5-4
俺は今日この日、宇佐美茜の顔を初めて直視することになった。
あの入学式の日から早2ヶ月程が経過し、校内の誰もが彼女の存在に慣れつつあった今になって・・・俺は何で男共が狂喜乱舞していたのかようやく理解することになる。
振り返った先・・・そこにいたのは紛れもない正統派美少女だった。
黒く綺麗に染められた彼女の頭髪には、昨日までの金髪の面影は皆無。
以前は適度に着崩していた制服にもその名残は見当たらない。
短めの靴下をストッキングに履き替え、靴もローファーに変更。
上から下まで完全にイメチェンし、俺に向かって丁寧口調で挨拶してきた宇佐美の姿に・・・
(「かっ・・・可愛い」)
俺は不覚にも、ときめいてしまったのであった!
「どう・・・?似合ってる?」
恐る恐る尋ねてくる宇佐美・・・。
そんな彼女に対し、流石に何かひと言掛けてやらなければ・・・と思うものの、自らのポカンと開けた口が思うように閉まらず、まともな言葉を紡げない俺。
(「な、情けねぇ・・・」)
と思い、どうにか発声しようとするものの、その都度、口から出てくるのは吐息だけだった。
俺のそんな姿を見て、彼女は何を思ったのだろう・・・。
「フフッ。期待以上の反応ありがとう」
宇佐美はそう言って、依然として放心状態の俺の横に立ち、そして・・・何の気なしに腕を組んできたのだった!
「んなあっ!?」
「フフッ、どうしたんです、渡会君?」
「いや・・・どうしたのじゃねえよ!」
お前の積極的な行動に、こっちは一杯一杯なんだよ!
整理する時間をくれ!
「髪染めてきたかと思えば、服装やら言葉遣いやら、なんか色々変わってるし・・・そんでもっていきなり腕組んでこられたら、こっちは動揺するわ!」
「そっか・・・ちゃんと動揺してくれてるんだ」
しまった・・・言わなくて良いことを言ってしまった。
「正直・・・渡会君ってどんなタイプの女の子が好きなのか分からなかったから、取り敢えず昨日の会話の内容から、こんな感じじゃないかなと思ってやってみたんだけど・・・お気に召したようで良かったです!」
(「おい、チョット待て!俺は昨日、好みの女性のタイプなんて聞かれた覚えは無いぞ!」)
一体、先日の会話のどの部分から、その容姿に至ったのか気になり、尋ねようとする直前・・・
「ああ・・・なるほど」
1つだけ、唯一ヒントになりそうなことを話したのを思い出す・・・。
それは、母のことだ。
金髪が気に入らない理由伝えるべく、自らの過去を宇佐美に話した際、俺は母がブランド物の服装に拘りを持ち、日頃からジャラジャラとアクセサリーを着けていたことも伝えていた。
きっと宇佐美は、その会話から俺の母と対局のイメージになるよう、。
「・・・あっ、ごめんなさい」
そんなことを考えていた俺に、宇佐美からの突然の謝罪が飛んでくる。
「えっ?何、急に?」
「その・・・渡会君は、その頃のこと、あんまり思い出したくないんだろうなって。なのに私調子のっちゃって」
なるほど・・・宇佐美は自身の発言で俺が不快な思いをしたと思ったのか。
「別に・・・確かにあの頃は辛かったけど、もう何年も前のことだし、今更回想したからって、嫌な気持ちになるわけ・・・」
「嘘」
「ないだろ・・・って、えっ、嘘?」
俺は昨日に続き、2度目の「嘘」を頂戴する。
でも、今回は俺、別に嘘なんて・・・
「嘘です・・・。だって渡会君、今、すっごく眉間にしわ寄ってましたよ」
「嘘っ!?」
俺は自信の眉間をなでる。
無意識のうちにそうなっていたのだろうか?
「あんな顔しながら、何も無いわけ無いです・・・」
「そうか・・・」
「ごめんなさい・・・」
そう言って露骨に落ち込む宇佐美。
そんなに気に病まれると、逆にこちらが悪いことをした気になってしまう・・・。
何か励ましの言葉を掛けるべく、俺は言葉を紡いだ。
「でも・・・今日の宇佐美・・・凄く綺麗だ」
「・・・へっ?」
しまった!?
余りにも慣れてない状況で、一刻も早く何か言わないとと焦った結果、とんでもないことを口走ってしまった!
