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神は死にました、過労死です。~異世界カルトを詭弁でぶっ壊して宗教改革しちゃいましょう~  作者: 今井三太郎
第1章『いないよ神様』

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第9話『ともだちでしょ』

 あれから、修道院は少しだけ安全になった。

 戒律にしばられた息苦しさは変わらないけど。


 しいて言うなら、子供が懲罰房に放り込まれることがなくなった。

 そりゃそうだ。



 行方不明の聖教騎士マーガリンは、相変わらず見つからない。

 でも捜索の熱は、思ったよりもずっと早く冷めた。



 その理由は単純で、優先度だ。

 どうやら聖教騎士にとってはマーガリン本人よりも。

 彼女が追っていた“古い魔法”のほうがよほど重要だったらしい。


 たしかに家畜化されたコカトリスを、原種にまで回帰させてしまうコロリの魔法はすごい。


 だけど聖教騎士団の騎士の安否よりも大事だとは、とても思えなかった。



 その点、修道長は空気を読むのが上手い。

 あれだけいた騎士たちは、新米の魔法探知要員ひとりを残してみんな帰っていった。


 その残った一人も、修道院という場所柄をわきまえて大人しくしている。


 というより、魔法を探知する装置が大きくて持ち運べないので。

 用意された部屋にこもって待機するしかないらしい。


 数週間でこれらの手筈を整えたのが修道長だった。

 保身がかかっているからこそ、やるべきことをやってくれる。



「アレクシス。朝食を運びなさい」

「はい。修道長先生」



 このやりとりも変わらない。表面上は。

 別に秘密を共有する間柄になったところで、私が偉くなったわけでもない。


 でも絶対的な怖さはすっかり感じなくなった。


 この人は修道長で。大人で。

 孤児たちの上に立つ人間で。


 だけどそれだけ。

 悪魔じゃない、人だ。



「……うう、さむ」

「ぴよっし」

「これはお前のじゃないよピヨシ」



 足もとにまとわりつくピヨシをあしらいながら。

 パンとスープを持って廊下を歩く。


 窓から見えるリンゴの木は、すっかり黄色くなっていた。



 あの一件からずいぶん経った。

 もうすっかり秋も終わりだ。


 私はというと、毎日のようにコロリとピヨシに振り回されている。



 ……というわけでもなかった。



「コロリ、入るよ」



 修道院の一室、本来は客間として使われている部屋。

 そこはいま、ほとんどコロリの私室と化していた。



「けほっ。おはようございます、アルさん。今日の朝ごはんは何ですか?」

「いつもどおり。硬いパンと薄いスープだよ」

「わあ、お芋が入ってます」



 コロリはもそもそと食べながら、たまに咳こむ。



 秋の中ごろから、コロリは体調を崩すことが多くなった。


 好奇心からトラブルを起こしまくるくせに。

 生まれつきなのか、いかんせん虚弱だ。


 いまでは月に何度も、こうして風邪をこじらせている。



 怪我や病は司祭様にお願いして治してもらうのが通例だが。

 どういうわけか司祭様の治癒魔法は、コロリにはまったく効かなかった。


 なので私がこうして看病している。



「アルさん。今日は元気いっぱいなので外に出てもいいですか?」

「嘘つけ」

「ほんとですよう!」



 コロリを寝巻からチュニックに着替えさせ、ピヨシを連れて裏庭に出る。


 丘をのぼると、リンゴの木のたもとから町を一望できた。



「アルさん、あの茶色い建物はなんですか?」

「あれは冒険者ギルドだよ」

「おおー、私も冒険者やってみたいです」

「カブトムシに勝てたらね」



 たぶん無理だろうけど。


 コロリは目につくものを次々と指さし尋ねてくる。

 それを私はわかる限りで答える。



「あの大きな白い建物は?」

「司祭様のお屋敷。このまえ会ったでしょ。あの人の家だよ」

「へぇ、初めて知りました」

「そんなことないでしょ」



 ヴェリナス聖教の司祭屋敷なんて、どの町にもある。

 教会と並んで、教団の金と権威の象徴みたいなものだ。


 私はこれまで抱えていた疑問を口にした。



「コロリはさ。この修道院に来る前、どこにいたの?」



 素朴な疑問だった。

 修道院に預けられるのは、たいがいその町の孤児だ。


 なのにコロリは何も知らない。


 常識がないのはさておき。

 このビタークリークの町で10年も生きてきたなら。

 知っていて当然のことも、まるで知らない。



「んー? 難しい質問ですねえ」

「そうかな?」



 もちろん孤児の中には、自分の生い立ちを話したがらない子もいる。

 私のように、親が処刑されたならなおさらだ。


 だけどコロリはそういう。

 出自を頑として隠すようなタイプには見えなかったから意外だ。


 ひょっとして、どこかの貴族の隠し子だったりして。



 コロリは考えこむと、あの大きなリンゴの木を指さした。



「しいて言うならあそこですかね」

「いやまあ、うん。あの木から落ちてきたのはそうだね」



 なにかしら言いづらい事情があるんだろう。

 ならば踏み込んで聞くこともないか。



 秋の冷たい風が頬をなでた。

 ううさむ。ピヨシであったまろ。



「アルさん」

「なに?」

「楽しいですね」



 なに言ってんだこいつ。

 私はじとっとした目でコロリを見た。


 いつものようにコロコロ笑っている。



「楽しいって……なにが?」

「生きてるって、楽しくないですか?」

「別に。意味わかんないんだけど」



 そりゃあ生きていれば楽しいことも、苦しいこともあるだろうさ。


 だけど生きてるってのは、ただ生きてるだけでしょ。

 そこに楽しいとか、そういうのを感じたことはない。



「私は楽しいです」



 秋風にベールを揺らしながら、コロリは言う。



「冷たい風が楽しいです。リンゴの葉っぱが黄色くなるのも楽しいです。もっと楽しいことがいっぱいあるのかと思うと、とっても楽しいです」

「ふーん……」



 私は黄色い落ち葉を一枚ひろって、ながめてみた。

 ……楽しいかこれ?



