再会
出現したリッチは人一人分位の高さに浮遊し、悠然とユウヤ達を見下ろす。
遠征隊を庇うように一歩前に出たユウヤに、例の何処から響いてくるかわからない陰々とした声で、意外なことを語りかけてきた。
「ユウヤ……いや、皇帝陛下とお呼びすべきかの? ……久しいのう」
「……久しい? リッチに知り合いなんぞ……いや、一人いたが、そいつはもう消滅しちまったしな」
「ここに……いるではないか」
「まさかお前……アデバヨ、か?」
「皇帝陛下に我が名を覚えて頂いているとは、光栄の極み」
リッチはわざとらしく、大げさに一揖して見せた。
(そういえば、少し人を食ったようなところがある奴だったな)
そう思いながらも、ユウヤは言葉を続ける。
「塵一つ残さず、消滅したはず……だけど? あれは目くらましだったとかか? それとも何か復活の秘策があったとかか?」
「どちらでもない。そもそも復活の秘策など、幾ら年経た我と言えども手に負える業ではないでの」
「なら、何故生きて、いやリッチなんだから生きてるわけじゃないか……とにかく、何でここにいる!?」
「確かにこれは我にとっても、想定外のことでの……まあ、今はそのようなこと、どうでもよい。用向きを伺おうかの」
ユウヤの後ろから一歩進み出たクァンメイが、鋭く言い放った。
「知れたこと! この帝国にまつろわぬ存在、邪悪なるアンデッドを成敗しに来たまでです!! 加えて、我が兄と遠征隊の仇、討たせてもらいます!」
「兄の仇? ああ、あの竜人族……くたばりおったのか? 手加減を間違えたかの。死人が出ない程度には手加減したつもりじゃったが」
「た、確かに……誰も死んではいませんが……」
「そうじゃろう、そうじゃろう。我が腕も、まんざらでもないの」
クァンメイの言葉に、顎をしゃくるリッチ、表情のないはずのしゃれこうべが、何故か満足げに見える。
「ほぅ、死なないように手加減してくれた……と。てことは……俺をおびき出すのが目的ってことか?」
「皇帝陛下に対し、おびき出すとは人聞きの悪い。お招きした、という所かの」
「つまり、復讐が目的か」
「まぁ、そう早まるでない。物は相談じゃが……見逃してもらえんかのう?」
「はぁ? 見逃す? どういうことだ」
「言葉通りじゃ。実は最近新たな能力を得てのう。其方に勝てるようになるほどのものではないが、おかげで研究が大層捗っておる。今我が消滅するのは、この世の魔道にとって、取り返しのつかぬ損失となろう。そこでじゃ、この山を我が領地として認めてもらいたい。無論タダとは言わぬ、我が研究成果のうち、幾つかを見返りとして、そちらにも流そうではないか。千年生きた我の研究成果じゃ、人の身では決して届かぬ程の貴重なものじゃぞ」
「ふざけないで!」
リッチの言葉を遮ったのはアンジェラである。
「いくら魅力的な取引材料を出されても、リッチと取引なんかできるわけがないでしょう!? 邪悪なアンデッドの中でも最も冷酷にして狡猾なリッチの言葉なんて、誰が信じるっていうのよ!」
(こいつの惚けた態度をみてると、あんまり冷酷猾とか思えないんだけどな)
ユウヤは吞気なことを考えつつ、アンジェラの言葉を次ぐ。
「帝国皇后がこう仰せなので、取引は却下だ。そこで提案なんだが、この大陸から出て行ってもらうっていう選択肢はないのか?」
「それはできぬのう。この山には我が千年にわたる研究成果が山のように眠っておってのう、そう簡単に他所に行くわけには行かぬのよ」
「そうか。じゃあ残念だが、交渉は決裂だな」
ユウヤのその言葉が終わったか終わらぬかの間に、少し幼い大声が響く。
「『聖光』!!」
その瞬間、天から真っすぐに巨大な光の束が降り注いだ!
