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『そして世界が終わるまで 〜繰り返される恋の、その先へ〜』  作者: 白雛
現代編

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16. 『花火大会の夜・後』




 心配されても面倒なので、川沿いから少し進んだところで、私は晴子にメッセージを送っておく。


 適当にお腹痛いから、ボディーガードに犬飼を連れて帰るわと送った。


 それから、駅前商店街を過ぎてほどなく、待ち合わせた配線のバス停が見えてきた頃、唐突に犬飼くんが言う。


「あ、あのさ、松原さん」

「ん?」

「ごめんね。俺なんかで」

「え?」

「いや、なんかこう。やっぱ華藤くんとか、勝之の方が良かったんじゃないかって」


 私は笑う。やっぱり犬飼くんは犬飼くんであった。どこか安心感さえあった。


「誘ったの私じゃん」

「そうだけど」

「もっと自信持ちなって。最近元気あったじゃん。あの感じでいいんだよ。もっとこう、なんていうか、堂々と、自分の意思をはっきりするとかさ」

「自分の意思……」

「そうそう。なんか気になることとか、自分の好きなこととか、そんなん貫いてればいいんだって」

「あ、じゃあ、あのさ、松原さん。俺、ずっと気になってて」

「ん? なに?」

「なんで松原さん、俺に優しくしてくれるの? それって、やっぱり——」


 私はかつて周囲の男どもがやっていた行動をまんまなぞっていた。ふとその場に足を止めると、犬飼くんの顔を一瞥し、また前を向く。


 なんかそういう一拍がほしくなった奴らの気持ちが今になって分かってくる。けど、私は奴らとは違う。


 私たちは再び歩きながら話した。


「いや、別に。えと、勘違いしないでほしいんだけど……犬飼くんのこと気になるとかでは、ないよ?」

「え」

「うん。それはごめん。ただなんか、犬飼くんって私の従兄弟のお兄ちゃんに似てるんだよ。従兄弟のお兄ちゃんもオタクっぽくてさ、引きこもってて」

「うん……」

「昔はさ、今やってるアニメとか流行ってる漫画とかゲームとか、色々、遊びに行くたびに勧めてきて、私、嫌いじゃなかったんだよね。つまりはめっちゃ遊んでくれてたってことだし」

「うんうん」

「でも、それが突然、二年くらい前かな。遊びに行ったら、部屋から出てこなくてさ。私の顔見ても、なんか別人みたいに避けて……めっちゃ寂しかったんだ。私、何もしてないのに。けど、もしかしたら、私が女で、それなりに成長しちゃったように見えたからなのかなーとか、考えて」

「うん」

「昔はよかったなーって」

「昔?」

「そう。だって、犬飼くんだって、昔からそうだったわけじゃないでしょ。周りも皆、きっと。クラス替えすんごく楽しくなかった? 知らない奴とかいるとさ、コイツ、どんな奴なんだろー? って、知らない奴と遊んで、こんな奴なんだーって知ってくの、すっごい楽しかった気がする」

「たしかに」

「でしょ? なのに、気付くとさ、グループとか出来てて、知らない奴は知らない奴のまま。何なら、もう近づかない空気みたいの出来てたりして、自分から関わりに来るやつなら、いいんだけど、犬飼くんとかはそうじゃないじゃん、たぶん。でも、結構気になったりはするんだよね。そんだけ」


