視察
変装用の魔道具を皆が手に入れた次の日、早速アンジェラにと街に出たユウヤ。
アンジェラは魔道具の動作確認と、街の視察などともっともらしい理屈を付けていたが、要はデートである。
『カレドニアの賢姫』と称されるアンジェラはここ一年異常、その異名に恥じぬ行政手腕を発揮していたが、それ故に振られる仕事量も半端なものではなく、他の皇后に比べても多忙を極めていた。
そんなアンジェラを、たまには労ってあげるべきだろうとユウヤは考えたのであった。
城から城門まで真っすぐ走る六本の大通りの両側には、既に大きな建物が整然と並んでいる。全てユウヤが建てたものだが、建設していた頃は当然住民などほとんどおらず、各国の総合商会の者や貴族たちがちらほらと足早に歩いていく程度であった。
しかし今、久しぶりに来た街には、祭りのよう……とは言わないまでも、意外なくらい大勢の人が行き交っていた。
行先が決まっているのかただ足早に通り過ぎていく者、店で睨むような目で真剣に商品を見定めている者、声高に商談だか口喧嘩だかよくわからない言い争いをする者、この街に来て間もないのか、珍しさと驚嘆が入り混じった目で建物を見上げている者、つかみ合いをする者達に割って入る兵士など、活気と喧騒に満ちている。
各建物の一階のかなりの部分にはすでに雑多な店舗が入っており、店にもよるが人々が頻繁に出たり入ったりしている。
建物の賃貸料が払えないのか、路上に露店や屋台を出している者も大勢いた。
「意外と……活気があるな」
「まだまだ、城の周りの一部だけなんだけどね。誰かさんがとんでもなく広い街を作っちゃったから……まぁそれはそれとして、想定より移住希望者がかなり多いのよ」
「そうなんだ。なんでだろな」
「理由はいろいろありそうだけど、誰かさんが家賃をやたら低く設定しちゃったせいってのが大きいでしょ。水道も風呂も完備してる立派な石造の家が、庶民にも住める家賃で借りれるって話が、意外と早く広まったみたいね」
「住人が多くなるのはいいことだし、俺の狙い通りだろ? 一応、元も取れてるんだし」
「まぁ、それはそうなんだけど……」
釈然としない表情のアンジェラ。
実は、ユウヤが建てた建物の家賃を設定するにあたっては、結構な悶着があった。最初に係員が提案した家賃は、とんでもなく高い家賃が設定されていたのだ。
「こんな金額、誰が払えるってんだ!? 平民向けの家だぞ? いい加減にしろ!」
めずらしく一喝したユウヤ。
係員達は、これだけの造りと広さで、しかも水道や風呂までついていてこんな金額はあり得ないと激しく抵抗したが、ユウヤは頑として譲らず、結局ユウヤが主張したとおりの家賃に落ち着いたのだが……アンジェラは未だに納得してないらしい。
しかし、ユウヤにはユウヤの目標があった。何せこの街は帝国全土の首都なのだ、みすぼらしいものにするわけにはいかない。
それなりの体裁を整えるにはそれなりに人口がなければ話にならない。
そのための策の一つとして、立派な家を低額で貸し出すことにしたのだが、今のところなかなかうまくいっているようだ。
立派な建物といっても、ユウヤが自分の魔法で建設しているので元手はかからない。実際には水道を引くための出費が必要だが、普通に建物を建設するのに比べればタダみたいなものだ。
そのおかげで、各王国に比べて異常に安い家賃であっても、元は取れているのであった。
昼時ということもあり、二人は屋台で串焼きを買い、歩きながら頬張る。お世辞にも行儀がいいとは言えないが、これもお忍びならでのお楽しみだ。
ただし、二人の表情は微妙だ。味の方が今一つである。まぁ、このまま街が発展していけば少しずつ改善されていくだろう、と今後に期待することにする。
「しかし、移住してくれるのはありがたいんだけど……これだけの人数、どうやって食っていってるんだ? 仕事にありつけてるのかな?」
「そこらあたりは大丈夫よ。移民が役所に登録するときに、希望を聞いたうえで仕事を斡旋してるから。例の隠れ村の住民たちが、存外にうまくやってるって報告が挙がってるわ。役所の職員が多すぎるかと思ったけど、結果的にはそれがよかったみたいね」
「あいつらか……そういえば、随分会ってないな。ちょっと様子でも見に行ってみるか」
役所の一階は、大勢の人達でごった返していた。というか、長蛇の列ができてしまっている。列の先頭は窓口になっており、受付の後ろでは係員たちが忙しそうに動いている。それとは別に、何人かの係員や衛兵達が列を乱さないよう声を張り上げて指示をしていた。
「えらくまた、混んでるな。何かあったのか?」
暫く列をなす人達を暫く観察していたアンジェラが、ポンと手を打つ。
「ひょっとして……登録しに来た移民じゃないかしら? ほら、皆旅装だし」
「ああ、なるほどな。さてと……」
ユウヤは辺りを見回し、見知った顔を見つける。元隠れ村の住民だ。確か名は……
「よおロバート、久しぶり」
肩を叩かれ、ロバートとよばれたその男は振り向くや否や、顔を引き攣らせる。
「こ、これは……ユウ……いや陛、じゃなかった、イサム様」
ユウヤは声を潜めてロバートをにらむ。
「様を付けるな、様を」
ロバートがハッとして口を押えた。
「あ、その……イサムさん、お久しぶりです」
