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さて、飛田との一件以降、俺の教室での立ち位置はなんというか・・・よりキナ臭いものになっていた。
以前から、休み時間には教室にはおらず、図書室の住人と化していたし、友人関係の構築に精を出した覚えも無い。
その為、ついこの間まで、俺は誰もが頭の中に持っているクラス内ヒエラルキーに記名すらされていないような影の薄い存在だったのだ。
しかし、最早それは過去のこと。
同級生の面前で、序列最高位の男・・・飛田と一悶着起こした挙げ句、『殴り合いの』喧嘩を起こせば、最早、周りから『ただの人畜無害な男』と思われるのには無理がある。
忘れているかも知れないので一応言っておくと、あの時、俺は一切手を出さなかった。
だから、『殴り合った』という見解は勿論事実に反する。
しかし、実際の現場を見ていた者達はともかく、それ以外のクラスメイト・・・そして他クラスの生徒達に広まった噂話に、尾ひれ背びれが付くのは当然のこと・・・。
結果、世間一般において俺は『何故か喧嘩を売り、盛大に負けた男』という非常に情けないレッテルを貼られてしまったのであった。
ガラガラガラ・・・
いつも通り、朝礼10分前に教室前方のドアから入室した俺。
既に登校していた者達の殆どは、登校してきた人物が俺だと認識した瞬間、サッと目をあらぬ方向に向ける。
(「そんなあからさまに態度に出さなくても・・・)」
・・・大方、飛田と一戦交えた(そして為す術無く負けた)俺と縁ある者だと思われたくないのだろう。
その気持ちは理解できなくもないが、「なら何故見るんだ?」と思ってしまう。
友人を待っているのかもしれないが、俺の席を確認し、そこが空席であれば、何時かはそこを俺が通るのは分かること・・・。
にもかかわらず、それが俺だと分かったときの彼等の目や首の動きは、さながら目と鼻の先にいる肉食獣にたった今気付いたトムソンガゼルの様だ。
(「おーい、そっちにはグラウンドしか無いぞー」)
・・・と、誰もいない校庭に急に視線を向けたクラスメイトに、心の中でツッコみを入れつつ、俺は自らの席に向かう。
「ははっ!でさでさ・・・そしたら、歩立と香田のやつがさ・・・」
本日も飛田は絶好調。
昨日仕入れたのであろう、脇役二人・・・歩立と香田が帰りのゲーセンでプライズをゲットし損なったところを、自身が1発で手に入れた・・・というオチも何も無い話を、宇佐美に語っている。
・・・曲がりなりにも暴力沙汰を犯したのだから、しばらくは慎みある生活を送ろうとか、ヤツは考えないのだろうか?
(「考えないんだろうな・・・」)
先日の一件以降、飛田が岩井の席を使うことは無くなった。
それはそれで良いことだ、間違いない。
・・・ただ飛田が、あけすけに好意を持っている宇佐美に対し、積極的に話しかける姿勢に変わりは無い。
すると、どうなるか・・・。
ガラガラガラ。
「あっ・・・」
以前のように、間違って後方のドアから入室したクラスメイト。
そこに立ち塞がるは、問題児・・・飛田。
「ああっ!?」
「・・・・・・・・・」
ガラガラガラ・・・ピシャ。
タッタッタッタッタ。
ガラガラガラ。
・・・擬音ばかりで申し訳ない。
今、何が起きたかというと・・・クラスメイトが入るドアを間違えたのだ。
・・・何を言っているか分からない?
なるほど・・・確かにおかしい。
仮に、とある間抜けな生徒が自分のクラスを間違えたというのなら、その行動にも納得がいく。
しかし、今、入ろうとした男子生徒は、紛う事なきクラスメイト。
この1年1組に自身の席を持つ同級生なのだ。
「なら、何も間違ってないじゃないか?」と思われるだろう・・・その通り。
しかし、『後ろの扉を使用すること』・・・それは、今やこのクラスにおいて最大のタブーなのだ。
何故か、それはそこが宇佐美の席の関係上、最早、飛田の定位置となっているからである。
最初の「ああっ?」は言わずもかな飛田の声。
宇佐美との夢の時間を扉の音に邪魔された彼の、殆どチンピラと相違ない威嚇である。
それを真っ向から受けたクラスメイトは、あからさまに気圧されて沈黙・・・。
そして、ゆっくりと扉を閉めた彼は、まさに教室1個分を余計に歩くと、今度は前方の扉から入室し直したのだ。
(「いや、もう開けたなら入れよ・・・」)
と、思わなくも無いが、ネコに見つかったネズミに、理性的な判断を求めるのは酷である・・・。
先述したが、クラス内にも俺と飛田の間に起こった一件に立ち会ってない人間はいる。
だが、多数は俺の殴られる瞬間をハッキリと見ており、また、当然そのあらましを正確に・・・正しく・・・伝えられた者達はいるわけだ。
そんなヤツらにとって、飛田は最早、畏怖の対象なのだ。
(「・・・俺は至って普通の高校に入学した筈なんだがなぁ・・・)」
自身の入室時に露骨に目をそらした、同じく窓際のクラスメイトを見習って、俺も校庭に目を向ける。
誰もいない・・・と思っていたグラウンドには、朝から陸上部とおぼしき生徒達がグラウンドの外枠に接地されているランニングゾーンを走っている。
また、奥の方では、サッカー部がゴール前でパスやシュートの練習をこなしていた。
「真面目な生徒はいるんだよなぁ・・・」
いや・・・きっと大半の生徒は真面目なのだ。
(「俺のあらぬ噂が一人歩きしているのも、もしかしたらその真面目さ故なのかも・・・」)
と思うと、なんだか妙に納得できる。
きっとこのクラスの人間以外の生徒達は、「無抵抗の人間をいきなり殴り飛ばす」などということが、まさか、自身の通っているこの学校内で起こったなどと思えないのだ。
まさに犯罪そのものの事案が生じた、しかも当事者は権力を盾に今も平然と通学している・・・なんて考えるよりかは、双方にそれなりに理があって喧嘩になった・・・と考える方が現実味がある。
(「事実は小説より奇なりとは・・・ホントによく言ったもんだよ」)
世間の人間に比べれば、悲劇の主役の様な人生を送ってきた俺だが、いい加減、真っ当な・・・普通の生活を送りたい。
祖父母と本とジムさえあれば、俺の人生に不足は無いのだ。
(「まぁ、ともあれ今後、俺が飛田にちょっかいをかけることさえしなければ、そんな生活は割と直ぐやってくるはずだ」)
人の噂も75日・・・。
きっと、夏の日差しが肌を焼く頃には、入学直後のちょっとしたいざこざなんて、皆忘れ去っているだろう。
(「それまでの辛抱と思えば・・・」)
と、この時の俺は、後から思えば極めて甘い見通しを立てていた。
『茶髪』の方にばかり気を取られ、本来最も警戒しなければならない相手に対するガードを緩めていたのだ。
油断大敵・・・。
試合はまだ終わっていなかった。
その『金髪』は、まだ諦めてはいなかったのだった。




