不味いエール
「昼も活気がなかったけど……それにしても、シケてんなぁ」
夜の港町、とは言ってもまだ宵の口だというのに、大きな港を抱え、規模も六王国の王都並み、おまけに立派な城まであるこの町からは、活気というものだけがすっぽりと抜け落ちている。
いや、活気というより、人通り自体が少なすぎる。ヘキサゴニアにあるそこいらの田舎町でも、もっとましなはずだ。
(店もぽつぽつとしかやってないな。前世のシャッター街みたいだ)
人通りの少ない街をてくてくと歩いていくユウヤは、いつものお忍びの時と違って魔人族の変装はしていない。人間族ばかりのこの町では魔人族は目立ちすぎるし、魔人族に変装して使節団に紛れ込んでいる以上、素顔の方が素性がバレないからだ。
ユウヤは数少ない照明をたどるうち、一軒の酒場の前で足を止めた。宿屋も兼ねているのだろう、3階建てのかなり大きい建物だ。酒場特有の喧騒は聞こえてこないが、店の前に明かりを灯している以上、営業はしているのだろう。
ユウヤは扉を開けて中に入ったが、客はほとんど入っていない。というか、3人組の男が隅の方でちびちびと吞んでいるだけだ。店の広さと席の多さ、一部しか灯していない証明が、店の寒々しさを一層強調している。
「お客さんかい? カウンターにどうぞ」
店の女将らしい女性がぶっきらぼうな声をかけてくる。でっぷりと太っている割には、顔に生気がない。
「こんなもんしかないよ」
ユウヤは目の前にドンと置かれたエールと、くたくたに煮込んだ野菜のスープ、それに煎り豆だ。
カラカラに乾いた喉を潤そうと勢いよくジョッキを傾けたユウヤであったが、次の瞬間吹き出しそうになった。
「不味いだろ?」
「確かにこりゃ、酷いな……酸っぱいというか、えぐいというか……女将に言うことじゃないかもしれないけど」
「事実だから、しょうがないさ」
自嘲気味に笑う女将。
「自分で言うかよ……分かってるんなら、もう少しマシなもんを出してほしいんだけどな。これだけ立派な店なんだからさ」
「言ったじゃないか、今はこんなもんしかないんだよ……なんせあいつらが来てから、交易がほとんど止まっちまったからね。それ以来物は入ってこないわ、客も来なくなるわ、ホントに商売あがったりだよ。つまり、あんたが不味いエールとクタクタの野菜をだされたのは、あいつらのせいってことさ」
女将は少し声を顰めて答える。
「あいつらって誰だ?」
「メルキット=ハン国の奴らよ。あいつら、この国を降伏させてすぐこの町に来るなり、交易船を全部持っていっちまったからね。他所で軍船に改造するって噂だよ。なんでも、東の大陸に手を伸ばすとか……ところであんた、少し変わった格好をしてるけど……」
「その、東の大陸から来たんだ」
「ふーん……そういやなんか、使節が来てるって聞いたけど……」
使節がこんなところにいるのはあからさまにおかしい。なんせ宿舎は港町からかなり離れたところにあるのだ。しかしユウヤは慌てず、適当なことを並べ立てる。
「いや、俺は商人だ。西の大陸との交易は儲かるって聞いたから、とりあえず視察に来てみたんだけど……そんなことになってたとは、な。完全に当てが外れたよ」
「それはお気の毒様。私らだって、こんなにあっさりと降伏するとは思わなかったからねぇ」
女将は嘆息した。
「あっさりと降伏って……これだけの規模の町を抱えてるんだ、それなりの軍事力があってもおかしくないはずだけど……」
「あったよ? うちの国、この辺りじゃ最強って言われてたくらいだからね。その最強の国が軍を挙げて迎撃したってのに、数日で壊滅したって言うんだから、私ゃ耳を疑ったよ。で、総大将の王様は殺されて、国は降伏したらしいわ」
「つまり、それだけメルキット=ハン国の軍は強いってことか」
「まぁ、そうなんだろうよ」
「だろうって……」
「私は戦争に行ったわけじゃないからね。何なら毎日そこで繰り言ばかりの負け犬共に聞きな。件の戦いの生き残りらしいから」
店の隅で管を巻いている三人組に向かって、女将は顎をしゃくる。
「そうだな。これじゃ商売になりそうにないし、せめて土産話くらいは持って帰らないとな」
と適当なことを言って、ユウヤは彼らに奢るジョッキを持って、三人組の方に向かう。 幾ら不味いといっても、ないよりはましであろう。
「よお、随分と不景気そうだな」
「……何だお前」
歓迎されているとは思えない反応だが、その割には彼らの目はジョッキにくぎ付けである。
「この町には商売に来たんだが、こんな状況じゃどうしようもなくてな……あんたら、この国の兵隊なんだろ?」
