演習前日
「おーお、いるわいるわ。こりゃ壮観だな」
ユウヤは少しのんびりした調子ながら、感嘆の声を挙げる。無論姿は消している。
インぺリア城での会議の翌日の夜、ユウヤは一昨晩同様、はるか上空からメルキット=ハン国の陣地を見下ろしていた。
月の光に照らされ、あの化け物のようなサイズの白いテントがぽっかりと浮かんでいる光景は、一昨日と変わらない。その周りを小さなテントがぐるりと囲んで林立しているのも同じだ。
ただ全く違うのは、そのテントの数だ。一昨日見た時もかなりの数のテントがあったはずだが、テントが増えている。しかも倍や三倍などという生易しい増え方ではなく、あからさまに桁が2つ3つちがう、そんな無数のテントが見渡す限り大草原に広がっていた。
(兵力二十万ってのは、どうも誇張じゃなかったらしいな。これだけの範囲に広がられると、攻撃も難しいな、『隕石』でも使えば別だけど……さて、どうするか……ん?)
トクタミシュのテントから漏れる光の強さが、まだ内部で活動していることを物語っていた。確か一昨日の同じ時間には、もう消灯していたはずだが。
「……久々に親族一同が集まったってことで、宴会でもやってる、とかかな?」
早速ユウヤはテントに忍び込む。とは言っても姿が消えているため、普通に歩いて入っていっただけだが。
テントの外まで響いている騒がしい声をたどって行くと、辿り着いたのは、先日トクタミシュ=ハンと謁見した部屋であった。トクタミシュを筆頭に、六人が車座に座って話し合いをしており、彼らの斜め後ろに一人ずつが黙って座っている。話し合いをしている五人の衣服とトクタミシュへの態度からすると、五人はトクタミシュの息子たちなのだろう。トクタミシュに彼らの中心には一枚の巨大な布が置いてあり、その上には沢山の色がついた、石というか駒のようなものが乗っている。
(とすると、控えて座ってるのは副官ってとこか。トクタミシュの後ろの奴だけは、なんか毛色が違うが……石の配置と動きからすると……あぁ、こりゃ明日の軍事演習のシミュレーションってとこだな。こりゃ都合がいいや。それにしても……トクタミシュも大変だな)
渋面なのは一昨日と同じトクタミシュだが、その表情は以前に見たより幾分苦々し気なものが混ざっていた。
その理由は考えなくても明らかだ。トクタミシュ以外の五人がやっているのは、協議というよりはただの怒鳴りあいだった。
「なぜそうなるのだ? カイドゥ兄、こちらから進軍した方が、見栄えが良いだろう? 全く、使えぬな」
「こちらの方が効率的だろうが! 見栄えなどどうでもよい!!」
「何を言うか!? 明日の演習は見せるためのものだろうが! そんなこともわからないのか?」
「二人ともまだまだ青い。そんなことだから、ウルムチ方面の攻略が進まんのだ! ここはいっそ、この方面からだな……」
「先日負けたばかりの腰抜けは黙っていろ!!」
罵倒と自己主張を互いに主張しあうだけで、話が全く進まない。よくもこんな調子で、西の大陸に覇を唱えられたものだ。
延々と繰り広げられた前に進まない話にユウヤが辟易してきたころ、ずっと無言のままであったトクタミシュが力なく手を挙げる。
「お前達、もう少しまともに話はできんのか……もうよい。意見は出尽くした。これより、神から御言葉を伝える」
トクタミシュが背後に控える男に目くばせすると、その男はやおら立ち上がった。何やら呪文のようなものを唱えだした。男が持っている杖が、徐々に白く光り始め……光は杖から離れ、男の目の前で静止した。
(ん? これって……『聖弾』、だよな。そんなもん出して、どうすんだ?)
