到着
西の大陸に着いたのは、それから二週間後のことである。
ユウヤ達が乗ってきた巨大な船が拠点とするだけあって港もかなり大規模なものであり、施設も整っている。当然、その港を抱える都市もまた巨大で、かなり発展しているようだ。
「意外と大きい都市ですね。インぺリアの市街地より大きいのでは? 城壁に囲まれた区域程ではないようですが……」
ユウヤはダニエルに話しかける。インぺリア市街は急速に拡大しているのだが、それでもユウヤが最初に城壁で囲んだ広大な面積の半分にも及んでいない。
「インぺリアはまだ新しいからな。この都市の規模を超えるのも、時間の問題だろう。しかし、正直これほど立派な都市があるとは思わなかったが……使者の粗野な様子からたかをくくっていたが、メルキット=ハン国、意外と舐めてかかれぬかもしれぬな」
船から馬車に乗り換える。送迎の馬車も一国の使節が利用するにふさわしい立派な造りであり、きちんと道が整備されているようで、揺れも少ない。建物の両側に並ぶ建物も、ヘキサゴニアの各王国首都と遜色ない、立派なものであった。
馬車に揺られるにうちに、ダニエルの表情が段々表情が訝しげなものになっていく。
「いかがしましたか?」
ユウヤが問いかける。壁一枚を隔てて御者もいるため、部下という建前は崩せない。
「おかしいと思わぬか? 先程から、城から離れていっているような気がするのだが」
「ああ、そんなことですか」
「そんなことですか、ではないだろう。何か罠でもあるのではないか?」
焦りを含んだダニエルの口調とは対照的に、ユウヤは落ち着き払っている。
「向こうがその気なら、わざわざ罠などを用意せずとも、港で襲いかかればいいだけの話でしょう」
「確かにそうだが……城から離れる理由がわからぬな……」
「多分ですが、多分このまま都市を出ていくと思いますよ」
ダニエルは目を見開く。
「都市を出ていく? 何故だ!?」
「町の様子は見て、何か気が付きませんでしたか?」
「……都市の規模の割には、人通りが少なかったな。それに、何処がどうだというわけではないのだが、なんとなく活気がなかったような気がする。あれだけの港だ、普通ならもっと活気にあふれたものだと思うが……」
「流石よく見ていますね。付け加えるなら、市民はみな船員と同じ人種でしたよ。この馬車の御者もね」
「言われてみれば……しかし、それがどうしたと言うのだ?」
「メルキット=ハン国は根っからの遊牧民族、ということですよ」
「……意味が分からぬが」
「遊牧民族というものは、遊牧という生活様式に誇りを持っていて、城や都市には価値を認めないものらしいですよ。それが、このような立派な都市であってもです。おそらくこの都市は、メルキット=ハン国に従属なり降伏なりした国の都市でしょう」
「そうなのか? ……そんな話、聞いたこともないが……」
「前世の知識だ」
ユウヤは小声でダニエルに耳打ちする。
そんなことを話しているうちに、案の定馬車は城門を抜ける。都市の外は見渡す限りの畑が広がっていた。地平線まで山一つ見えない所を見ると、相当広大な平野なのだろう。
「これでは、騎馬民族の相手は厳しいでしょうね。見た限りでは都市に火災や破壊の跡がないことから考えても、戦う前に降伏したって所でしょうか? ん?どうしました、ダニエル様」
なぜかポカンとしていたダニエルがユウヤに耳打ちする。
「いや、よくそこまで読めるものだ、と……。流石は陛下でございます。して、どう対応するおつもりですか?」
「相手とも会ってないのに、決められるわけないだろう。まぁ、ある程度の方針は考えてる。意外と早く終わるかもな」
ユウヤはニヤッと笑った。
ダニエルはふと顔を上げ、周囲を気にするそぶりを見せる。
「ところで、先程から何か聞こえぬか? 地に響くような音だが……」
「馬の足音でしょうね。それも、かなりの頭数のようです。演習でもしてるのかな? ああ、あれが目的地かな?」
「どれ?」
ダニエルはユウヤの視線の方向を見やると、はるか遠くに豆粒のようなサイズの無数の人影と白い何か、それらに囲まれたやはり白い、巨大な何かが見えた。
「中々近づかぬと思っていたが……これほど巨大なものだったとは……しかし、何だ?これは……」
驚愕の表情のダニエル。
遠くから白く見えていたのは、どうやらテントのようなものであった。ただし、日本でよく見るそれとはサイズが異なる。
無数にあるテント自体も、日本のテントの数倍の大きさである。それらの中央に一つだけ鎮座するそれは、百名以上もの人数を収容できそうな、もはやテントとは呼べない規模の代物だった。
ノックもなく、馬車のドアが開けられる。顔をのぞかせたのは使節団の一人だ。
「降りるがよい。とりあえず、寝所に案内する」
案内されたのは、テントのうちの一つだ。
「これと、そこにある3つが其方等の宿舎になる。偉大なるハンのお達しがあるまで、待機しておれ」
使節はそう言い残すと、さっさと行ってしまった。
「こんな……粗末な宿舎をあてがわれるとは……」
ダニエルはぼやきながらも、テントの割り当てを決め、荷物を運びこむ手配を指揮していく。三十分程後にはそれも終わり、ヘキサゴニア使節団はテントに落ち着いた。
「まったく……正式な使節団をこんなところに押し込めおって……」
テントに落ち着いても、まだ愚痴っているダニエルを、ユウヤが宥める。
「まぁ、そう言うな。これが奴らの生活様式ってだけだ。悪意はないと思うぞ?」
「この粗末なテントがですか?」
「あの巨大なテントだって、巨大ではあっても豪華ってわけじゃなかったろ?」
「む……確かにそうですな……」
「さっきも言ったが、奴らは遊牧民族だ。家を豪華にするなんて発想がないんだろう。なんせ、移動の時には解体して、持っていかなきゃならんからな」
「成程……ところで、言葉遣いが戻っております。窓もないこのテントでは、何処で聞き耳を立てられているかわからないのですが……」
「問題ないぞ。『探索』は常時使ってるんだが、今のところうちの使節団の近くに、メルキット=ハン国の者はいない」
「そうでしたか。流石は陛下でございます。それで……これから、どうしますか?」
「どうするもこうするも……とりあえずは、寝るさ」
ユウヤは床替わりに敷き詰めてある毛皮に寝ころんだ。
「いや、寝ている場合ではないのでは?」
「正式な外交は任せる。俺は夜に動くつもりだから、今のうちに寝とかないとな」
「夜に動く? 何をされるおつもりですか?」
「まずは、奴らの会議を覗いたり、港町で情報収集かな。夜が更けたら、周辺地理の把握、軍の規模や様子の調査とかになるかな。どうせ姿を消せるとはいっても、夜にやった方が無難だろうし。あぁ、今日謁見をすることになったら起こしてくれ。姿を消して参加するつもりだ」
「……つまり、正式な使節として動くことはしない、と?」
「外務大臣たるダニエルがいるんだ、問題ないだろ? こちらの方針は打ち合わせ済みだしな。まぁこの大陸じゃ、魔族は目立つから何か言われるかもしれんが、従僕が体調を崩したってことにでもしておけばいい。俺は、俺にしかできないことをやる」
「確かに、陛下程隠密行動に長ける者などいませんからな……承知いたしました。お任せを」




