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入学編③

「え?もしかして、もう終わったんですか?わたくしの番ですか?」


アンネリーゼが慌てて振り返り、リーガルに確認するが、リーガルは頭を抱えてうずくまっている。

「またやりやがった……」

リベットが舞台袖に戻ってくる。先程まであれほどスマートに見えていたその歩き姿が、鼻息荒くのしのし歩いているように見えて、アンネリーゼは思わず一歩後ずさる。


「どうだ!」

「代表、また怒られますよ!みなさん、厳粛な入学式を期待されているんです」

「厳粛だろう。今日の主役は新入生なんだ。僕があんまり冗長にやっても意味がない。言いたいことはすべて言った!」

「だからって!ほら、会場も面食らってますって」


確かに、ざわざわとした囁き声が会場でだんだん大きくなってきているようだった。


「アンネリーゼ君」

「ひゃ、は、はい」

「会場は温めておいた、さあ、君の番だ」

「え、ええ、わかりましたわ」

「遠慮はするな。言いたいことを言ってくるがいい」

(好き勝手言いやがってっー!)

そう心の中で声を上げる。しかし、そうは言っても、次は確かに自分の番だ。グッと体の横で手を握る。と、その手が急に温もりに包まれる。


「す、すみません、アンネリーゼ様。差し出がましい真似を」

目線を下すと、カティが手を握っていた。

「アンネリーゼ様、震えてらっしゃるから……。でも、アンネリーゼ様なら絶対大丈夫ですから」

アンネリーゼはカティと目を合わせる。その目は少しの不安と、しかしその奥にアンネリーゼへの確固たる信頼が見て取れた。


(お嬢様失格ね、わたし)


その目をみて、腹が決まった。


「カティ、ありがとう。行ってくるわね」

カティの手を握り返してから、その手を離し、アンネリーゼは光の中に足を踏み出した。会場にその身を晒すと、会場が少しどよめいたのがわかった。


「あら!まだ子供じゃない」

「モルガン家のご令嬢らしいわよ」

「ああ、あの成り上がりの」

「飛び級で主席らしいわよ」

「優秀なのね」

「ばかね、そんなわけないじゃない。いくら積んだのかしらね」


そんな心無いささやきが、アンネリーゼの耳にも届く。もし、アンネリーぜが何事もなくこの場に来ていたのであれば、その言葉は彼女の心を揺るがしたかもしれない。しかし、この少しの間で揺らぎに揺らいだ彼女の心にはわずかなさざなみにも満たなかった。


拡声器の前まできて会場を向き直る。端から端まで眺めてみる。二階のVIP席に、母と父が並んで座っているのが見えた。母は無邪気にこちらに手を振っている。父はというと、いつも通り仏頂面だが、少し誇らしげにも見えた。

その父の顔を見て、沸々と湧き上がる気持ち。


(あんたのせいで、わたしはこんなに頑張る羽目になってるんだから!そんな顔してくれちゃって)


許せない、という気持ちのまま、アンネリーゼは口を開く。


「ただいまご紹介に預かりました、新入生代表、アンネリーゼ・モルガンと申します。この度はわたくしたちの晴れの場に、これほどの方々にお集まり頂き、大変光栄に存じますわ。新入生を代表して御礼を申し上げます」


アンネリーゼはそこで一度言葉を切る。


「わたくしが今日を迎えられたのは、ひとえに、周囲の支えがあってこそでした。本日、皆様の前にこうして立つことができたのはわたくし1人の力ではございません」


間違いではない。父の謀反の計画を知り、生き残ると言う目標を支えにここまでやってきた。もちろん、母やオリビア、カティの支えもあった。


「無事、目標としていた誉高き帝国教育大学校に入学いたしました。しかし、ここがゴールではございません。現状に満足した者を待つのは緩やかな死です」


突然の強い言葉に会場がざわめく。しかし、アンネリーゼはお構いなしに続ける。これはわたしの決意表明なのだ。わたしはこのままでは謀反の連帯責任で父と共に死ぬ。


「幸い、ここは国内のみならず、世界で見てもトップクラスの学府です。優秀な皆様と切磋琢磨し、競い、時に協力することで、開ける道もありましょう」


優秀な人材、協力してくれ、ぜひわたしに。


「すべては帝国、そして世界の未来のために、この身を費やす覚悟です」


わたしは父とは違いますよアピールも抜かりなくしておこう。謀反の意思なんてありません!


