第三話-湿原調査-
「我々は、戦う必要があるでしょう……人類を脅かす、何かと。」
学園長は、そう言った。
「それで………これから一体、どうするつもりだ?」
師匠が、会議室全体に向けて言い放つ。
「君は……もしかしてレオン君か?久しいじゃないか。」
「あぁ、学園長。お久しぶりです。」
「ふふ…君のその偉そうな態度は変わっていないのだな。」
どうやら、師匠と学園長は、知り合いらしい。
どうやら師匠は学生時代、学園の中の三人の大天才のうちの一人だったらしい。知りあいでもおかしくはない。
「まず皆さんには、我々の調査を手伝って頂きたいのです。ですが、クレープスが関わってくるとなると危険は増えます故、協力を強制するつもりはございません。希望者のみの参加となります。調査に参加して頂ける方は、今挙手を。」
僕と師匠は、勿論手を挙げた。そして周りを見渡すと、手を挙げていない者は誰もいなかった。
「……皆さん、本当に…ありがとうございます。それでは、身元不明のクレープスが発見された地域への調査メンバーを決めましょう。」
そうして会議室全体で話し合いを行い、メンバーが決まった。
「それでは改めて、
エスコルタ騎士団の方々は、東部の宗教国家イリューシステラの国境付近。
我々教師達は一番発見数の多い南部を。
最後にリンダ、レオン様、ニフタ様は、北部の武術国家アルディエスト付近にある、エクスロ湿原。
これらを各自で担当する……ということで宜しいでしょうか。」
「うむ。我々騎士団に異論はない。」
「あぁ、私も、それでいい。」
そのほかにも、異論がある者はいなかった。
「分かりました………それでは、我々の国を守るために、全力を尽くしましょう。」
こうして会議は終わり、レオン達は後日。エクスロ湿原へと調査に向かうこととなった。
—————————
会議が終わり、人々が会議室から退出し始める。
その時、僕たちに近づいてくる影があった。
「お久しぶりです。レオンさん。」
その影とは、エスコルタ騎士団団長、フォート・アグリンドであった。
「あぁ、久しぶりだな、フォート。騎士団団長になるとは、大出世じゃないか。」
「いえいえ……運が良かっただけですよ。」
「そうか……」
どうやら知り合いらしい。
「師匠、その…フォートさんとはどう言う関係なんですか?」
「ん?ただの学生時代の後輩だぞ?あ、そうだ。面白い話をしてやろう。昔のフォートは学園内で暴れまくっててな?何をしたかって、こいつは戦闘狂だったんだが、学園にいる強そうな奴らに片っ端から喧嘩を仕掛けて、殴り飛ばしてたんだよ。それで、私に襲いかかって来たから———」
「レオンさん、そこまでです。それ以上はちょっと……。」
「ん?そうか。それなら仕方がない。」
フォートに止められた師匠が口を閉じる。だけど、昔のことを語る師匠はとても楽しそうに見えた。
「それで……どうしたんだ?」
「いえ、別にそこまで重要なことではないのですが……レオンさんのお弟子さんと、お手合わせ願えないでしょうか。」
え。僕?
