3-2
「あのさ・・・」
望まぬ事態は向こうからやって来た。
ゴールデンウィークも終わり、週明けの月曜日。
4時限目までを終了し、自席で昼食を平らげた俺は、いつも通り、図書館へ足を向けようと、引き出しの中から自前の本を取り出す。
彼女・・・宇佐美が声をかけてきたのは、まさにそのタイミングだった。
(「・・・っ!ま、マジか!?」)
飛田との一件後、彼女と会話を交わしたのも早数週間前・・・。
それ以降、まともな接触はおろか、クラスメイトなのにも係わらず半径3メートル以内に近づいた覚えすらない(というより、俺が意識的に避けているのだが・・・)。
そんな彼女が、あろうことか俺の席まで自らの足でやって来て、俺との会話を所望してきただと・・・?
「う、宇佐美ちゃん・・・?」
この声の主は飛田だ・・・見なくても分かる。
その他のクラスメイトも、今や校内1の有名人である彼女が、日陰者であり、また曰く付きの同級生でもある俺に話しかける希有な場面に釘付けだ。
教室内全ての視線が今やこちらに注がれているのが、肌で理解できる。
正直・・・勘弁してほしかった。
「な、何?」
俺は正面・・・つまり真っ直ぐ前方を見て応える。
ちなみに、宇佐美は俺の右から話しかけているので、当然、彼女の姿は俺の視界に映らない。
見えるのは、俺の前席に座るクラスメイト・・・吉村のニキビだらけの顔だった。
(「いや・・・お前も何こっち見てんだ」)
自らの座席を180度回転させ、最前列でコトの成り行きを見届けようとする吉村。
しかし、また改めて校庭の方を向き直るのは、流石に角が立つ。
だからといって、宇佐美の存在を目に入れるという選択肢は、ハナから存在しない。
結局、俺はクラスメイトの脂ぎった顔を凝視しながら、クラスの人気者と会話することになった。
「・・・前々から聞きたかったんだけど、渡会君、私のこと嫌い?」
開口早々、爆弾を投下するのは止めてほしい。
対応次第では、俺が灰になってしまう。
「別にそんなことは無いけど、どうして?」
「・・・だって、今まで一度も話しかけてくれたこと無いよね?」
「それは、別に親しいわけでもないから・・・」
「でも、明らかに私のこと避けてるでしょ」
「ど、どうして?別にそんなことは・・・」
「嘘。私気付いてるんだから。渡会君、入学式の日からずっと、私のことを意識的に避けてるよね。私、何か悪いことした?」
今、まさにしてるんだよ!
・・・正直にそう言えたらどれだけ楽だろうか。
「・・・勘違いさせたなら謝るよ。ただ・・・女の子と会話することになれてなくて・・・それで・・・」
どう言い繕おうかと考えつつ、結局自身の口から出たのは、そんな台詞だった。
(「って、これだと俺・・・とんでもなく宇佐美のこと意識してることにならないか?」)
・・・まあ確かに意識はしている。
しているのだが、それは誓ってプラスの方向にではない。
しかも、対象を『女の子』にしてしまった結果、俺は『とてつもなくシャイな男』と自ら言ったも同然だ。
(「喧嘩っぱやくて、オマケに弱くて、しかも恥ずかしがり屋か・・・」)
俺の客観的プロフィールが、碌でもない肩書きで埋め尽くされていく。
普通への道が、また1歩遠ざかった気がした。
が、それを聞いた宇佐美の次の行動・・・。
その不用意な行為が、俺のメンタルに与えた影響は計り知れなかった。
「ふーん。なら・・・」
そう言った彼女の行動を、もしこの時点で予測できていれば、俺は再び校庭やその向こうに植えられている、今や青々とした葉が生い茂る桜並木の助けを借りていただろう・・・。
「・・・よっ!」
そのかけ声と共に、彼女は俺と吉村の間・・・即ち、俺の視界に突如として入ってきたのだった!
(「!!!!!!!!!!」)
・・・入学以降、始めて直視した彼女の顔。
それが殆ど瞬間的に、俺をゴミのように捨てた母の顔を重なる。
幼い頃の記憶のフラッシュバック。
母の裏切り。
金色に輝くトロフィ。
そして・・・かつての飛田の軽はずみな一言。
愛沢のくせに、父さんにも母さんにも愛されてない
ガアアアアアアアアアアンッ!!!!!!!!!!
俺の拳は宇佐美の直前に振り下ろされ、自らの机を叩く。
よりによってこんな時ですら、日頃の弛まぬ努力の成果は現れる・・・。
盛大な反響音が、周囲に響き渡る。
そして、それを面前で見聞きしていた者・・・即ち宇佐美は・・・。
「・・・・・・・・・え」
茫然自失とした表情でこちらを見ていた。
勿論、直接彼女に当たった訳では無い。
しかし、彼女の発言に対し暴力で応えたことは事実。
静まりかえった教室。
弁明必死な状況。
・・・だが、今の俺にそんな余裕は無かった。
「金輪際、俺に話しかけるな」
目に薄らと涙の膜を張った女に、男がかけた台詞としては、人類史上最低のものかもしれない。
が、これが俺の偽らざる本音。
溺れ藻掻いている『弱い』男の藁なのだった。
俺はそれだけ言うと、依然として凍り付いたクラス内をたった1人駆け足で進む。
最早一刻の猶予もない。
飛田の存在も、教室内のタブーもかなぐり捨て廊下に出ると、俺はなりふり構わず走り出す。
そして、運良く開いていたトイレの個室で、俺は先程腹に入れたばかりの昼食を吐き出したのだった。