 私はけらけら笑いながら続けた。


「だから別に優しくしたとか、そんなつもりないから。どんな奴なんだろー? って興味が湧いただけ。本気に……」

「そんな……でも、華藤くんは……」


 気付くと、待ち合わせのバス停のとこまで来ていた。犬飼くんは立ち止まって、私は振り返る。


「……あ? 猿彦が? なに?」

「松原さんはそんな感じだったかもしれないけど、俺は……俺は、本気なんです」


 キラッと、あるいはざわっと、好き勝手サボっていた議員たちが直ちに姿勢を正していた。


「俺、松原さんのこと好きです。松原さんが例えビッチだったとしても、好きです」

「あ……」

「俺に自信とか、そのきっかけをくれたのが松原さんで。でもまだ俺、全然自信なくて。自信さえつけられたら、俺——!!」


 その声が大きくなるに連れ、犬飼くんが近寄ってきて、私は慌てて手のひらを広げ、盾のように間に立てて、距離を保ちつつ言う。


「あーえっと、悪いんだけど……たぶん、それ、すりこみだよ」

「え」

「うーん。犬飼くんが本気ってのは分かったし、その気持ちは嬉しいんだけどさ? たぶん、犬飼くんって、あんま女の子の知り合いとかいないでしょ?」

「う、うん」

「で、選んだりしてきたわけでもないじゃん?」

「うん……」

「だから、たまたま優しくしてくれた私が……うーん、ほら、女だったから。それで好きだとか思っちゃってるだけで、きっと、それは違う、と思う。信じちゃダメな奴だと思う」

「…………」

「うん。私もごめん。なんか。でも、犬飼くん、結構男前って分かったし、今の感じでいけば、きっとこれからすぐに彼女とかできるよ」


 100%善意のつもりなのに、何だか、非常に悪いことを言っているような気がしてくるのは、なぜなのか。


 なぜ、こうなるのだ。


 犬飼くんはやはり分かりやすく項垂れていて、私は今更、戸惑う。


 流石、生粋の逆張り人間にして、産まれながらの厄介勢。行く先々で人々を傷付けていく。屋台を巡っていたときは明るい未来も見えてきていたのに、一気に死にたくなってきた……。


 なぜ、こうなるんだ? 私の神様。私が何をしたって言うんですか。


「……すぐっていつ?」


 犬飼くんが呟くように言う。あからさまなくらいに音程が低かった。


「分かんないけど……きっと、もうじき?」

「俺はずっと、まってて、やっと……やっと運気が巡ってきたとばかり……」

「——えっと……勘違いさせちゃったなら、本当にその……ごめん」


 時既に遅し——、

 だった。


 私は逆張り人間として、世の乙女らに伝えたい。男が目の前でこうなった時は、裏拳も取り繕った謝罪も体裁も諦めて、一目散に逃げるべし。


 いや、そもそもこうならないように普段から言動には気をつけて。本当に。


 こうなった時にはもう時既に遅しなのだから。

 次の瞬間、犬飼くんはまるで飢えた野生動物のように飛び掛かってきていた。私はアホみたいに昔、従兄弟のお兄ちゃんと遊んだゲームのゾンビみたーいとか考えて、現実逃避していた。


「ちょ! ちょちょ待って!!」

「自信さえつけられれば!! 自信さえつけられれば、俺、格好良くなるからさ!! だから一回だけ!! 一回だけでいいから!!」

「そんな……先っぽだけみたいに言われても!!」


 しかし、私はそんじょそこらの乙女とは違う。段々とイラついてきて、語調が荒くなる。


「ふざけ……いい加減にしないと、その黒子(ほくろ)の毛、引っこ抜くぞてめ」


 もはや犬飼くんはまさに喜び勇んで飼い主に襲い掛かる犬畜生のごとく、人語が通じなかった。


 私は朽ちたバス停の影に押し倒されている。犬飼くんはそれでも男であった。物凄い力で、私の華奢な腕を押さえつけ、荒い息をして、顔を近づけてくる。


 これは、ヤバいのでは。

 本当にヤバいのでは——、


 今更もう遅かった。

 身体が動かせない。

 逃げられない。


 そう思うと、身体が震え出した。


 恐怖が湧き上がってくる。

 そして声が出なくなる。


 所詮、私もそんじょそこらの乙女と何ら変わりないじゃん。力じゃどうしたって、男には敵わないのだ。


 それが悔しくて、あげく涙が出てきた。


 ふざけんな。


 私は冷静に、練習するみたいに、心の中でなけなしの罵声を振り絞り、今度は実際に声に出してみた——、

 

