いにしえの内乱
リッチの研究所の一室で、ユウヤはいつの間にやらテーブルの上に出現していたお茶を警戒もせず飲み干す。
「話し合っとくことはこれくらいかな。後は爵位をどうするかとか、城の連中と細かいことを協議して通達する、と……ところでアディオラ、さっきから様子がおかしいような気がするんだけど?」
条件をある程度詰め終わったところで、ユウヤは突如アディオラに話を振る。魔導士として、魔道を極めたリッチが配下に加わるということで興奮している……のであればわかるのだが、いつもは悠然と構えているアディオラが何故かずっとそわそわしており、リッチをチラチラ見たり、妙に落ち着きがない。
「え?あ……ちょっとさっきの剣、見せてほしいのだけど。誓いの儀式に使った、あの剣よ」
「構わんが……何故だ? 最高の業物ではあるが、魔法などかかっておらんぞ? 魔導士である其方が興味を持つものではないはずじゃがな」
そう言いながらも、リッチはおもむろに『収納』で剣を取り出し、無造作にアディオラへ放ってよこす。その直刀の鞘と柄は一見しても見事なものであったが、手に取ってみると、全体が極々精緻な美しい模様に覆われているだけではなく、宝石や象嵌が随所に施されており、それでいてそれらの細工一つ一つが互いを引き立てるかの如く、ある意味での統一感をもって巧みに配置されていた。
アディオラは慎重な手つきで、ゆっくりと鞘から刀を抜き放つと、白く輝く刀身が現れた。まごうことなき真銀製である。流石に刀身に象嵌や宝石はないが、刀身全体に精緻な模様が配されているのは、鞘同様であった。刃はあくまでも鋭く、真銀製であることを考えれば、只の武器として考えても相当の業物であることは一目でわかる。ユウヤがこの世界に転生してきたときに拝領した真銀製の剣すら、凌駕する逸品である。
「……素晴らしい」
いつもは辛口なファニーが嘆息しつつ一言のみ漏らした以外、いつの間にかアディオラの周りに集まっていた皆が、一言も発することができずただ刀に見とれていた。皆元は一国の王女であり、上等な芸術品など見飽きているにも拘らずである。
しかし、アディオラだけは芸術品を見る目つきではなかった。長い時間をかけて、剣の模様から装飾まで司祭に検分していたが、納得したような表情で刀を鞘に納め、恭しい態度になってリッチに刀を返した。
「魔法など、かかっておらんかったじゃろう? まぁ工芸品としては、貯ったしたものじゃろうがな」
そう言ってリッチが『収納』で刀を仕舞い込んでいると、突然アディオラがリッチの前に跪いた。
「貴方は、いや、貴方様は……『魔道大公』こと、アデバヨ・イフェ大公閣下、でいらっしゃいますね」
リッチがぴくっと反応し、そのまま暫く何かを考えこむように頭を少しもたげていたが、絞り出すように一言を返した。
「なぜ、そう思うのじゃ?」
「全属性持ちであること、リッチとして転生できるほどの強大な魔力を持つという時点で、歴史に残る魔導士であることは分かっておりました。あとはアデバヨという御名、それに加えて……聖剣リジル。もはや、疑う余地はございません」
「ふむ……我の名はもちろん、リジルまで存じおるとは、な。遠い昔、そう、千年も前の話なのじゃが……」
「オヴォド家は何千年たとうが、貴方様から受けた恩義を忘れることはございません。聖剣リジルについても、精密な絵画が残っております」
「オヴォド家? 確か現在の、カネム・ボルヌ王国の王族の姓であったな。今の王家に何かしてやった覚えなど、ないのじゃがな」
「オヴォドというのは、元はオエウェレ様が名乗った仮の家名です。そう、貴方様の甥、オエウェレ・イフェ様でございます」
「つまり我が甥は……生き延びたのじゃな。その上、新たな王朝の始祖となった、と。それにしても、何故家名を変えたのじゃ?」