ユウヤは彼らの目の前にどんとジョッキを置く。
「せめて、土産代わりに話くらいは持って帰りたいと思っるんだけどな。情報料はこいつでどうだ?」
「……何が聞きたい?」
ぼそっと答えが返ってきた。早速新しいジョッキを傾けながら、である。
「女将に聞いたんだけどよ、前の戦いに参加したんだろ? あっさり壊滅したって聞いたんだが」
その瞬間、三人の目つきが剣呑なものになる。酒で血走った目に赤ら顔、中々の迫力である。
「……貴様、我が軍を愚弄するのか」
「別にそういうわけじゃねぇよ。この国の軍隊はかなり強力だったって聞いてる。あっさりと壊滅したっていうんなら、何かよほどの理由があるんじゃないか、と思ってな」
ユウヤがそう言うと、男たちは黙り込んでしまった。ややあって、そのうちの一人が絞り出すような声で話し始める。
「……確かに、理由はあった。……あんなのは、戦じゃない」
「戦じゃない?」
「ああ。何と説明すりゃいいか……戦ってのは、まず弓で遠距離から攻撃しあう。撃ち合っている間に、まず精鋭の騎馬同士がぶつかり合って、最後に主力の歩兵同士がそれに加わる。で、それに魔法をどう絡めていくか、そういうもんだろ?」
「まぁ、それが普通だな」
「奴らはそうじゃない。騎馬隊が我らよりはるかに多くて、しかもそいつらが弓を射ってくるんだ」
「ほう」
「で、こっちも弓隊が応射して、騎馬隊は突撃するだろ? そしたら奴ら、こっちに向かって来るんじゃなくて、逃げていくんだよ。器用なことに、弓を射ちながらな。これが厄介でな、こっちの弓や魔法は当然届かなくなるし、歩兵も追いつけないだろ? 追いかけるこっちの騎馬だけが弓矢で一方的に攻撃される羽目になった。いつの間にか、遠巻きに包囲されてたんだ。酷い有様だった」
「……そりゃ酷いな」
「で、まず騎馬隊が全滅した。そしたら奴ら、今度は弓隊に殺到してな、弓隊もあっという間に狩られていった。歩兵が救援しようとしたら、また逃げながら弓だ……何も、できなかった……」
「魔法部隊はどうなったんだ?」
「それが不思議なんだが……魔法部隊がいくら攻撃魔法を撃っても、奴らにはほとんど効いているように見えなかった。別に『結界』を張ってるようにも見えなかったが……いずれにしろ、あっという間に味方は壊滅、王は捕虜になった」
(鎧に張り付けた魔封石のせいだろうな……ん? 確か王は……)
「さっき、王様が殺されて、国が降伏したって聞いたんだけど?」
「あぁ、そりゃ逆だ。王様が捕まって、とりあえず和平条約を結んだんだが……和平の条件が、メルキット=ハン国への臣従と、メルキット=ハン国への臣従を拒んだ王の処刑だったんだ。見返りに、国の存続を許す、ということさ」
「なるほどな。しかし、軍隊を壊滅させたんなら、そのまま国を滅ぼす方が手っ取り早いと思うんだが……」
「偉大なる王の慈悲により、王太子に国の相続を許す、とさ。どう考えても慈悲なんて柄じゃない癖に、よく言うぜ。まぁ理由はともかく、国はめでたく存続して、俺たちはここで不味いエールを呑んでいられるってことだな」
男は残りのエールを一気に呷るのを見て、ユウヤは考える。
(多分国を滅ぼさなかったのは、あいつらは騎馬民族だから、都市経営のノウハウがないからだろうな。で、国が存続した以上は……)
「ってことは、この町は新王が治めてるってわけだな」
「外れだ。新王がいるのは城じゃなくて、メルキット=ハン国の本拠地だ」
「は? ……人質ってことか?」
「まぁ、それも間違っちゃいないんだろうが……親衛隊と、軍の生き残りをかき集めて、メルキット=ハン国軍の一部隊になってる。従属国の軍役、らしい」
「……じゃあ、あの城は空っぽってことか?」
「いや、そういうわけじゃない。役人がいないと、政が滞るだろ? それが一つ」
「他にも、何かあるのか?」
「王族の皆様が幽閉されてる。どちらかというと、こっちが人質だな。新王が逆らった場合は、城にいる奴らの兵隊が……」
男は首をかき切る真似をした。
「城にメルキット=ハン国の兵隊がいるのか」
「数は少ないが、こいつらに何かあった場合は逆に新王が……こうなる」
再度首をかき切る真似をする男。
「つまり、両方が人質ってことか」
「そういうことだ。しかも、この周辺国の王族たちまで、この城に集められてるらしい。つまり、あの城は今や、捕虜収容所みたいなもんだ」
「なるほどな……なかなか面白い話だった。そろそろ眠くなってきたし、俺はこの辺でお暇するぜ」
ユウヤは銀貨を数枚テーブルに放り出すと、目を丸くする男たちを残して店を後にした。




