1-11
決勝を棄権し、対戦者となるはずだった者からの罵倒を受けての帰り道。
行きは車で来た道中をのんびり歩いて帰る中・・・俺は件の相手のことを考えていた。
「まったく・・・冗談みたいな名前だよな。『金田・ゴルド・金治』って」
そう、信じられないだろうが・・・それがヤツの本名なのだ。
正に俺に嫌われんが為に生まれたような男・・・金田との出会いは、今から2年ほど前に参加した練習試合に遡る・・・。
巷にあるボクシングジムが集まり開催されたその催しに参加した俺は、当時まだ黒髪短髪で、名前も知らない金田のことを、ゴングが鳴った直後に右ストレート一発でたたき伏せた。 おそらく同級生であろう俺に、頭に装着されたヘッドギア越しの1撃でマットに沈んでしまった彼は、意識を取り戻し、自らの負けを知るやいなや・・・
「も、もう一回勝負しろっ!」
と、ほざいてきたのだった。
これはあくまで練習の一環であり、公式の試合とは違って、綿密に組まれたタイムスケジュールがあるわけでもない。
つまりこの時、双方の合意さえあれば再戦は叶ったはずなのだ。
しかし俺はと言えば・・・
「いや・・・結構です」
ときっぱり拒否。
結局その後、金田はリベンジの機会を逸してなるものかと、低い語彙力でどうにか俺を挑発しリングに上げようと奮起するも、俺にアイツと戦う意思が湧き出ることはなかった。
なぜなら・・・試合終了後にアイツの名前を知ってしまったからだ。
(「えっ・・・無理・・・」)
素直にそう思った俺はその後・・・今日に至るまで、ヤツとの勝負を回避し続けている。
今回に限っては、勝てば『金メダル』だとか『トロフィ』を貰うことになってしまう決勝戦には、そもそも参加する気が無かった。
・・・仮に彼との試合が予選の段階で組まれていたとしても、やはり俺は拒否するだろう。
名前の方は最悪無視も出来る・・・。
その程度には年を食った。
だが、今や黒かった髪色を金色に染め上げた金田の存在は、俺にとって1秒たりとも視界に納めたくない存在にまで昇華されていたのだった。
「別に良い・・・強くなれれば・・・」
優勝なんぞに何の興味も無い俺が、それでも時たま試合に顔を出すのは、真剣勝負でしか得られない経験を積みたいからである。
手加減無しに全力で向かってくる相手が欲しいが故の参加なのだ。
だから本来なら金田のようなヤツこそ、自身の求めている存在に他ならない。
「・・・改名して、髪色戻してくれればなぁ」
強い相手との試合を求めて、遠い場所まで出向くのにも係わらず、その強敵とは戦うことの出来ないジレンマに悶々とする毎日・・・。
「高校では・・・きっと・・・」
自身の強さをより一層高めてくれる強者との出会いに期待する俺は、まだ見ぬ強者との邂逅をより良いものにすべく、明日からの練習により一層気合いを入れることにしたのだった・・・。
幼い頃に自らに誓った『強くなりたい』という願望を叶えるべく、他者から見れば病的と言われるほどに愚直な努力を続ける日々は、酷く単調ではあったが、そんな日常に何一つ文句など無かった。
『誓い』の存在を抜きにしても、何かに一途に取り組み、その成果が目に見える形になって表れた時の喜びが、スマホやテレビをボケッと見ていたり、くだらない友人関係にうつつを抜かしていたりする時に得られるソレより劣っているなんて思わない。
自分を大切にしてくれる祖母と、柿の木の生える古い一軒家・・・勝さんと寂れたジム・・・それに加えて本屋の一件でも残ってさえいれば、それ以外に必要な物など何も無い。
自らに根付いたその価値観が変わることなど無く、そしてこの単純な人生がずっと続いていくものだと、この時の俺は思っていた。
だから、その幻想が、桜の花吹雪と共に自らの目の前に現れた1人の少女・・・『金色』の髪を持つ同級生によって、あっけなく崩れ去ることになるなんて、まったく考えていなかったのだった・・・。