光の束は瞬時にリッチに着弾し、直径10m程の火柱、いや光の柱が轟音をあげながら屹立する。
「は!?」
ユウヤが振り向くと、そこにいるのはヴィキであった。その傍らではアディオラが満足げな表情を浮かべている。
「どうよ、私の魔法!」
ヴィキがとてつもないドヤ顔をする。
「……『聖光』って、確か第六階梯じゃなかったか? 使える者はほとんどいないって話じゃ……」
半ば唖然としているユウヤに、アディオラが嫣然とした笑みを浮かべて答えた。
「だから、すごく才能があるって言ったじゃない。その才能に、私とフェイが理論を教え込んだ成果が、これよ。これならいくらリッチと言えど、ひとたまりもないでしょう」
「……確かにな」
光の柱は、いまだ轟音をあげながらその場に屹立している。その中心にいる、いや、いたリッチは見えないが、確かにこれで無事なわけはないであろう。誰もが何の疑いもなくそう思えるほどの、偉大にして壮麗な光景であった。
皆が眩しくも美しい光の柱に注目していたが、数分も立つと光が段々弱くなってきた。しかし……
「光の中心辺りに、何か丸いものが見えるんだけど」
最初に気づいたのはユウヤである。確かにリッチがいたあたりに、何やら球体のようなものがある。
そして光が消えた後にそこにいたのは……リッチと、リッチを取り囲む透明な球体であった。何処からともなく陰々とした声が響く。
「『聖光』か。よもや其方のような幼子が使えるとはの……見事であったぞ」
「幼子じゃないもん!」
すかさずヴィキが抗議する。そんな場合とも思えないが。
一方、愕然とした表情のアディオラの口から、呻くような声が漏れる。
「そんな……あれは……」
「『結界』、だよな。そんなに驚くことか? 『結界』を休憩に展開するのは、俺もやったことがあるけど」
ユウヤの疑問に、アディオラが反駁する。
「そこじゃないわよ。あの『聖光』、半端な『結界』なんて簡単に叩き割る程の威力だったのよ。それを、あのリッチは易々と防御した。それほど強力な『結界』を咄嗟に張れる魔道具なんて……」
「魔道具? 本人の魔法じゃないのか?」
「『結界』は聖属性よ? アンデッドであるリッチが使えるわけないでしょう」
強張ったアディオラの言葉を聞いて、リッチは顎を突き出す。表情がないそのしゃれこうべは、なぜかとても満足げに見えた。
「相変わらず聡いの、魔族の姫、いや失礼、今や皇后陛下じゃったか。前に来た竜人族の傷は、調べなかったのかの?」
「そういえば、変わった傷跡だったわね。まるで針金のような、ごく細い物で刺したような……」
「子細に調べてはおらぬようじゃの。あの傷を作ったのは……これよ。『聖弾』」
リッチがおもむろに片手を挙げると、その指先から極細の、白い光がほとばしった。
その光はユウヤ達の側を通り抜け、爆音を立てて背後にあった木に命中する。
「『聖弾』か……にしちゃえらく細いような……あ、確かに今のを食らえばツァンフェイみたいな傷ができるのか」
得心が言ったようにユウヤが首を縦に振る。
「感心してる場合じゃないわよ、ユウヤ。今のは確かに『聖弾』、しかも魔道具によるものじゃないわ」
「確かに、アンデッドが聖属性の魔法を使えるってのは妙だな」
「それだけじゃないわ。今の『聖弾』、普通じゃないわよ。とてつもなく強大な魔力が込められてたわ。しかも、それだけの魔力をあれだけ細い光線として撃ちだすとは……」
「魔力の収斂、だよな。しかも、前とは比べ物にならないほど収斂されてる」
「正解、じゃ。其方に破れて以降、魔力の収斂を一から改めて突き詰めてのう……さっきのがその成果じゃ」
「なるほど、大した成果だ。最も」
ユウヤはやおらアグラヴェインを鞘から抜き放つ。
「それで俺に勝てるかどうかは、別問題だよな」
「まぁ、そうじゃの……やれやれ、やっぱり奥の手を出さざるを得んか。気は進まんのじゃがのう」
リッチは『収納』を唱えると、一本の剣を取り出すと、鞘ごとその肉のない手で握りしめる。その剣はいささか細身ではあるが長剣と言って良いほどの長さであった。
鞘から抜いてはいないので刀身は見えないが、その鞘や束一面に様々な象嵌や宝石などの装飾が施されている。それも、ただごてごてとした派手な物ではなく、慎重に考え抜かれた上、一部の隙なく配置された、気高くまさに見事な意匠である。
王国の宝物庫こそがふさわしい、まさに宝剣と呼ぶべきその剣を、禍々しさを具現化したような存在であるリッチが手にしていることは、名状しがたい対比を生み出していた。
「なかなか凄い剣だな……さぞ強力な魔法が込められていると見た」
ユウヤは感嘆の声をあげる。もちろんアグラヴェインを構えたままだ。
「魔道具というわけではないんじゃがの。まぁ大切な品ではあるが……行くぞ」
リッチは剣を持っていない方の手をゆっくりと頭上高く差し上げると、その手にはまっていた指輪がカッと光る。
「眩し……!!」
指輪の光はあまりにも激しく、一瞬にしてユウヤ視力を奪った。アーティファクトである兜、ベディヴィアの能力があれば防げるはずの光であったが、生憎装備はしていても、魔力を通していなかったのだ。ユウヤの油断は今に始まったことではないが。




