遠征隊
「我とフェイ殿を隊長として60名の精鋭からなる遠征隊は、何事もなく南の山の麓まで辿り着きました……」
麓の辺りでは、あまり魔物がいなかった。おそらく、冒険者たちにあらかた狩りつくされたのであろう。
ただし、多少気になったのが、大型の魔物がぽつぽつと現れたとのことだ。トロール、オーガ、コカトリスなど、いずれも強力な魔物であり、そこいらの冒険者では手も足も出ない、つまり冒険者の攻撃から生き残ったものと考えられた。これらの魔物いずれも、通常ならもっと山の奥にいるような代物なのだが、これも山頂にいる「誰か」の影響と思われた。
しかしながら、遠征隊は各国から選りすぐられた精鋭の中から更に選抜された、いわばこの大陸の中でも指折りの戦士と魔導士から構成されている。
幾ら強力な魔物たちとて、それら精鋭には対抗すべくもなく、次々と狩られていくのみであった。
あらかた麓の魔物を狩りつくし、遠征隊はいよいよ山を登り始めた。それほど急峻な山ではなく、標高も低い南の山を登る程度、遠征隊員たちには日ごろの訓練に比べて生ぬるいといってもいいくらいのものであり、遠征隊は順調に山を登っていく。
しかし、7合目を過ぎたあたりの開けた場所で、ついに問題の魔物達と遭遇した。
ゾンビ、スケルトン、レイス、ゴーストといったアンデッドどもである。
それにしても、数が異常に多い。遠征隊の倍ほどもいるであろうか。これまでにこの山で死んだ者がこんなにいるはずはない。
しかも、軽く一当てしてみたところ、やたらと統制が取れた動きをしている。通常のアンデッドでは考えられないことだ。
しかしツァンフェイとフェイ以下の遠征隊に、微塵の動揺も迷いもなかった。
「数が多少多いが……恐れるに足らず! 作戦通り展開せよ!」
戦士がゾンビやスケルトンに当たり、レイスやゴーストは魔導士が対応する。
教務省から借りてきた、天使族を中心とした僧侶部隊は現在のところ後方待機だ。本来ならアンデッドには僧侶部隊が得意とする聖属性の魔法が最も有効であるのだが、『治癒』を特技とする彼らは遠征隊にとっていわゆる「虎の子」であり、そう簡単に戦闘に投入するわけにはいかない。
実際、僧侶を抜きにしても遠征隊の戦闘力は凄まじいものがあり、数で倍するはずのアンデッド達は徐々に数を減らしていく。
最初こそ半包囲されるに近い状態の遠征隊だったが、今や数を減らしたアンデッド達を逆に包囲する状態になりつつあった。
総大将にも拘らず、最初は先頭に立って大暴れしていたツァンフェイは、敵の数がある程度減ったところを見計らって、既に後方からの指示に回っている。その表情は非常に満足げだ。
「上澄みを掬って編成した部隊ではあるが……期待以上だな、我が兵は良く練りあがっておる。魔道部隊もな。陛下もお喜びであろう、のう、フェイ殿……ん? その器具は……何だ?」
ツァンフェイが傍らのフェイを見やると、いつの間にやら顔の半分を覆う何やら機械のようなものを装着している。
「これは、偽装を見破るための魔道具よ。アンデッドの数とこれまでの動きから見て、どう考えても背後に魔導士がいるわね。ということは……」
「罠や偽装がある可能性が高い、ということか。難儀なものだな」
「全くね……早速だけど、正面の崖」
「何か見つけたのか?」
「ええ、ご立派な扉があるわ」
「ふむ……何も見えぬが」
「かなり大きいし、豪華な扉よ。宝石まで使って飾り立ててるわ。どうするの? 総大将殿」
「アンデッドどもが全部片付いたら、とりあえず魔導士たちが一斉に魔法攻撃をぶち込む、というのはどうだ? どうせ招かれざる客だ、ご丁寧にノックする必要もあるまい?」
「乱暴ねぇ、あんな豪華な扉を壊すなんて、もったいないと思うけど……でも、扉の向こうがどうなっているかわからない以上、ある意味無難かもしれないわね。それでいきましょう」
フェイが答えた瞬間、辺りに陰々とした声が鳴り響いた。
「それはご勘弁願おう」
