黒船来航
全曜日の昼下がり。
「重い」
「重くないもん」
ユウヤの居室で、皆でテーブルを囲んでお茶をしている。
ユウヤの両隣にアディオラとファニー、正面にアンジェラとクァンメイ。ユウヤからみて右手の椅子にはジュスティーヌ、左手の椅子にはヴィキ……の席なのだが、ユウヤの肩に座っている。
いつものことでもあり、ユウヤ以外は咎める者もいない。
(自分が皇后だって自覚は……ないんだろうな)
ファニーはおくぴくぴと際限なく酒を吞み続け、ジュスティーヌは竪琴をかき鳴らしている。
今日は城外で兵士たちが初めてサッカーの試合をする日だ。当然ユウヤは見に行くつもりだったのだが、
「とりあえず皆ルールは覚えてるわけだし、任せてしまえばいいんじゃないか?」
と、ジュスティーヌから待ったがかかったのである。
ユウヤはサッカーがただの娯楽ではなく、各種族の共通の文化となる、これからのインぺリア、ひいては帝国にとって大切な政策であり、自分が見ておく必要があると強調したのだが、アンジェラから追撃が入る。
「もちろんわかってるわよ。でも、だからと言って一から十まで皇帝陛下が出席しないといけないってことにはならないわよね? ……それに、他にも大切なものはあるでしょう?」
「大切なこと? 仕事はちゃんとやってるだろう?」
「仕事以外にも例えば、帝室内の関係とか……ここ一か月以上、お茶会もしてないわよね?」
言われてみれば確かに、ここ一か月の間、全曜日は試合や練習ばかりで、恒例のお茶会をやっていない。ユウヤは苦笑しながら、久々の家族サービスに精を出すことにしたのであった。
お茶会の話題は色々あるが、国の最高責任者である皇帝と各部門を大臣と並んで統括する皇后たちのお茶会だけあって、夫婦間の話題よりも国家運営に関する話題も多い。
とは言っても正式な会議と言うわけではないので、少し柔らかめだったり大雑把な話だったりする。しかし、かえって自由に話ができるため、意外と国政に寄与することも多かったりする。
「そんなに気にしなくても、サッカーは兄上にお任せすれば大丈夫ですよ、かなり力を入れておられますし」
クァンメイはそう言って微笑むと、お菓子に手を付ける。
クァンメイの兄はツァンフェイ、シェンノンの皇太子たる立場を蹴ってまでヘキサゴニア帝国軍務大臣に着いた男である。
竜人族だけあって、王族にも拘らず「ザ・武弁」と言った男だが、あの男の妹であるクァンメイがなぜこんなに上品なのか、不思議に思うユウヤであった。もっとも、そのクァンメイも戦士としての腕前は一流なのだが。
「まぁ、そうだな。もっとも、ツァンフェイが力を入れてるのは、自分が楽しむためのような気がするが……ん?」
ユウヤの胸のペンダントが緑色に光り始めた。
このペンダントは魔道具であり、各皇后、大臣級の部下、六王と通信ができるようになっている。建国後しばらくして、魔道省から献上されたものだ。ちなみに緑色の光は、六王いずれかからの通信の合図である。ここから六王の居城までは非常に遠いため、魔力消費量が大変大きく、そのため、滅多なことでは六王から通信が来ることはない。
少し嫌な予感を覚えながら、ユウヤは応答する。
「こちらユウヤ」
「こちらウィリアムでございます。お久しゅうございます」
ウイリアム12世、人間族の国カレドニア王国の王にしてアンジェラの父だ。
「これは義父上。どうされましたか?」
「西の大陸にある国から、使節が参ったのですが……驚いたことに、いきなり降伏勧告を叩きつけられたのです」
「……黒船来航ってことか。穏やかじゃないな……どう対応しましたか?」
「船の色は報告にありませんでしたが……とりあえず即答はせず、饗応にて時間を稼いでおります」
「わかりました。使節には、決定権は皇帝にしかないことを説明して、こちらまで丁重に案内してください。馬車で送迎すれば時間が稼げますし。使節が出発次第対応を協議するので、こちらに来てください。他の王国への連絡は、こちらからしておきます」
「承りました。それでは、これで失礼します」
ペンダントの光が消え、通信が途絶えた。