「こういうのを楽しむのってさ。もっと小さな子供のすることでしょ」

「私たちは小さな子供ですよアルさん!」

「そりゃそうだけど、そうじゃなくて……」



 コロリの感性は、ときどきわからない。

 楽しいから毎回草食ってお腹壊してるのかこいつは。


 おかげで植生にはずいぶん詳しくなったけど。



 私が手で葉っぱをもてあそびながら、眉間にしわを寄せていると。



「えいやっ!」

「ちょま……なに!?」



 油断していた私の背後から、コロリがとつぜん抱きついてきた。

 思わずバランスを崩して転びそうになる。



「アルさん。こういうの、楽しくないですか?」

「いやこれそういうのじゃ……ふ、普通」

「嘘つき」



 なんだか少し、頬が熱くなるのを感じた。

 子供みたいなことしやがって……子供なんだけど。



 そのとき、私の赤い頬に冷たいものが当たった。



「……わ」

「わあーーーっ! アルさん、見てください!」



 見えてるよ。

 風が冷たいなとは思ってたけどさ。



「……雪だ」

「雪ですアルさん! 私はじめて見ました!」

「それはさすがに嘘でしょ」



 どんよりとした空の下。

 コロリは、今年初めての雪に目を輝かせていた。



「もう少しこのまま見ていたいです」

「その前に背中から降りてよ。重いなあ」



 嘘だ。

 すごく軽い。


 また軽くなったように思う。



「冷えるから中に戻るよ」

「このままお願いします」

「仕方ないなあ……」



 私はコロリをおぶって、修道院に戻った。

 部屋に帰るころ、コロリは私の背中でぐーすかいびきをかいていた。




 ………………。


 …………。


 ……。




 それからひと月ほどが経った。


 冬が本格的に始まり、窓の外は雪景色だ。

 最近は吹雪になる日も増えた。


 だからだろうか。




 その日、コロリは食堂で倒れた。



「……すごい熱……」



 いつもの風邪じゃないのはすぐにわかった。

 コロリは顔中に汗を垂れ流しながら、苦しそうに荒い息を吐いている。


 すぐにみんなで部屋へと運び、交代で看病する。

 雪を詰め込んだ氷嚢(ひょうのう)が、あっという間にぬるくなった。



「司祭様を呼ぶべきかしら」

「……それは無駄かも」

「そうねえ、どうしましょう……」



 あの修道長が本気で心配している。

 半分は、騒ぎを起こしたくないという保身からだろうが。


 とはいえ、打つ手がない。

 病の治療はヴェリナス聖教の専売特許だ。

 だけど司祭の治癒魔法は、コロリには効かない。


 ただ時間だけが過ぎていく。



「……アルさん」



 コロリがかすれた声で私を呼ぶ。



「大丈夫だよ。すぐに良くなる」

「ちょっと今回はダメかもです……」



 らしくもない。

 弱音なんて今まで一度も吐いたことないくせに。


 私はコロリの手を強く握った。



「ダメとか、そういうのじゃないでしょ。今回もただの風邪だって」

「さすがにわかりますよ。自分の体ですから」



 そう言って弱々しくほほえむコロリの頬に、ピヨシがすり寄る。



「ぴよっし……」

