爆発事故
次の日の午前、執務室。ユウヤとアンジェラは机を並べていつものように大量の書類を捌いている。
「どうしたの? 手が止まってるわよ」
アンジェラの鋭い突っ込みが入る。
「ん? あぁ、悪い。ちょっと、考え事をな」
ユウヤは気を取り直して仕事に励む。何せ昨日長々とお説教を食らったばかりである、ここでご機嫌を損ねるのはまずい。
しかし、書類を捌きつつも、頭の中は別のことで一杯だった。
(いつでも魚が食えるようになったのはいいんだけど……)
そうなのだ。ユウヤだけが魚を楽しむ分にはテッサロニキでいつでも買えるようになったし、大将の店に行けば捌く手間も省ける。
(でも、やっぱり……)
元日本人として、自分の町に魚料理が碌にないというのは絶対に看過できないことであった。
(しかし、店で出すとなると……なぁ)
そうなのだ。ユウヤの町、インぺリアの位置は大陸の中央近くである。冷蔵技術などないこの世界では、新鮮な魚、特に海の魚など望むべくもないのだ。
(『保管』を使って……いや、駄目だな)
ユウヤ自身がそうしているように、『保管』の魔法を使えば、魚を新鮮な状態のままで保管ができるのであるが、これはあいにく第五階梯の魔法である。そんな魔法を使えるのは宮廷魔導士の一部くらいしか存在しない。
いくらユウヤが皇帝であるといっても、料理店を出すためにそのようなことを命じるわけにもいかない。アンジェラやアディオラにブチ切れられるのが落ちである。
(目利きとか捌き方とか修業も必要だしなぁ……)
レストランのオーナーであるユウヤは、優秀な料理人を何人も抱えているのだが、観物ならともかく、生魚の扱いを心得ている者がいるわけではない。
「それに……レストラン・ド・アンピールで出すわけにもいかんよなぁ……ゲテモノ好きな客は少ないだろうし……」
「レストラン・ド・アンピールがどうしたの?」
またもアンジェラに突っ込まれる。
「ん? いや……なんでも……」
その瞬間、耳をつんざく爆発音が鳴り響いた。
「え!? 何、今の音?」
アンジェラがそう言い終わる前に、ユウヤは既に部屋を飛び出していた。
(爆発音は城の下の方からだったな)
『加速』『飛翔』も使い、ほぼ瞬時に城の一階まで辿り着いたユウヤ。衛兵たちが北の通路の方向に向かっているのを見ると、『飛翔』でその者たちを空中から追い抜いていく。
(北側は魔導省の区画だったな)
果たして、爆発の現場は魔道省の実験室の一つであった。ユウヤは部屋の入り口にいたアディオラに声をかける。
「アディオラ、何があった!? 敵襲か何かか?」
「敵襲とかじゃないみたいね。でも、私も今着いたところだから、分からないわ」
「そうか……うわ、こりゃ酷いな」
部屋の中は酷い有様であった。倒れたテーブルや椅子、そして無数の魔法関連の器具の残骸が散乱している。爆発が起こったのはこの部屋のとある一角であったようだ。その証拠に、壁の一部が黒焦げになっており……その前の床には、やはり黒焦げになった人体が倒れていた。魔道大臣のフェイがその人体の傍らにしゃがみ込んで、様子を見ている。
「フェイ、何があった?」
「陛下……おそらくは魔道実験の失敗かと。これから調査いたしますが、当事者がこの状態では……」
「死んでる、よな?」
「まだ辛うじて息はあるようですが……これでは治療も……」
「息があるなら、何とかなるだろ」
ユウヤは黒焦げの人体に手を触れると、おもむろに『治癒』を使う。
本来、この状態ではいくら『治癒』でもどうしようもないが、術者がユウヤであれば話が別である。『治癒』をかけ続けるにつれ、体中の黒く焦げた表皮に無数の亀裂が入り、その下からは奇麗な状態の皮膚がのぞき始める。
「……これくらいで、大丈夫かな」
ユウヤは魔力を切った。フェイ達が表面の黒焦げを払っていくと、傷一つない魔人族の男の体が露になった。意識こそ戻っていないものの表情は安らかになっており、呼吸も落ち着いているようだ。
「大丈夫だと思います」
「で、誰なんだ、これは? 知らない奴だけど」
「名はオルワフェミ・キワダ、宮廷魔導士ですわ。と言っても下位の魔導士ですから、陛下はご存じないでしょう。後はこちらでやっておきますので、陛下はお戻り下さい。後日調査結果を報告しますので」
「わかった」
それから3日後。執務室にアディオラとフェイが連れ立って現れた。
「先日の事故の調査が終わりましたので、報告をさせていただきたいのですが」
「ああ、あの件か。仕事が早いな」
「陛下のおかげで、当事者、つまりオルワフェミ本人から直接聞き取りができましたからね。まず原因ですが、やはり魔法実験の失敗による爆発、というか自爆というのが真相でした」
「魔法の実験っていうのは、そんなに危険なのか?」
膨大な魔力を持つがため危険すぎるとして魔道研究を止められているユウヤには、その方面の知識がない。