「生き延びるためです。あの大反乱時代が初まった頃、まだ幼いオエウェレ様は数少ない側近達と流浪の日々を送っておりました。常に襲撃や暗殺に怯えねばならなくなったオエウェレ様達一行は、本名を名乗るわけにもいかず……」
「……なるほど、の」
リッチは納得したかのように深くうなずいたのを見て、ユウヤが口を挟む。
「あー、二人で盛り上がってるところ悪いんだが、こっちにも分かるように話してくれないか?」
「いいわよ。まず、このリッチ、いやこの御方の正体は、カネム・ボルヌ王国前王朝、イフェ王朝最後の王の王弟にして当時史上最高の魔導士と謳われた、『魔道大公』アデバヨ・イフェ大公閣下よ。そして現王朝、オヴォド朝初代国王の叔父上でもあられるわ」
「ってことは……このリッチ、いやアデバヨはアディオラの遠い親戚、ってことか?」
「そうなるわね。あぁ、忘れてたわ」
アディオラはそう言うとリッチに向き直り、丁重に貴人に対する礼をする。
「遅くなりましたが、ご挨拶申し上げます。私、カネム・ボルヌ王国オヴォド朝第78代国王、エカラデルハン7世が長女にしてヘキサゴニア連合帝国初代皇后が一人、アディオラ・ユリウスにございます。ご先祖様におかれましては、ご機嫌麗しゅう」
「元イフェ王朝『魔道大公』、アデバヨ・イフェじゃ。我が任務も果たせず犬死にしたにも関わらず、千年たってなお空しくこの世に恥を晒しておる。それも、アンデッドと変わり果てた身でな」
「犬死になど、とんでもございませんわ。アデバヨ様はその命と引き換えに、ご先祖様を救われたのですから。オヴォド家は未だ御恩を忘れていないと申し上げたはずです」
「む……」
ここで、またユウヤが口を挟む。
「なんか物騒そうな話になってきたな。千年前、何があったんだ?」
「カネム・ボルヌ帝国で、史上最大とも言われる内乱があったのよ。内乱は10年も続いて、全人口の半数が死に絶えるほどの激しい内乱だったらしいわ」
「それで?」
「首謀者は、当時の宮廷魔導士長。魔導士として一流だったけど、それよりも権力欲の塊のような男だったらしいわ。彼は時間をかけ、謀略の限りを尽くして宮廷魔導士達を纏め上げ、軍部の一部も掌握し、建国記念祭のその日、遂に事を起こしたの」
「続けてくれ」
「建国記念祭は国をあげての祭事だから、主な王族や貴族が全て城に集結するわ。そこでクーデター起こして王族や大貴族を全滅させ、宮廷魔導士長が王として新たな王朝を起こすという計画だったみたい」
「ん? 宮廷魔導士長が王になっても、皆納得するのか? 普通は傀儡の王をたてたりするもんじゃ……」
「それが、宮廷魔導士長も遠いけれど、一応王家の血を引いてたのよ。だからこそ、王家だけじゃなく、王家に近い貴族を全滅させるために建国記念祭の日を選んだみたいね。でもクーデターでは、二つだけ計算違いが起こったわ」
「計算違い?」
「まず一つは、当時は幼かった王太子のオエウェレ様と、その側近にだけは逃げられたことよ。二つ目は、『魔道大公』の力を見誤ったことね」
「見誤った?」
「当時でも『魔道大公』は当代、いや史上有数の魔導士というのは知られてたわ。クーデターの一因として、宮廷魔導士長の『魔道大公』の才能への嫉妬があったと言われているくらいにね。だから、反乱軍も相応の準備をして臨んだのだけど……」
「それでも『魔道大公』の力を図り損ねていたらしいわね。アデバヨ様はオエウェレ様を逃がすべく反乱軍の前に立ちふさがり、魔導の極致を尽くした猛攻を続けたの。それこそ、魔力が枯渇して倒れるまでね。少し眉唾物だけど、この時は複数の魔法を同時に発動したとか、人の身で第七階梯の魔法まで行使したとかいう話まで残ってるわ。結果としてアデバヨ様は命と引き換えに、オエウェレ様を逃がしきったというわけね」
