4. 知らない家の夜
祝宴を終えて屋敷へ戻った頃には、既に日が落ちていた。セドリックはアルドを居間へ案内した。十分な広さのある居間の左右にはそれぞれの私室があり、どちらへ向かうにも一度ここを通る造りになっている。大きな窓の向こうには庭が広がっていたが、今は道沿いの灯りがところどころ見えるだけだった。
セドリックは何から話そうかと考える。
窓から庭が見えること。必要なものがあれば、何でも言ってほしいこと。伝えておきたいことはいくつもあったが、そんな話ばかりで今日を終わらせたくはなかった。
ようやく二人きりになれたのだから、もう少しアルド自身のことを知りたかった。
「疲れたね。今日はゆっくり休んで」
「ありがとうございます」
アルドは頷いた。礼服は襟元まできちんと整ったままで、背筋にもまだ祝宴の席にいた時のような硬さが残っていた。
「座らない?」
庭に面した窓際のテーブルを示すと、アルドは椅子へ向かいかけたものの、セドリックを見た。セドリックが先に腰を下ろすと、アルドも向かいの椅子に座り、膝の上で両手を揃えた。
アルドはまだ、人前にいる時と変わらない態度だった。
「今日はほとんど話せなかったね」
「はい」
「だから、今こうして二人で話せて嬉しいよ」
アルドがわずかに目を見開いた。
「私も……お話しできて嬉しく思います」
答えてはくれたが、口調はまだ改まっていた。
それでも、今日初めて顔を見てからずっと、セドリックはアルドのことをもっと知りたいと思っていた。何が好きで、何をしている時が楽しいのか。そんな他愛のないことを、もっと聞いてみたかった。
「二人の時は、もう少し楽に話してくれないかな」
「……慣れるまで少しお時間をいただけますか」
「うん。もちろん」
急がせたいわけではない。アルドはこの国へ来たばかりで、この屋敷にもまだ慣れていない。そのうえ、自分とは今日初めて顔を合わせたばかりなのだから、すぐに気を許せという方が無理な話だ。
それでも、もう夫婦なのだから、これから同じ家で暮らし、少しずつ話をして、互いのことを知っていけばいい。時間ならいくらでもある。そう思うと、これからの暮らしが少し楽しみになった。
「じゃあ、改めて」
セドリックは手を差し出した。
「今日からよろしくね。夫婦として、仲良くやっていけたら嬉しい」
アルドは差し出された手を見た。少し迷うような間を置いてから、その上へ自分の手を重ねる。
「……はい。よろしくお願いいたします」
重ねられた手を握る。きちんと握り返してもらえたことで、少しだけ距離が縮まったような気がした。
アルドも握り返してくれたが、その手にはまだ少し硬さが残っている。もう少しこうしていたいと思ったものの、自分ばかり先へ進んではいけない。名残惜しさを抑えて、セドリックは手を離した。
窓際の花瓶に目を留めたアルドが、花は庭で摘んだものかと尋ねた。自分から何かを聞いてくれたことが嬉しくて、セドリックは窓の向こうを指す。
「うん、あっちに花壇があるんだ」
アルドも窓の外へ目を向けた。すでに暗く、今は道沿いの灯りしか見えなかったが、それでもしばらく庭の方を眺めていた。
「花は好き?」
「詳しくはありませんが、見るのは好きです」
「じゃあ、明日案内するね」
アルドが頷く。セドリックはその横顔を見ながら、明日はどこから案内しようかと考えた。季節の花が咲いている場所を見せて、そのまま奥の木陰まで歩くのもいい。庭を歩きながらなら、今日よりもう少し話ができるかもしれない。
その時、控えめに扉を叩く音がした。
「殿下、そろそろお湯の支度をいたしましょうか」
扉の向こうから侍女の声がする。セドリックは返事をしてから、時刻を確かめた。
「もうこんな時間か」
思っていたより遅くなっていた。今日は朝から婚礼で、アルドも疲れているはずだ。
「そろそろ休もうか。湯浴みの支度もしてもらおう」
「ありがとうございます」
アルドも立ち上がった。セドリックは居間の片側にある扉を示す。
「君の部屋はこっちだよ。必要なものがあれば、何でも言って」