ユウヤが顔をあげると、皆間違いなく怒っている。ハッキリ表情に出しているのはヴィキくらいのものだが。
「使節が来たのがカレドニア王国だったのは残念です。我がシェンノンであれば、即時使者を血祭りにあげていたでしょうに」
クァンメイがあくまでも上品な態度を崩さずに怖いことを言う。
「アクィタニア王国でも同じだよ。幾らなんでもいきなり降伏勧告なんて、ありえないだろう」
「……蛮族討つべし」
「こっちに来させる必要なんてないでしょ? 使節の船ごと沈めちゃえ!」
「魔道省で対応してもいいわよ?」
皆が勇ましいことを言う中、一人だけ首を傾げるアンジェラ。
「どうした? アンジェラ」
「変ね…… 西の大陸には小国が乱立してて、とてもカレドニア王国ヘ攻め込めるような力はなかったはずなのだけど……まして、統一されてヘキサゴニア帝国となった今となっては……」
「西の大陸の状況が変わったっていう可能性もあるな。現に、こちらの状況が変わってるわけだし……確か、六王国に西の大陸の国と国交がある国はなかったよな?民間の細々とした交易があるだけで……」
「そうね」
「つまり、各国とも大した情報はないってことだな。じゃあ……皆、それぞれの国の総合商会に情報収集を頼んでくれ、急ぎでな。民間には何か情報があるかもしれない」
それから3日後。
会議室にはインぺリア首脳に加え、六王国の王と首脳が集結した。
いつもの会議に比べて軍人が多いのは、気のせいではないだろう。
会議冒頭で、宰相のスペンサーがアンジェラたちが収集した民間の情報も含めた状況説明を行う。
その説明によると、降伏勧告をしてきたのはメルキット=ハン国と言う国らしい。元々は乱立していた国の中でも北方の辺境にあった小国というか、遊牧民族でしかなかったのだが、突然周辺国に侵略を始め、5年もかからず西の大陸の大半を併呑してしまったらしい。
「現王であるトクタミシュという者の即位が、膨張のきっかけになったということです。ただ、一番肝心な、短期間で大陸の大半を併呑するほどの軍事力の背景は分かっておりませぬ」
スペンサーの説明が終わった瞬間、多くの出席者達から意見が噴出する。
「メルキット=ハン国、討つべし!!」
「西の大陸は文明も遅れ、軍事力も低かったのだ! 恐るるに足らず!!」
「西の蛮族など何ほどのものぞ!!」
発言する者の数こそ多いものの、強硬な意見ばかりである。慎重論を唱える者は一人もいない。
ユウヤは発言がある程度出そろうのを待って、おもむろに口を開く。
「勇ましいのは結構な話だけど、幾らなんでも向こうの情報が少なすぎるだろう。特に、一番肝心なメルキット=ハン国の隆盛の理由が分からない状態で判断するのは早計に過ぎないか?」
その意見に、ツァンフェイが激高する。
「まさか、降伏するとおっしゃるのですか!? 元々西の大陸は軍事的にも文化的にも、こちらよりはるかに劣っております。何より、こちらには神武と圧倒的な魔力を誇り、大陸統一を果たされた偉大なる陛下がおられるではありませんか!!」
「もちろん、降伏するつもりなんか欠片もないぞ? ただ、状況もわからないのに態度を決める必要はないだろう? まずは情報を集めないとな」
アンジェラが口を挟む。
「でも、これ以上の情報収集は難しいわよ? 3日しかなかったといっても、情報がありそうなところは全て当たったわ。これ以上となると……」
「身内からの情報収集が終わってるんなら、相手に当たればいい。今こっちにわざわざ向かって来てくれてる情報源がいるだろう?」
「……使者に聞くってこと? 自分たちにいいことしか言わないでしょ」
「だろうな。そこで対応なんだが……何とか使節を言いくるめて、こちらからも使節を送るってのはどうだ?」
「一つの手ではあるけど、そう簡単に情報収集なんてさせてもらえるかしら?」
「まぁ難しいだろうな。でもこっちには打ってつけの人材がいるじゃないか。変装したり、空を飛んだり、姿を消したり、『転移』を使ったり……」
「それって、まさか……」
アンジェラが不機嫌そもそもの表情でユウヤを睨む。
「そ。俺が変装して、使節に紛れ込む」




