交渉
扉の向こうは下り階段となっていた。
照明らしきものはないが、床や壁、天井自体がぼうっと光っているため、特に暗くはない。
リッチに先導されるままに降りていくユウヤ達一行。
「『試練の迷宮』みたいね」
強張った表情のアンジェラ。リッチの本拠地に入っていくことを考えると、少し表情が強張っているのも分かる。
「同じ技術を使っておるからの」
とリッチが答える。音量は流石に抑えているが、広くもない階段で回り全体から声が鳴り響くのは相当な違和感があった。
階段の一番下にはまた扉があり、そのまた向こうには少し広めの、テーブルと椅子が備え付けてある部屋があった。
「席に着かれよ、少し手狭じゃが……何せ、この研究室に客が来ることなどなかったからの」
「その前に、とりあえずフェイを返してもらおうか」
「おお、そうじゃったの。こちらじゃ」
入り口と逆方向にあった扉を開けると、そこは長い廊下となっていた。そこかしこに扉がある。
「随分長い廊下だな。どれだけ広いんだろう?」
とはジュスティーヌの弁である。緊張を解いてはいないが、表情をよく見ると隠しきれない好奇心がうずいているのがわかる。
(そういえば、昔から冒険にあこがれてるって言ってたっけな。今も城外をお忍びで良くほっつきまわってるらしいし)
などと考えているのは相変わらず吞気なユウヤである。
「確かあの娘は……あぁ、あの部屋じゃろうな。こっちじゃ」
リッチが案内した部屋に入ると、こちらに背を向けて机に座っている人物がいた。
何やら液体の入ったフラスコを振りながら、一心不乱に何かを書きつけているようだ。
「フェイ」
ユウヤが声をかけるが、全く反応がない。
(何か……されてるのか? 催眠とか、ゾンビ化とか)
ユウヤが不審に思っているのを無視してアディオラが進み出ると、物も言わずにフェイの頭に拳骨を落とした。
「いたっ!! ……ア、アディオラ様? それに、ユウヤ陛下……」
「『いたっ!!』じゃないわよ、何やってるの!?」
「え? いつも通り研究をしておりました。リッチ殿の研究はとても素晴らしく……」
「自分が捕虜って分かってるの!? 全くこの娘は……」
「あ……そうでした。助けに来てくれたのですか?」
フェイの言葉に頭を抱え、溜息をつくアディオラ。対照的に心配そうな表情を浮かべたのはユウヤである。
「フェイってこんな性格だったか? 何か頭でもいじられたんじゃ……」
「我は何もしておらんぞ」
「この娘、元々こんなもんよ。普段はまともに見えるけど、研究となると……はぁ」
すかさずリッチが抗議し、アディオラも同調した。
フェイを取り返し、入り口の側の部屋で改めてリッチとの話し合いを始める一行。
「まずは、我からの条件じゃが……先程申したが、普通に伺候するというのは流石に無理があるじゃろう?」
「まぁ、そうだよな。言っちゃ悪いが、リッチが大っぴらに城の内外をうろつきまわるってのは、流石にな」
「そこで我としては、この山自体を我が領地として認めてもらいたいのじゃがな」
すかさずアンジェラが割って入る。
「それは難しいわね。帝国法上、貴族でなければ領地を持つことは認められないわ。それに、領地があるのならば、税も納めてもらう必要もあるし……現金なんて持っていないでしょ?」
「む……確かに現金など、我には必要がないからの」
「帝国はできてまだ間もないし、未開の地に首都だけがある状態だから、領土持ちの貴族もまだいないのよ。そんな状況で、最初に領地を与える相手に特例を認めるのは、流石にまずいのよね。ユウヤは法律を覚えてるでしょ?」
「あー、確かにそうだったな」
リッチは顎に手を当てる。
「税は現金でなければならぬのか? 現物でなら払うこともできようが……」
「現物? 何を払ってくれるのかしら?」
「研究成果や、素材と言ったところじゃの。何せ千年も続けてきたのじゃ、それなりのものはある」
アンジェラはフェイに視線を移す。
「フェイ、魔道大臣としてどう思う?」
フェイはパッと表情を輝かせる。
「ええ、ええ、それはもう素晴らしいものが無数にありますわ。そこかしこに無造作に転がっているものが、精鋭魔導士が半生をかけて研究するに値する研究の成果だったりしますもの。例えば……」
「ああ、もういいわ。税については問題なさそうね。でも、貴族でない者に領地を与えるわけにはいかないし……」
「俺の権限で任命すればいいだろう?」
ユウヤが口を挟むが、アンジェラがすかさず反論をする。
「何言ってるの? いくらユウヤが皇帝だからって、隙に貴族を任命できるわけじゃないわよ? 帝国法は覚えてるんでしょ」