アルドは扉へ目を向けたが、すぐには動かなかった。
「その……」
言葉を探すように、視線が一度落ちる。
「湯浴みを終えた後は、寝室へ伺えばよろしいでしょうか」
アルドの視線がセドリックの寝室へ移る。その視線を追って、セドリックは問いの意味に気づいた。
「ああ……今夜はそれぞれ休もう。今日は一日疲れただろうし」
「承知しました」
アルドはそれ以上何も言わず、丁寧に礼をして、そのまま自分の部屋へ向かった。
セドリックはしばらくその扉を見てから、息を吐いた。夫婦になったのだから、アルドも今夜のことを考えていたのだろう。
急ぐ必要はない。自分はまだアルドが何を好きで、何をしている時が楽しいのかもほとんど知らない。今日だけでも、焼いた果物が好きなことや、花を見るのが好きなことを知った。今は、そういうことを一つずつ知っていきたかった。
今夜でなければならないわけでもない。これから二人で過ごす夜はいくらでもある。
明日は庭を案内したら、どんな顔をするだろう。今日より少しでも気楽に話してくれたら嬉しい。そんなことを考えながら、セドリックは自分の寝室へ向かった。
◇
自分の部屋へ入ると、持ってきた荷物は壁際にまとめられていた。広い寝台には真新しい寝具が用意され、暖炉にはすでに火が入っている。奥の浴室では、湯浴みの支度も済んでいた。
手伝おうとする侍女に礼を言い、一人で大丈夫だと伝える。侍女は呼び鈴の場所を教え、何かあればいつでも呼んでほしいと言って部屋を出た。
扉が閉まると、急に部屋が静かになった。
アルドはしばらくその場に立ったまま部屋の中を見回し、鞄から寝衣を取り出すと浴室へ向かった。
湯浴みを終えて寝衣に着替えると、礼服を掛けた椅子の前で立ち止まり、指輪のある手を見下ろした。
――夫婦として、仲良くやっていけたら嬉しい。
セドリックの言葉が、まだ耳に残っている。アルドは指輪にそっと触れた。
初対面の相手を、困らせずに済んだだろうか。式では何度かじっと見られ、何か間違えたのかと思った。祝宴で気遣われた時も、うまく話を返せた気がしない。
それでもセドリックは何も言わず、疲れていないかと何度も気にかけてくれた。今夜は、無理に何かを求められることもなかった。
優しい人なのだと思う。
ならせめて、その厚意にはきちんと応えないといけない。
指輪から手を離すと、壁際に置かれた荷物が目に入った。すべて片づけるのは明日でもいいが、寝る前に必要なものだけは出しておこうと鞄を開く。
一番上には、母の裁縫箱が置かれていた。その隣には小さな灰色の猫のぬいぐるみがあり、アルドは思わず手を止めた。
子どもの頃、姉にもらったものだ。自室の棚に置いたままで、自分で荷物へ入れた覚えはない。なら、入れたのは姉だろう。
「……姉さん」
手に取ると、昔よりずいぶん小さく見えた。鞄へ戻す気にもなれず、しばらく眺めてから、そっと枕元へ置く。
改めて部屋を見回した。
家具も寝具も、自分のために整えられている。それでも、ここにあるもののほとんどをアルドは今日初めて目にした。窓の向こうに広がる庭も、廊下を行き交う足音も、暖炉の火が弾ける音も、まだ自分の暮らしの一部には思えない。
そんな部屋の中で、母の裁縫箱と枕元のぬいぐるみだけが、以前の暮らしから持ってきたものだった。
窓の外に、いつもの中庭はない。姉はまだ王都の迎賓館にいるはずだが、今夜はもう会えない。明日には国へ戻ると聞いていた。
アルドは寝台へ入り、目を閉じた。一日中慣れないことばかりで疲れているはずなのに、なかなか眠気は訪れない。何度か寝返りを打つうちに、今日の式のことが浮かんできた。
ヴェールを上げた時のセドリックの目。口づける前、ほんの少しだけ止まった時間。
気づけば、唇へ指を当てていた。突然のことに驚きはしたが、触れられることを嫌だとは思わなかった。
もし、またあんなふうに見つめられたら。
そこまで考えて、アルドは唇から指を離した。何を考えているのだろう。