「すみません、ピヨシ。私、ピヨシが大きくなったら、大きいフライドチキン食べれるなぁーって思ってました……」

「ぴよっし!?」



 ピヨシが抗議とばかりに、コロリの頬に頭をぐりぐりとなすりつける。


 笑えないなあ。



「アルさん。ありがとうございました」



 ほとんど聞こえないほどの声で、コロリが言う。

 なんで“ました”なの。



「……コロリ」

「めいっぱい楽しめました。夢だったんです。人生を、楽しむの」

「コロリ!!」



 私は叫んだ。

 自分でもびっくりするぐらい大きな声が出た。



「なんだよ、夢って。人生なんてまだまだこれからでしょ」

「アルさん……ずっと黙っていたんですが、実は私……」

「ちょっと黙ってて!!」



 感情的になったって、良いことなんてひとつもない。

 そのことを、嫌というほど知っているのに。



「なに、楽しめましたって。ばかなんじゃないの」

「……アルさん?」

「私に諦めないことを教えたくせに。納得なんてしなくていいって言ったくせに。自分だけさっさと諦めてんじゃねえよ!!」



 心臓がうるさい。

 心がさわぐ。


 不条理に納得するな、抗えと。



「自分ばっかり楽しんで、ずるいよコロリ。私にもさ、もっと教えてよ。楽しいこと」



 泣いたりしない。

 強い目で、コロリをにらむ。



「ともだちでしょ」



 その瞬間、コロリの目が大きく見開かれた。

 驚いた顔しやがって。違うとでも思ってたのか。


 正直、私もこれを言うつもりなんてなかった。

 でも言った。いま言わなきゃいけないから。



「ともだち命令。おとなしく寝てて。すぐ戻るから」



 私はそう言って部屋を出る。

 背後でコロリがなにか言おうとしていたけど、聞かない。


 言えば止められるのはわかってたから。



 私の後ろを、ピヨシがとてとてとついてくる。



「いいの? あいつ元気になったらお前のこと食うよ?」

「ぴよっし!」

「わかった。行こう」



 私は修道院の誰にも見られないよう、準備を整えた。

 そして修道院の外へ出る。


 少し吹雪いているが、やっぱりやめたなんて言えるわけもない。



 何をするかって?

 決まってるでしょ。


 抗うんだよ。


 修道院の蔵書を読んだだけの、半端な記憶をたよりに。


 私は今からこの雪の中、山を登るって言ってるんだ。



「悪かったね。私、薬草にはちょっと詳しいんだ」

「ぴよっし!!」



 あるかどうかもわからない希望を求めて。


 小さな子供と、ひよこ一匹の足跡が。

 雪の上に、今にも消えそうな道を描いていく。



 生まれて初めての家出にしちゃあ。


 まあ、上等でしょ。




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― 新着の感想 ―
この一件により、アルが精神的に少し大人に近づいた感じがしました。 『絶対的な怖さはすっかり感じなくなった。』 『悪魔じゃない、人だ。』 身近な大人に対する気持ちの変化に、私も背筋が伸びるような思いで読…
「ともだち命令」ていう強くて優しい言葉が、心に響きました
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