親征
「その直後、奴に気を取られていた我々はいつの間にやら辺りに集結していたらしい大量のアンデッドの奇襲を受けました。総大将がいずれも退けられ、あっけにとられた隙を突かれ、死者が出なかったのが不思議なくらいの苛烈な追撃を受けながら、這う這うの体で退却したというわけです。この部屋にいる者の殆どは、その時の負傷者です」
いつの間にか側に来ていた副官が補足する。
「なるほどな、よくわかった……で、その骸骨って、リッチだよな。伝説の、類まれな存在なんじゃなかったか?」
「……そうね。この大陸に複数のリッチがいるなんて考えたくもないけど……大量のアンデッドを操るだけじゃなく、ツァンフェイとフェイを一撃で、となると……」
「他に考えられない、ってことだな」
ユウヤはゆっくりと立ち上がる。
「どうするの?」
心配顔のアンジェラたち。
「ツァンフェイとフェイがやられたんなら、俺が行くしかないだろう? 心配しなくても、俺ならリッチに勝てる。戦ったこともあるしな」
早速『飛翔』で南の山に向かおうとしたユウヤだったが、皆に総出で止められる。
イサムが出撃するということは、皇帝陛下のご親征ということになる。一人での親征など考えられないということだ。
それならイサムとして一人で行くと言ったのだが、それすらも却下された。
この件は、遠征が失敗したことまでインぺリア内では既に話が広まっており、民の不安を鎮めるためにも、リッチを倒したという結果と報告がどうしても必要である。
仮にイサムがリッチを倒した場合、イサムは救国の英雄ということになってしまうため、その存在を隠しておくことはできなくなると言われると、流石にユウヤとしても我を通すことはできなくなった。自由に動き回るための仮の姿が英雄として崇め祀られたのでは本末転倒である。
そのためユウヤは、
「やれやれ、皇帝陛下ってのも、面倒なもんだな」
などと独り言ちながら、配下の皆があわただしく出征準備を整えるのを眺めていた。
「しょうがないでしょ。この大陸全体を統べる存在なんだから、それなりの形式と威儀ってのは必要に決まってるでしょ。そろそろ慣れてもらえるかしら?」
いつの間にやら後ろにいたアンジェラが冷静な突っ込みを入れる。
アンジェラはいつもの豪華なドレスではなく、レザーアーマーに身を包んでいた。髪も邪魔にならないように結い上げている。
「懐かしいな、その格好。『試練の迷宮』の時の装備だよな……ん? ちょっと待て。アンジェラも行くつもりか?」
言われたアンジェラは意外そうな顔をする。
「当然でしょう?」
「いやいやいや、幾ら親征っていっても、何で皇后まで行くんだよ!? リッチは最強クラスの存在だぞ? 俺なら勝てるとは思うけど、わざわざアンジェラを危険にさらす理由はないだろ? だいたいアンジェラがいなくなったら、インぺリアの方は誰が見るんだよ?」
「インぺリアはスペンサーがいれば大丈夫よ。それに、忘れたの? 南の山には大量のアンデッドがいるのよ。軍の直接の指揮はクァンメイが取るけど、参謀役は不可欠よ」
「ん? クァンメイも出征するのか?」
「もちろん、私たちは全員参加よ。参謀は軍にいくらでもいるけど、私たちならではの役割もあるし」
「皆ならではの役割?」
訝しげな表情になったユウヤを、アンジェラはまじまじと見つける。
「ユウヤの親征になった以上、一番怖いのは……リッチよりむしろ、誰かさんの暴走よ。配下じゃなかなか止められないでしょ」
「誰かさんって……俺のことか? 俺が何をするってんだよ!?」
「分からないけど、例えば……南の山そのものを消し飛ばす、とかかしら? というか、何をしでかすかがわからないから怖いんじゃないの」
アンジェラと言い合いをする間にも、他の皇后たちが三々五々集まってくる。その度に言い合いの相手が増え、旗色がどんどん悪くなるユウヤ。
最終的には、六人相手にあの手この手で言いくるめられたユウヤはがっくりと肩を落とし、考えるのを止めた。
こうして、ユウヤと六人の皇后を筆頭とした第二次遠征隊が結成されたのであった。
「存外に、魔物がいないよな」
「冒険者達が狩りつくしましたからね。冒険者では歯が立たない強大な魔物も、前の遠征隊が潰したようですし」
馬車に揺られながら、窓から外を見やるユウヤ。遠征隊が最後の集落を通り抜けてから既に相当な時間がたっており、馬車がすれ違うのも一苦労するであろう田舎道に差し掛かっていた。前方には既に、目的地である南の山が迫っている。