「あぁ……あれか、帝国に多大な功をもたらすっていう条件があったよな」
「そう。建国の時は例外的に、六王国いずれかの貴族を帝国として任命したけど、あれは建国の経緯的にそうせざるを得ないっていう事情があったし……今回はそういった事情もないわよね」
「確かになぁ……」
腕組みをして天井を見上げるユウヤ。リッチがぽつりとつぶやく。
「建国の前なら、多少の功はあったんじゃがのう……」
「建国の前? 何の功があるっていうのかしら」
「なに、先の戦争の際に、ダッバレミめの部隊を一つ潰してやったのじゃ。実際は、新たな技を試してみたかっただけじゃったんじゃが……」
「新たな技?」
「そう、はるか昔、人であるころは使えておったんじゃが、不死の身となった際に失われた技じゃ。さっきも使ったんじゃが……そこの魔族の姫、いや今は皇后陛下じゃったの、気づいておるかの?」
「……『結界』」
いつもに似ず今日はおとなしいアディオラが、ただ一言を返す。
「正解じゃ」
「あの『結界』、魔道具で発生できるものをはるかに超える代物だったわ。でも、アンデッドであるあなたが、聖属性を使えるわけはないはずなのだけど」
「そうじゃな。実際、この姿になってから色々試してみたが、使えるはずもなかった。まぁ成功したとしても、それはこの身の破滅を意味するじゃろうがの」
「それを、どうやって使えるようにしたのかしら? 一魔導士としてとても興味があるのだけど」
「我は何もしておらんよ。報酬、だそうじゃ」
「報酬? 誰からの?」
「……神じゃ」
「え?」
「覚えておろう? あの日、我はユウヤ陛下と其方に打ち倒された。そして……消滅したと思った瞬間、我は不思議な部屋におった。そして、目の前には六人が座しておった。見た目こそ人のそれじゃが、発する気はあからさまにそうではなかった」
「神々……だろ?」
ユウヤが口を挟む。何せ、ユウヤ本人が何度もその部屋にいたことがある。
「その通りじゃ。そして彼らはこう言った。彼らの課した使命を果たしたゆえ、消滅した我の体を再構築し、我が拠点に帰してやると。そして、ユウヤに復讐をしないことを条件に何らかの報酬を渡そう、と」
「そしてあなたが望んだのが……」
「そう、聖属性を再び使えるようになりたい、と言った。我を勝手にに転移して勝てぬ闘争を強いた神々に思う所もあっての、どう考えても不可能な望みをあえて言ったつもりじゃったが……」
「……神々なら、可能かもしれないわね」
「おかげで、研究できる範囲が劇的に広がったのじゃ。何でも言ってみるもんじゃの」
リッチは頭蓋骨の顎を少し上げてみせた。おそらく、本人的には満足な表情なのであろう。
アンジェラが少しイラついた表情になる。
「あなたが聖属性の魔法を使えるようになった経緯はわかったわ。でも私が聞きたいのはそれじゃなくて、あなたがどんな功を立てたか、なのだけど。何処の舞台をダッバレミの部隊を潰した、と言っていたけれど、何処の部隊をどう潰してくれたのかしら? あの戦場にリッチが現れた、何て報告はなかったはずよ」
「この姿じゃと、最悪ユウヤと戦う羽目になりかねぬからの。これを付けておった」
リッチは『収納』で取り出した仮面を見て、フェイがあっと声をあげる。
「その仮面は……!」
「何か知ってるのか?」
「陛下は覚えておられますか? 先の戦争の際、山脈を迂回したアリーユ将軍の別動隊が壊滅したということがあったのですが……」
「あー、そういえばそんなことがあったっけな。やたら強力な『聖光』とか『治癒』を使う仮面の魔導士が現れたとかいう……俺じゃないかって疑われたんだけど」
「まさしく、その仮面と同じ者でございます。絵を見せてもらったことがあるので、間違いございません」
クァンメイも話に加わってきた。
「あの時の……!!いつの間にか姿を消し、結局誰の仕業かわからなかったという……我ら竜人族は大いに助けられたというのに、礼の一つもできず……」
「なに、気にすることはない。只の試し撃ちじゃ。で、これは功績になるのかの?」
リッチはアンジェラに水を向ける。
「……なるわね。というか、あの戦争全体における第二功と言ってもいいわ。まぁ、殆どの功を一人で持って行った人がいるからだけど……」
こうして、帝国直轄領から初めて封土を与えられる貴族が、よりによってリッチになることが概ね決まった。その封土が人一人住まない山であること、研究成果が税の代わりになることなども含め、あまりにも特殊すぎてアンジェラを始めとした担当貴族たちが頭を抱えることになるのだが、それはまた後の話である。




