探る女
「あのさ、セセ、ちょっと良い?」
急に呼び止められ、セセは驚いたが、コーラルだったので安堵の顔色になった。
「は、はい、なんでしょう?」
セセはたいていマルと一緒にいるので、1人でいるところを捕まえるのは、なかなか難しい。当たり前と言えば当たり前だが、コーラルは急いでいちばん訊きたいことをたずねた。
「何でマルのこと好きなの?」
「マル様はセセと話してくれるからです」
「他の人は話さないの?」
「あとはピスリーニアくらいです」
「誰? ピスリーニアって」
「いちばん最初に光子体になった人です。だから、最初の光子体」
ふーん、とコーラルは何か考えているフリをした。そうやって、逆にセセを誘う。
「あ、でも」セセがぱたぱた手を振りながら話す「ここの人はみんなセセの話しを聴いてくれます。だから、楽しいです」
「え、そうなの?」
「はい」
「光子体って話しかけたりしないもんなのか?」
「話しはしてきますよ。でも勝手にしゃべってるだけで、セセの言うことは聴いてくれません」
「あ、そういうことか、なるほど…」
今度はさっきと違って真剣に考えている。
「あの…」セセはコーラルの顔色をうかがうように訊ねた「セセのこと、気になります?」
「そりゃまあね」コーラルはセセに訊く「リリオン、っているだろ?」
「マル様のお母様」
お母様かぁ、そりゃ、こんな可愛くてちっこいのが、お母様、とか言ってきたら、リリオンも夢中になるな。コーラルは、そんなことを考えながら、セセに自分のことを説明する。
「オレが赤ん坊の頃、リリオンが育ててくれたんだ。だから母親みたいなもんで、だからマルとオレは義理の姉弟みたいなモンなんだよ」
「え? じゃあ、マル様のお姉様?」セセは素っ頓狂な声を上げて、急に謝りだした「知らなかったとは言え、たいへん御無礼申し上げました。ごめんなさい、ごめんなさい。セセとも仲良くしてください」
ーーそりゃ、仲良くはするけどさ
なんで、こんな可愛いのかなあ、くやしいなあ。
「なあ、セセのことどう思う?」
コーラルは学校の屋上で仰向けに寝そべっているベッコウに訊ねた。ベッコウは全天監視中で、絶賛警戒中なわけだが、はたかた見たら、目を開けて昼寝してるようにしか見えない。
「どう、って、良い子じゃん」ベッコウは寝たまま答えた「マルも大喜びだしさ、良いと思うよ、ワタシは」
「でもさ、セセって、ここにいる女とキャラ違うくね?」
「キャラ?」ベッコウにはよく飲み込めない「何の話し?」
「ヒスパニオラにはおっかない女しかいないし」コーラルはベッコウの隣に腰掛けた「あの魔女が来たときもさ、恐いことは恐いけど、別にココ居ても違和感はなかったんだよ。世界の終わりが来たとは思ったけどさ。でも、セセは、そういうんじゃなくて、なんか、ちっこくて、かわいいし…、そういうの卑怯じゃん」
「ぜんっぜん、意味わからないんだけどぉ?」
「おっぱい大きいのと、ちっこくてかわいいのって、どっちがモテるんだろう?」
「知るかっ」
何怒ってるんだ、コイツ? 自分が原因なのがわからないらしいコーラルは、ベッコウが怒り狂うさまを他人事のように見つめていた。
「コーラルがおかしいんですよ、先生」
ベッコウは保健室に駆け込むなり、コマチ先生に訴えた。
「はいはい、そうだね。コーラルはおかしいね」
コマチ先生も、いちいち反応していると自分の心身がすり減るので、最近は応対もずさんだ。
「コーラル、セセがかわいい、って言うんですよ」
「はいはい、セセはかわいいね」
「かわいいのと、おっぱい大きいの、どっちがモテるか、って」
「先生、おっぱい、それなりの大きさだけどモテたことなかったね。かわいかったときもないから、わからない」
「先生、モテたことないんですか?」
「ないよ」
「ワタシもないんですけど。こういうこと訊かれたら、なんと答えれば良いんですか?」
「なんて答えたの?」
