初めての外交
インぺリア城、謁見の間。
カレドニア王国からの情報提供から、2週間が経過していた。
無論その間に対応策は練り上げ済みである。もっとも、使節たちは知る由もないであろうが。
メルキット=ハン国の使節団の代表2名がユウヤ達の前にまかり出て、挨拶をする。一応は使節らしき豪華な装いに身を包んではいるのだが、どう考えても似合っていない。というか、面構えや挨拶、細かい挙措に至るまで、洗練という言葉とは無縁のものであり、服装のみを無理やり整えた、という所だ。
内心吹き出しそうになったユウヤであるが、そんなことはおくびにも出さず、にこやかな笑みを顔に貼り付けて話しかける。
「使節殿、遠路はるばるよう来られた。朕がヘキサゴニア皇帝、ユウヤ・ユリウスである。此度の来国、いかなるご用向きかな?」
(本当はカレドニアから聞いてるけどな。それにしても「朕」なんて、違和感しかないな)
一応建国時に皇帝の自称は「朕」と定められてはいたのだが、実際に使ったのは初めてである。ユウヤが、当初の予定より大幅に実務を行うようになったので、持って回った言い回しをする機会が少なかったため、またヘキサゴニアを構成する六王国の諸王は全て身内になってしまったこともあり、なし崩し的に使わなくなったのである。
今回は他国の使節を迎えるため、呼称を含めて格式を重んじたのであるが、ユウヤにはどうにもなじめない。視界の隅で、アディオラが手で口を覆って笑うのを我慢しているのが見えた。
「我らはメルキット=ハン国の不世出にして不敗の偉大なる英傑、トクタミシュ大帝の使節として、この場に参った。そもそもトクタミシュ大帝陛下は……」
使節の長い長い話が始まった。トクタミシュが北方の草原の騎馬民族の小部族から身を起こし、そこから如何にして小部族を糾合して軍を整備し、周りの国を滅ぼしていったか、トクタミシュがどれだけ英傑であり、逆らう者には容赦がないか、どう考えても盛りすぎの賞賛を随所に挟み込みつつ、激しい身振り手振りを交えながら、使節は陶酔した表情のまま、熱い演説を続ける。
(……話が巧いわけでもないのに、よくまぁこんなに長く続けられるもんだ。これはこれで、一つの才能と言えるかもしれないな、全然面白くないところが問題だけど。ひょっとして、これだけ長い割には役に立つ情報が全くないんだけど、わざとか? それなら大したものだけど……こりゃ天然だろうな。……その話はさっきも聞いたぞ。確か3回目じゃないか? そろそろ本題に入ってくれないかな……)
ユウヤのみならず、陪席している家臣一同が笑顔を顔に張り付け続けることに疲れたうえ、欠伸をかみ殺すのに苦労しだしたころになって、ようやく使者は本題に入る。
「……我らが陛下が偉大なること、かくのとおりである。此度、陛下は貴国に対し、二つの選択肢を示された。すなわち、服従か滅亡である」
「服従か、滅亡とな……具体的には?」
「仁慈あふるる陛下は、無用な殺戮を好んではおられぬ。ゆえに、貴国が偉大なるメルキット=ハン国の宗主権を認め、貢納と賦役を怠らぬと言うのであれば、貴国は我が国の藩屏として、我が国の下で繁栄を享受できるであろう。しからざる場合は、我が国の強大無比な軍勢が、陛下から民草の最後の一人に至るまで、余さず打ち滅ぼすことになるであろう」
「ふむ……」
ユウヤは使節の演説がやっと終わった事に安堵しながらも、視線を下げ、顎に手を当てる。
(まぁ対応は決まってるんだけど、少しは考える振りをしないとな……おいツァンフェイ、そんな今にも襲いかかりそうな顔をするんじゃない)
ユウヤは溜息を一つ吐くと、目線を上げる。
「……使節殿、貴国がそれほどまでに強大というのであれば、我が国としては臣従すること、吝かではない」
「それは重畳」
使者はニヤリとするのを制するように、ユウヤは続ける。
「しかし、だ。使節殿の言葉を鵜呑みにするわけにはいかぬ」
「ほう……我らの言葉は信用できぬ、と?」
使者が目を細めた。