「何でだ———いや、お前はそんな奴だったな……」
レオンがフォートに問おうとするも、フォートが戦闘狂だったことを思い出し、やめる。
「だが、明日にはすぐ湿原に行くから、時間がない。調査が終わってからでもいいか?」
「えぇ、勿論。僕は大体騎士団の修練上にいますので、手合わせいただける時はそこへ来てください。」
「あぁ、わかった。」
何だか意見に僕の意思が入っていなかった気がするが、まぁいいか。
そしてフォートが去って行く。
そんな事もありながら、僕らは一日を過ごし、エクスロ湿原へ出発する時間となった。だが……
「あの、師匠……」
「…何だ?」
「あ、いえ、なにも、ないです。」
師匠は、イライラしている。隣の師匠の表情を覗くと、程々に怒りの顔が体現されていたため、声を掛けるのはやめた。
「……遅い!!!」
時間になっても、リンダは来ない。
そして結局、リンダが来たのは予定時間の四十三分後であった。
「いや〜…ごめん皆!普通に寝坊しちゃって……」
「それはもういい。とっとと行くぞ。」
「あれ?レオンちゃん、許してくれるの?」
「いや、元々こんな奴だったって事を思い出したからな。」
「なんか馬鹿にされてる気がするけど……悪いのは遅れて来た私だもんね……」
よしっ!と、リンダが自分の頬を平手で叩き、気合を込める。
「向かおうか!エクスロ湿原に!」
—————————
現在、三人は湿原までの道を進んでいる。今回は、学園が貸し出してくれた乗用獣に乗ることとなった。
この乗用獣は、背中の甲羅の上部に荷台があり、人によく懐き、言う事も聞く。まさに旅に欠かせない優秀な獣であった。
現在は、リンダが馭者をしている。
「いや〜のどかな場所だねぇ…」
今現在、辺りには畑が広がり、黄金色の小麦が辺り一面を埋め尽くしている。
「絶対に、畑にだけは落ちるなよ?」
「落ちないよ……だって、畑の人たちって怖いもん。」
農家は、国のすべての人々を支えていると言っても過言ではない。だから、その命とも言える作物を荒らされてしまっては、怒られるのは当然だろう。
「あ、レオンちゃん!この道って右で合ってる?」
「あぁ、右だ。というか、看板に書いてるだろ。」
「あっ…」
………大丈夫なのだろうか。
とはいえ、順調に道を進み、昼頃には湿原入り口に辿り着くことができた。
「やっぱり……ジメジメしてるね。」
「それは、しょうがないだろ。」
「ところで…ここはこの乗用獣じゃ通れないと思うんですけど、どうするんですか?」
地面はぬかるみ、体重の重い乗用獣ではとても通れるとは思えなかった。
「もうちょっと右に進むと村までの道があるらしいから、そこを通っていけば大丈夫!」
リンダの言う通り、もう少し進んだ所で舗装…と言ってもただ岩を敷き詰めただけのようだが、舗装された道があった。
一行はそのまま、その道を進む。
辺りに生物の気配はあまり無い。ジメジメとした空気に覆われてはいるが、幸いなことに虫はあまりいないようだ。
「あ!見えて来たよ!」
一行は村へと、到着した。
—————————
「そうじゃのう……わしが変なクレープスを見たのは……先週の金曜日だったはずじゃ。北にチニタベリーの群生地があるのじゃが、これまた美味くてのお……毎月採りに行ってるんじゃ。じゃが、今回は少しばかり採りすぎての、夕方までかかってしまったんじゃよ。そんで帰ろうとした時に、変な人影が見えて、それがクレープスでのお……もうここで終わりかと思ったぐらいじゃ。じゃが、あのクレープスはわしのことを見ても何もしてこなかったんじゃよ。一体何だったのかのう………」
「成程……調査のご協力感謝します!」
ニフタは、村で聞き込みを行っていた。レオンは東の村、ニフタは西の村、リンダは南の村を担当していた。
これで、三軒目の聞き込みである。
あと二、三軒回ったら、丁度集合の時間となるだろう。だがもしもの時のために一応、急ぎ足で次の家へと向かった。
———そして約束の時間となったため、集合場所とした南の村へ向かった。
「皆、どうだった?」
「まぁ、そこそこって感じだな。」
「僕もそんな感じです。」
取り敢えず、情報を擦り合わせ、整理をする。発生位置が詳しく分かるものについては地図に印をつけ、それ以外は曖昧なものとして円で囲む。