自分は姉の代わりにここへ来た。セドリックと結ばれたのも、二国のために必要だったからだ。今日からこの国で伴侶として生き、この婚姻が意味のあるものになるよう、自分にできることをしなければならない。
優しくしてもらったからといって、それを別のものと取り違えてはいけない。
◇
翌朝、アルドは早くに目を覚ました。まだ身体には疲れが残っていたが、いつまでも部屋にいる気にはなれず、支度を済ませて食堂へ向かう。
中へ入ると、セドリックはすでに席についていた。手元の書類から顔を上げ、アルドを見るとすぐに脇へ置く。
「おはよう。よく眠れた?」
「おはようございます。はい、よく眠れました」
本当は、夜中に何度も目が覚め、ほとんど眠れなかった。寝台も部屋も快適だったのだから、慣れない場所で過ごしたせいだろう。
わざわざ話して、セドリックに気を遣わせることでもない。
紅茶とコーヒーのどちらにするか尋ねられ、アルドは紅茶を頼んだ。セドリックも同じものを頼み、二人分のカップが並べられる。
「今日はゆっくりしていて。まだ疲れも残ってるだろうし」
「ありがとうございます」
「僕は午前中だけ王城へ行かなければならないんだ。婚礼の後の手続きが少し残っていて」
「承知しました」
「昼には戻れると思う」
婚礼の後は仕事を減らしていると聞いていたが、それでも王族として必要なことまですべて休めるわけではないのだろう。
食欲はあまりなく、アルドは料理にほとんど手をつけられなかった。皿を下げてもらおうとすると、向かい側のセドリックがこちらを見た。
「体調でも悪い?」
「少し疲れが残っているだけです。お気になさらず」
「そう……無理はしないでね」
それ以上は何も言わなかったが、セドリックの視線は、下げられていく皿へ向けられたままだった。
紅茶を飲み終える頃には、セドリックも食事を終えて席を立つ。
「戻るまでに、何かしたいことはある?」
「こちらでの務めについて伺えればと」
セドリックは一度瞬きをした。
「それは僕が戻ってから話そう。でも、務めのことだけじゃなくていいんだよ」
「といいますと」
「君がここでしたいことも教えてほしい。庭へ行きたいでも、書庫を使いたいでも、何でも」
アルドはすぐには答えられなかった。
この国へ来たら何をしたいかと姉に聞かれた時も、思いついたのは庭を見ることくらいだった。今も、役目ならいくつか考えられるのに、自分がしたいこととなると何も浮かばない。
「……庭には、出てもよろしいでしょうか」
「もちろん」
セドリックは答えてから、少し首を傾けた。
「庭に出るのに、僕の許可を取らなくていいよ」
「ですが」
「庭も書庫も居間も、好きに使って。ここは君の家でもあるんだから」
アルドは返事ができなかった。
――自分の家。
昨夜案内された寝室も、今いる食堂も、アルドにはまだ借りた場所のように感じられていた。どこまで入っていいのか、何を使っていいのか。そんなことを考えながら歩いていたのに、セドリックは当然のことのように、ここはアルドの家でもあると言った。
「何か変えたいところがあれば、それも言ってね。僕に合わせなくていいから」
「……ありがとうございます」
まだ何がどこにあるのかさえ覚えていない。それでも、何をするにも一つずつ許可をもらわなくていいのだということだけは、少し分かった。
セドリックを見送り、アルドはひとまず荷物を片づけようと自分の部屋へ戻った。
片づけの途中で侍女が訪ねてきて、姉たちが王都を発ったと知らせてくれた。もう帰国の途についたのだと思うと、胸の奥が少し重くなる。
アルドは机へ向かい、忘れないうちに姉への手紙を書き始めた。
無事に屋敷へ着いたこと。部屋も整えてもらい、不自由なく過ごしていること。セドリックは聞いていた通り、優しい人だったこと。
そこまで書いて、ペンが止まる。
――何を食べたかでもいいから書いて。
出発前に言われたことを思い出し、祝宴で好物の焼いた果物が出たことを書き足した。
セドリックが、自分のために献立へ入れてくれたことも。
書いてから、アルドはその一文を見つめた。わざわざ姉に知らせるほどのことだろうか。少し迷ったが、消す理由もなく、そのまま残す。