 けど私だって女の子なのだ——、

 それは、か弱き乙女の切実な悲鳴にしかならなかった。


「お願い、待って。私、まだ処女だから——!!」


 その声に一瞬、犬飼くんが怯んだような気がした。押し倒されてから初めて、私はそこでそのご尊顔を目の当たりにして、ぞっとした。


 興奮のためか、顔面が気持ちが悪くなるほど赤くなっている。さながら悪魔か鬼のように見えた。


 私は震えながら懇願する。


「だから、お願い。許して」

「あ——」


 犬飼くんが口を開いた瞬間、突然、空が開けた。


 私は地べたに仰向きになったまま、空を見上げている。


 空が見える。犬飼くんがいなくなったのだ。


 私は気付くと、慌てて上体を起こした——、

 が、急ぐあまりに地べたについた手を滑らせる。


 再び倒れるかと思いきや、その身体を何かやわらかいものが受け止めていた。とっさに良い匂いがする。

 

 気が動転していちいち判断が遅れるが、それは人だ。誰か来たのだ。

 見上げると、なにか、決壊したようにボロボロと涙が出てきた。


 晴子だった。


 私は晴子にしがみつくようにして、嗚咽を漏らした。


 晴子はあーよしよしと言いながら、私の背をさすり、優しく声をかける。


「良かったぁ。間に合って」

「うわああああん……晴子、晴子晴子ぉぉぉ……怖かった……怖かったよぉぉぉ……」


 私はゴリラのように泣きじゃくり鼻水までだらだら垂らしながら、ふと首を回して、ようやく事態を認識した。


 今まで倒れていたバス停の裏の、すぐ横で男が二人組み合っている。一人は地べたに伏せ、もう一人が上から押さえつけている。その背は見紛うはずもない、柴田の後ろ姿だった。


 柴田は犬飼くんを取り押さえながら言う。


「おいおい……マジか、安磁。マジ……おい、頼む……勘弁してくれよ……良いダチだと思ってたのに……」


 私のしゃっくりが段々と収まってくると、二人は事情を説明した。


 私がトイレに立ち、間もなく、妙な違和感を覚えて、二人ともすぐ探し始めたこと。で、メッセージが入って、嫌な予感がして、急足で自分たちも帰路についてくれたこと。


 柴田は犬飼くんを取り押さえ続けながら、言う。


「……で、どうするよ。これもう普通に警察?」


 けど、私は咄嗟に言い返していた。


「待って。そ、そこまでしなくていいよ」

「けどさ……」

「私も悪いんだ。晴子の言う通りだった。私、バカで軽率だった……本当に」

「はぁ……あーもう」


 けれどやっぱり、やりきれない——、

 というように柴田はため息をついて、犬飼くんを起こすと、けれど厳しめに言う。


「あのさ。次は、ねぇからな。俺、お前でも許さねえ。今日はもう帰れ。な?」


 犬飼くんは私の方をチラッと見ると、すぐに家の方角に歩き出し、やや進んだところで逃げるように走っていった。


 私はけれど、その目を合わせられなかった——、

 けど、それだけでは終わらなかったのだ。


 その日の勝負事は、むしろ、ここからだった。


 ◯


 犬飼くんの後ろ姿を見送り、三人で何を話すともなくバス停に座っていると、やがて花火大会帰りの人の群れがよく通るようになり、その中に猿彦と坂東の二人もいた。


「三人とも。こんなとこにいたんだ。もうどこ行ったかと——」


 猿彦が何事もないような口調で言った刹那、柴田がその胸ぐらを掴んでいた。とっさに私と晴子が立ち上がって、間に立ち入る——、

 が、柴田は離さない。


「やっと分かったよ。てめえの正体が」


 初めて見るような軽薄さに微笑んで、猿彦は返した。


「なんのこと?」

「安磁の奴な、俺に言ったことがあんだよ。最近、松原さんが俺に好意があるとかなんとか。で、俺が茶化すとな、猿彦、てめえから聞いたって。応援してくれてるって、言ったんだ」

