不穏の種
店を出たユウヤ。酒場にいる間に、日はとっぷりとくれていた。空には雲ひとつなく、満月だけががぽっかりと浮かんでいる。)
「さてと」
足早に人目のない暗がりにいると、おもむろにガラハッドに魔力を込め、姿を消すと、『飛翔』で空高く舞い上がる。
(ええと……あっちか)
遠くにあるといっても、白いテントの化け物は暗闇の中でも月光に照らされ、浮かび上がるように見えていた。
ユウヤは巨大テントの真上まで飛び、全体を俯瞰する。巨大テントを取り巻くように、多くの小さなテントが無数に設置されている。小さなテントとは言っても、日本人が思い浮かべるよりははるかに大きい代物だ。おそらく20人程度は寝泊りできるだろう。どのテントのそばにも、20頭をはるかに超える数の馬が繋がれている。
(替え馬の数も十分って所か)
替え馬というのは、長距離を移動中に乗馬がつかれた場合に乗り換える、いわば予備の馬だ。ユウヤの前世の記憶の片隅に残っている知識である。
城に近い辺りにある少し大きめのテントはユウヤ達があてがわれた、つまり来客用のテントなのだろう。ユウヤはテントの数を数え始める。
「こんな夜中に何をやってるんだろうな、俺は」
などとぼやきながら。
とは言っても数え切れる数でもないので、ある程度の所で切り上げて、後は数えた場所の面積からある程度の総数を割り出す。
(テントの数は千程度……てことはここにいる兵力は二万人くらいか。少ないな)
二万人という数は決して少ないとは言えないが、兵数としては流石に少ない。いくら精強な兵だとしても、到底ヘキサゴニアを揺るがすことができるような数ではないのだ。
「……大部分はこれから集結ってことだろうな……いっそのこと」
ユウヤは本陣を攻撃してやろうか、という誘惑に駆られる。『隕石』一発で全滅させることも可能だろう。いや、使ったことはないが、土属性の第七階梯『地震』でも相当の被害を与えられるだろう。
しかし、さすが思い直す。第一、自分の国の使節団まで全滅させるわけにもいかない。いや、使節団だけなら事前に脱出させればいいが、ここで第七階梯の魔法を行使してしまうと、港町にまで甚大な被害が及ぶのは明らかだ。
今から集結する部隊も気になる。トクタミシュ=ハンを失った場合に、そいつらがどう動くかは分かるわけもない。変に暴発されても困る。
それに加えて、ユウヤにはもう一つ、気になることがあった。
ユウヤ達のテントから、ハンの巨大テントを挟んで反対側の一番外側に、他のテントとは形が違うものが10ほど集まっている。これらは他のテントより大きいだけでなく、形が他の者と全く違ううえに、紋章らしき物が大きく染め抜かれている。
ユウヤは紋章のうち一つに見覚えがあった。確か、港町の城門に設置されていなかったか。このテントだけ、微かに灯りが漏れている。
(あの紋章は……そういや、メルキット=ハン国の一部隊として参陣してるんだったな……とりあえず、行ってみるか)
ユウヤはテントのそばに降りて、そっと聞き耳を建てる。無論姿は消したままだ。入り口に立っている歩哨にも、気づかれようもない。
「だから、今がチャンスだといっておろうが!」
のっけから激しい口調だ。小声で怒鳴るとは中々器用なことをする。
「其方等ロングフォード軍は敗れたとはいえ、全滅したわけではない。相当の軍事力が残っているはずだ!」
ユウヤの記憶にある単語だ。ロングフォードは確か、港町の名前だ。同時に、港町を首都とする国の名前でもあったはずだ。
「だから、少し冷静になれと言っている」
「冷静になっている場合ではなかろう! 今ならトクタミシュめの本隊しかおらぬ。しかも、今すぐ卿が動けば、精強と名高いロングフォード軍のことだ、残存兵と言えども日が明ける前に集結し、この本陣に奇襲をかけること、不可能ではない。明日以降、出払っている侵略部隊が帰参すれば、もうチャンスはない。もはや今夜しか、今夜しかないのだぞ!」