「新入生の皆様、わたくしのような若輩者が代表では心許ない、そうお思いかも知れません。至極当然、もしわたくしが皆様の立場でもそう感じるでしょう。わたくしはまだまだ未熟者で、皆様の方が優れている部分もきっと多いはずです。ですが!」


新入生へのフォローもしておこう。実際、わたしは文句なしの主席ではないのだ。


「わたくしはこれからも、帝国の未来のため、己の未来のため。ひたすらに抗い、ひたすらに邁進する覚悟であります。ぜひ新入生の皆様、お互いに高めあい、新たな境地への道を切り開き、共に進もうではありませんか」


頑張るから大目に見てください、という意味を込める。己の運命に抗うのだ!少しセリフが大仰になったが、いつの間にか台本から逸脱して話していたので仕方がない。リベットの思惑に乗ってしまったようで少し癪ではあるが。


「以上、新入生挨拶といたします。皆さまと過ごせる学校生活を、心待ちにしておりますわ」


最後はお嬢様らしく締めておこう。スカートを掴んで少し裾をあげ、膝を曲げて礼をすると、会場からは大きな拍手が起こる。それはアンネリーゼの人生で初めて、母とお屋敷の仕様人以外から認められたかのような、そんな瞬間であった。

喜びを噛み締めながら顔をあげ、一瞬会場をみる。母は手が千切れそうなくらい高速で拍手している。あまり無理しないでよ、と思って隣を見ると、父は何やら難しそうな顔をしていた。

ふん、わたしの意図が伝わったのかしら、とツンとした気持ちでいると、急に突き刺すような視線を感じる。


「?」


アンネリーゼは会場を見渡すが、みなアンネリーゼを見ているので、どこからの視線かはわからない。しかし、そういう視線とは違う、何かの感情がこもった鋭い眼差しで見据えられたような気がしてならなかった。

なんだか腑に落ちない気持ちで舞台袖に戻ると、リベット、リーガル、カティの三人に迎えられる。

「素晴らしかったです、アンネリーゼ様!」と涙を流しているのはカティ。

リーガルからは「なかなか勇猛な演説でしたね」とお褒めの言葉をもらい軽く会釈する。

リベットはパチパチと拍手をしながら、満面の笑みでアンネリーゼに言う。

「素晴らしい!アンネリーゼ君、君がナンバーワンだ!」


こ、こいつ、自分の挨拶は一瞬で終わらせて、どの口で……。


アンネリーゼは普段の「完璧なお嬢様であろう」とする努力を忘れ、あんぐり口を開けてしまう。横に目をやると、カティもリーガルも同じ気持ちなのだろう。カティは呆然としているし、リーガル眉間に指を当てて難しい顔をしている。


それを見て、アンネリーゼはおかしくなって、くすくすと笑ってしまう。


「アンネリーゼ様、元気になってよかった……」

カティが安心して呟く。


リベットの立ち振る舞いの自由さを見ていると、なんだか、自分がこだわっていたことがすべて馬鹿らしすぎて、なんだか吹っ切れたような気持ちになった。何より、過去の主席がこんな感じなら、主席なんて大した尊敬は集めないだろう。それよりも。


「リベット様、ありがとうございます。わたくし、やるべきことがわかった気がしますわ」


本気かよ、とでも言いたげな2人を尻目にリベットに握手を求めると、にこりと笑ってそれに応じる。その目はしっかりアンネリーゼを見据えていて、メチャクチャなふりをしてすべて計算であったのかもしれないと思わせる奥深さがあった。


(まあ、計算でも計算じゃなくても関係ないわ。わたしは生き残る。そのために、この学校生活でやるべきことは一つ)


今までは、自分が一番すごい人間にならなければならないと心のどこかで思っていた。もちろんその線を諦めるわけではないが、折角自分を上回る人間がいるのなら、取り込む方が得策だ。

(人脈を広げる、それがやるべきことだわ)

やることがはっきりすると、目の前が開けたような気分になる。新入生挨拶という重しも一つとれたところでアンネリーゼはほっと一息、胸を撫で下ろした。


もちろんアンネリーゼは知らない。

あの新入生挨拶を聞いて、こう思った人間が、会場に紛れていたことに。

(さすが、モルガン家のお嬢さんだ。覚悟が決まってる。『現状に満足したものは死』、『すべては帝国の未来のためにこの身を費やす』『ひたすらに抗う』……。とんでもない革命思想だ)

こうして、アンネリーゼの思惑からズレたところで、ゆっくりと歯車は回っていく。

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