出発前、屋敷の図面を見ながら何をしたいかと聞かれ、庭を見てみたいと答えたことも思い出した。
庭はまだ見ていない。見たら、また知らせる。
そう書き添えて、アルドはようやくペンを置いた。
◇
その日の午後、セドリックに屋敷の庭を案内してもらった。広い芝地を抜け、古い果樹のある一角まで歩いた。花の名を尋ねると、セドリックにも分からないものがあり、次までに聞いておくと言った。
それから数日が過ぎると、セドリックと共に出席する王城での行事の日程が伝えられ、晩餐会などの招待状も届くようになった。出向く場所がある方が、アルドには過ごしやすかった。護衛の配置について意見を求められた時は、ようやく自分の経験が役に立ったと思えた。
庭へも何度か一人で出るようになったが、奥の小屋へ続く道にはまだ入ったことがなかった。道具を運ぶ人の姿を見かけることもあり、仕事の邪魔をしてはいけないと思っていた。
その日は午後から予定が空いていた。手持ち無沙汰のまま廊下を歩いていると、作業をしている使用人が目に入り、何か手伝えることはないかと声をかけた。自国にいた頃と同じつもりだったが、使用人はひどく恐縮し、結局何もせずに部屋へ戻ることになった。
じっとしているのも落ち着かず、アルドは外の空気を吸おうと庭へ出た。垣根に沿って歩いていると、少し先の道から大きなじょうろを抱えた小さな子どもが現れた。
四つくらいだろうか。胸の前にじょうろを抱え込み、危なっかしい足取りで歩いてくる。少し傾くたびに水をこぼし、そのたびに立ち止まって持ち直していた。今度はじょうろが大きく傾き、アルドは足を速めた。
「それ、どこまで持っていくんだ?」
声をかけると、子どもが振り返った。服は腹の辺りまで濡れていた。
「あそこ。おじいちゃんのところ」
「一緒に持とう」
じょうろを持とうと手を伸ばしたが、子どもは離そうとしなかった。どうやら自分で運びたいらしい。アルドは取り上げるのをやめ、水がこぼれないよう手を添えて支えた。そのまま歩調を合わせ、花壇へ向かう。
花壇まで来ると、しゃがんで作業をしていた老人が顔を上げた。アルドに気づくなり帽子に手をかけたが、アルドは先に首を振った。
「この方に助けてもらったのか?」
「うん!」
子どもが元気よく頷く横で、老人は申し訳なさそうに頭を下げた。
「大変失礼いたしました。孫がご迷惑を」
「いえ、私から声をかけたんです。気にしないでください」
もう一度頭を下げかけた老人に、アルドは首を振った。
「私は庭師のトーマと申します。こちらは孫のニコです」
「ニコ!」
名前を呼ばれたニコが胸を張る。じょうろを花壇のそばへ置くと、今度はアルドの袖を引き、植えられている花を一つずつ教え始めた。
名前を覚えている花もあれば、色で呼んでいるものもあり、アルドがしゃがんで話を聞いていると、トーマが声をかけた。
「よろしければ、少し休んでいかれませんか。大したものはありませんが、お茶くらいなら」
「そんなに気を遣わなくても」
「いえ。孫を助けていただいたお礼くらい、させてください」
アルドは少し迷ったあと、礼を言って申し出を受けた。
トーマがお茶の用意をしている間も、ニコは花の話を続けていた。庭仕事に使う小屋の前には椅子が三つ並べられ、ニコは慣れた様子で自分の席へよじ登った。アルドが隣へ座ると、お茶と一緒に小さな焼き菓子が出される。
ニコはすぐに自分の分へ手を伸ばし、嬉しそうに頬張った。
「それ、好きなのか?」
「うん!」
迷いのない返事に、アルドは自分の焼き菓子をニコの方へ差し出した。
「じゃあ、これもどうぞ」
「いいの?」
「ああ」
ニコは一度トーマの顔を見てから、両手で受け取った。
その日の夕食で、セドリックが庭のことを尋ねた。
「トーマから聞いたよ。今日はニコと一緒だったんだって?」
「はい。お茶までいただいてしまいました」
「ニコ、ずっと話してた?」
確かに、帰るまでに花壇を三周した。種を埋めた場所と、虫を見つけた場所を別々に教えられ、最後にはじょうろを片づけるのも手伝った。そう話すと、セドリックは楽しそうに聞いていた。