『飛翔』ならとっくに現場に着いており、何なら掃討も終わっている可能性すらあるのだが、遠征隊を率いている以上、そういうわけにもいかない。
魔物がいないおかげで、遠征隊はこれまでのところ順調に進軍している。
トラブルらしいトラブルと言えば、皇后間で誰がユウヤと同じ場所に同乗するか揉めたぐらいだ。いつ終わるか見かねたユウヤがジャンケンを教え、何とか解決したのだが。
順調なのは悪いことではないのだが、それは言い換えれば退屈ということである。最初は同乗しているクァンメイ、ヴィキ、アディオラと会話をしていたのだが、いつも話をしている間柄である上に、行先が行先なだけにそんなに浮かれた会話をする、という雰囲気にもならない。勢い、会話は途切れがちになっていった。
段々沈黙に耐えられなくなったユウヤは、クァンメイに声をかける。
「もう一度作戦を確認するけど、俺はアンデッド共には目もくれず、リッチだけに集中するんだったな」
「ええ、遠征隊が幾ら精鋭ぞろいと言っても、流石にリッチを相手にするのは無理がありますので。補助として、ヴィキとアディオラをつけます。アンデッドに対しては、私が兵士たちの総指揮をとり、アンジェラ、ジュスティーヌ、ファニーに補佐をお願いしています」
「アディオラの知識は確かに役に立ちそうだけど……」
ユウヤの一言に、ヴィキがむくれる。
「……何をいいたいのよ」
「いや、その……」
ユウヤは口を濁したが、正直なところ不安が残る。ヴィキには『試練の迷宮』の記憶を始めとして、どうもおっちょ……いや、アレな印象がぬぐえない。
「そう捨てたもんじゃないわよ。確かにヴィキは聖属性の魔法しか使えないけど、リッチには聖属性の魔法が有効でしょ? それに、この大陸でも超一流と言われるフェイや私をはるかに凌駕する魔力量があるし、才能もなかなかのものよ」
「才能?」
「ええ、実は帝国建国前くらいから、私とフェイが魔法理論とか魔道具開発の知識を教えてるんだけど、すごく筋がいいのよね」
説明するアディオラの横で、ヴィキが凄いドヤ顔になる。そういう単純なところがアレなのだが。
「そういうわけで、今回は対リッチの方に回ってもらったのよ」
「そういえば、アディオラの主張で決まったんだっけな」
「ええ。ヴィキの『治癒』や『結界』、『聖光』なんかは必ず役に立つでしょうし……それに、試してみたいこともあるし、ねぇ?」
アディオラとヴィキが微笑みながら頷きあう。
「試したいこと? 一体なんだ?」
「教えてあげないっ!」
ヴィキがそっぽを向いた。
南の山にたどり着いた遠征軍は休むことなく、そのまま山を登り始める。
ユウヤ達もここからは徒歩だ。
あまり急勾配ではないにせよ、広目の獣道と言った塩梅でそれなりに歩きにくい道を、言葉は少ないものの、皆どんどん登っていく。
兵たちはともかくとして、皇后たちも疲れた様子一つ見せず登っていく様子にユウヤは感心した。
(日ごろから兵士に混ざって訓練してるクァンメイとかしょっちゅう城外をほっつき歩いてるっぽいジュスティーヌはいいとして、仕事漬けのアンジェラ、酒浸りのファニー、研究室に引きこもってるアディオラまで、よくがんばってるな。それにしても……)
「重いんだけど」
山を登りながらユウヤは不満を漏らす。当然のようにユウヤの両肩に乗っているヴィキに向けてのものだ。
「ふんっ!!」
そっぽを向くヴィキ。どうも馬車の中での会話をまだ根に持ってるらしい。
(拗ねてる相手の肩にちゃっかり乗っかってるのは、どういう了見なんだろうな)
そうして小一時間ほど歩いたところ、遠征隊は少し開けた場所に出た。奥の方にはちょっとした崖が聳え立っている。
「間違いありません。リッチが出てきたのは、あの崖でございます」
前の遠征にも参加していた副官が報告する。
「なるほど……ところでクァンメイ、気づいてるか?」
「ええ、囲まれていますね。警戒していたはずですが、いつの間に……」
「さっき湧いて出たぞ」
「湧いて、出た……?」
「ああ、俺はずっと『索敵』を使い続けてきたからわかるんだけど、俺たちを包囲してる奴ら、待機してたとか集まってきたんじゃなくて、突然一斉に湧いて出た」
「そんなことが……」
「間違いない。まぁ相手が相手だからな、『転移』の魔法陣でも使ってんだろう。で、その相手が……来るぞ」
ユウヤが崖の方を見やる。クァンメイもつられて崖をみると、そこから染み出るように、不気味な黒い存在が、音もなく出現した。




