謁見
二日後の朝、謁見を受けるという通知があり、一行の主な者達は巨大テントに出向く。
無論、アーティファクトのローブであるガラハッドの力で姿を消したユウヤも、こっそり同行している。
ユウヤはこんなに巨大なテントの中はどうなっているのか訝しんでいたのだが、壁、というかパーティションの化け物のような間仕切りを多用して間取りを切ってあった。
(まあ、一部屋しかないのは不便だろうからな。にしてもでかい間仕切りだな。これじゃ持ち運びもできないような……あぁ、なるほど。分解できるようになっているのか)
ユウヤは『飛翔』で天井近くまで上昇した。間仕切りが高いといってもこの巨大なテントまで届くような代物ではないため、天井近くからならテントのほぼ全体を見渡せる。
(右手側は兵が詰めていて、後は倉庫、と。で、左側は女性が多いな……ハンの生活空間というか、後宮ってところかな……で、正面奥に……あれがトクタミシュ=ハン、だろうな)
テントの一番奥深くに大きな部屋があり、側近らしき者たちが左右に分かれて佇立するその奥に、巨大な椅子に足を組み、けだるげに腰かける男がいた。
ヘキサゴニアの基準で言えば華美に欠けるとはいえ、今まであったメルキット=ハン国の誰よりも仕立てがよさそうな毛皮の服を纏っている。このあたりの気候からすると少し暑いのではないかとは思うが、これが遊牧民族たる彼らの正装なのだろう。
その日に焼けた渋面の彫りは浅く、鼻の下からは両側に長く細い髭が伸びている。お世辞にも美男子とは言えないが、その顔には深い皺とともに、幾多の艱難辛苦を乗り越えてきたという自信が刻まれており、その細い両の目は炯々たる鋭い眼光を放っている。痩せぎすな、どちらかというと小男であるのだが、その小柄な体格は寧ろはしっこさを感じさせる。年のころは40~50歳と言ったところだろうか。
そんなトクタミシュ=ハンのいる部屋を取り囲む間仕切りの背後に、多くの武装した兵たちが待機している。謁見を受ける者には当然見えないが、事あらばいつでも、間仕切りを倒すなりして奇襲をかけられる布陣だ。
(……穏やかじゃないな。ただの護衛だろうとは思うけど……すぐに対応できるようにしといたほうがよさそうだな)
そんなことを考えている間に、謁見の間に着いたダニエル達が拝跪する。ダニエルがにこやかな顔で口上を述べ始めた。
「偉大なるメルキット=ハン国の大王トクタミシュ=ハーン陛下よ、はるか東の国、ヘキサゴニア帝国より、皇帝ユウヤ=ユリウスの代理として、外務大臣ダニエル・パルトニー、今ここにまかり越しました」
普段のダニエルを知っているユウヤには、その笑顔が胡散臭く思えてしょうがないのだが、外交儀礼的には満点の表情である。
対照的にトクタミシュ=ハーンは渋面のままだ。ダニエルに射すくめる鋭い眼光を放ちながら返す。
「……其方の国は、我が国の条件受け入れを拒否したと聞いておる」
甲高いながらも凄みのあるその声は、幾分怒気がこもっていたが、ダニエルは爽やかさと胡散臭さを足して二で割ったような笑顔のまま返す。
「拒否ではなく、保留させていただいたのみでございます。なにせ我が国のある東の大陸ははるか遠く、民間の細々とした交易があるのみでございます。この西の大陸全土を統べつつあるという偉大なる大王の噂すら、東の大陸には入っていなかったのです」
「……これだから田舎者は……で?」
田舎者はそっちだろうが、口の中でつぶやくユウヤの内心を知ってか知らずか、ダニエルは笑顔のまま続ける。
「東の大陸では、現在この大陸にて大王が成し遂げんとされていると同様、統一帝国が成立いたしました。しかし帝国内に旧王国も残っておるため、統一帝国は決して一枚岩と言うわけではありませんし、皇帝陛下も各王国が担ぎ上げるのに都合が良かった人物というだけで、特に知勇兼備というわけでもなく、指導力に優れるわけでもございません」
事前に打ち合わせておいた嘘である。
「……それで?」
「皇帝陛下としても、強き国の参加に入ることは吝かではないとのご意向ですが、現状のまま貴国の参加に馳せ参じようとしても、それを良しとせぬ野蛮な王国もございます。全面的な内戦が発生する可能性が高く、却って大王のお手を煩わせなければならなくなるかと推察します」
「確かに、海を越えてまで余計な出兵をするのは望むところではない……それで視察を申し出た、ということか」
「ご賢察のとおりでございます。貴国の状況を陛下の代理たるこの私、ダニエルがつぶさに視察し、大王の兵威を帝国にしかと伝えます。そうすれば、帝国内の各王国を説得することも可能であろうというのが陛下の意向でございます」