その声は辺り全体から響き渡り、声の主が何処にいるのか誰にもわからなかった。
遠征隊の面々が辺りを見回すが、フェイの魔道具を装着した眼だけは正面の扉がゆっくりと、しかし軋み音一つなく開いていくのを捉えていた。
扉の向こうにいるのはたった一人であった。身にまとう、闇よりも深い漆黒のローブに、金色に光る複雑、かつ美しい魔法陣がびっしりと縫いあげられている。フードを深くかぶっているため、顔は一切見えない。
その存在は足一つ動かさず、滑るような動きでゆっくりと、偽装の届いてない崖の前まで進み出た。
「うわっ!!」
「何だこいつ!?」
崖に近い所にいた遠征隊の隊員たちが、驚いて咄嗟に飛び退く。それはそうだろう、偽装を見破ったフェイ以外には崖から突然染み出てきたようにしか見えまい。
「我が眷属達を、よくもこれだけ潰してくれたものだ。これだけのアンデッドを召喚するのは、中々手間なのじゃがな」
どうなっているのか、崖下にいるにも関わらず、相変わらずその声は辺り全体から響いてくる。
「我はヘキサゴニア帝国があ大将軍、シーマ・ツァンフェイである。自らアンデッドを召喚したと自白するとは好都合だ。屍霊術研究と使用の咎で、貴様を連行する。神妙に縛につくがよい」
「ヘキサゴニア帝国? 知らぬな」
「知らぬだと? 元々この大陸にあった六王国が、ユウヤ・ユリウス陛下を推戴して一つの帝国になったのだ。こんな山中に籠っている田舎者でなければ、誰でも知っておる」
「ユウヤ? ふむ……まぁよい。生憎じゃが、これでも研究が忙しくての。汝らに付き合ってやる程暇ではないのじゃ」
「ほう……」
ツァンフェイは目を細めると、腰にした鞘からゆっくりと長剣を抜き放つ。
「素直につかまった方が、痛い目に合わずに済むと思うがな」
「ほう、痛い目、とな? 誰が誰に、じゃ?」
「今教えて進ぜよう……皆の者、手を出すなよ。我の獲物だ」
その言葉に、ツァンフェイとローブの男の間にいた隊員たちが左右に飛び退く。
「一応殺さないように配慮はするが……死んでも恨むなよ」
すり足で、じりじりと間合いを詰めていくツァンフェイ。それとは対照的に、棒立ちのまま、反応一つ示さないローブの男。
周囲が固唾をのむ間にも、両者の間合いは少しずつ詰まっていく。
そこに、一陣の風が吹く。ローブのフードが風にあおられたのを見て、ツァンフェイが一気に襲い掛かった。
その瞬間、ローブの男はすっと手を上げたかと思うと、五筋の針のように細い光線が放たれ、瞬時にツァンフェイの体を貫いたのであった。
仰向けに倒れ込むツァンフェイ。しかし倒れながらも、その目はフードがとれたローブの男の顔を凝視していた。
吐血したその口から、驚愕の声が漏れる。
「き、貴様……その顔は……」
露になったローブの男の顔には一辺の肉もついておらず、眼球のないがらんどうの眼窩には、赤く光る光の点があるのみであった。
「中々の戦士ではあるようじゃの。まぁ、正体もわからぬ相手に突撃するなど愚の骨頂じゃがな。さて、そちら魔導士、この偽装を見破るとは中々の腕よの……我が家にお招きしよう。ほれ」
ローブの男、いや骸骨がよく見るとやはり肉が全くついていないその手をすっとフェイに向けると、その指にはまっている宝石から光の帯が伸びる。光の帯はあっという間にフェイをぐるぐる巻きにし、フェイは一本釣りされたかのように骸骨の手元に引き寄せられた。
「とりあえず、こんなところか……汝ら、戻りてユウヤに告げよ。個の魔導士を返して欲しくば、自ら来いと。それとも、ここでアンデッドの仲間入りをしたいというのであればそれもよいが……そうそう、そこで倒れておる竜人族、とっとと手当をしてやった方がよいぞ。内臓ごと体を五か所も貫かれておるのじゃ、そこの僧侶らの『治癒』程度では些か難しいかもしれぬがな。では、さらばじゃ」
そう言うと、ローブを纏った骸骨が音もなく崖に溶け込むかのように消えていくのを見届け、全員に撤退を指令したところで、ツァンフェイの意識は途切れた。