「…………」


 私は耳を疑う。猿彦を見るも、目線を合わせない。合わせられる状況じゃないのもそうだが、それにしても、露骨であった。

 坂東が珍しく心配そうな顔で見ていた。


「勝之、君は遠坂さんの回し者だったのか?」


 猿彦が言い、晴子が即座に切り返した。


「そう、私が部活の間、一緒に帰るようにって。だってアンタ怪しすぎるし。千歳には悪いと思ったんだけど、夢の人とか、千歳が変になり始めた時期も重なるし、大体そんなの初めから眉唾もんでしょ」

「猿彦、てめえ、何なんだ? なにがしてぇんだよ。言ってみろ」

「……言っても分からないと思うよ」

「言えよ」


 柴田が胸ぐらを揺すると、猿彦は観念したように言う。


「彼女を愛してるんだ。だから、この世から解放したい。本当に、ただ、それだけだよ」

「はぁ?」

「ただ、その為には何事をも辞さないだけ。でなきゃ——、これが無限に続くだけだから」


 そう言いながら、初めて猿彦が私を見た。

 いつも私と話すときと何ら変わりない、むしろ、どこか寂しげな目つきで。


「猿彦……」

「意味わかんね。頭おかしいんじゃねぇの」

「普通はそう思うだろうね。でも——」

「——私には分かる」


 私は猿彦の言葉を引き継ぐように言った。


 まだ充血した目、涙に濡れた頬を拭いながら、柴田と猿彦の間に立って、その伸びた腕に触れる。


「柴田。ありがとう。いいよ、もう大丈夫だから」

「はぁ?」

「お願い。これは——、私がケリをつけなきゃならないんだ」


 私がそう言うと、柴田は渋々離し、私は改めて猿彦に向かい合う。


 私は深く深呼吸する。


 気持ちと頭を整理する。

 伝えられるだろうか。

 上手くできるだろうか。


 議員たちも固唾を呑んで見守っていた。


「猿彦。ねぇ、私、最近気付いたことがたくさんあるよ。貴方が教えてくれたこともたくさんある。とてもとても忙しくて、頭が追いつかないくらい。この世界には大人とか子供とか、そんなものは最初からいなくて、皆ね、夢を見てるんだって。人は飛べないから、鳥に憧れて、空を飛ぶ夢を見る。犬になって駆け回ったり、猫になって自由気ままに散歩したり、誰かに注目されたり、そんな有名な人と劇的な恋に落ちたり、自分には出来ないから、出来なかったから。誰もが物語の主人公やヒロインみたいにはなれなかったから。だから、叶わない夢を見る。私、前はそんな度し難い人間が嫌いだった。ううん、嫌いなんだと思ってた。けど違ったの。そのことに気付けたんだよ。それを可愛いと思えたんだよ。自分にはできないから、それを(ひずみ)でも、別の形でも、叶えようとして足掻(あが)く人間たちの営みが、初めて愛しく思えた。回し車を回すハムスターが可愛いと思えた、友達がちゃんとした考えを持った人に見えた。私だってさ、そうしてただ、足掻いてる、どこかの誰かの一人に過ぎないってことが、それが絶望なんかじゃなく、やっと自分で可愛いなって認めてあげられたの。あぁ、そうだったんだ。逆だった。初めからずっと。私は、人を愛してたんだ。好きで好きで、どうしょうもないくらい皆、大好きな人たちばかりだから、だから、それが嘘をついて、自分で自分を貶めて、そうやって傷つけあっていくのが見たくないだけだったんだって。私が一番、エゴイストだったんだ。一番、好きだったんだ。そう思うあまり……だから、許せなかったんだよ。……ねぇ、猿彦。あなた(・・・)はどうしたい?」

「君を——」

「それは前世のあなたの気持ちでしょ。私が気付いたことの一つなんだけど、()ここにいるあなた(・・・・・・・・)は、きっともう違うでしょ」


 猿彦の顔が初めて、まるで意図しないものに、解せない問いにぶちあたったかのように、(ゆが)んだ。


「長い夢を見たって言ってた。でも私は一瞬だったんだ。次の朝には忘れちゃうくらい。もしも——もしも、私たちにそれを見せた誰かがいるとしたら、二人いるとしたら、きっと違う考えを持ってるんだと思う。私のは警告かも、あなたのは……もしかしたら、支配したいとか思ったんじゃないかな」