「……ふむ、話は分かった。……よかろう、三日後だ。三日後に全軍の閲兵式を行うゆえ、それを見るがよい」
ダニエルは意外そうな表情になる。
「三日後、でございますか? 現在、大王の軍勢は大陸の各地に散らばって活動していると聞いておりますが……」
「それが、どうかしたのか?」
「西の大陸は、大層広大であると伺っております。三日後というのは……」
「全軍が集結するに、三日もあれば十分だ。まずは我らの卓越した機動力、よくよくその目に焼きつけるがよい」
トクタミシュ=ハーンがやっと渋面を崩し、ニヤリと笑って身を乗り出す。身も凍るような酷薄な笑みであった。
「もし貴国が時間稼ぎをするつもりであったのなら、残念だったな」
別に時間稼ぎを企図しているわけではなかったが、それでも並みの外交官であれば、顔を青くして言い淀んだかもしれない、それほどの迫力がある一言であった。しかし元が武人のダニエルは流石に肝が据わっている。表情一つ崩さず笑顔のまま、
「そのようなことはございません。では三日後を楽しみにしております」
と爽やかに返答したのみであった。
宿舎としてあてがわれたテントの中で、仏頂面のダニエルがドカッと腰を下ろす。
謁見の後、引き続いて行われた歓迎の宴がようやく終わり、今帰ってきたところだ。
「随分とおかんむりだな」
「当然でしょう! 奴ら、こちらが下手に出れば調子に乗りおって……!! しかも、何ですか、あの宴は!? 謁見の間でそのまま、テーブルも出さずに始めたのは文化の違いとして大目に見るとしても、あの料理のまずいこと……酒もですが、酷かったのは羊肉です。臭み取りも碌にしていないとは……陛下は食べずに済んで、幸いでしたよ」
「そう言うな。それも文化の違いだろ」
「文化の違いで済ませられる範囲ではありませんでしたが!?」
「まぁ、そのくらいにしておけ。料理よりも重要なことがあっただろ?」
ユウヤが指摘すると、ダニエルは不意に真面目な表情になる。
「三日後に全軍が終結する、という話ですな。幾らなんでも無理があると思ったのですが……」
実はメルキット=ハン国の使節団がインぺリアに向かって以降、西の大陸から来た商人や船乗りからせっせと情報収集をしていたのだ。情報自体がさして多くなく、また断片的な情報も多かったのだが、総合して考えるとメルキット=ハン国の軍勢は分散して西の大陸各国を侵略中であり、到底三日やそこらで集結できるような状況ではない。
「そうだな。幾ら騎馬民族とは言っても、無限の機動力があるわけじゃない」
「となると、どうやって……」
「魔法を使って……いや、あり得ませんな。今までの話からすると、どう考えても魔法に長けた国ではありませんし……」
そこに、周りにいた外交官の一人が口を挟む。
「あの、ちょっとよろしいですか。思いだしたことがあるのですが」
「何だ?」
「私は船旅の間、ずっと船酔いで寝込んでいたのですが……そのせいで夜更けに目が冴えて眠れなくなってしまったので、外の空気を吸おうと甲板に出たのです」
「それで?」
「甲板には、夜遅くにも関わらず、数人のメルキット=ハン国の使節団がおりました。そして、彼らのうちの一人の腕から、一羽の鳥が飛び立ったのです」
「ほう」
「暗くて種類がわかりませんでしたが、かなり大きい鳥でした……そして鳥は船の進行方向に飛び去って行きました。使節団は鳥が見えなくなると、船倉に戻っていったのです」
「使節団とは話をしたのか?」
「密偵扱いをされても困りますので、物陰に隠れてやり過ごしました」y
「……その鳥を使って通信をしているということなら、トクタミシュに情報が伝わったのは三週間近く前ってことになるな。辻褄は合う」
「ということは、三日で全軍が集結できるというのは大噓で、実際は二十日近く前から集結を始めていた、と?」
「そうなるな」
事も無げに答えたユウヤとは対照的に、ダニエルは怒気をはらんだ表情でつぶやく。
「外交でのハッタリはよくあることだが……ふざけおって」
「ハッタリばかりじゃないだろう? 逆に言えば、二十日で集結できるのなら機動力は十分高いと言えるだろうし、それ以上に、奴らは高速な通信手段を持ってるってことになる」
「確かに、そうですな……高速な騎馬、正確な弓、耐魔力のある鎧に加えて、鳥による通信……西の大陸の半ばを短期間で征服したのは、伊達ではありませんな」
「そういうことだ。じゃあ、そろそろ行ってくる」
ユウヤが立ち上がる。
「行ってくる? 何処へ?」
「おいおい、言っただろ。今から港町で情報収集だ……腹も減ったしな」