「やはり……北に何かがあるのか?」
印は殆ど、否、全てがエクスロ湿原の北部を指していた。
「夕方以降にしか発見報告が無いところを見ると、どうやら時刻も関係しているようですね……」
「う〜ん……明日の夜に、北部を実際に調査するしか無いかな……」
「それじゃあ今日の調査はここまでだな……ところで何処に泊まればいいんだ?」
「村長さんの家が泊めてくれるみたいだよ!」
そうして情報整理が終わった一行が、村長の家へと赴く。
「いらっしゃい!君たちが調査に来た人達だね?歓迎するよ!」
村長は明るい雰囲気を醸し出した中年男性で、その家族と共に出迎えてくれた。
「本日は宜しくお願いします!」
「ああ!君たちが泊まる部屋は二階への階段を上がった直ぐそこにあるから、ご飯が出来るまではそこで休憩してな!」
村長が、階段の方を指差す。
そして三人は階段を上がる。
「優しそうな、人でしたね。」
「あぁ。そうだな。」
扉を開けると、そこには三つのベッドと、机が二つ。そこまで広いと言うわけでは無いものの、寛ぐには十分なスペースがあった。
「ふあ〜…疲れたねえ。」
リンダが一つのベッドにだらんと寝転がる。
「おい、明日の方が疲れるんだぞ?大丈夫か?」
「私は教師だから、体力は無いの!」
そんな事を言いながら、レオンとリンダは談笑を続ける。
そしてふと、ニフタには聞きたいことがあった。
「ところで、お二人の学園生活って、どんな感じだったんですか?」
「そうだな……私達は学園の中の三人の大天才のうちの二人だったから、いつもつるんで何かしらやってたな。」
「途中からレオンちゃんにボコボコにされたフォート君も入って来て、いつの間にか四人組が出来上がってたんだよね。」
「あぁ……そうだったな。そういえば、フォートは私達が学園を卒業する少し前に「リンダさんが卒業したら、告白します!」って言ってた気がするんだが……あれはどうなったんだ?」
「え?いやっ、あれは…あの頃は色々とドタバタしてたから………ねっ?」
唐突な艶聞にリンダが顔を赤らめる。流石に恥ずかしかったらしい。
そういえば、師匠が学園を卒業した年は、丁度クレープス・エクリクシが発生した年であった。それは、色々とドタバタしてしまうだろう。
ところで、今の話の中では、あと一人の大天才の話題は出なかった。あと一人の大天才とはどんな人だったんですか?
と、聞く寸前に、扉がノックされる音が聞こえた。
「あ、僕が行きますね。」
すっと立ち上がり、扉の前まで歩き、開ける。
そこには村長の隣に立っていた、村長の娘と思われる少女が立っていた。
「あのね!おとうさんが、ごはんができたから……おきゃくさん…?をよんできてほしいって!だから、よびにきたの!」
まだ、拙い話し方。その髪色から、ニフタは昔……クレープスに村を襲われるより前の、一人の幼馴染の事を思い出した………気がした。薄ぼんやりとは覚えている気がするが、顔は思い浮かばない。だが、何か懐かしさを感じた。
「君、名前はなんて言うの?」
「わたし?わたしはね…ソーラっていうの!!」
元気いっぱいで、少女が答える。
「そっか…それじゃあソーラちゃん。お父さん達に今から行くって伝えておいてくれる?」
「わかった!いってくるね!」
お願いを受け取ったソーラは、ニコニコと笑ったまま階段をトトトト、と降りて行く。
そして、
「師匠、リンダさん。食事の準備が出来たみたいですよ。」
「あぁ、そうか、ありがとな…………どうした?浮かない顔して。」
「いえ、この家の子供を見て、少し昔の幼馴染の事を思い出してしまって……」
「………そうか。気を取り直して、飯を食いに行くぞ。」
「っはい。」
「えっ?これ全部食べていいんですか!?」
目下のテーブルには多種多様な料理が食べきれないほどに陳列していた。
「勿論さ!明日も調査を続けるんだろう?それならしっかりと栄養をとっておかないとな!」
その料理の中には師匠の大好きなチニタベリーも多数含まれていた。
「「「自然の豊かさと生命いのちの輝きに感謝を!」」」
師匠が、僕の近くにあったサラダを手に取り、たいらげる。