「支配——だって?」

「そう。猿彦は思い出せる? 一年前の夢を見る前の自分を。私は思い出せるよ。あなたは?」

「俺——俺……? 俺は、何してた? どんな奴だったっけ……?」


 猿彦の顔はさながら崩れ去る氷山のように、驚愕に変わっていく。


「うそだ。なんでだ? 思い出せない……どういう」

「猿彦のそれは、運命の奴隷だよ。ねぇ、猿彦は本当に私が好きなの? それとも、もしかしたら、その夢で見たから、ただそれだけで、私を求め出したんじゃない?」

「運命の奴隷……? まさか……そんな……」

「ごめん。猿彦、私もう、あの丘には行かない。行けないんじゃなくて、行かない。退屈なことも惰性に思えることもあるけど、それを、可愛いって思えたから。私、あなたとは逝きません」


 猿彦はしばらく信じられないような顔で私を見つめていた。


「猿藤くん——」


 その後ろから、坂東が心配そうな顔で言った——、その瞬間だった。


「——華藤だっつったろ!! 菜々子っ!!」

「ひっ」


 突然、猿彦が怒鳴り上げた。坂東はひきつけをおこしたように身を震わせて、縮こまる。


「ご、ごめん。ごめんなさい、華藤くん」

「ちょ、ちょっと、猿彦」

「黙ってくれ。千歳」


 猿彦は片手で顔を半分覆い隠したまま、しばらく茫然自失として、しかし、去り際、


「でも、それなら、これで終わりだと思うなよ、千歳。きっとまだ、何かが必ず起こる——君は因果の報いを受けると思う」


 そういう思わせぶりなことを宣って、坂東と帰っていった。柴田が呆れたような声で言う。


「結局、どういうこと?」

「さぁ? 私も分かんない——、あ、ていうか、二人とも」


 私はふと花火大会に来ていたこと、その悪巧みを思い出していた。二人が同時に振り向いて、私を見る。


「ん?」

「いや、あー、なんていうか、晴子さ。はっきり言うけど、もう告っちゃえよ」

「は?」

「なんか色々あったし、その流れでいいじゃん。私だって、今日、その為にさー……」

「はぁ?」


 私の訳知り顔に、晴子が大袈裟にため息をついで言った。


「あのさ。千歳、アンタ、ちょっとなんか勘違いしてるよ」

「え、またまた。だって、ほら、いつか言ってたじゃん。好きな人、でもどうしても越えられない壁があってーって話。あれ、どうせ柴田のことなんでしょ? このアホが私のこと好きだから……」


 けど、言いながら、二人のきょとんとした顔に違和感を覚えて、私の声も頼りなげになった。


「……とかで遠慮してるとか、なんとか思ってたんだけど……え、違うの?」


 私が言うと、二人は顔を見合わせて笑った。

 私は面食らって、交互に二人の顔を見る。


「あのさーアンタって本当……——あぁ!! そっか! ぜんぶ腑に落ちた。だから千歳、アンタ!!」

「な、なに?」

「アンタ、ずっと私に遠慮してたわけ——?」

「は、はぁ? 私がそんなこと気にするわけないじゃん!!」

「嘘つけ。アホだ。生粋のアホがおるぞ、柴田」

「あー……うん。コイツがこんなにアホだとは、流石の俺も理解が及んでなかったわ。あのな、千歳。晴子の好きな人ってか、付き合ってんのはな……」


 なんともはや。

 直後、私は悲鳴のような声を上げる。


「コーチだよ。陸上部のOBで今は先生で……一年の時、このかんざしをくれた……」


 あの猫丸の墓参りの日だ。

 私と猿彦を印刷室から救助せしめた教師(三十二歳)こそ、晴子の越えがたいジェリコの壁の向こうにいる恋人であったのだった。




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