「んなもん、知るかっ、て」
「じゃあ、それで良いんじゃない? 知らんけど」
コーラルは、ここまできてようやく落ち着いたらしい。質問が変わった。
「セセ、って、どう思います?」
「骨格が金属なのと筋密度が高いから比重がかなり高い。あとアイボリーが欲張っていろいろ詰め込んだからあの体躯からは想像できないほど重い。パワーが不釣り合いにあるから、問題にはならないかな? 不具合があればすぐ直せる範囲だと思うよ」
「そうじゃなくて性格です」
「性格も、誕生経緯が酷いわりには、悪くはないんじゃないかな。ああいう造り方されると、性格悪くなること多いしね。セセはよく頑張ってると思うよ」
「性格は良いと思います。チャオと似たようなとこあるな」
「では、良いのでは?」
「確かに」
時間が空いたので、ベッコウは新しいアニメの話しをした。コマチ先生はまだ見たことないと言うので、板を貸してあげることにした。コンビニできたので便利になったな、とベッコウは思った。
「何でダーリンが好きかって? おもしろいこと訊くじゃない、コーラルちゃん」
轍もと先生は、立ち上がって右手を上げ、左手を下げ、不思議なポーズをとった。
「運命よ。運命なのよ」
セセのことを訊いても無駄だな、と悟ったコーラルはまだ何か言いたげな轍さんを残して、どうもありがとう、と言うとその場を去った。
「えー、何でお父さんが好きかって? そうねぇ」
意外とユータのお母さんは乗り気だ。リリオンからは、お父さんの愚痴が多いと聴いていたので、わからないもんだな、とコーラルは感心した。
「やっぱり、可愛いからかな」
ーーかわいいほうがいいのか、やっぱり
「あと、ほっとくと、消えちゃいそうなトコ」
「それは好きなトコじゃなくて心配なトコじゃ…」
「そうかな? 同じでしょ」
ユータのお父さんが消えてなくなるなんて、想像したこともなかったが、不思議なことを考える人もいるもんだな、とコーラルは驚いた。
シノノメはパントリーで西京味噌の壺に海老を仕込んでいる。
海老は大鍋で、ざっと煮たもので、殻が赤い。
コーラルは意外とシノノメの力が強いのを知っている。でなければ、大ぶりの海老と茹で汁のたっぷり入った大鍋を難なく持ち運べるわけがない。
だれもかれも役に立たないので、シノノメに訊くハメになってしまった。
これだけは避けたかったのになぁ。
コーラルはパントリーの入り口に隠れてシノノメの様子をうかがっている。
本人はタイミングを見計らっているつもりだが、本音を言うと勇気がでない。
「何か? ご用ですか?」シノノメが壺から顔を上げてコーラルに問うた。
結局、こうなる。
コーラルは諦めて入り口から顔をのぞかせた。
「ゴーダチーズを漬けたのもありますよ」続けてシノノメが声を掛ける「最近、牛乳をたくさん飲んでるみたいだし、良いのでは?」
ここで味噌漬けチーズなんかに関わったら決心が揺らぐ、コーラルは一息で勝負を賭けた。
「シノノメはどうしてユータが好きなんだ?」
「好きじゃないですよ」
「え?」
「べつに嫌いではないですけどね」
「好きじゃないの?」
「はい」
シノノメは味噌壺をかき回した右掌をコーラルの前に突き出す。
「これはシノノメの右手です」
西京味噌が手のひらについたままの手だ。
それからシノノメは傍らのキッチンに行って手を洗う。
「良い右手ですし、役に立ちます。シノノメの右手です」シノノメは洗った手をタオルで拭いた「シノノメの右手は生まれたときから、ずっとシノノメの右手です。便利ですが、好きか、と問われると、嫌いではないですけど、好きというほどでもない」
「ユータも同じ?」
問われてシノノメは肯いた。
「ユータは、生まれたときからずっとシノノメといますし、シノノメのモノです。好きかと問われても、まあ、よくわかりません。シノノメのですから、誰にもあげたりしません。それだけです」