「あ!師匠!それ僕が食べようとしてたやつですよ!!!」
「ふっ、食べるのが遅い方が悪い。」
なんて、強欲で傲慢なんだ。
「はっはっはっ!元気でいいじゃないか!」
村長は嬉しそうに笑っていた。
「ところで……明日は何の調査をするんだい?」
「明日は、この湿原の北部に行っての調査だな。」
「そうなのか……ほぼ直線だから要らないかもしれないけど、歩きやすいルートが書いてある地図があるんだ。それを君たちにあげよう!」
「本当か?ありがたく使わせて貰う。」
そうして村長一家と談笑をしながら食事を終え、就寝する。
———朝となった。
「ふう……」
一番早く起床したのは、ニフタであった。
(まだ出発までは時間があるし……散歩でもしようかな。)
そう思い、服を着替え家の外に出る。
少し肌寒いが、それが心地よい。
暫く村の中を歩いていると、村の子供達が家から出て来た。
「あ!おきゃくさんだ!おはよう!」
その中には村長の娘、ソーラもいた。
「ねぇねぇおきゃくさん、いっしょにぼーるあそびしない?」
「あぁ、勿論いいよ。」
村の子供達とボール遊びをすることとなった。
ボールが飛ぶ度に、子供達はキャッキャと喜ぶ。それが如何にも、楽しそうで、可愛らしかったが、少し
切ない気持ちにもなった。
———
「おーい!ニフタ君!ご飯ができたらしいよー!」
暫くするとリンダの呼ぶ声がした。
「今行きます!」
子供達と別れの挨拶をしてから、食事をとりに村長の家へと戻る。
今日もまた、豪勢な食事であった。
そして———出発の時間となった。
「きをつけてねー!」
「皆さん、頑張ってくださいね!」
村長達から見送られた一行は、湿原北部に向かった。
村長から貰った地図のおかげで、一時間足らずで北部に着くことが出来た。
「うーん…夜になる前に探索をしておこっか!」
「あぁ、そうだな。クレープスを探すのは発見報告が多かった夜だけでいい。」
ということで、この湿原を探索することになったのだが…
「何もありませんね………」
「そうだね……ずっとおんなじ景色が続くだけで、痕跡とかは何も無いね……」
その後も探索を続けるも、夜になるまでには何かが見つかるという事はなかった。
そして、夜になった。
「ここからは、気を引き締めていくぞ。」
「はい。」
暗くなった湿原を三人で歩く。地面はぬかるみ、少し歩きづらい。そして周囲には何の気配も感じない。
奥へ、奥へと歩いてゆく。
———前方に、人影が見えた気がした。
「!」
三人がそれぞれ各々の武器を構え、戦闘態勢に入る。
「urlooo………」
前方からやって来たのは———灰色の髪を持ち、瞳が黒くひび割れている……………クレープスだ。
「ここは私がやる。」
レオンがニフタ達を手で制し、一歩前に出る。
レオンが鞘に手をかけ、右腕に力を込める。
「ふっ!」
レオンの鞘から抜かれた刀はクレープスが反応する暇もなく、体を一刀両断した。
「流石だね……学生時代よりも強くなったんじゃない?」
「それは、そうだろう。修行を続けていたんだから。」
「あ、確かにそうだね。」
リンダがポンと手を叩く。
「それはともかく、クレープスがこの湿原にいる事はわかった。ここからは二手に分かれて他に異常がないかを探索するぞ。いいな?」
「うん。わかった。それで……レオンちゃんが一人?」
「あぁ、リンダはニフタの補佐をしてやってくれ。」
「了解!」
「それじゃあ、行くぞ。」
ニフタ達は二手に分かれ、湿原に散る。湿原調査は、今のところ順調であった。
—————————
◼︎エクスロ湿原最深部
「———ぁ。」
暗い湿原の奥で、人形遊びをしていた少女が突然動きを止め、小さく声をあげた。
「ん?どうした?」
暗闇の中、青年が少女に声を掛ける。
「『おかあさん』が……死んじゃった…」
少女が泣きそうな顔をする。だがその中には怒りが混じっている。
「そうか……侵入者か…」
青年はそう呟きながら、めんどくさそうに頭の後ろを掻く。
その時、少女が人形を放り出して立ち上がった。
「私……行ってくる。」
少女の中には怒りがひしめき合っているのだろう。血が出そうなほど強い力で拳を握り、ふるふると震わせている。
「………俺はここを守らなきゃいけねぇから、着いていけねぇな………気を付けて行ってこいよ。」