「そうは言っておらぬ。遠く海を隔てた片田舎の国とて、我らは判断に足るほど貴国の情報を持ち合わせておらぬ。朕はこれでも一国の主であり、国の将来に責任がある。貴公の言葉だけを信じて従属を即断することは、幾らなんでも無理があろう? 確かに元首は朕であるが、従属を良しとせぬ有力者もおるかもしれぬしな」
良しとする有力者はいないけどな、という本音は流石に出さない。
「む……それでは一体、どうするというのだ?」
「ふむ……それでは、当方から答礼の使節団を送るというのはどうかな? 貴公が申されたその威容を使節団の目に焼きつければ、有力者たちの説得も難しいことではないと思うのだ。それに、従属するなら条件も決める必要があろう? 当方から使節を送る必要はあると思うのだが?」
「……良いでしょう。では、そちらから改めて日程等の連絡を……」
「それには及ばぬ。貴公らの帰路に同乗させればよかろう。貴公らが帰国の途に着いた後、軍勢を整えるのでは、など勘繰られるのも面白くないからの。聞いたところによると、かなり大きな船に乗ってこられたと聞いておるぞ」
「よかろう。乗員の10名や20名増えたところで問題はない」
従属を匂わせたせいか、使節の言葉がぞんざいになってきた。居並ぶ臣下の何人かは顔をひきつらせていたが、ユウヤとしては狙い通りだ。
「では、使節団の編成などの準備もあるので、暫くこの城に滞在されるがよかろう」
「では、どうあっても我は留守番だと!?」
ユウヤの執務室に、軍務大臣ツァンフェイの悲痛な大声が響く。
「そりゃそうだろう。軍務大臣が国を留守にしてどうすんだよ」
「陛下御自ら赴かれるのであれば、護衛は必須でしょう!! 我以上の護衛は……」
落ち着き払ってお茶をすするユウヤに、ツァンフェイはなおも食い下がる。
「護衛対象より弱い護衛はいらん」
「ぐっ……!!」
言葉に詰まるツァンフェイ。
「お前のやることは、六国とも協力して軍備を整えることだろ。使節団の正使はダニエルだ。外務大臣でもあるし、元シェンノン大使ってことで、軍事大国らしいメルキット=ハン国との交渉も巧くやれそうだしな。ダニエル、随員の選定は任せる。『魔族イサム』を紛れ込ませるのを忘れずにな」
「はっ!」
「ユウヤ、私たちもお留守番ってことかしら? 全員連れて行けとは言わないけど……」
妻たちも不服そうな表情をしている。
「あぁ、危険なのは変わりないし、情報収集は俺一人でこっそりやった方がいいしな。姿を隠したりできるのは俺だけだしな。それに……誰か一人連れていくとなると、誰が行くかで揉めるだろ?」
「……しょうがないわね」
アンジェラが肩をすくめた。
「しかし……碌な情報が取れませんでしたな。わざとであれば、中々見上げたものですが……」
スペンサーが溜息をつく。準備期間の間、使節団を連日接待漬けにしていた。料理のランクをあえては落とし、強めの酒を大量に飲ませて情報収集に精を出したのだ。使節団の面々も酒は嫌いではないようで、毎日大酒を食らっていたのだが、ろれつの回らなくなった彼らが口にするのはトクタミシュへの賛美と自らの武勇の自慢ばかりで、具体的な情報は殆どなかったのだ。
「……どう見ても演技じゃないだろうな。そんな器用な連中じゃない」
「とても外交使節とは思えない有様でしたしな。粗野そのものというか……まぁ、こちらが大量に飲ませたせいもありますが」
「そこから見当がつくこともあるぞ」
「ほう……どう見当がついたのでしょうか?」
「小部族を糾合して、短期間で膨張したって言ってたろ? 統治機構もまともに整備されていない、純粋な軍事力だけでのし上がった国なんじゃないか? それなら、あの態度も、具体的な数字がなにも出てこないのも、説明がつく」
「確かに、その可能性は高いでしょうな」
「つまり、急激に膨張した国土をまともに統治できているかも怪しいってことだ。つけ入る隙は絶対にあると思うんだよな。使節団の第一の目的は、その隙を探すためだ、ダニエル」
「だからと言って、陛下御自ら赴かれるのはいかがなものとは思いますが……まぁ、この国で陛下以上に隠密行動に長けた者などおりませんからな……」
こうしてユウヤ、いや、魔族のイサムはメルキット=ハン国に赴くことになったのであった。