しかし、その疑問はすぐに氷解する。『聖弾』を使った男以外が、トクタミシュも含めて、一斉にその場で額づいたのだ。
「敬虔なる我が子らよ、面を挙げよ。汝らの固く変わらぬ信仰心に報い、唯一の神なる我、マルドーより汝らに告げる……」
思わず吹き出しそうになったユウヤは、慌てて口を手で押さえる。メルキット=ハン国の民は魔法に疎いとは分かっていたのだが、幾らなんでも単純すぎるだろう。
(ただの『聖弾』を神様扱いかよ。腹話術を使っちゃいるけど、よく見たら口が少し動いてるし……幾らなんでも、少しは疑えよ)
男は下手糞な腹話術を使って、明日の計画を一通り説明した。説明が終わると光は消え、男は疲れ果てたかのようにその場にへたり込む。
トクタミシュは神妙な表情になって男を抱き支えると、
「司祭殿、ご苦労であった。誰か、司祭殿を寝所へ。息子達よ、明日は遺漏なきようにせよ、神の御言葉に背くようなことがあってはならぬ」
司祭が運び出され、息子たちはめいめいに頷きながら退室していった。
司祭は丁重に寝所まで運ばれ、寝かしつけられる。同行していたトクタミシュが人払いをし、部屋には二人だけが残った。
「ふう」
司祭はおもむろに上半身を起こす。先程までの憔悴した様子は、もはやどこにもなかった。
「あまり大きな声を出すな。誰かに気づかれたらどうするのだ」
苦笑しながら、声を潜めるトクタミシュ。
「心配せずとも、この部屋に近づく者などおりませぬよ。貴方様が固く禁じておりますれば」
「まぁ、そのために、無断で部屋に近づいたボルテを斬り殺したのだからな……あれはいい女であった。今考えても、惜しいことをした」
「ボルテ様……ですか。確かにいい女でしたな。だからこそ、よい生贄になったとも言えますがな」
「人を従わせたければ、従わぬ者を殺せ。それが己の大切な者であればあるほど、効果があるだろう……其方から聞いた言葉だったな。続きは……加えて、私がちょっとした魔法で神秘性を加える。純朴な遊牧民族を統べるなど、それで十分、だったか」
「……よく覚えておいでで」
「貴様の言葉のおかげで、俺に大切なものを、沢山斬り捨ててきたからな……もっとも、それだけの見返りはあった。流れ者の魔導士だった其方を引き入れたのは、間違いではなかったと思っておる。しかし……」
「しかし?」
「あの馬鹿息子達がな……未だに碌な戦術眼もなく、喚き散らすだけしか能がない。明日の計画にしても、結局俺が考えたものを、そのまま其方に言わせざるを得なかった。しかも、其方の手妻を全く疑っていない、というのがな……俺の後、誰がこの国を率いていくというのだ」
「実は、そうでもないようですよ。テムル様などはそれなり能力がおありですし、私の手口にも薄々は何かを感じているようです。もっとも、それをハンに指摘した者こそが、ハンの跡継ぎに指名されるとまでは考えてないようですが」
「其方の手妻に気づくだけの判断力だけではなく、俺の冷酷さを知りながら、それを俺に面と向かって指摘できる胆力があるくらいの男でないと、俺の後釜は任せられんからな」
トクタミシュは肩をすくめた。
「しかし、其方の手妻が遊牧民以外に通じないのは、困りものだのう」
「まぁ仕方がありますまい。定住民の国には、大抵魔導士がおりますからな。それに、今や貴方様は東の大陸を制圧できるだけの兵力と、優れた戦術があるではありませんか」
「その戦術が、東の大陸に通じるかは未知数だがな。何せ彼の地は遠く、我らにはほとんど情報がないが、魔法に優れた民もいると聞く」
「ご心配には及びますまい。彼の地の皇帝は我が国に傅くことも考慮すると、使節団の長も言っていたではありませんか」
「……そうだな。明日はせいぜい、奴らに我らの兵威を見せつけてやるとしよう」
トクタミシュはそう言うと、大きく伸びをして部屋を出ていった。