少女が青年の言葉に振り返りもせず湿原の深い暗闇に消える。
「………全く……」
そう呟いた青年の瞳は、黒くひび割れていた。
—————————
「随分と、薄気味悪いな。」
辺りは沈黙で包まれている。
その暗闇に覆われた湿原の中でレオンが一人呟く。先程駆除したクレープス以外に、異変はない。
そのままレオンはぬかるんだ湿原を進む。
(向こうは上手くやっているだろうか……)
心配だ。
———瞬間、目の前から何かが飛んでくるような気がした。
「ッ!」
高速で飛んできた岩石とレオンの刀がぶつかり、パチパチと火花を散らす。
その方向の先には、人影がゆらゆらと揺れていた。
「ねぇ………あなたが『おかあさん』を殺したの……?じゃ、じゃあ、あなたが『おかあさん』になってくれる、よね?」
笑みを浮かべながら近づいてくる少女の瞳は黒くひび割れている。
クレープスだ。
しかも、
(意識持ち……か……)
意識が残っているクレープスとは、常軌を逸するほどの負の感情が蓄積したり、クレープスの元となった人物の我が強い人間が変異する事で生まれる。
そして意識が残ったクレープスは………並外れた力を持っていることが殆どである。
「それじゃあ……『おかあさん』………殺す、ね?」
「…チッ。」
舌打ちをしながらレオンは刀を構える。
狂気的で醜悪的な人形遊びが今、始まる。
—————————
「…………何にもないね………」
「……そう、ですね……」
師匠と離れてから十分ほど歩き続けているが、何も見つからなかった。
ただただ不気味な湿原を歩いているだけで、無駄に精神をすり減らしているような気もする。
それに、足元がぬかるんでいるせいか、ずっと歩いているせいか、段々と疲れて来た。
「あれ?何だろう。」
リンダが声をあげた。何か異変があったのだろうか。
「あれだよ。」
リンダが指差した方を見ると、何か……黒くて見づらいが、何かの縁のようなものが雑木林の奥に見える。
「行ってみましょう。」
僕たちは、雑木林の中へと入って行く。
その中央には、少し開けた空間があった。そしてその中央。謎の物体………影で覆われた巨大な鏡のような物が聳え立っていた。
「何…これ…」
リンダが絶句。それ程、この鏡は巨大で、異質な雰囲気を醸し出している。
———あぁ?何だ。お前らが侵入者か?
「「!!」」
上方から聞こえて来た謎の声に警戒をする。
声を主を探すと、彼はその巨大な鏡の上に座っていた。
勿論、クレープスであった。
「意識のある……クレープス…?何でこんな所に…」
「あぁ?それはこっちのセリフだろ。何でお前ら、こんな所にいるんだよ。」
侵入者どもめ、彼はそう付け加える。
「そもそも………お前は、何なんだ。」
純粋な疑問から、僕は鏡に座るクレープスに問う。
「あぁ?俺?俺の名前はスカー!この影鏡を守ってるんだが……まぁ、つまり、侵入者のお前らを殺さなきゃいけねぇんだ、な。」
そう言ったスカーは、こちらに飛び掛かろうとする———
が、何処からともなく矢が飛来し、スカーの頭部側面を容易く撃ち抜いた。
「っがぁ!」
頭を撃ち抜かれたスカーが地面へと転げ落ちる。何とも呆気ない最期であった。
「リンダさん、ありがとうございます。」
矢を放ったのは、リンダであった。スカーが話している隙に、近くの木の影に隠れ、機会を伺っていたらしい。
「意識のあるクレープスは危険だからね……迅速に、処理しないと。」
いつにもなく真剣味が溢れるリンダがそう言う。
正直言って、修行でただのクレープスと戦った事は何度もあったが、意識持ちとなると流石に不安が残る。
本当に、リンダがいてくれて助かった。僕はそう思った。
「それにしても……これ、何なんでしょう。」
巨大な鏡……スカーと名乗るクレープスは影鏡と呼んでいた物を二人で見上げる。
「クレープスが守ると言っていた以上、危険な物ではあると思うんだけどね……」
そもそも何故ここに意識持ちのクレープスがいるのかも分かっていない。正直言って手詰まりだ。
「うーん、壊しておきたいけど硬そうだしなぁ。」
「でも、師匠なら出来るかもしれませんね。」
と言う事で、師匠を待つことに——————「ニフタ君っ!伏せて!!!」
