英雄のサーガ
「な? 前に言ったとおりだろ」
「ホントだ……」
ちょっとドヤ顔のユウヤに、感心しきりのヴィキ。
二人はユウヤ、いや、表向きはイサムがオーナーである飲食店「レストラン・ド・アンピール」の個室から、こっそりホールを覗いている。
相当広いホールではあるが、空席は殆どない。客層は老若男女、各種族様々であり、料理も席によってまちまちだ。共通するのは、どの客もそれなりの身なりをしていること、料理を心から楽しんでいるのがわかるくらいだろうか。
「うん、料理は楽しんでもらえているらしいな。トラブルとかはないか?」
ユウヤは後ろに控えている店長に聞く。
「大きなトラブルは特にございません。当店のお客様は概ねお行儀がよろしく……まぁ大貴族の方等も時々お越しになりますし、下手な真似もしづらいでしょうな。イサム様が価格を決めた際は少し高めかとは思いましたが、却って『特別な日の定番の店』ということになっておるようで……そんな日にトラブルを起こすことも少ないでしょうし」
「経営状況は?」
「価格を高めにしたおかげもあり、私といたしましては想定よりはるかに順調と考えております。イサム様にとっては想定通りかもしれませんが……会計報告をお楽しみにしていただければと。お陰様で、あのような者を招く余裕もございます」
店長がホールの一番奥、少し空いた場所に歩いていく一人のエルフを指し示す。その空いた場所にぽつんと置かれた椅子に座ると、持っていた袋から竪琴を取り出した。
「吟遊詩人か」
「はい。お客様に料理だけではなく、音楽も楽しんでいただこうかと」
ユウヤとヴィキは個室の席に戻り、妻たちと共に料理を待つことにした。七人でとりとめもないことをしゃべっていると、さっきのエルフだろう、竪琴の音色と共に低く柔らかく、よく通る美声が聞こえてきた。ジュスティーヌの耳がぴくんと動く。
「吟遊詩人が来てるのかい? これは……ひょっとして、マルセルかな? あぁ……相変わらずいい声だね」
「マルセル?」
「エルフ族でも指折りの吟遊詩人だよ。相当金を積まないと呼べないはずだけど……」
「儲かってるっていってたからな」
「確かにこれだけ美味しい料理で、メニューがこれだけ充実してるとなると、ね」
と言いながらも目を閉じ、料理よりも音楽に集中している様子のジュスティーヌ。
歌声は竪琴の音色に寄り添われながら、少しづつ盛り上がりながらも、果てしなく続いていく。
オーナーとして、どちらかというと料理の方に集中していたユウヤだったが、流石にエルフ族でも指折りの吟遊詩人が歌っているだけあって、段々その意識は素晴らしい歌声に侵食されてきた。歌の内容は、床に敷き詰められた罠を素早く躱していく、というもののようだ。
(あれ? この歌詞、どこかで……)
ふとユウヤは不審なものを感じた。もちろん、この歌詞自体を聞いたことがあるわけではない。
「なぁジュスティーヌ、ひょっとして……この歌詞の元ネタって『試練の迷宮』じゃないか? さっきまでは巨大な蜂の群れと戦うって歌詞だったし」
問われたジュスティーヌは一瞬まじまじとユウヤを見つめると、ぷっとふきだした。他の5人、いや、ヴィキを除く4人もくすくすと笑っている。
「ユウヤ、今頃気づいたのかい?」
「あぁ。でも『試練の迷宮』の中がどうなってるかなんて、なんで吟遊詩人が知ってるんだ? 王家でも詳しいことはわからないっていう話だったろ?」
「それは僕たちが潜る前の話だよね? ユウヤは各国の『試練の迷宮』を踏破した後、王に報告をしてるだろう? その内容に、僕たちから見た迷宮外でのユウヤの言行を加えて、各国で「英雄のサーガ」としてまとめられてるんだよ。知らなかったのかい?」
「……全然知らなかった。そうなのか?」
「ああ。今ではどの国でも、吟遊詩人の定番になってるよ。歌えない吟遊詩人がいたら、その人はモグリと言っていいと思う」
思わずユウヤは頭を抱える。自分のことが各国で歌になっているというのは、ただでさえ気恥ずかしいものがあるのに、今の曲を聞いている限り、相当話が盛られているようだ。
「……いくらなんでも盛りすぎだろ」
不満の声を漏らすユウヤに、クスクスと笑うヴィキ以外の5人。何故かヴィキだけはさっきからふくれっ面になっていた。