だが・・・俺が辱めを受けるに見合うだけの価値はあったようで・・・
「そ、そうですか!なら良かったです!」
と無事に気を持ち直したようだった。
俺達は依然として腕を組みながら(上手く関節を決められていて、外せないのだ)昇降口に向かう。
靴を履き替えるときは流石に腕を解いてくれたが、俺が上履きをロッカーに入れて、内履きを出し、そこに両足をツッコんでいる頃には、再び俺の腕は宇佐美の懐の中にあった。
「・・・積極的なんだな」
「そりゃそうですよ。恋愛は基本攻めあるのみですから」
「・・・やっぱり、お前は恋愛慣れしてるのか?」
俺がそう聞くと、宇佐美は急にムスッとした顔をする。
「私・・・そんなに軽い女に見えます?」
多分、ここは「いや、見えない」・・・と答えるのが正しい気の使い方なのだろう。
しかし、その一方で、宇佐美が本当に求めているのが『嘘』ではないことを知っている俺は、正直に返答することにした。
「うん、見える」
実際、俺は彼女が飛田らと休日に連れ立って出かけている所に遭遇しているのだ。
あんなことを不特定多数とやっているのであれば、彼女の倫理観は緩いと言わざるを得ない。
・・・もし彼女がそんな人間なのだとしたら、俺は例え何があろうと、彼女と男女の仲にならないだろう。
そこに『母』に重なる部分を見てしまうのであれば、『金髪』かどうかは、最早問題では無いのだ。
「そうだよね・・・。渡会君は飛田君達と遊んでたのを知ってるわけだし」
「仮に先日のアレを見てなくても、日頃の教室での人気っぷりだとか、お前の仕事の特殊さだとかを考慮したら、どうしたって『清く正しい』だけの女の子だけとは、正直思えない」
「それは偏見が過ぎるのでは・・・?」
「・・・で、どうなんだ?実際?」
・・・今の自分が実に気持ち悪い質問をしている自覚はある。
相手が自らに対し好感を抱いている・・・そんな気持ちにつけ込んで、女の子の恋愛遍歴を聞くなぞ、相思相愛のカップルでさえ躊躇われるような行為だろう。
しかし・・・たとえこの行いが、世間で軽蔑に値するような行いだったとしても、俺が『ただのクラスメイト』を『異性』として見る・・・その為には絶対に避けることの出来なかった。 果たして・・・宇佐美の返答は?
「安心してください。誰かと交際したコトなんてありませんよ」
その言葉を聞いた瞬間、自身の中に生まれた感情・・・それは安堵と興奮だった。
(「はぁ・・・本当に気持ち悪いな、俺」)
そう思うのは、その2つの気持ちがどちらも宇佐美茜という1人の『異性』に対して、既に『独占欲』を持っているという、何よりの証拠に他ならないからだ。
他の男に手を付けられていない・・・その事実を知ったことが、俺の中にこれらの感情を生み出したのである。
(「結局・・・俺も飛田や金田と同じだ」)
外見の好みは違えども、結局、1人の女の子に対する独占欲があるという点は変わりない。
(「いや・・・もしかしたら・・・というか、もしかしなくても、俺の方が遙かにタチが悪いな」)
あの2人は、そのやり方こそ決して褒められたものでは無かったが、少なくとも自らが好意を持っていることを自身の口からハッキリと伝え、行動を起こしていた。
それに引き換え、俺ときたら・・・
(「もし・・・俺がこんなどうしようも無いヤツだと知ったら、宇佐美は離れていくのだろうか?)」
そう思った瞬間、またしても生まれた新たな感情・・・『恐れ』。
そのどうしようも無い『弱さ』が、俺にまたしても碌でもない質問をさせる。
「俺は・・・お前の思ってるような『強い』男じゃ無いぞ。それでもいいのか?」
この問いの真意・・・それは『保険掛け』。
俺の『弱さ』が露呈し、彼女が幻滅したときに備えた、心の防波堤作り。
先に言質をとっておき、後のイメージダウンから自身の精神を守るための行為・・・。
俺は本当に・・・どうしようも無く『弱い』男だった。
「あら?それはつまり、そう受け取って良いと言うことですか?」
幸か不幸か・・・宇佐美は質問の意味を勘違いする。
「いや・・・別にお前と付き合うことをOKしたと言う意味じゃなく・・・」
「・・・?だったら、どういう?」
「・・・いや、何でも無い」
自身の中にある素直な気持ち。
それを吐露すれば、きっと彼女は受け入れてくれる。
しかし、肝心の俺の方には、宇佐美の1000分の1の度胸すら無い。
たった一言・・・『YES』のひと言を言うのに、俺は一体どれだけ時間を掛けなければいけないのだろう?
少なくとも、それは校門から自らの教室に辿り着くまでの僅かな時間では到底足りるものでは無く・・・
結局、それ以後は他愛ない会話をしながら何時もの導線を歩き、やがて辿り着いた1年1組の後ろの扉を、俺は塞がっていない左手で引いたのだった・・・。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
これからも、鋭意作成し続けたいと思いますので、応援の程、宜しくお願いいたします!