「っ!?」
———ヒュオンッ
咄嗟に伏せた頭が元々あった位置をナイフが通り過ぎる。
「あ゛ぁ゛、痛ってぇ。」
その攻撃の主は、先程頭部を貫かれ、死亡したはずのクレープス。スカーであった。
「おぉっと、同じ手はくらわねぇよ。」
「っく、」
リンダによって放たれた矢が真っ直ぐ掴み取られる。
「それじゃあ、もう一度言う。侵入者は、殺す。」
矢を握り折ったスカーが両手にナイフを構え、殺害を宣言する。
そのこめかみには、生々しい傷痕のみが残されていた。
—————————
「死んでっ!『お母さん』!!!」
「ッ!」
少女の見た目にそぐわぬ力で殴られたレオンが吹き飛ばされ、近くの岩石に激突する。
(痛ぇ…だが、何か妙だな。)
体には鈍い痛みが残っているものの、その中には違和感があった。
「そういえば、『お母さん』、名前は、何て言うの?」
クレープスが岩石に埋もれかかったレオンに問いかける。
「……私は、レオン・ヘルツだ。それで……お前は?家族ごっこがしたいんだろ?」
そう、家族ごっこ、だ。私の事を『お母さん』と呼ぶのなら、そこにヒントが何かあるはず。
レオンはそう考えた。
「私の名前はドールだけど……随分と余裕なんだねっ『お母さん』。」
「あぁそうか、それじゃあ………悪い子にはお仕置きをしなきゃいけないよな?ドール。」
レオンが冗談らしく笑いながら言った。
「っ。あんまり舐めないでよね……『お母さん』!!!」
ドールがレオンに向かって、再び殴りかかる。
一閃。
レオンの刀がドールの首筋に流れるように狙いを定め、首を刎ねる。
「…まぁ、そんな簡単にやられるわけは、ないよな。」
確実に首を刎ねると思われた一閃は、ドールに傷をつける事はなく、そのまま運動としてドールを吹き飛ばすのみだった。
(まぁ、技巧、だろうな。)
恐らく家族が関係しているのだろうと、予想をつける。
「……痛い……痛いよ『お母さん』……」
吹き飛ばされたドールがレオンの元へと戻ってくる。どう見てもキレていた。
「もうっ!さっさと死んじゃえ!!!」
先程までよりも鋭い殴打が飛んでくる。
まず腕を掴まれ、背負い投げをされ、レオンは地面に屈した。
(なんだ、やっぱり違和感が———)
地面に倒れたレオンの腹を蹴りが襲う。
「死ねぇ!」
最大威力の蹴りでレオンはそこら辺の木を貫きながら吹き飛ばされ、最終的に崖肌に激突する。
(骨は………折れてないか…だが背骨が痛むな……)
そこでレオンはあることに気づいた。
(…やっぱり妙だ、背中は、痛む。だが蹴られたはずの腹は何ともない………
それに、私の斬撃も、効いていなかった……)
家族、その言葉を思い出す。
(あぁ、成程な。)
家族、ごっこか。
パラパラと、崖肌に激突したレオンの周りを石の破片が舞う。
目の前には、ドール。
「なぁ、ドール。
家庭内暴力は禁止か?」
「ぁ。」
ドールが一瞬、驚く表情を見せた。
「きゃっ」
直後にレオンによって投げられた石の礫をドールが避ける。
「あぁ、これは効くのか。やはり、間接的な攻撃は無効化されないんだな。」
「っ!だから何だっていう———」
の、と言い終える前に、斬撃から打撃へと攻撃方法をシフトしたレオンに地面へと叩きつけられる。
「それじゃあ、これはどうだ?」
下は、岩だ。
レオンの攻撃は無効化されど、岩の衝撃は有効であった。
「……うぅぅ。」
ドールが頭から血を流す。
だが、クレープスだからか、その体は案外頑丈らしい。
「本当に……もう………ふざけないでよ!!!」
完全な、激昂。直ぐに立ち上がり、レオンを殺さんとする。
// ◼︎◼︎ //
だが、目の前からレオンが消えた。
「え。」
ドールは、レオンから目を離していない。それに、動き出すような素振りも見ていない。
だが、レオンはドールの背後へと、
「悪いな。お仕置きだ。」
反応する暇もなくドールは腕を掴まれ、一回転し、崖肌の方へと投げ飛ばされる。
ドールは見た。崖肌には先程レオンが突き刺したのだろう刀が、刃をこちらに向けて待ち構えていた。
「まって!『お母さ———」
ドールの胸部を刀が貫いた。
ドクドクと、血が流れる。無効化された様子はない。