「僕も今度一緒に行っていい?」
「殿下のお庭ですから、私に聞かなくても」
「そうだけど、君と行きたいから」
アルドは持っていたカップを置いた。顔を上げると、セドリックと目が合った。急かす様子もなく、返事を待っている。
「……私でよろしければ」
「もちろん。じゃあ、明日行こう」
◇
翌日の午後、二人で庭へ出ると、ニコはセドリックにもじょうろを渡し、アルドには苗の鉢を運ぶよう頼んだ。植える場所を真剣に悩むニコの隣で、セドリックも膝をつく。
土へ手を伸ばした拍子に、まくっていたセドリックの袖がずり落ちた。このままでは汚れると思い、アルドが手を伸ばして袖を上げる。
「ありがとう」
顔を上げると、セドリックがこちらを見ていた。目が合うと、その口元がわずかに緩む。自分がまだその腕に触れたままだったと気づき、アルドは手を離した。
こうして過ごしている間は、何を返せばいいのか考えずに済んだ。ニコの話を聞き、頼まれた苗を運び、時々セドリックと言葉を交わす。ただ一緒に庭にいるだけなのに、不思議と気が楽だった。
苗を植え終える頃には、三人とも手に土がついていた。ニコにまた来てと言われて頷くと、隣にいたセドリックと目が合う。次もこうして一緒に来るのだろうかと考え、それを嫌だとは思わなかった。
手を洗ってから、二人で屋敷へ戻った。庭を抜ける途中で、セドリックが声をかける。
「明日も一緒に庭へ行かない?」
「はい」
頷いたあと、昼過ぎに王城へ出る予定があることを思い出した。
「ただ、明日は午後から王城へ行く予定がありますので、戻るのが少し遅くなるかもしれません」
「大丈夫。待ってるよ」
屋敷へ戻り、廊下の角でセドリックと別れる。自分の部屋へ向かいながら、アルドは明日の用事をなるべく早く済ませるにはどうすればいいかと考えていた。
◇
翌日、王城から戻る馬車の中で、アルドは何度も窓の外を見た。予定より話が長引いてしまった。庭へ出られないほど遅くはないが、待たせていると思うと落ち着かない。
屋敷へ着くと、王城へ出た時の服のまま庭へ向かった。小屋の前にはセドリックとニコがいて、卓の上に何かを並べている。アルドが近づくと、二人が揃って顔を上げた。
「遅くなって申し訳ありません」
「大丈夫。そんなに待ってないよ」
卓の上にあったのは種だった。袋へ戻す前に数えたいのだとニコが言い、空いている椅子を叩く。アルドが腰を下ろすと、セドリックの視線がその服へ落ちた。
「着替えずに来てくれたんだね」
「待っていると言ってくださったので」
「そっか」
そう返す声が少し弾み、アルドは卓へ目を戻した。そこには自分の分のカップも用意されている。ニコは種を数えるのに夢中で、自分の飲み物にもほとんど手をつけていなかった。
トーマに枯れた枝を切る位置を教わり、ニコからは集めた小石を一つずつ見せてもらった。その合間にセドリックが王城での出来事を話し、アルドも今日見聞きしたことを話す。気づけば、何を話そうかと考えなくても言葉が続くようになっていた。
日が傾き、冷え込みが増した頃、二人は屋敷へ戻ることにした。王城から急いで戻ってきた時の焦りも、いつの間にか消えていた。
隣を歩くセドリックが、空を見上げた。
「明日は雨になるかもしれないね。もし降ったら、部屋でお茶にしようか」
庭へ出られなくても、また一緒に過ごせる。アルドは足元へ目を落とした。
「はい。お時間が合えば」
明日も、その次の日も――そう口にしかけて、やめた。セドリックにも用事がある。自分がこの家に慣れるまで、気を遣って時間を作ってくれているのだろう。毎日のように付き合ってもらえると思ってはいけない。
それでも、明日も一緒に過ごそうと誘ってもらえたことは、素直に嬉しかった。
部屋へ戻ると、アルドは翌日の予定表を開き、午後が空いていることを確かめ、一度閉じたが、すぐにもう一度開いて同じところへ目を落とした。その時間に、ほかの予定を入れる気にはならなかった。