「なるほどな。その後は?」
「オエウェレ様を逃したうえに、アデバヨ様の反撃があまりにも凄まじかったせいで反乱軍は半壊、宮廷魔導士長も意識不明の重体。即位式をあげるどころじゃなくなったのをいいことに、王国の至る所で領主達が蜂起したのよ。その後は国土全体が血で血を洗うような内乱が続いたのだけど……結局は成長したオエウェレ様が全国を再統一して、今のオヴォド朝になったっていうわけね」
アディオラの話は終わり、暫くは誰も口をきかなかったが、暫くしてリッチが重々しく口を開く。その言葉には、深い悔恨がにじんでいた。
「……そういえば、聞こえは良いがの。実際は研究にのめり込みすぎて、宮廷魔導士たちの統御を疎かにした我の責任じゃ。奴が怪しげな動きをしていたことは認識せぬではなかったが……甘かった。今少し、気を配っておれば……」
すかさずアディオラがフォローを入れる。
「そのようなことまでは伝わっておりませんが、最終的にアデバヨ様のおかげでオエウェレ様が、名を変えながらも王統を繋げることができたのです。そうご自分を卑下しないでくださいまし」
ユウヤもそのフォローに同調する。
「王統も続いてたんだから、もういいんじゃないか? 千年も苦しんできたんだしな。ところで、話を聞いてて気になったんだけど、なんでその……リッチになった後は内乱に関わらなかったんだ? まぁ、王家が何処にいたかわからなかったってのはあるだろうけど、各地に知り合いの領主もいただろう?」
「アンデッドとして転生するには、死んだ者の体内で、その者に見合う量の魔力が凝集するのを待たねばならぬ。ゾンビやスケルトンなどの低級なアンデッドならそれほど時間もかからぬし、屍術師ならば魔力を強制的に送り込んで転生させることもできようが……現に我がリッチとして自我を取り戻したのは……あの日、魔力枯渇で倒れてから、五十年も経った頃であった。そのころには当然知己も残っておらぬし、知らぬ名の王朝がすでに3代目になっていたことを知った時、興味を失ったのじゃ。それからはこの研究所をこしらえ、魔道に打ち込むだけが我の全てとなった」
「なるほどな。じゃあ今後はそれに加えて、帝国の発展の為に力を貸してくれ。ああ、もう一つ聞きたいんだが、『魔道大公』の大公、ってのはなんだ? そんな爵位、うちの国にはないよな? 公爵が最上位だったはずだけど」
話を振られたアディオラが即答する。
「大公は正式な爵位じゃなくって、最上位の貴族である公爵の中でも特に国に貢献した者に贈られる、要は名誉称号みたいなものね。アデバヨ様は生前、革新的な魔道理論を幾つも打ち立てた方だったから……魔導史上でもとても重要な人物よ」
「それなら、さっき話に出た爵位をどうするかってことなんだけど……今の帝国貴族を各王国の貴族から選出したときに、元の爵位から一つずつ下の爵位にしたたんだったよな?」
ユウヤはアンジェラの方を見る。
「そうね。ってまさか……」
「大公の下ってことで、公爵でいいんじゃないか?」
アンジェラはこれ以上ないほどの渋面になる。
「まぁ確かに、先の戦争で第二功、元々は王弟で今はカネム・ボルヌ王国で崇められる伝説の存在、強大な魔導士であるうえ、魔道史上に残るほどの理論を打ち立てた人物ではあるけど……我が国最初の公爵が……リッチ……」
「まぁいいじゃないか、初代皇帝の俺なんて、この世界の人間ですらないわけだし」
こうして、強大なリッチが最高位の貴族として帝国初の公爵となった。通常の貴族として伺候はせず、日ごろは自らの研究所で研究に打ち込み、定期的に城を訪れて魔道省に助言を行いつつ、自らの研究等を提供するという労働条件である。
このことにより、帝国の魔道は飛躍的な発展を遂げることになった。