「来世があるかは知らないが………いい子にしてろよ。」
レオンがそう呟いたのを、ドールは力無く聞いていた。
—————————
「さぁ、死ね。」
「っ!」
スカーのナイフがニフタに迫る。
こちらは刀、相手はナイフ。リーチとしてはこちらが有利だが、相手は両手ともナイフというのがまずい。
ヒュッ———
スカーの腕ごと切り落とすつもりで刀を振う。
刀は、スカーの右腕を捉えた筈だった。
「痛ぇな。」
「なっ!」
明らかに右腕が深手にも関わらず、スカーの右腕は止まらない。
ニフタの腹に、ナイフが刺さろうとしていた。
「ぅおっ!」
スカーのナイフがリンダの矢によって弾かれる。
「遠距離からの攻撃ってのは、なかなかに鬱陶しいな。」
スカーが矢が飛んできた方を睨みつける。
その隙にニフタがスカーの胴体を斜めに斬った。
手応えは、あった。
だが、傷はすぐさま傷痕となる。
(技巧なのは確かなんだけど………一体どんな技巧なのか………攻撃の、無効化?否、そんな事は………)
ニフタは思考を巡らせる。
この傷痕の謎を解かなければ、倒せない。
「いくらやっても……無駄だぜ?さっさと諦めろ。直ぐに楽にしてやるよ。」
スカーがそう言い捨てる。
実際、今の攻防でスカーがダメージを負った様子は無かった。
「死ぬのはお前だ。スカー。」
そこそこに絶望的な状況ではあるが、虚勢は張る
今度は左手でスカーが襲いかかってきた。
その時、ニフタは師匠の言葉を思い出していた。
『もし、技巧を使う敵と戦う時は、まず技巧を見極めろ。色々な事をして、選択肢を狭めていくんだ。』
(まずは……傷痕を狙ってみるか。)
左手のナイフが間近に迫っているが、ニフタは敢えて右腕の傷痕を狙う。
———キィン!
狙いはずれて、傷痕の少し右側に当たった。だが、検証失敗というわけでは無い。
(今、明らかに、避けた!)
スカーの左手のナイフは頬を掠ってしまったが、検証は成功だ。
「リンダさん!もしかしたら勘違いかも知れませんが……スカーの傷痕を狙ってください!」
ニフタが森で隠れて機会を伺っているであろうリンダに大声で伝える。
了解。と返事は来なかったが、きっとやってくれる筈だ。
「………」
スカーは何も言わない。焦燥感を感じているのかも知れない。その表情は怒りで満ち溢れていた。
「今度は、こちらの番ですよ。」
刀を振い、スカーへ立ち向かってゆく。
今大切なのは、傷痕を増やし、有効打を与えられるようになるか……でも、傷痕付近は先ほどの感触からして、明らかに硬質化していた、それも気をつけないと。
ニフタはそう思い、立ち向かう。
「いい加減に死ねよ…侵入者ぁ!!」
スカーもナイフを構える。
本気だ。
「シィッ!!」
スカーが強く息を吐きながらナイフでニフタに斬りかかる、だがそれをニフタは刀でいなす。
左腕、右足、左足。
どんどんスカーの傷痕が増えていく。
だが、
(やっぱり……難しい!)
傷痕の周囲は硬質化され、どんどんと攻撃が与えられない場所が増えていく。残すは胴から首。
その時、スカーは見た。侵入者が立ち塞がっている、その前方。その奥に、何かが光ったのを。
———ニフタ君!離れて!
リンダの声を聞き、ニフタが咄嗟にスカーから距離を取る。
———スカーの上半身が爆ぜた。
それは、爆薬を伴った、矢である。
リンダの技巧は、戦闘向きではない。だから、その持ち前の頭脳を用いて戦う。
頭脳ある者は、事前の準備を欠かさない。
いつもはだらけているリンダも、天才であった。
爆発の煙が晴れる。
そこには、上半身を大きく焦がし、胴から頭までに生々しい大きな傷痕を残したスカーが立っていた。
一閃。
今度こそ、ニフタがスカーの上半身を一閃する。
ずるりとスカーの上半身が地面に落ちる。
勝利であった。
因みにドールは技巧なしの方が強いですが、痛いのが怖いのと、家族が好きなので技巧は常時使用しています。
もっと因むと、家族を負かした場合それを操ることが出来ますが、ドールは全部殺してしまうのでその能力が使われたことはありません。
怖いねこの能力。
追加で因むと、ドールとスカーには血縁関係があります。ま、何で一家でクレープスになったのかは、知りませんけどね〜
何か、あったのでしょうかね。