「ええ、だからこそ色々な規則を定め、安全を図っているのですが……オルワフェミは今回それを無視して、規定以上の素材を使った実験を行っていたようです」
「……困ったもんだな」
「はい。次に処分についてですが、オルワフェミ自身は爵位を剝奪の上、宮廷魔導士を免職いたします」
「意外と軽いな。確か法律上は……半年以下の拘禁やインぺリア追放もありうる罪だったはずだけどな」
「その通りですが……まずは当時実験室に本人しかいませんでしたので、怪我人がいなかったことに加えて、情状を酌量した上での処分です」
「情状?」
「ええ、宮廷魔導士の中では年若く下位だったこともあって、かなりの宮廷魔導士が手伝いなどをさせていたようです。そのため自分の業務の時間が削られ、無理をした結果が……この事故のようです」
「……酷い話だな」
「魔導士として優秀なうえ手先も器用、人が良くて頼まれてもいやな顔一つせず付き合ってくれるということで、他の者たちからするととても使い勝手がよいということで、多くの宮廷魔導士から頼られていたようです」
アディオラがその先を続ける。
「手伝わせてた方も、まさかここまで大人数に使い倒されてるとは思ってなかったみたいね。減刑の歎願が多くて……結局、軽い処分で済ますことになったのよ。それと、本人以外にフェイを含めて上司達も監督不行き届きの咎で減俸になったわ。詳しくはその書類のとおりよ」
「そうか……若くて優秀な魔導士ってことなら痛いけど、まぁしょうがないな」
「まぁ、だからこそ使い倒されたんだけどね。第五階梯を使える魔導士なんて、やっぱり便利だし……」
「へぇ、第五階梯をねぇ……属性は?」
「風属性よ」
「風属性で第五階梯って……『保管』か?」
「ええ、だから、荷物を運ぶ手伝いとかも多かったみたいよ」
「確か、手先が器用だって言ってたよな。こりゃあいい」
「何がいいのよ?」
「あ、いや……なんでもない。それより、こいつ今はどこにいるんだ?」
「今日屋敷を引き払ったと聞きました。カネム・ボルヌに帰るということでしたが……」
鬱蒼とした森を切り分けたように真っすぐに通る街道を、一人の魔人族が歩いている。
この街道はユウヤが切り拓いたもので、インぺリアとカネム・ボルヌをつなぐ街道だ。ここから暫くは町もないため、目的地は遠いはずなのに、男は荷物一つ持っていない軽装である。ローブを身にまとっているところからすると、魔術師のようだ。
男の足取りは重く、その顔は陰鬱な表情を浮かべたまま、時折足を止め上を向いて嘆息をする。
(カネム・ボルヌに戻ったとて、どうするのだ? もはや故郷に帰ることもできぬというのに……とは言っても、咎人たる私がインぺリアに留まることなど、許されることではないし……)
男の名はオルワフェミ。つい先日までインぺリアの宮廷魔導士だった男だ。
出自は平民であるが、魔人族としても稀有な魔法の才覚を見込まれ、領主に養子として迎えられた。とはいっても領主の爵位を継げるわけではないため、その時点では正式な貴族になれる予定ではなかったのだが、ヘキサゴニア帝国建国の際に、領主は養子であるオルワフェミを帝国貴族として推挙してくれたのだ。
平民からするとあり得ないほどの出世であり、本人の才能と真面目さもあいまって将来を嘱望されていたのだが……その将来も爵位も職も、貴族の養子という立場さえ、あの爆発と共に全て雲散霧消してしまった。
(何故私は、あのようなミスを……養父上、いや領主様に一言なりとお詫びをしたいところだが、合わせる顔もない……)
考え事をしていたオルワフェミの足が、ふと止まる。目の前に一人の魔人族が立っている。男は声をかけてきた。
「よう」
「……ご同族のようだが、何か御用ですか?」
オルワフェミの声は固い。人通りもあまりない、このような薄暗い道で声をかけられれば、警戒するのは当然である。
「ああ、頼みがあってな」
「初対面の人間から頼まれごとと言われても……しかも、こんなところで」
「初対面? あぁ、この顔じゃわからんよな」
どう見ても魔人族であるはずの男の顔が、一瞬にして人間族のそれに変わる。それを見た瞬間、オルワフェミは跪いた。
「へ、陛下!! ……私の命を救っていただいたこと、感謝しております。咎人とて、直接お礼を申し上げることも叶わず……それにしても、なぜこんな所に?」
「だから、お前さんに頼みがあるんだよ。その前に聞きたいんだが、この先どうするか、決まってるのか?」
「とりあえずカネム・ボルヌに帰ろうとは思っておりましたが、故郷に帰るわけにもいかず……その先は、何も……」
「それなら、やってほしい仕事があるんだよ。話をきいてくれないか?」
「陛下のお役に立てるのなら、喜んで」
「じゃあ、とりあえず行くぞ」
ユウヤはオルワフェミの腕をつかみ、『転移』を使った。




