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・・・一応断っておくと、今の俺に彼女・・・宇佐美に対する悪意は無い。
彼女の座席周りが入学当初から騒がしいのも、ひとえに飛田達のせいであることは分かっている。
自己紹介の際に発揮した、クラスメイトに対する気遣い・・・あのようなことを率先して行えるような人間が、クラスの空気を自ら乱すような行いをする訳が無いのだ。
・・・理性でそれが分かっていて、それこそ入学当初の様に、声1つでストレスが溜まることも無くなった俺ではある。
しかし、やはり彼女の姿・・・というより頭部を視界に入れることだけは、どうしても憚られた。
「・・・何?」
前方の扉から出ようとしていた俺の現在地から、宇佐美の座席は視界に入ることはない。
俺は開けた扉の向こうに広がる廊下に視線を固定し、宇佐美の問いかけに応える。
「渡会君は、何で反撃しなかったの?」
「?」
自らの名前を呼ばれ、話しかけられるのはこれが初めてだ。
もしかしたら、自身の持つトラウマ故に、彼女の問いかけにすら過剰な反応を返してしまうかもと危惧していたが、精神は依然平穏を保っている。
(「とりあえず、会話は出来そうだな・・・」)
と安心した後、これは一体、どういう意味の問いかけだろうかと考える。
暗に「この根性無し!」と俺を責めているのだろうか?
男たる者・・・売られた喧嘩は買ってナンボだと思っていて、何も出来ずに殴られた俺を不愉快に感じたのだろうか?
「なんか、不快な思いをさせたのなら謝るよ、ゴメン」
「・・・違う。別にそんなことを思ってるわけじゃない」
「・・・なら、反撃しなかったっていうのは、どういう意味?」
「だって、渡会君・・・ホントは強いよね?」
「強い?」
「さっき、飛田に殴られる寸前に、なんかこう・・・構えたでしょ。あれって反撃しようとしてたんじゃないの?」
「・・・っ!」
驚いた。
おそらく宇佐美は飛田に殴られる寸前の自身のちょっとした所作から、俺に格闘技の心得があるのでは・・・と勘ぐっているのだ。
(「他者に知られたくないと思っていたから、所作も最低限にしていたつもりだったんだけどな・・・」)
あの時の俺は、祖父母の顔がフラッシュバックするまで、俺はあくまで素人の喧嘩でたまたま俺が勝ってしまった風を装おうとしていた。
その為、半身には構えつつも、それ以外は平然と突っ立っていたつもりだったのだが・・・。 どうやら宇佐美は、その僅かな動作から、俺がカウンターを狙っていたことに気付いたようだ。
(「つまり宇佐美は俺にこう問うているわけだ・・・「なんで反撃を止めたの?」と・・・」)
さて、どうしよう・・・。
俺は自らが格闘技を修めていることを他言する気が無かった。
能ある鷹は爪を隠す。
自身にとって切り札となるべきものも、衆目に晒せば警戒され、対策されてしまう。
それに、いくら強いと言われようが、それはあくまで同世代では・・・と言う話。
井の中の蛙であることを自覚しているからこそ、中途半端な力を周りに誇示して、不必要な争いを自ら招くようなことはしたくない。
だから・・・
「あぁ・・・素人なりにどうにか避けようとしたんだけど、上手くいかなかったよ。やっぱり見るのとするのとでは大違いだ」
俺はそう誤魔化すと、次に彼女から問いかけが飛んでくるより先に教室を後にした。
心持ち早く・・・しかし不審がらせない程度に丁寧な所作で扉を引き、廊下に出る。
のちのちになって、彼女から「何で無視したの?」など問われたときに、「ゴメン・・・聞こえなかった」と言い訳できるよう、隙間無く扉を閉めることも忘れなかった。
「とは言っても、宇佐美の俺に対する関心が長く続くとは思えないし、心配しすぎか?」
強さを求めてジムの門を潜り、肉体はそれなりに頑強になった。
しかし、それに精神が付いてきているとは思えない。
(「・・・少なくとも、こうして女の子の問いに嘘を吐き、逃げの一手を打った俺は決して強くなんか無い・・・」)
そんなことを考えながら保健室に向かう『弱い』俺であった・・・。