「そんなに簡単にいくわけがなかろう、オブライエン卿。この満月で、奇襲など成功すると思っているのか? それに、仮に奇襲が成功したとして、その後のことを考えているのか? 其方が今言ったとおり、この地には続々と侵略軍が集結してくるわけだが、それにはどう対応するのだ? 我らは奴らに手も足も出なかったからこそ、ここにいるのだぞ」
「そんなことはわかっている! しかし、ならばどうするというのだ!? 我ら仲良く、メルキット=ハン国の軛に繋がれたままでよいというのか?」
「……」
「我が国は、もはや装置となり果てた。メルキット=ハン国が収穫と財貨をギリギリまで絞り取るためのな。そんなもの、国が存続しているといえるか? ロングフォードとて同じような物であろうが」
「……」
「ここまで言っても動かぬというなら……もはや、是非もない」
それは、苦渋に満ちた声であった。続いて、僅かな鞘走りの音がする。
「……何のつもりだ」
「其方を殺し、ロングフォード王陛下をお預かりする。王命をもってすれば、ロングフォード軍は動くであろう。心配するな、陛下を無碍には扱わぬ」
「私を、殺すと?」
「もはや、論に及ばず。マクマホン卿、抜くがよい。一対一だ。騎士の誇りにかけて、寄ってたかって嬲り殺すような真似はせぬ」
「……止むを得ぬな。卿とこんなところで決着をつけたいとは思わなかったが……」
その言葉に、またもや微かな鞘走り音が続いた。
(まずい)
咄嗟にユウヤはテントの中に入ると、相対した二人の騎士が今にも剣を撃ち合わせんとする瞬間であった!
しかし振り下ろされた剣は、互いに互いの頭上でぴたりと止まった。
同時に、二人の腕を握った状態のユウヤの姿が露になる。
「なっ!?」
「何だ貴様!?」
咄嗟に二人はユウヤの腕を振り払い、飛び下がってユウヤに剣を向ける。その周りにいた数人も、それぞれが剣を構えた。
しかし、ユウヤはそれに応ずるでもなく、そっと人差し指を口の前に立てる。
「お静かに……メルキット=ハン国の連中に、気づかれるわけにはいかないでしょう?」
「……何者だ? メルキット=ハン国の者には見えないが……」
そう問うたのは長髪の貴公子然とした男だ。貴公子然とは言っても線が細いわけではなく、体格からはかなり鍛えこんでおり、武人としての風格も備えている。声からすると、こちらがさっき話をしていたうち冷静だった方だろう。マクマホン卿と言ったか。
「おっしゃる通り。メルキット=ハン国に喧嘩を売られた方……と言えばわかるでしょう?」
「……ヘキサゴニアの者か」
マクマホン卿は剣を鞘に納めたが、彼と対峙していた、確かオブライエン卿と言われていた男、こちらはまさに筋骨隆々にいかつい顔をしたまさに武人といった雰囲気の男はユウヤに剣を突き付ける。
「だからなんだ? 今の話、メルキット=ハン国に通報されるわけにはいかぬ。死んでもらうぞ」
しかしユウヤはにこやかな顔で言い返す。
「そのつもりなら、もう通報してますよ。わざわざ姿を現してまで、お二人を止める必要が何処にありますか?」
「む……確かにそうだが……何故止める? ヘキサゴニアの者には何の関係もあるまい」
「関係ないわけがないでしょう? 我が国は現在、メルキット=ハン国の仮想敵。あなた方は建前上はともかく、メルキット=ハン国の潜在的な敵。敵の敵は……」
「味方、とでも言いたいのか!?」
「そこまでは言いませんよ、現時点では、ですがね。ただ正直に言うと、我が国はメルキット=ハン国に屈するつもりはありません。……情報交換するくらいの価値はあると、思われませんか?」
ユウヤはそう言うと、少しおどけたような表情をして見せた。