「ヴィキ、どうかしたのか? さっきからご機嫌斜めに見えるけど」
「……なんでもない」
「なんでもない、ってことはないだろ」
ヴィキと心配するユウヤをみて、二人以外が噴き出した。不審そうな表情になったユウヤに、アディオラが笑いながら説明を始めた。
「ユウヤ、『命の試練』の一階のこと、覚えてる?」
「『命の試練』の一階? ……あぁ、そういうことか」
ユウヤは思い出した。ヴィキと二人で潜ったはいいものの、出現したアンデッドにパニックを起こしたヴィキがめくらめっぽうに魔法を乱射したのだが、命中したのはユウヤにだけ、ということがあった。
(あれ、痛かったんだよなぁ……不意を突かれたし。まぁ、口には出さないでおこう)
「どの国のサーガも基本的には荘重というか、勇壮なものなんだけど……あの部分だけは、やたらコミカルなんだよねぇ」
「……あそこ、一番面白い」
笑いをこらえきれない様子のジュスティーヌと、相変わらず無表情のまま毒を吐くファニーだったが、対照的にヴィキが少し涙目になったのを見て、皆が慌てて口々にフォローに回る。
「まぁ、で、でも、二階以降は活躍したし」
「そ、そうそう。それに、最近は魔法の腕もメキメキ上達してるし」
「『聖光』を一人で使えるなんて、ヴィキ以外に大陸中探してもいないわよ、ユウヤは別枠として」
普段は単純、いやご機嫌を取るのは簡単なヴィキだが、この時ばかりは皆が苦労をする羽目になったのであった。
その後、なんとかヴィキの機嫌も治り、食事も終わった後、ユウヤは白い皿を見つめていた。
「どうしたの? 何か不満そうに見えるけど」
「……うん、まぁな」
「何が不満なの? 相変わらず美味しかったけど思うけど」
「メニューに足りない料理があるんだよ」
「足りない料理?」
「あぁ……魚が、食べたい」
「魚? まぁ、少ないわね。でも、この店にもメニューはあるでしょ? パステイス・デ・バカリャウとか、バカラオとか」
どちらも、干し鱈を使った欧州の料理である。
「両方とも干した魚を使った料理なんだよな。俺が食べたいのは、新鮮な魚の料理なんだよ」
そうなのだ。前世と違って、冷蔵技術が発達していないこの世界では、漁師町でもなければ、新鮮な魚などなかなか手に入らない。料理が一番発展するであろう国の首都が何処の国も内陸にあるこの大陸では、魚料理が発展する素地がそもそもないのだ。ましてや、帝国首都インぺリアの位置は、大陸の真ん中近くである。
「新鮮な魚……は、確かに食べる機会はないわねぇ」
「この世界で有名な魚料理とかって、ないのかな」
「我が国ではハクレンの清蒸などがありますよ。臭みがある魚なので、腕のある職人でないと美味しく作れませんけど」
答えたのはクァンメイくらいで、他にはかばかしい答えがない。ただ、ヴィキだけは何か言いたそうな、言いたくなさそうな微妙な表情になっていた。
「どうした、ヴィキ?」
「いや、その……アタシの国はあまり料理が発展してないというか、なんというか……ちゃんとした料理の話じゃないんだけど……」
「だけど?」
「なんか、どこかのど田舎で、奇習があるらしいのよ。なんか、魚を……生で食べてるらしいの」
他の五人が目を瞠った。
「ちょっとそれは……」
「お腹を壊す、わよね?」
皆に突っ込まれたヴィキが居心地が悪そうになったところで、ユウヤが食いついた。
「その話、詳しく聞かせてくれ」
「い、いや、ど田舎の習慣で、聞きかじっただけの話だから……本当かどうかも……都市伝説かも」
「調べてもらっていいか? 大急ぎで頼む」
「ユウヤ、本気? っていうか、正気なの?」
「もちろんだ」
実は、ユウヤが本当に食べたいのは、ほかならぬ刺身であった。自分で釣ってでも食べたいとは思っていたのだが、この世界にどんな魚がいるのかもわからないし、仮に一見同じ魚でも生食できるかどうかもわからない。また、皇帝であるユウヤがそうそう帝都を空けるわけにもいかず、そもそもそれなりに忙しいこともあって、今まで考えないようにしていたのだ。
ひょっとしたら、それが叶うかもしれない。ユウヤは逸る心を抑えながら、ヴィキの報告を待つことにしたのであった。