「随分、忙しそうだな」
「あぁ、ひっきりなしに移民が来るもんで、どうしても……まぁ、我々も移民なんですけどね」
「村長、いや、市長に会いたいんだけどな」
「市長室にいると思います。案内しましょう」
「いや、忙しそうだから、案内はいいや。自分の仕事を頑張ってくれ」
ロバートの案内を断った二人は、五階にある市長室に向かう。なんせユウヤ自身が建てた建物だ、市長室の場所は当然知っている。
久しぶりに会った元村長、改め市長は、ユウヤの記憶より少し痩せているようだった。
「お久しぶりでございますじゃ、イサム様。ようおいでくだされた。どうぞこちらへ」
にこやかな表情の市長に応接スペースに案内され、二人は腰を下ろす。
「少し痩せたんじゃないか? 忙しいんだろう?」
「そうですな、流石に隠れ村の村長のころよりは忙しいですじゃが、下の者たちがようやってくれておりますので、そこまでの負担ではありませんじゃ。それに……正直なところ、以前より気はずんと軽くなりましたじゃ」
「気が軽くなった? 何でだ?」
「隠れ村のころは今よりずっと貧乏で、村民の食料すら不安でしたからな。魔物にも備えねばなりませんし……何より、いつ国の兵隊に襲撃されるかと、びくびくしながらの生活でしたじゃから……それに比べて、今は仕事こそ忙しいですじゃが、心安らかに生活ができるようになりましたのじゃ。隠れ村を代表して、心からお礼申し上げます」
「あー、その、そりゃよかった。それはそれとしてだ、一階の窓口、人手が足りてないんじゃないか?」
少し居心地が悪そうなユウヤは、話題を変える。
「あぁ、移民が多いですからな。実のところ、人手についてはあまり問題はないのですじゃ。なんせ市役所自体が仕事の斡旋をしておりますじゃでな、面談の時にこれはという者には声をかけさせて頂いとります。予算も十分いただいとりますので……寧ろ不足しているのは、場所の方で」
「場所か……」
「この建物、最初は広すぎるくらいに思っておったのですが……移民がこれだけの規模となりますと、いくら人手があるといっても、流石に……ご覧になった状況に……」
「まぁ、そりゃそうだろうな。うーん、増築でもするか?」
アンジェラが口を挟む。
「それは難しいと思うわよ。このあたりの建物、漏れなく店子なりが入っちゃってるから。立ち退きさせる手はあるかもしれないけど……」
「移り住んだばっかりで、立ち退けってのもな……ところで市長、種族によって移民の数に偏りがあったりするか?」
「種族、ですか? ふむ……」
市長は執務机から、書類の束を持ってくると、目を通し始めた。
「ふむ……特にどの種族が多い、というわけでもないですじゃな。竜人族が比較的多いですじゃが……そこまで極端に多いというわけでもありませんじゃな」
「竜人族? ちょっと意外だな。なんでだろ」
「衛兵は普通の移民と別口で募集してるからでしょうね。それと、誰かさんのおひざ元で働きたいって者が多いんじゃないかしら?」
アンジェラが間髪入れずに答えた。
「誰かさん、ねぇ……まぁいいや。職員の数はどうだ? 隠れ村の村民が母体だから、やっぱり人間族が多いんだろう?」
「確かにそうですじゃが、市役所が動き始めてからは、他の種族の職員を積極的に採用しておりますじゃ。面談の時に、やっぱり同種族同士での方が話が円滑に進むもんじゃで……最近は他の種族も大分増えておりますじゃ」
「そりゃ、好都合だな。この際、種族ごとに移民の登録窓口を分けるってのはどうだ?」
「窓口を分ける?」
「インぺリアは城を中心として六本の道路で各種族の区画に分かれてるだろ? その各種族の区画にそれぞれ庁舎を建てて、それぞれの種族の窓口を作ればいいんじゃないか? 」
「なるほどですな……しかし、六棟もの建物を建てるとなると……」
「他所ならともかく、ここインぺリアでは建物なんてすぐできるだろう? まぁ水道工事があるから、今日明日ってわけにはいかないけどな」
「あ……た、確かにその通りですじゃが……お手を煩わせてよろしいのでしょうか?」
「かまわんよ。というか、これはインぺリアの統治に関わる問題だろ? 俺の仕事じゃないか」
そこにアンジェラがストップをかける。
「ちょっと待って。他の種族の区画の、この場所に該当する所なんて、もう空いてないわよ。建物があるし、店子も入ってるけど、どうするの?」
「うーん……じゃあ、ちょっと外周よりの、今建物が建ってない部分に建てたらいいんじゃないか? この建物はインぺリアのかなり中心よりにあるから、この都市がいつか建物で埋まった時には、外周近くの住民からは結構不便な位置になるだろうし」
「で、この建物はどうするの?」
「種族によって建物を分けるとなると、統括部門が必要になるだろ? ここを統括部門にすればいい」
アンジェラは顎に手を当てて暫く考えていたが、
「まぁ、いいんじゃないかしら。移民がこのまま増えたら、この建物だけじゃどうにもならなくなるでしょうしね。市長もそれでいいかしら? 人の割り振りとか引っ越しとか、少なくとも暫くは忙しくなるけど……」
「ありがたいお話ですじゃ」
こうして、都市の各区画に、また建物が増え、少なくとも一時的に市の職員と所轄の貴族の仕事も「ちょっぴり」増えたのであった。




