は、青ざめた表情で縮こまると、廊下を逃げ去っていくのだった。




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